デレマス短話集   作:緑茶P

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とある青年の物語は、長い旅路を経て―――――報われます。

これは、いつか来る 別れの前日譚。

貴方にも合ったかもしれない ありふれた物語。

その先を―――皆様も噛みしめて頂ければ 作者冥利に尽きるのです。


【清冽に 星よ瞬け chapter⑤】

 霞んだ視界と意識がぼんやりと浮上して、ゆっくりと焦点があってゆく不思議な感覚。それに伴って朧気だった体も実体をもって脳と絡み始めて鈍い鈍痛と全体的なけだるさを訴えてくる。それに顰めた眉の先に映るのは無機質で薄暗さを湛えた白色の天井。こんな時は“見慣れない天井だ…”なんてテンプレをかますべき数少ない絶好のチャンスなのだろうけれども、幸か不幸かこの状況も二度目なのでまた黒歴史をわざわざ作ることもあるまい。

 

 

 ましてや――――全体的に冷えた体の中で唯一温もりを伝えてくる掌を祈るように握って憔悴している見舞客がいるときにやるべき事ではないだろう。

 

 

「文香、」

 

「―――っ。ひき、がやさん。 目が、」

 

「いや、どうせまた、寝るから誰も呼ばなくていい」

 

 普通に声をかけようとしたのだが乾いた口が上手く動かず掠れて尻切れトンボになった。だが、それでも、見てるこっちが憂鬱になりそうな程に沈んでいた彼女は弾ける様に顔をあげて慌てて立ち上がろうとするのを引き止める。

 

 この気だるさの中、質問攻めにされるのも辛い。それに、血が足りないせいか―――体が随分と冷えているのでもう少しこの温もりを感じていたかった。

 

 そんな俺の言葉にしばし逡巡した彼女は、やがて諦めたように息をついて腰を下ろし手を握り直しながら確認するように言葉を紡ぐ。視線と共に真っ直ぐと向けられる善意と意思は少しだけくすぐったく、それを誤魔化すように苦笑して思いついた言葉を零していく。

 

「少しでも、体調が悪そうでしたらすぐにナースコールをします。――どうか、今だけは無理をしないでください」

 

「ん、―――どれくらい寝てた?」

 

「あれから、半日ほどたってます。本当に、本当に奇跡的に内臓が傷ついていなかったので感染症などの可能性は少なかったそうですが――刺さった凶器を抜いたせいで出血がひどく周子さんが応急処置をしていなければ命に関わったそうです」

 

 彼女が淡々と告げる自分の状況に思わず笑いそうになる。

 

 我ながら悪運の強い事ではあるが、それを自分で台無しにしているのだからもう笑うしかないだろう。だが、あの式典で凶行があっただけでも大問題な上に、外部の報道陣に怪我人が出た事をすっぱ抜かれでもしたらそれこそシャレにならなかった。創立記念が終業記念に早変わり。

 

 刃物がぶっすりと刺さって飛びそうになる意識と情けない悲鳴を噛み殺し、周子が目を引いているウチにナイフを引き抜いて血を拭った。その瞬間から飛び出てきそうになる血と激痛を気合で抑え込んで滲む血が服を汚すのを摘んで離すことで誤魔化した。―――もはや、ヒーローというよりドМの所業である。

 

 当たり前の話だけど、誤魔化しきれるわけがない。

 

 だから、早々に常務を呼んで注目をすり替え、周子に壁になって貰って演じた一世一代の猿芝居。近くから見ていた人間には速攻でバレたであろうが、要は報道陣だけ誤魔化せれば後はどうでも良かったのだ。まあ、案の定、それでこうなっているのだが。バイト一匹で大企業を、いや、女の子一人を救えたのだから対価としては十分だろう。

 

 だから――――これだけ頑張ったのだからどうか、そんな顔はしないで欲しい。

 

「全部、丸く収まったんだから――泣くなよ」

 

 手を両手で握り、泣きじゃくる文香に弱々しくそういう事しかできない。

 

 どうにもこうにも、自分はいつもそうだ。

 

 良かれと思った事や、全力で取り組むと必ずこうなる。

 

 泣いてほしくないと。幸せであって欲しいと願う程に周りを泣かせてしまう。

 

 高校の、いや、人生から何も学ばず―――佇んでいる。

 

 それが、少しだけ虚しくなって苦笑を零そうとした瞬間に―――驚く程に強い力で手を握られる。その熱さに、息を呑み―――

 

「……“どうして”とか、“私がそうなれば”なんて考えがずっと絶えません。でも、それはきっと、ただ茫然と守られていた私が言うのは周子さんや、常務さん達。何より―――貴方への冒涜だという事も、分かっているんです。だから、私は、私ができる事を必死に考えました。でも、どんなに考えても一個しかなかったんです」

 

 

 

「ありがとうございました。貴女のお陰で、私は  救われました」

 

 

 

 そういって、無理やりにでも微笑む彼女に  息を 呑んだ。

 

 

 あぁ、畜生。

 

 我ながら単純さに呆れる。

 

 いままで、本気で取り組んだ事はいつだって空回り。

 

 考え付く限り最良の結果は 怒られ、恨まれ、泣かせ――全部を台無しにしてきた。

 

 そういうもんだと思ってた。

 

 だけど、どうだ。

 

 こんな単純な一言で―――こんな単純な一言を俺はずっと待っていた。

 

 あぁ、畜生。ちくしょう。

 

 気だるくて鈍痛で最悪な気分が随分と良くなって、冷え切った体は急に温まってくる。

 

 胸の奥にずっとぽっかり空いていた穴になんかがすっぽり嵌っちまった。

 

 これが、ヒーローの気分って奴だろう? そりゃあ、たまらん。

 

 しがない脇役の嫌われ者だって―――こんなに体を張った日くらいはそんな勘違いをさせてくれるこの少女に乗せられたって、罰は当たらないだろう。

 

「あぁ、お前が怪我しなくて――よかった」

 

「いまは、ゆっくり―――休んでください」

 

 そんな味わった事のない温もりが急に俺に眠気を誘う。そんな中で絞り出した言葉に彼女は優しく微笑んで俺の頬を撫でて子守唄の様な声をかけてくれる。

 

 微睡みに落ちていく意識の中で、その温もりを感じながら俺は―――小さく独白する。

 

 

 

 俺の重ねた間違いだらけの青春も――――存外、捨てたもんじゃない。

 

 

 

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 蒼白ながらも穏やかな表情で最後まで人の心配を口ずさんだ彼は、そのまま静かな寝息を立てて眠りにつきました。

 

 一瞬だけ、血塗れで倒れていた彼が目を瞑るときの恐怖がフラッシュバックし胸が締め付けられますが――穏やかな呼吸を繰り返しているのを確認して小さく息をつきます。掴んでいた手の冷たさに名残惜しさを感じながら離し、肩が冷えないように布団を整えなおす。そして、最後に―――その整った額に触れるだけの淡い口づけをして彼の元を離れます。

 

 むずがるような彼にそっと微笑んで、病室を後にします。

 

 

「最後のお別れは――すみましたか?」

 

 

 開いた扉が音を立てないように細心の注意を払って締め、息をついたのと同時に刺すような声が背中にかかります。普段なら、委縮してしまいそうなその声音もいまだけは求めてやまない糾弾をしてくれる貴重な声です。

 

 きっと、誰も自分を責めてくれないから。

 

 正しい権利に乗っ取ったそれは、今の私にはむしろ救いに感じます。

 

 その声に導かれるように振り返れば彼によく似た髪の跳ね上がりと、八重歯が覗く少女がいました。おそらく、普通に出会っていれば可愛らしく、愛らしいはずのその顔は今は冷たく、責める様な色合いを多分に有しています。

 

 それは、彼が、彼を大切に思っている人がいる証明で。

 

 私を裁いてくれる貴重な人です。

 

 彼女の名前は“比企谷 小町”さん。彼が日頃から大切にしていると公言している彼の妹さんその人です。

 

「はい。本当に、ありがとうございました」

 

「………約束通り、これで“金輪際、皆さんはウチの兄に近づかない”という条件はきっちり守って貰います」

 

「――――はい。会わせて貰っただけでも、感謝に、堪えません」

 

 怜悧な声で、睨むように圧をかけて彼女が言った言葉に―― 一瞬だけ息を呑んで、深々と頭を下げて答えた。

 

 当たり前の話ですが、病院に駆け込んだ彼のご家族は常務直々にされた事情説明と今回の事件をもみ消すという謝罪に激怒しました。それでも、彼自身がソレを強く望んだという事を受け“二度と関わるな”という条件の元にソレを了承しました。

 

 その家族を傷つけられ当たり前の怒りに燃える彼らに、恥知らずにも私は這い蹲って嘆願をしました。

 

 “一目だけ、彼に謝らせて欲しい”、と。

 

 それに更に激昂した彼の両親に待ったをかけて取りなしてくれたのが彼女なのです。だから、このどうしても伝えなければならなかった言葉を伝える貴重な機会を得ることが叶った。それだけでも彼女に感謝は絶えません。

 

 そんないつまでも頭を下げ続ける私に彼女は深く溜息を吐いて、少しだけ疲労を滲ませた声を漏らす。

 

「……ウチの兄って、馬鹿なんです」

 

 その唐突な言葉に驚いて顔をあげた私に、彼女は先ほどまでとは違った困ったような笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「捻くれてるくせにお人好しで、斜に構えてるくせに変に素直で。前は轢かれそうな犬を助けるために車に飛び出しました。その他にも色んな問題を自分の体と心をすり潰して解決して―――憎まれて。

 ほっときゃいいのに。自分の大切な物だけ守ってりゃいいのに、“大切なもの”の全部を守ろうとしてちっちゃな風呂敷をボロボロにしちゃう大馬鹿です。だから、今回の件も兄がまた馬鹿をやったって分かるんです」

 

 その言葉は、自分の知っている彼そのもので。場違いにも、嬉しくなった。そして、――――その数倍、悲しくなった。

 

「でも、もう、ソレを見守るのも家族としては限界です。二回も、家族が死ぬかもしれない恐怖を感じるくらいなら―――兄の方を縛らせて貰います。

 どんなに言って聞かせてもあのバカ兄は、お人好しは自分の命や、そのことであの人を大切に想ってる人間がどんなに傷つくか分からないから!! あの人が傷つかないように、私たち家族が守ります。だから、―――――――二度とお兄ちゃんに近づかないで」

 

その、言葉に、溢れる彼への想いに、愛情に―――ようやく、諦めがつく。

 

息を荒げ、大粒の涙を流す彼女に私は、もう一度深く頭を下げその場を去ります。

 

その、彼女の激情に―――私が一体何を言えるというのでしょうか?

 

私が、私は、 “鷺沢 文香” にそんなものを望む資格なんて 

 

微塵もないのです。

 

 

 

 だからどうか、  せめて

 

 

 彼がどんな道を歩もうと―――その道を照らす光でありたいという願いくらいは、許してください。

 

 

 私が、彼を見失っても―――彼がどこにいても見つけられる輝きになる。

 

 

 それだけが―――――救われたこの命の、使い道です。

 

 

 清冽に、瞬く   星となって魅せましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 だからどうか、貴方の人生に幸多からんことを。

 

 そう願う事だけは、許してください。

 




_(:3」∠)_もうちょっと続きます。


なので評価をぽちっとしてくださると喜びます(笑)

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