デレマス短話集   作:緑茶P

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_(:3」∠)_ゆい、かわゆい………うふふ


釣った男 と 釣られた魚

 

「“はっちゃん”ってさー、釣った魚には餌をあげない主義?」

 

「はあ?」

 

 現場帰りのマックにて唐突な隣からの問いかけに思わず眉をしかめて目を向ければ 、いまや人気絶頂中のアイドル“大槻 唯”が行儀悪くテーブルに寄っかかりつつちょっとだけ恨めし気な目で睨んでくるのと視線がかち合った。

 

 ギャルという性質か、はたまた本人の資質によるものか話題も興味もくるくる目まぐるしく変わる彼女の言動は長い付き合いでソコソコに理解し始めているつもりではあるが、今日はそれに輪をかけて良く分からない内容である。

 

「よく意味は分からんが……昔、釣りに連れて行ってもらった時は“釣った魚は自然に返すのが粋”だって習った覚えはあるな」

 

「うっわ、一番さいあくなパターンじゃん……」

 

 良く分からないなりに答えてみると一層にげんなりした様子でシェイクをじゅるじゅるする彼女の反応に困惑は深まるばかり。

 

 以前、平塚先生に連れられて行った渓流釣りで習ったその流儀はまぁ確かに俺も思う所があったのは確かだ。わざわざ苦労して取った魚を味わうこともなく戻すのだから何の罰ゲームかとも思ったものだ。だが、まぁ、ソレが“粋”だというのなら仕方がない。―――それに、その近くの養殖場の釣り堀でしこたま釣ってビールと共にかっ喰らった魚だって悪い味ではあったのだから異存だってない。

 

 閑話休題。

 

 問題は、唐突にそんな事を言い始めたこの少女の真意である。はて、釣りに興味があるようには思っていなかったのだが…?

 

「別にいいだろ、自然に帰ってく姿なんて感動的ですらあったぞ?」

 

「唯が魚なら、残さず骨まで食べて欲しいの!」

 

「男らしすぎるでしょ…なに? 大槻家はそんな大自然の厳しい掟に準拠した教育を行ってるのん?」

 

 ターザンかよ。あの歌唱力は雄たけびから生まれてたの? なんて阿呆な事を考えていると今度こそ“うがー”なんて雄たけびを上げ頭を抱えた彼女が一気に詰め寄って牙を剥く。近い近い、ときめきよりも柵のない動物園の様な緊張感に思わずたまひゅんだ。

 

「そうじゃなくて~~!! というか、唯が何も知らないと思ったら大間違いなんだから!! 凜ちゃんとは犬のお散歩、紗枝ちゃんとは京都デート、周子ちゃんとはいっつもいちゃついて、茜ちゃんとのスポーツ、ふみふみとはお勉強デート、フレちゃんとは温泉街、みりあちゃんとかありすちゃん達とは遊園地!! その他にもいっぱいいっぱいサービスしてるのに唯だけ何にもないじゃん!! そ―いう“差別”って良くないと思う!!」

 

「あぁ、“餌”ってそういう事か……」

 

 肩口を掴んでがっくんがっくん揺らしてくる彼女に辟易しつつも彼女の言わんとしている事がなんとなく分かってきた。要は、息抜きに遊びに連れていけという要望だったらしい。――――というか、何がデートだ。全部、仕事の付き添いか引率。後は、買出し等に付き合わされた奴ばっかじゃねぇか。私生活にまで伸びる会社の魔の手に社会の闇を感じるぜ。

 

「いや、なんか不公平そうに言ってるけどお前もスペインとか行ってるじゃん。十分に満喫してるじゃん」

 

「はっちゃん 居なきゃ 意味ないじゃん!!say ho--!」

 

 興奮のし過ぎでラップみたいになった唯がさらにびーびー泣き喚く。

 

 というか、俺がスペイン行ってどうすんだよ。幸子のせいで多くの国に渡らせられ、多少の外国語はいける様になってしまったがポルトガル語までは未習得である。しかも、バラエティーのざっくりした状況じゃなくガッツリしたライブコンサート。当然のように346の海外部門と武内さんでがっちり万端の準備で臨んだ。それでも、一通り観光までしてきて不満をあげるとは解せぬ。

 

「……で、結局のところはどうしたいんだ?」

 

「唯とも遊んでっ!!」

 

「いや、スケジュール的にしばらく無理でしょ…」

 

「もうちょっと粘ってよー!!」

 

 もうめんどくさくなって直截に聞いてみると見事にシンプルな返答を返された。だが、予想通りの言葉を叶えてやるには随分と彼女は人気者で、自分ら事務方はアイドルに対して少なすぎる。

 現状ですら全ての現場を回り切れず半ばセルフマネジメントに近い形で対応してもらっている上に、新人アイドルのアシスタントと数々の書類。その他、雑多な業務が山積している。その上、大槻はあの事件以来さらに知名度が上がり計画された休暇以外はスケジュールがみっちりでその中に彼女単品に時間を割くというのは現状では難しい。ましてや、それが仕事でもなく完全なプライベートとなれば様々な理由で不可能に近い。

 

 今日だって他の現場周りの帰り道に奇跡的な時間の隙間が出来たから様子を見に覗いただけの話なのである。そのことを彼女自身も分かっているのか悔し気に俯いてストローを八つ当たりのように噛んで唸る。その様子に思わず苦笑を堪えきれない。

 

 まあ、世間一般で言えば遊び盛りな彼女らが忙殺されて遊ぶ暇がないなんて実に残酷な事なのだろう。――――あれ、そういえば同じく人生の夏休み“大学生”である俺もこんな社畜生活を送ってるって悲劇過ぎん?

 

 最近、意識から消していたはずの矛盾がふっと浮き上がって俺まで鬱になってきてしまった……完全な巻き添えである。

 

「うぅー、きっとはっちゃんは私の事なんて嫌いなんだぁ。だから、みんなのデートには時間作って私の時は速攻でことわっちゃうんでしょ…」

 

「ついに、めんどくさい彼女みたいな事を言い始めたな…」

 

「え、彼女なんて――はっちゃんたら大胆なんだからも~。そういうのはもっと段階踏んでから、でへ、でへへ」

 

「もう色んな意味でお前に対して不安しか湧かなくなってきたよ……。しかし、“デート”ねぇ…」

 

 いじけたように指を突き合わせて泣き落としに方向転換した彼女は適当な俺の一言で今度は有頂天気味に染まった頬に手を添えてもごもご訳の分からんことを口走る。こんなにちょろくてこの娘は一般社会でやっていけるのか不安に思いつつも思考は別方向へそれていく。

 

 そもそもが――――“デート”とは何をもって定義するのか?

 

 辞典なんかじゃ“男女の仲を進展させるための行動日程”的な言い方で総括されてるし、単純に“日付”ってこともあるが―――まあ、“友人”っていう言葉の定義よりは優しい言語である。だが、困った事に人生経験の少ない自分はそういった経験が著しく少なく、その数少ない経験が一色との予行練習と、由比ヶ浜に呼び出された水族館で一般的なものとは随分かけ離れている。そんな中で、この少女が求める“デート”というものの定義にちょっとだけ興味が湧いた。

 

 いや、正確には―――“普通の人”がどう思い浮かべ、どう感じるのかが気になった。

 

「大槻、お前的にはどんなのが“デート”になる訳?」

 

「へ? えーっと、そりゃあ……好きな人と一緒にお出掛けしたり、ご飯食べたりー、後は遊んだりじゃない?」

 

「―――そう、だよなぁ。というか、普通はめんどくさい事抜きにしてそういう気持ちを届けたくて、重ねたくて誰もが普通にやることだよなぁ……」

 

 きょとんと、当たり前の事のようにそう答える彼女の純粋さがちょっとだけ新鮮で、新鮮に想う自分のひねくれ加減につい苦笑を漏らした。

 

 そして、人からの“好意”というものを病的に疑う自分にはやっぱり永遠に関係のない単語だという確信を得て俺は密かに安堵の息をつく。好意とか、善意とか、繋がりだとか―――そういう勘違いを重ねて出来た俺の古傷は優しく疼いて俺の新たな過ちを正してくれる。

 

 そういう世界と自分の“ズレ”への実感は、俺を正しく導いてくれる。

 

「残念ながらデートは出来そうにないが―――息抜き程度なら付き合ってやるからそれで勘弁してくれ」

 

「えっ! マジっ!! やった!! ねぇねぇねぇ、どこ行こうか! うわぁ、がぜん明日のお仕事にやる気出てきたー!!」

 

 無邪気に、現金に。文字通り飛び上がって喜ぶ彼女に溜息一つ吐いて俺はコーラを流し込みつつ思う。

 

 “好意を寄せあった男女の逢瀬”が“デート”の定義ならば、きっと自分は一生ソレを体験することはできない。―――それでも、お疲れでグロッキーな少女の気晴らしに付き合う程度ならば自分にだってできる。

 

 好意だの、愛情だのは結局、知ることが出来なかった自分だが、少なくとも“親愛”程度はあの高校生活で得たつもりだ。だから、その線引きを慎重に見極め、越えないように、越えさせないように―――曳かれ者の小鬼は臆病に、皮肉気に沈みゆく夕日に手をかざす。

 

 

 祈るように、懺悔をするように、身勝手に手を重ねる。

 

 

 将来、この少女がつく傷が。

 

 勘違いが、どうか浅いものでありますようにと。

 

 

 かつて、あの教室で共に罪と傷を背負った俺たちのようになりませんようにと、身勝手な願いを静かにこの少女に押し付けた。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

――後日談 というか 蛇足――

 

 ~とある事務所でのつまらない会話から抜粋~

 

チッヒ「比企谷君」

 

八「なんすか」

 

チッヒ「最近、アイドルの娘達の会議で苦情が上がってきまして…」

 

八「……苦情? ハハッ、ついにピンハネの多さに断罪でも?」

 

チッヒ「ええ、なんでも“一部のアイドルだけスタッフに優遇されている”という内容でして…ねぇ、心当たりありません?」

 

八「……ないっすね」

 

チッヒ「そうですよねぇ。唯ちゃんと桜見に行ったり、美波ちゃんとお買い物したり、蘭子ちゃんとハンバーグ食べに行ったりなんかしてない貴方には…関係ない話題ですよねぇ?」

 

八「…………(冷汗」

 

チッヒ「当方としても、そんな根も葉もない噂を根絶するためにこんなものをアイドル達に配布することにしました」

 

八「“スタッフわがままチケット”?」

 

チッヒ「ええ、このチケットを使うことによって我々スタッフにできる範囲で我儘を言えるという名目です。これによって、不公平性は―――なくなるでしょう?」

 

八「ちょ、まっ!!」

 

チッヒ「おだまりなさい!! 誰のせいでこんなの作る羽目になったと!! というか、篭絡して操るならもっと骨の芯まで徹底的に骨抜きにしなさいとあれほど―――!!」

 

八「前から思ってましたけど、本当にクズだなアンタ!! というか、どうすんすかこんなん!!」

 

 

―――――喧々諤々――――――

 

 

 今日もデレプロは騒がしく平和であったそうな。

 

 

 

 FIN

 




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