デレマス短話集   作:緑茶P

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( *´艸`)いつも皆様に支えられていますsasakinです。

他のヒロインたちは押しのけ甘々文香√の物語は進みます。


【清冽に 星よ瞬け chapter②】

「隣を宜しいでしょうか、比企谷君?」

 

 豪華絢爛な会場の廊下にひっそりと据えられた喫煙場。最近の風潮にひっそりと反するかのように質素ながらも座り心地の良いソファでぼんやりと流れていく紫煙を眺めていると不意に呟くような低い声が投げかけられた。

 

「ようやく落ち着いて座る気になりましたか」

 

「常務に会場から締め出されてしまいましたので…」

 

 ちらりと目線と一緒に嫌味を投げてみれば、気まずげに首元を押さえて苦笑を浮かべる偉丈夫の“武内”さんがそこにいた。そんな所在なさげな彼の席を確保するために少しだけ避けると、彼はゆっくりと疲れたように腰を下ろす。

 

 その様子に思わず笑ってしまった。

 

「普通は仕事をしてる時にそうなるんでしょうけど―――武内さんの場合は働かない方がストレスになるみたいですね」

 

「その、普段から自分で走り回るせいでしょうか…人に段取りをお任せするというのはどうにも体に馴染まないものですね」

 

 俺のからかうような言葉に今度こそ困ったように苦笑を噛み殺す彼に胸元から取り出した細巻きを差し出すと、短い返礼と共に彼はソレを口にくわえる。それに火種を灯して深く吸った息を大きく紫煙と一緒に吐き出した所で最後に張っていた肩ひじも解されたようだ。

 

 そのワーカーホリック加減に今度こそこちらも笑ってしまった。

 

 ただ、まあ気持ちは分からないでもない。こうして会場から少し離れたココですら忙し気に多くのスタッフが行き来しているような環境で自分たちが座っている事なんて本当に経験したことなどないだろうから。

 

 結婚式当日の新郎というのは存外にやることが無くて持て余すというが、こういう事なのだろうか、と馬鹿な事を考えてもう一度意識を会場に引き戻した。

 

 

 この都内でも有数の高級ホテルの会場を貸し切って行われる我が社の“50周年記念式”。芸能界最大手の事務所の名に恥じない豪華絢爛な式であることは会場からお察しだろうが、ここに自分たちのような鼻つまみ者の部署が呼ばれるなどとは誰もが思ってはいなかっただろう。

 

 それも、名だたる各部署の代表クラスの人間と看板タレントだけが呼ばれている中でこちらは全スタッフだというのだから肩身も狭い。

 

 常務曰く“悔しいながらも、業績トップの部署であることは間違いない”との事だが、こういう形以外の福利厚生で報いて欲しいものである。今どきの若者は終業後の飲み会は“残業”という印象を持っているのだ。遠回しに嫌がらせをされているのかと思った程である。

 

「良いスーツですね」

 

「―――どうも」

 

 どうでもいい事に思考を割いていると、唐突に飛んできた言葉に一瞬だけ息を呑んで無難に答える。ただ、その平静を装っている事すら見破られているのか、少しだけ目に生ぬるさが混じるのがどうにも居心地が悪い。

 

 文香にスーツを見立てて貰った事が知られた時の部署の騒動は今でも苦い記憶である。

 

 曰く“機会均等法に反している”との事―――やかましいわ。

 

「言っておきますけど、式が始まったら隅っこに引っ込ませてもらいますよ。そもそもがこんなパーティーなんかに呼ばれる立場でもありませんから」

 

「その交渉は私ではなく皆さんにお願いします」

 

「………」

 

 うんざりとしたように呟く俺に武内さんは我関せずと言わんばかりに他人事のように笑って答える。その様子が憎らしくて、小さく舌を打つがそれすらも楽し気に笑われたところで武内さんの携帯からメールの着信音が鳴り響く。

 

「―――皆さんのドレスアップが済んだようですので、お迎えに来るようにとのお達しです」

 

「お任せいたします」

 

「ご冗談を。―――杖も持たない魔法使いなど塩をかけて追い返されてしまいます」

 

「―――――」

 

 立ち上がった偉丈夫に軽口を叩けば、サラッとぽえみーな口説き文句を返された。

 

 この男は、男女問わずに自然体でこういう事をする。

 

 あれだけの敏腕を振るう癖に、杖が必要だと。お供が不可欠だと。馬車が無くては走り出せないと。恥じらう事もなく―――お前が必要だと真摯にまっすぐ伝えてくる。

 

 だから、トレーナー姉妹もちひろさんも赤羽さんも誰も彼もがこの男に絆される。

 

 そして、木っ端のバイトの俺にまでそんな事を言うのだから――十分にこの人も悪党である。

 

 

 そんな彼にこれ見よがしにため息を紫煙と共に吐き出して――俺は席を立った。

 

 

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 廊下をしばらく歩いた正面に見えてきた大部屋の扉。本来は、ホテルでイベントを開くときのステージ参加者用の控室なのだろうが、今回は我らがシンデレラたちのドレスアップ会場として使わせて頂いているその場所で一人の女性が佇んでいた。

 

 柔らかい栗毛を清潔に纏めて、ホテルの制服に身を包んだ彼女はこちらの足音に気が付いたのか柔らかい笑みを浮かべてこちらを振り向く。

 

「お客様、申し訳ありません。こちらは関係者のみの立ち入りとなっておりますのでどうかご遠慮願います」

 

「業務ご苦労様です。我々はこのプロジェクトチームの担当をさせて頂いてるもので、付き添いをさせて頂きに来ました」

 

「―――失礼いたしました。どうぞ、中へお入りください」

 

 折り目正しく対応する彼女にパーティーの参加者のみに配られる名札を武内さんが差し出すと、彼女は恭しく一礼をして引き下がる。

 

 完璧な動作と受け答え。儚げな美貌に合わさって流石は一流のホテルといった所だろうか。―――だが、何かが引っかかる。短いやり取りの中でおかしな点はなかった筈なのになにかシコリのような違和感が彼女に付きまとう。

 

「比企谷君?」

 

「―――あぁ、いえ、なんでもありません」

 

 マジマジと無遠慮な視線を向ける俺に武内さんが不思議そうに声をかけるのに意識を引き戻されて首を振って扉に向き直る。心配そうに視線で問われるがやはり思い過ごしだろう。どうにも、慣れない場所で昔の神経質さが顔を出しているらしい。

 

 気持ちを切り替えて扉に向き直れば、武内さんも納得したのか扉を叩き入室の許可が成された。

 

 

 扉を開いた先には――――見紛うばかりの絶景。

 

 容姿がいい事は知っていた。

 

 誰にも負けることのない芯の強さがあることも分かっていた。

 

 それでも“女性”という物は磨き、飾るだけでここまで輝くものなのかと。

 

 ただ、息を呑んだ。

 

 

俺も武内さんも息すら潜めて見惚れていると、その静寂を崩すように小さな二対の影が飛び出して二人に思い切り抱き着いてきた事によりようやく世界は動き出す。

 

「ハチくーん! どう! どうどう!? 紗枝ちゃんが作ってくれた莉嘉のドレスやばくない!! セクシーで大人って感じ!!」

 

「プロデューサー! これ凄いよ!! 全部がみりあ達のために作ってくれたんだって!! 本当のお姫様になったみたーい!!」

 

「ちょ、みりあちゃん! 莉嘉!! そんな激しく動いたら皺になるから大人しくしてなって!!」

 

 タックルのごとく突っ込んできた二人のマシンガントークに思わず苦笑をしていると、今度は保護者の美嘉が飛び出してきて二人をやんわりと引きはがす。

 

 てっきり、彼女はピンク系統のドレスに身を包んでいるのかと思っていたが、黒系統で体のラインが良く分かるようなマーメイドドレスと呼ばれるものだった。装飾は首元に光る真珠のみで、いつもは丁寧に纏められている桃色の髪も下ろされてどことなく質素ですらある。―――それにも関わらず、その存在感はいつもよりずっと大きく目を吸い込まれる。

 

「……何よ」

 

「いや、素直に驚いた」

 

「はぁぁ、もっとマシな褒め方はないもんかなぁ?」

 

 俺の短い感想に今度こそ呆れたように溜息をつく彼女がそれでも少しだけ照れたように笑ったのに、こちらだって苦笑で応えるしかない。彼女の期待に応えるべく余裕のある大人代表の武内さんに視線で水を向けてお手本を示してもらう事にしよう。

 

「……今後は、こういった方面でもプロデュースを検討してみましょう」

 

「「予想以上に褒め下手だ!!」」

 

 いや、予想外過ぎて思わずはもっちゃったよ。気持ちは分かるけど、今この場で伝えるべきことでは無かったでしょう、ソレ。

 

 誰もがそんな情けない男衆に苦笑いを浮かべる中で進み出るもう一つの影。

 

「ふふーん、全く見ちゃいられませんね。仕方がないのでこの僕が一肌脱いであげましょう。―――さあ! この僕のドレス姿をみて心から湧き上がる感情をそのままどうぞ!!」

 

「輿水さん、可愛いです」

 

「幸子、カワイイ」

 

「幸子ちゃん、かわゆす☆」

 

「なんかみんな何時もより雑じゃありません!?―――罰として男どもは全員にドレスの感想を言っていく事!! 絶対ですよ!!」

 

 お決まり芸を発揮してくれた芸人:幸子によって場の空気はいつもの様な緩さを宿したまでは良かったが、余計な彼女の一言によって場は悪乗りのような歓声に包まれた。……いや、よく考えればそれもいつも通りか。お節介なカワイイ少女だ。

 

 その宣言のせいで控えていたメンバーも次々と自分たちの前にやってきてその可憐なドレスを揺らし、微笑んでくる。数少ないボキャブラリーを更に酷使してなんとかソレをこなすが内心は本当に困る。

 

 見慣れたはずの彼女たちが一変して、鼓動を揺らす。

 

 いつもと違うその香りに、脳がくらつく。

 

 拙い一言に満面の笑みを浮かべるその無邪気さに頬に熱が溜まる。

 

 余計な事を口走らないよう、表情にソレを悟られないようにするというのは本当に疲れるのだ。

 

 

 どうか、そんなみっともない男の恥らいを彼女たちに悟られないように――俺は呟くように、心からの短い賛辞を彼女たちに贈ろう。

 

 

---------------------

 

 

 

 短い扉越しの答弁によって開かれた先に現れた二人に、正確にはその一人を視界に収めた瞬間に鼓動が際限なく高まった事を嫌でも実感しました。

 

 偉丈夫のプロデューサーの背を追う様に入ってきた“想い人”のその姿に。

 

 チャコールグレーのスラリとしたスーツに身を包み、普段は無造作に纏められた髪は後ろに靡いたその姿は自分が見立てた物であるにも関わらず高級な場に立つことで一層に引き締まった印象を与え、陽の元では陰鬱に見える澱んだ瞳も、ホテルの暖色の灯りのもとでは影は引き込む魅力を湛えて―――この部屋を彩る多くの花に目を見開いているようです。

 

 きっと、それはここにいる誰もが彼に抱いている驚きと同様の物だったかもしれません。

 

 そんなちょっとした緊張と恥じらいは明るく、無邪気な仲間が解してくれることによって室内はいつものような明るい雰囲気に包まれました。それによって誰もが、彼らの前に進み出て咲き誇るような笑顔を浮かべる中で――私はどうしても、踏み出すことが出来ません。

 

 深い紫安に染められたこのドレスは本当に美しくて、着ている自分の方が相応しくないのではと思うほどなのですが―――周りの仲間たちを見ればまるでソレは彼女達に着られることで息を吹き込まれたかのように輝いて彼女たちを一層に輝かせます。

 

 そんな彼女たちに並んで、彼に見られると思うと―――どうしたって足はすくんでしまいます。

 

 そんな葛藤に小さく息を吐いて俯く私の隣に、嗅ぎなれた煙草の香りが佇みました。

 

「―――――皆さんの所にいなくて、いいんですか?」

 

「大体の感想は言ってきた。それに、全員にってことだったからな」

 

 現金にも高鳴っていく鼓動を必死に抑え込んで絞り出すように呟いた言葉に彼は何てことの無いように答えます。その言葉の意味する所に際限ない緊張と、羞恥が湧き上がって思わず掌を強く握りしめてしまいます。似合ってないだろう、と 枯れ木も山の―― なんて自分をこき下ろして彼の続く言葉をかき消そうとする文言が一気に零れそうになるのを必死に飲み込みます。

 

 きっと、そうすれば彼もその言葉に乗ってくれます。

 

 きっと、そうすれば――こんな怖い想いをしなくて済みます。

 

 きっと、前の自分ならば迷いなくそうしたでしょう。

 

 だけど、“そんなのは嫌だと”心が叫びます。

 

 あの聖夜に宿った心の熱が、彼の涙を拭った手の冷たさが、彼に差し出されたあの優しい一匙のぬくもりが―――そんな欺瞞を許しません。

 

 だから、俯いていた顔を無理やり引き上げて、震える手と足に力を込めて彼の前に立って――ゆるりと舞う様に、“鷺沢 文香”を彼に見せつけます。

 

 

「―――――どう、でしょうか?」

 

 

 短く、端的で、震える声。

 

 それでも、まっすぐに万感の想いを込めた問い。

 

 

 

 その答えは   私と彼の   一生の秘密とさせて頂きます。

 

 

 

 ちっぽけな街の本屋の娘のストーリーにも、隠しておきたい恥じらいという物はあるのですから。

 

 

 ただ、一人の青年と娘はお互いに真っ赤な顔をしていた事くらいは、お伝えしておきましょう。

 

 

 

 




_(:3」∠)_そこの道行くお方よ……どうか、この評価乞食を哀れと思うなら評価とコメントをぽちっとしたってくだせぇ………めっちゃ捗るから…。

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