”こまけぇこたいいんだよ”の精神で読んで頂けると嬉しいです。
あと、評価とコメントを貰えると僕の顕示欲がロックンロールしマッスル。
頭の中で何度だって流れるイメージ。
耳に焼き付いて離れない痺れる様な、心を泡立てる様なスクリーム。
魔法のように世界を変えてしまう旋律。
その人がどんな人か、どんな思いを持ってそこにいるのかも分からないけれども。それこそ自分が“にわか”なんて言われている原因かもしれない。でも、長い解説や説明書を読むよりもずっと分かりやすくその人たちは自分を伝えてくれるから好きになった。
歌詞、声、表情、楽器。たったそれだけで彼らは世界中の人と会話する。
英語が分からなくても“知りたい”と心の垣根を取り払って気さくに“ハロー”とその世界へと招いてくれる。そんな彼らになって見たくて、身近で憧れる友人のようになってみたくて―――彼らから見た世界を見て見たくて今日も私はギターを弾く。
ただ、現実は非情でイメージだけは完璧な私が奏でる旋律はつぎはぎだらけ。耳に焼き付いた旋律には全く指が追い付かず、流れるのはしこもことした私の唸り声と調子はずれな弦の音だけ。
「李衣菜ちゃんいい加減うるさいにゃ」
「……うぎぎ」
終いには猫キャラを自称する相方“前川 みく”にまで迷惑そうに言われて反論しようとすれば、事務所にいる皆の苦笑いを代弁しているのだと気が付いて私“多田 李衣菜”はつい歯噛みしてしまう。
「大体、そういうのって人知れず練習するから“ロック”っていうのじゃにゃいの?」
「うるさいなー。家でやるとおかーさんに怒られるんだよ。というか、こうして皆の前でやる方が誘惑に負けずに捗るんだ」
「小学生の宿題みたいな理由でみく達はこの騒音被害を受けていたという衝撃の事実にゃ」
ジトっとした目で睨みつつ文句は言うけれども、本気で止めろも言わない相方の懐の広さにちょっとだけニンマリと笑って差し出されたお茶で一息。気を取り直して譜面と頭のイメージを照らし合わせて――――「いい加減にうるせぇ」
気持ちも新たに弦を弾いた所で紙束の丸めたもので頭を軽くたたかれ、中断されてしまう。やる気をくじかれた事を目線に乗せて抗議してみれば澱んだやる気無さそうな瞳の比企谷さんと視線がかち合う。ちょっとだけその目の怖さにひるむけど、ロックな想い胸に踏みとどまる。
ただそのなけなしの意気地は呆れたような嘆息をついた彼がするりと自分の手から抜きとったギターを構えて誰もが聞いたことのある名曲のフレーズが耳を滑り込み、記憶の中にある歌声が確かに耳を打つことであっさりと打ち砕かれた。
それはコードもなくただ弦を弾いただけなのに、正確なリズムで奏でるとまさに“傍にいて”という曲名に恥じないくらいの力強さと哀愁をココにいる誰もに感じさせた。
「頭ん中にある名曲をいきなり弾けるわけねーだろ。最初は完璧にはじけるようになるまでコードは気にしなくていい。体に音をならして弾くだけでそれなりに聞こえる。ソレを完璧に一曲できるまでにコードの音を覚えりゃ少なくとも一遍にあれこれやって余裕がなくなることも無くなる。―――という訳でせめてココでじゃかじゃか鳴らすな」
「あ、はい、」
ぶっきらぼうに返されたギターをたどたどしく受け取りながらそうそうにパーテーションの向こうに立ち去るその姿に呆然としてしまう。予想外の人からの的確なアドバイスと特技に唖然として周りを見渡せば周りのメンバーも同感の様で視線がかち合う。
誰も先ほど起きた事に実感が持てずに目を白黒させる中で自分の中にあった情報の欠片が集まっていき、とある結論が脳裏によぎる。
今まではそんなことある訳がないとみんなで笑えた可能性もいまでは笑えない。
「……ねぇ、みく」
「……なんにゃ、李衣菜ちゃん」
「もしかして、比企谷さんの正体って“夢破れた歌手”とか“俳優”だったりするのかな?」
「「「「「……い、いやいやいやいや」」」」」
問いかけたみくも、周りの2期メンバーの誰もが私の発言に苦笑を交えて首を振るが自信が無さそうなのは明らかだ。
美波さんがひっそりと持っていた彼のおめかし姿の写真データは文字通りモデルとして通用するくらいの見栄えであったし、彼とカラオケに行ったことのある1期メンバーから聞くに事務方とアイドル陣で分かれた時に危うく負けそうになる位に事務方の歌唱力が高い事も知っている。
さらに、さっきのギターである。
あまりにこなれた構えに、誰もが引き込まれるくらいに完璧に弾かれた名曲。
あれは自分が言うのもなんだが、憧れのシンガーで友人の“なつきち”に迫るくらいにカッコよく素人離れしていたように思える。
ここまでの疑う要素が揃った自分の脳があるストーリーを生み出す。
例えば――――夢破れた青年が夢をあきらめきれず芸能界に携わることを選んでここにいるとしたら?
例えば――――いつも笑顔ながらもお金に厳しいちひろさんに借金等での弱みを握られてココで働くことによって返済しているのだとしたら?
例えば――――――そんなロックな過去があの澱んだ瞳とたまに見せる熱い一面の正体だとしたら?
「……いや、いやいや、そ、そんなドラマみたいな事ある訳…ないにゃ?」
「でも、ただのバイトの大学生があそこまで生活捨ててアシスタントするかなぁ…」
「正社員の人でもあそこまで書類抱えてるの見た事ないですぅ」
「そういえば台本関係も詳しいよね…本人は文系だからって言ってけど」
「そうだにー、マイナーな御伽噺も結構詳しいかったよねー?」
「体つきもエロ――――しっかりしてるよね。花子との散歩で偶然だけど濡れたシャツを脱がせ…脱いだ時見たけど」
「ところどころ隠せてないよしぶりん…」
「な、なにをしてるんですか凜ちゃん」
「と、というか、なんでみんなあの写真の事知ってるのかしら……」
「アー、ミナミ。指紋認証とか生体パスを信じすぎるのは危ないデース」
「同胞の背信を受け、灼熱の業火に身を焦がさん!!(抜け駆けしてお出かけしたお仕置きはまた別途でお話ししましょう!!)」
「そいえば、ハチ君の事あんまりしらないかも?」
「みりあもー」
それぞれが好き好きに話すが、有力な説も否定材料も出てこない。というか、むしろ疑念は深まっていくばかりで―――つまり、大いに自分の仮説はあっている可能性が高いということだ!!
「これより、比企谷さんの過去徹底調査本部をココに制定します!!」
“おー!やんややんや!!”
「……どうでもいいけどギターの練習についての話じゃなかったのかにゃぁ?」
相方が何かを呟いた気もするけれども聞こえないふりをする。こんな面白そうなことを放置するなんてありえないノットロックである。
なつきちだってそういうに決まっているのだ!!
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証言1 鷺沢 文香
「比企谷さんが……歌手?俳優?――――小説なら読ませてもらった事がありますけど、そういった話は聞きませんね」
証言2 十時 愛梨
「ハチ君が俳優……そーだね、私に内緒で美波ちゃんとかと撮影に出たりしてたらしーしねー(ジト―」
証言3 日野 茜
「ソレは初耳ですね!でも、運動の仕方を教えるのはすっごく上手ですよ!!」
証言4 高垣 楓 & 川島 瑞樹
「役者志望ですか? うーん、毒見役で口説く役なんて似合いそうですね!!」
「分からないわー」
証言5 小日向 美穂
「あのカラオケでの屈辱はいまだに忘れません。まさかプリキュア主題歌の精密採点で後れを取るなんて……とはいえ、歌手になるつもりだったとかは聞きませんねぇ?」
証言6 塩見 周子
「あっはっはっはっは!!!おに―さんが夢破れた!? 若手俳優? 歌手? それホンマ今日一のネタやで!! あの万年専業主夫志望とかぬかしとるうつけが俳優!! アッハッハッハ!!」
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証言13 佐久間 まゆ
「……それどこ情報でしょうかぁ?? 私の調査に漏れが? 嫌でもそんな事…愛が足りな……いや、この驕りが今回のような……ブツブツ」
「ご、ごめん! なんでもない!!そんじゃ!!」
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「むむむ、聞き込みの結果―――謎が深まったね」
「ねー、これまだ続けるのかにゃー? 1期からの人たちが知らないって事はもう本人か武内さん達に聞くしかないよー?」
あれからレッスンや仕事で各自が調査を行い、“専業主婦”と“小説家”の二つが候補に足されさらに訳が分からなくなっただけという無念な結果になった。その上、いまや頭を悩ませているのは私だけで他のメンバーの関心は美波さんが秘密で行ったというデートの件に移っていてこの件に付き合っているのは隣の呆れ気味な相方だけだ。
「えー、陰のある人の正体が実はロックなバンドマンって熱くない? というか、比企谷さんのあのギターとかたまに見せる色気とか、おっかない迫力とか意味の分からない部分について今まで“スゲー”で済ましちゃてたけど―――どんな人なのかって改めてちゃんと知りたいと思ったんだー」
難しい事はよく分かんないけれど、あのコード無しでギターをかき鳴らす姿と旋律は確かに雄弁に彼を語っていたと思う。少なくとも、私の胸には生き様をロックに表して“ハロー”と声をかけてきてくれていた。
だから、気になったものはちゃんと知りたい。
それが私のロックの根元だから。
「…にわかの癖にたまにそれっぽい事を言うから困るにゃ」
「にわかじゃないもん!!」
「気になったなら余計なエンタメ挟まずにさっさと本人に聞けばいいのにゃ」
深くため息を吐く彼女の悪態に噛みついていると彼女は興味なさげに私から目線を逸らして丁度開いた事務所の入り口から入ってきた気だるげな男を手招きして呼ぶ。ソレにめんどくさそうに答える彼が近づいてくるのを見て今度はこっちがため息。
「猫キャラの癖にそういう無駄を省きすぎる所ってホント良くないと思う」
「基本的に猫は合理的に生きてるからね」
取り付くしまのない返答に今回の遊びの終わりを感じて小さくちぇ、なんて口を鳴らして彼を待つ。
うーん、やっぱり斜に構える系のロックも捨てがたい気がしてきた。
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「「「……モテそうだったから?」」」
「まあ、端的に言えばそうなるな」
彼女らがおもむろに話を切り出すので何事かと思えば他愛もない世間話だった。呆れつつもマッ缶を開けて唇を湿らせてから理由を端的に伝えれば誰もが肩透かしを食らったような顔をされるが真実なのだからしょうがない。
大体の男子は年頃になればそういう無駄な努力をするのだ。流行ってた漫画とか映画の影響でモテそうだと思ったし、家に親父が投げっぱなしにしてた無駄にいいギターもあった―――まさか高校のあの時から地味に続け、弾けるようになって小町に見せたら“キモイ”の一言で切り捨てられるとは思わなかったけどな。
まあ、そこから思い出したように弾いたり小町に壁ドン(隣室からの苦情的意味で)されたりして、現在に至る。
「夢破れて事務所に渋々と就職したりは?」
「あるかそんなもん。……というか、最近あいつ等から聞かれる変な質問はお前らのせいか」
「無駄に物語系が詳しいのは?」
「文系だし、本自体が好きだからな」
「専業主夫になりたいっていうのは?」
「ソレは本気で狙ってる」
「「「「最低だ!!」」」」
小気味いいテンポで答弁を繰り返して無事にオチが付いた所でため息を漏らしてそれぞれに散るように手を振って追い払う。それぞれが文句を漏らしつつも離れていく中で一人納得のいってないような眼が一対。
「……なんだよ」
「んー? うーん……嘘じゃない気もするけど、ほんとでもないって気もするんだけど――――ま、おいおいかなぁ。 比企谷さん!今度、時間ができたら教えてよね!」
一人で首を傾げて何かを呟く今回の元凶である多田は勝手に何かを納得したようで、切り替えるように無邪気な笑顔と言葉を零して仲間の元に走ってゆく。
「……お断りだ」
自分の奥底を無邪気に覗こうとするその瞳に居心地の悪さを感じて小さく悪態をついて自分も事務方用のスペースへと足を向ければ、こっちはこっちで純粋に面白がっている瞳が二組待ち構えていてうんざりする。―――何があったとしてもこんな職場への就職はお断りだ。
「比企谷君もギターをやっていたなら教えてくれればもっと早くお話したいことがあったのですが…」
「ああも無邪気に楽器を弄る姿を見ると大学時代のバンドを思い出しますねぇ」
しみじみと昔の事を思い出すように語る上司二人にもう一度ため息を零して自分の席に腰掛けつつ答える。
「ガチでやってた人達に話すほどの知識も技量もないですよ」
話しを聞くに昔は武内さんとチッヒ、別部署の内匠さん。ついでに765の赤羽さんの大学のメンバーで活動をしていてソコソコにいい所まで行ったとかなんとか。そんな人達と語るほどの物でもないし、実際にカラオケで聞いたその声は現役でも通じそうな物だった。
かつては、誰もが輝ける舞台に立って光を浴びていた。
その想いは今ここで裏方に回っても眩いばかりに輝いている。
その光が、妬ましさよりも憧憬と身勝手な寂しさを感じさせる。
だから、きっとそんな輝きに溢れている場所だからこそ俺は安心して陰に沈んでいられるのだろう。
そのことを小さく誇って、俺は今日もパソコンを起動した。