デレマス短話集   作:緑茶P

55 / 178

貴方に絶望を


【清冽に 星よ瞬け chapter③】

 式典が開始されるまであと数分。

 

 参加者の全てがそれぞれこの城の覇者である常務に謁見を済ませ、用意された席に座る中でとある一角だけは空白を保っていた。誰もが眉を顰め、或いは悪態をつく。その中には嘲笑も多分に含んで会場内は些かの喧騒に包まれ――――――式典の開始まで数秒を切ったその時、世界は静寂に満たされた。

 

 

 会場の入り口が厳かに開けられ、数多の視線を物ともせず進むその威容に誰もが息を呑んだのだ。

 

 

 “魔法使い”と、或いは“物狂い”と呼ばれ恐れられた偉丈夫はその屈強な体を黒の式服に包み、その視線と歩みをまっすぐにこの城の主に向けて進めてゆく。

 

 まるで、挑むように。

 

 まるで、打倒せんと言わんばかりにその瞳は鋭い。

 

 その背を追うのはかつて“灰被り”と呼ばれた世界の歌姫と、“魔法の杖”と恐れられた偉丈夫の右腕たる女であった。

 

 彼に寄り添うかのように追従するたび、深い瑠璃色と碧のドレスの裾が瀟洒に揺れる。

 

 さらに、その後ろには日頃の悪行や醜聞が信じられない程に楚々と、清らかな仕草で列をなす美姫たちが連なって静かに歩みを刻んでゆく。色とりどりで華やかでありながらも決して華美ではないドレスに身を包み、誰もが敬遠な信者のごとく視線を床に切って魔法使いの背をただ追ってゆく。

 

 誰もがその威容と迫力。そして、清らかさに息を呑んだ。

 

 それは、荒廃した世に差し込んだ流れ星の軌跡の様で

 

 それは、絶望の淵に立つものを引き寄せる聖者の行進の様で。

 

 やがて、その歩みはこの場の支配者である女王の前で終わりを迎えた。

 

 魔法使いが優雅に膝をつき、それに追従するように星々も一糸乱れずにカーテシーを行って服従の意をこの場の主に示す。

 

 ただ、誰もが息を呑んだのは―――

 

 

 魔法使いとシンデレラ。そして、その魔法の杖が先ほどまでの切り裂くような視線すら床に切って完璧に執り行ったその作法に反して、今度は後ろに控える星々の眼が燃えるように、貫くように、抗う様に、挑むように、不敵な瞳と笑顔で女王を貫いた事だろう。

 

 そんな不遜な態度に誰もが息を呑んだ。

 

 かつて、女王が君臨した時に行った苛烈な施策。それに唯一、真っ向から反抗し、勝利をもぎ取ったこの反乱者たちが取るには最もふさわしい態度である。だが、それは決して恭順を示す式典に相応しいものではなく―――それによって、再び女王の逆鱗に触れるその姿に誰かが“気狂いめ”と悪態をつき、皆が恐怖で身を固くした。

 

 

 だが、その予想は意外な結末によって裏切られることとなる。

 

 

「――ふん、遅刻寸前まで演出にこだわるくらいならばもっと余裕を持って行動しろと新人教育の頃に叩きこんだつもりだがな?」

 

「――ですが、“ゲストを楽しませるならばその上を行け”とも教わりましたので」

 

 

 睥睨する女王と頭を深く下げる魔法使いの皮肉気で、存外に気安い言葉の応酬。

 

 それを面白くもなさそうに鼻を鳴らした彼女が立ち上がり、息を呑む民衆へと語り掛けるためにマイクを手に持った。

 

「せっかくの余興ついでだ。皆、そのまま聞け」

 

 万民の視線を受けてなお、彼女は揺るがぬ声で語る。

 

「私が前社長を追い落とし、この席に着いてからの動乱は諸君も知るところだろう。

 

 無駄を切り捨て、膿を削り落とし――――何より、力の無い者を蹴落とした。

 

 その変化に戸惑ったものもいるだろう。冷や汗をかいたものもいるだろう。夢を壊され私を憎んだものもいるだろう。だが、そんな諸君らに私は道を示したはずだ。

 

“勝ち続けろ”、と。

 

 そもそもが、美城という家系には―――346芸能プロダクションという会社にはそれだけしか道はない。それだけでこの芸能界最大手へとのし上がってきた。

 

 “勝利”とは前進であり、“収斂”である。

 

 諸君らが我を通し、意を通し――――“夢”へと至りたいのであれば切っ先を研ぎ続けろ。

 

 その研ぎ澄ました全身全霊で私を打倒し、黙らせてみろ。

 

 それすらできぬ弱者は口を噤んでいるがいい。私が求めているのは恭順ではない。

 

 “結果”だ。

 

 この夢に狂ったシンデレラと魔法使いのように―――その切っ先こそが頂点たる346に相応しい。

 

 

諸君たちの健闘を期待している。――――以上だ」

 

 

 投げやりにマイクを放って、席に腰を下ろした彼女。

 

 本来ならば―――最高責任者の開会の言葉が終わったのだ。万雷の拍手でその祝辞を受け止めねばならないはずなのに、誰もが動けなかった。

 

 あまりに苛烈なその言葉に。

 

 あまりに重たい重圧に。

 

 そして―――ソレが叱咤激励の言葉ではなく、本当に彼女は“無能”だと判断すれば迷いなくその剣を振り下ろすという事を知っていたから。

 

 誰もが、息一つ。身動き一つによってその瞳に止まることを恐れた。

 

 ましてや拍手など、と誰もが思っていた――――――はずだった。

 

「積極性なんて…説教くせぇっス……ふふっ」

 

 その凍った世界で響いた、その声。

 

 

 初めは、魔法使いとその杖の小さな溜息。

 

 そして、徐々に広がる星々のさざめきの様な笑い声。やがて、それは会場の隅から隅まで届く大笑いとなって―――ソレを誤魔化すかのように彼女達はいまさらに拍手を打ち鳴らす。

 

「ちょ、楓ちゃん、くくくっ―――このタイミングは駄目でしょ、くく」

 

「もー、なんでそういうくだらない事ばっか…ぶふっ」

 

「あはははは! だめ、笑っちゃ駄目なのに、笑いが…」

 

「見紛うばかりの豪胆さよ!(流石です!」

 

 凍った世界の中でゲラゲラと。さっきまでの修道女もかくやと言わんばかりの清楚さなんて欠片も感じさせない笑い声が豪華なホールへと響いていく。誰もが絶望をする民衆をあざ笑うかのように星々は煌めく。

 

 誰かが、もう一度 “物狂いめ” と憎々し気に呟く声も何のその。

 

 結局は常務がフォークを投げつけて、さっさと席へ戻れと怒鳴って司会が平静を取り戻すまでその笑いは止むことはなかった。

 

 その席へと向かう様子は最初の整然とした様子もなくバラバラで、好き好きに雑談まみれ。

 

 まったくもって、締まらない。

 

 それでも、その様子こそが夜空を彩る星の様で。

 

“清冽に 星よ瞬け”

 

 どこかで読んだそんな一文を思い出して俺は小さく息を吐いてその後に続いた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 さてはて、波乱の開会式を終えてしばし。重苦しい空気も出された酒に絆されたのか少しだけ緩くなった頃合いで行われた挨拶回り。武内さんに数人のシンデレラが連れられて回った結果、あちこちから嫌味と文句をたっぷりと頂戴したのだが物好きというものは一定数いるものらしい。

 

 若手が中心であるが、熱意と嫉妬。後はほんのちょっとの苦笑と友好を示してくれる人々もいる事に驚いた。その上、敵意に塗れた瞳も現金なもので美女にお酌をされれば内心はともかく表情が多少柔らかくなるオッサン達―――美人局等には十分に気を付けて欲しい。

 

 そんな苦行もひと段落したところで、そそくさと壁際へと素早く移動した。

 

 席は用意されてはいるが実質的には立食形式に近い形なので会場は人が行きかって微かに騒々しく、慣れない服装と雰囲気は密かに倦怠感を齎して小さく息を吐く。

 

「おーにいさん、お疲れさーん」

 

 そんな憂鬱な気分の俺の隣に、白檀の香りと耳に馴染んだ声がするりと入り込んでくる。胡乱気に視線を向ければ絹のような銀糸の奥に意地悪気に吊り上がった瞳が楽し気に揺らめいて俺にグラスを差し出している。

 

「…そう思うならほっといてくれ。というか、呑んでないだろうな?」

 

「こんな美女が構っとんのに失礼な。飲んどらんけど…おに―さんってウチだけにはアルコール判定厳しくない?」

 

「素面でもめんどくさいのに、酔ったお前の相手なんかしたくないからな」

 

「失礼なやっちゃ」

 

 結構に失礼な発言なのだが妹分の彼女は気にした風もなく笑って受け流しながら、勝手に自前のグラスを俺のと合わせて乾杯をする。

 

「ま、別にええけど。……それにしても、入場の時の演出には思わず笑っちゃった。まさか、おにーさんの軽口をプロデューサーが採用するとは思わんかったもん」

 

「………その話は止めてくれ」

 

 彼女がニヤニヤと呟いた意趣返しに思わず苦虫を噛んだような表情をしてしまう。

 

 出発直前までは普通に入場して武内さんとチッヒだけが普通に挨拶をする予定だったのだ。ただ、俺がなにも考えずに呟いた“この人数だと行進みたいっすね”と呟いたのが運の尽き。しばし、考え込んだ武内さんが何てことの無いように“それでいきましょう”なんて答えてから全員の悪乗りが始まってあんな具合になってしまったのだ。

 

 どこの世界に主催者に開幕前に喧嘩を売りに行くアイドルがいるのか。―――なに、みんな遠い宇宙の戦闘民族出身なの? 馬鹿なの? 死ぬの?

 

「あっははは、でもウチラらしくて私は好きやったな~。引かぬ、媚びぬ、顧みぬ! って感じで。紗枝ちゃんも報道陣にいい宣伝が出来たってよろこんどったよ?」

 

「世紀末の方でしたか……」

 

 ゲラゲラと隣で笑う彼女に溜息を吐いて、件のカメラを持ってる取材班に目を向ける。身内の式としては珍しい上に、何が面白いのか分からないがこのパーティーには普通に報道陣を招き入れている。

 

 そんな中で、あんな騒ぎを起こしたのでそりゃあもう向こうとしては撮れ高いっぱいでホクホクだった事だろう。ついでに言えばいまは紗枝が報道陣捕まえてこれ見よがしに他部署のオッサンにドレスの宣伝をしている――――マジで商魂たくましすぎでしょ、京都人。さすさえ。

 

 そんな感じで周囲を見渡していると、紫安のドレスに身を包んだ同級生“鷺沢 文香”と目が合った。

 

 普段は隠されている深い蒼の瞳はシャンデリアの柔らかい光を反射し、肩から大きく背中まで見せる際どいラインは万人の眼を引き付ける。それでも淫靡さを感じさせないのは彼女自身の深い知性を湛えた雰囲気の賜物だろう。

 

 それでも、もっと際どい姿も普段から撮影なんかで見ているはずなのに彼女の裾が揺れるたび、口元の笑みを隠すように腕をあげるたびに心臓が不定期に揺れる―――あらやだ、不整脈かしら?

 

 そんな軽口を脳内で叩きつつも、こちらに控えめに手を振る彼女に手を軽く上げる。

 

 それだけで済ませるつもりだったのに彼女は一緒に会話をしていた茜たちに一言断ってこちらへと歩を進めてくる。いま、近くに来られるのは、先ほどの更衣室での件もあってご勘弁願いたいのだが―――――と、彼女のさらに向こうに目が留まった。

 

 それは、控室前にいたホテルスタッフの女性だ。

 

彼女は完璧な接客用の笑顔を浮かべて、こちらに歩み始めた。

 

 手にはグラスが乗ったトレー。

 

 あちらが一段落してこちらのパーティーに合流したのだろう、と当たり前の結論が浮かぶ。でも、なぜか――――あの時の違和感が拭えない。

 

 思い過ごし、のはずだ。緊張していたせいだ。そう言葉を重ねても消えないしこりに諦めて違和感の正体を探る。

 

 なんだ? 何に疑念を持っている? 

 

 なぜか高まる鼓動。正体は分からないまま手のグラスを周子に押し付け、こちらからも文香に歩みを向ける。その間にも、三人の位置は近づいて――――スタッフの女が口が裂けそうなくらいに深い笑みを浮かべて駆け出した時にその違和感の正体が電流のように繋がって―――――俺も全力で駆け出した。

 

 

 

 なんで、あの女は警備をする人間であったのに―――扉の正面から来た俺たちに振り返った?

 

 普通は、逆だ。彼女は 前を向いていなければならなかった。

 

 

 それは―――まるで、中に今から入ろうとしていたようではないか。

 

 

 “関係者以外”を追い払おうとしていた彼女が―――なぜ?

 

 

 全身の血が凍るような恐怖を押しのけ、全力で足を回す。

 

 

 ぶつかりそうになる人を押しのけ―――文香を目指す。

 

 

 女も、狂気に塗れた笑顔のまま走った。

 

 

 その手に胸元から取り出した―――鈍重な光を放つ凶器を手に。

 

 

 

 きょとんとした文香の腕を力づくで引っ張り、後ろに放り投げ、可愛らしい悲鳴を背に獲物を横取りされ憤怒に顔を染めた女が勢いそのままに突っ込んでくる。

 

 

 その表情に、恐怖を押し殺して精一杯に強がって嘲笑ってやる。

 

 

 

ざまーみろ、

 

 

 

 世界がスローモーションのように動く中で絶叫をあげる女の凶器が俺の腹に吸い込まれた。

 




_(:3」∠)_ひょうか…嬉しい……みんな、あり、がとぅ………ぅっ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。