デレマス短話集   作:緑茶P

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 これは、とある青年と少女の物語。

 目の前のハッピーエンドにどこまでも行きつけない、すれ違い続けた喜劇。

 それでも、ほんの少しだけ前に進みます。

 一人と一人では空回る道も、恐る恐る、探るように伸ばした手を触れさせてつま先分だけ進みます。

 滑稽で、哀れで、失笑物の 愚か者たちの一段落。

 だけれども、魂を燃やすほどの真剣さがない物語は 

 きっと駄作として 嗤われもしない事でしょう。

 どうか、そんな二人に 最後に 大団円が訪れますように。

 ささやかな祈りを込めて お読みくださいませ。



【清冽に 星よ瞬け chapter Last】

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“衝撃! 業界最大手346プロダクションの式典で大波乱”

 

 昨日に行われた芸能界きっての大手346プロダクションの50周年を記念する催しが都内の某ホテルで執り行われた。自らの会社を“城”と称する事を憚らないだけあってその舞踏会は見事と称するほかない程にきらびやかであった。

一流の会場に、最高峰の料理に美酒。そして、芸能界の最先端を走る各部署の重役とタレントが居並ぶその光景はそのまま国内のアカデミー賞を発表すると言われても誰も疑う事はなかっただろう。

 

 だが、そんなそうそうたる面々の上座で圧倒的な存在感を示す女王“常務 総取締役”である美城氏に噛みつく一団が入場することにより場の空気は一変した。

 ご存じ“シンデレラプロジェクト”である。彼らの創設時の上層部との諍いはもはや周知の歴史であり、あらゆる方面で世間の注目を集めるこの面子が今日もやらかした。

 

 ソレは華やかなドレスで武装した軍隊であった。

 

 魔法使いと呼ばれた武内氏の後を整然と並んだシンデレラ達は美城氏に見事なカーテシーで忠誠を誓う動作を行いながらも睨みつける様な獰猛な笑顔で頭を垂れないという反逆の意思を示した。

 緊張が走る現場に誰もが息を呑んだが、美城氏は泰然とその挑戦を受ける形をそのまま全社員の激励とする見事な切り返しを見せつけその貫禄と懐の大きさを見せつける形で開会式の幕を閉じた。

 

 だが、それだけで終わらないのが346プロ。順調にプログラムを消化していき誰もが絶品の料理と酒に気が緩んだ瞬間に事件は発生した。

 ホテルの従業員に扮した女が刃渡り30㎝(写真1)はあろうかというナイフでシンデレラプロジェクトの所属アイドル“鷺沢 文香”に切りかかったのだ。だが、その凶行は直前でスタッフに防がれ、間髪入れずに同所属の“塩見 周子”(写真2)の渾身の拳によって冗談のように吹き飛ばされる形で奇跡的に負傷者無しで事件は幕を閉じた。

 

 容疑者の女は以前に握手会で鷺沢に悪質な悪戯を行った前科持ちで、整形などを行っており潜入も巧妙な手口を使っている事が自供で明らかになったが本来は重い警備責任や管理責任が問われる事態。だが、そんな危機すら拳一つで解決するその逞しい姿勢は“美しい城”という反面に芸能界きっての武闘派である346プロダクションの健在さを内外に知らしめる皮肉な結果となり、良くも悪くも芸能界を震撼させた。

 

 波乱続きの346プロダクション。だが、その話題と輝きは退屈な自分たちの生活に刺激的なものに変えてくれる救世主であるのかもしれない。

 

 またこの事務所がどのような未来を歩むのか我々の期待は高まるばかりである。

 

 

―――――――――――――――― 

 

 

 

 何度も読み返した雑誌の切り抜きを見て“クスリ”と小さく笑いを零し、私“鷺沢 文香”はソレを丁寧に畳んでポーチへと仕舞います。

 

 あれから、早いもので一月が経ちました。

 

 最初、世間はこの事件で大いに賑わいましたが、常務の毅然とした対応と凶行を未然に防いだ周子さんのあっけらかんとしたインタビューと当時の凄まじい気迫の籠った彼女の写真が話題となり―――何より、“負傷者がいない”この事件は世間に問題よりも明るいニュースとして持て囃され、あっという間に忘れ去られました。

 

 きっと、誰もが必死に力を尽くしてそうしました。

 

 上手くもみ消した上役の努力も

 

 インタビューに明るく答える度に楽屋で血が滲むほど拳を握りしめた周子さんも

 

 まるでその事件に気づくことなく終わってしまい絶望と後悔に苦しむメンバーも

 

 彼の献身を無駄にしないように全力を尽くして得た最良の結果です。

 

 その中に、命をとした青年の物語が語られずに終わってしまうという矛盾すら誰もが血反吐を吐く思いで成しえたのです。ソレがあの人が望んだ結果だと誰もが知っていた。だから――――もう、私たちは進むほかに残されていないのです。

 

 そう、気持ちを新たにして私は静かに拳を握り閉めました。

 

 

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 あれから、ほとぼりが冷めてすぐに大学に休校届を出して芸能活動に専念することにしました。本来は退学届けを提出したのですが、教授に受け取って貰えずにそうなってしまいましたのが惜しまれます。

 

 有難い事にお仕事は絶えずやってくるために毎日が目の回るような忙しさです。

 

 逆に、これだけ押し寄せてくる仕事の中でよく大学にあれだけ通わせて貰っていた事に驚きます。ソレが、かつてずっと隣で皮肉気に笑っていた彼を思い起こさせ胸を締め付けますが、その弱さを切り捨てて進むと決めたのです。本来は、ずっと前にこうなってしかるべきだった事を隣にいてくれた彼が肩代わりしてくれていただけです。

 

 

―――ソレを寂しく想う資格なんて、私にはない。

 

 

 そんな身勝手な感傷を消すにはこの忙しさは実に好都合でした。

 

 声を掛けられれば、どんな仕事も受けました。

 

 日本の端から端まで。大きな仕事も小さな仕事も、たまには海外にだって。移動中に台本を読み、資料を叩き込み、空いた時間はレッスンにつぎ込み、予定は一瞬も明けないようにあらゆる手を尽くしました。

 

 武内さんやちひろさんに怒鳴られました。

 

 以降は自分でセルフマネジメントすることにしました。

 

 仲間が泣いて引き止めました。

 

 ガラスを素手で叩き割ったら黙りました。

 

 トレーナーさんが“休みを挟まなければレッスンはしない”と言いました。

 

 自費で別のトレーナーを雇いました。

 

 周子さんと久々に会いました。

 

 お互い似たような酷い顔でしたが、“仮面”を付けて微笑めばまだまだ余裕があるとお互いに元気を貰いました。

 

 常務に呼び出されました。

 

 “予定に4時間の睡眠を入れればもっと仕事を入れてやる”と言われましたので“2時間”にすることを条件にその提案を受け入れました。

 

 最初は体が辛くなって効率も落ちてしまったのですが、段々とソレも無くなってきたのは僥倖でした。体は常にベストな状態を保ち、思考はやけに明朗でした。苦手だったトークも演技も上手くなっていいことづくめです。

 

 移動中に転寝をしたときに夢を見ない程に深く意識を落とせるのも最高でした。

 

 切り捨てたものが自分を不条理に攻め立てるのは耐え難い苛立ちを感じて飛び起き、物や人に当たり散らして涙が止まらなくなるという経験は何度もしたいものではありません。

 

 そんな日々に、愛していたはずの書にすら彼の面影を感じて破り捨てた。

 

 そこまで切り詰めて、駆け抜けて―――きっと私はようやく人並みです。

 

 誰よりも輝く星になるため、当然の努力です。

 

 

 でも、少しだけ――――疲れているのかもしれません。

 

 

 なぜか、懐かしいあの匂いが鼻孔を擽るのです。

 

 

 嗅ぎなれた紫煙の香りに男性特有の汗の匂い。それに、ほんの微かに薫る紅茶の香水。

 

 大好きだった、寄り添った時にだけ感じられたソレを何故かすぐ隣から感じます。

 

 触れそうで触れないもどかしい距離でもはっきりと感じる温もり。

 

 その感覚に大きく揺らぐ世界のバランスに頭痛と、瞳から雫が勝手に湧き上がります。

 

 

 そんな、バラバラになりそうな私に―――あの夜に最後と決めた声が響きます。

 

 

「ちょっと、困った事がいくつかあってな」

 

「………なんでしょう、か?」

 

 

 変わらぬ声が飄々と響き、詰まる息を必死に飲み込みます。

 

 

「ひとつは、代返を頼んでた知り合いが勝手に休学してて単位落としそうなんだ」

 

「……もう、暇が出来たんだからご自分で出たら、いいのでは?」

 

「なるほど。 それと、もう二つある」

 

 

 荒れ狂う感情を押しつぶして、会話を、続けます。

 

 

「…伺います」

 

「買ったばっかりのスーツがボロボロになってな。どっかいいのがないか困ってんだ」

 

「……知り合いに、飛び切りに丈夫なのを頼んでおきます」

 

 

 あの日の後悔が、胸を引き裂くの痛みに堪える私に彼はなおも言葉を紡ぎます。

 

 

「助かる。 そんで、最後の一つ ―――バイト狂いで親に勘当された馬鹿が学費を稼ぐためいい職探してるんだが……社畜アシスタントなんて入用じゃないっすかね?」

 

「――――本当にっ、貴方って人はっ!!」

 

 

 あぁ、もう駄目です。

 

 必死に堪えていたものが勝手に胸から飛び出てしまう。

 

 あれだけ、覚悟して、決意した想いを滅茶苦茶に踏みにじるその行いに―――私の弱い意志は簡単に蹴散らされてしまいます。

 

 泣いて、喚いて、怒って、嘆いて――――思い切り彼を抱きしめて、その存在を感じます。

 

 これさえあれば、他に何もいらなかったのに。

 

 貴方さえ在れば、何も求めなかったのに。

 

 それを必死に手放した私を嘲笑うかのように隣で苦笑を噛み殺す彼がどこまでも憎らしく――――愛おしい。

 

 

「――――おかえり、なさい」

 

 

「おう、ただいま」

 

 

 そんな短く、待ち望んでいたやり取りを最後に―――私はあっさりと意識を手放しました。

 

 

 

 

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 見覚えのあるはずの顔は随分と痩せこけていて、たった一月会わなかっただけなのにまるで別人のように思えた。

 

 それでも、まさかここまで来て気まずくて引き返すわけにもいかないのでいつもの様にヘラヘラと声を掛けたら見た事もないくらい愛憎入り混じった顔で睨まれ、泣かれ―――聞きたかった言葉を呟いてくれたので一安心した。

 

 俺の簡素な言葉を聞いてそのままぶっつりと動かなくなったので死んだかと思って焦ったが、深い寝息を聞くに寝てるだけの様でまた安堵の息をつく。

 

 そんな彼女の眼の下に刻まれた深い隈に呆れのため息を吐いて、彼女の頭を膝にのせて携帯をいじいじ。とりあえず、俺の度肝を抜いた分刻みのドン引きスケジュールは阻止できたのだから残りの調整は優秀な上司に丸投げさせて頂こう。いや、むしろ今更あれを俺ごときがどうにかしろって方が無理だろ…。

 

 簡素に“文香 確保しました”と送れば“了解しました。絶対安静にさせてください”との無機質な返答。病み上がり一発目に別の人間の看病をするとはお天道様もびっくりである。

 

 そんな状況に頭をガシガシと掻いて溜息一つでケリをつけ、細巻きをプカリ。

 

 その拍子に痛む頬の親の愛にもう一度だけ苦笑と謝罪。

 

 まあ、端的に言えば――退院するときに家族が『もうあんなバイトは辞めろ』という至極真っ当で当たり前の心配をふつうに断ってしまった。

 

 お袋は泣いてくれ、小町は怒鳴り、親父はブチぎれて俺を泣きながら殴った。

 

 そんな光景に本当に愛されている実感と罪悪感を感じつつも、俺は意思を曲げなかった。いま何度思い返したって本当に親不孝者だ。

 

 それでも、たかがバイトなら俺だって家族を優先する。そもそも、ただのバイト先の“アイドル”なら、こんなキツいバイトは既に投げ出してる。

 

 でも、“アイツ等”はもうそんな部分をとっくに踏み越えちまってんだ。

 

 ただの“少女”だったあいつ等が、全力で“何か”になっていくその軌跡は俺が掴めなかった真実の一端だ。ソレは代償行為かもしれない。自己満足かもしれない。それでも、その結末を見届けたいと思ったのだ。

 

 あの輝ける星が、どんな星座を描くのかを―――見届けたいと願った。

 

 頑なに意見を曲げない俺に親父は血でも吐くかのように勘当を言い渡して病室を後にした。お袋が泣きつくのに“ゴメン”なんてしか答えない俺に小町は辛そうな顔で苦言を残してお袋を外に連れ出してくれた。

 

 ほとぼりが冷めたら、土下座をして謝ろうと決意して俺は病室を後にした――直後にこれである。

 

 あれだけカッコつけて、迷惑かけて親子喧嘩してきたのに張本人に“いらん”なんて言われたら目も当てられなかったのでとりあえずは一安心。

 

 

 いまだにチクリと痛む腹を煙で誤魔化す。

 

 それでも、この傷がこの膝で眠る少女につかなくてよかったと心底思う。

 

 だけど、そのせいで自分を滅茶苦茶に追い込まれたんじゃ――意味がない。

 

 そんな普段は大人しい癖に、両極端な同級生に小さく苦笑を漏らした。

 

 

 

 

 こんなんじゃ、まだ――――このアシスタント業も離れる日は遠そうだ。

 

 

 

 そんな安心とも苦みとも取れない独白を、一人胸に抱いて俺は紫煙を空に溶かした。

 

 

 

 

 

 




【KRONE 編】  true end  FIN



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