息を深く吸い、頬を張る。じんじんと痛みを伝える頬のせいで滲む視界をキッと見上げれば気どった時計塔がこちらを悠然と見下ろしてくる。そいつから視線を下ろせば、お高い服に身を包んだ社会人がうぞうぞ行きかっている。だが、時計塔が何するものか。お高い服が何ぼのもんか。
こちとら、学生の正装と書いて学生服。お金では買えない若さの象徴!! いったれ、城ヶ崎 美嘉!!そんな激を自分に入れて力強い一歩を―――
「…お前、玄関ホール前で20分も何の儀式してんの?」
「うきゃあっ!!」
踏み込まんとしたその瞬間に声を掛けられ心臓となんかが一緒に出て来た様な声を上げてしまい反射的に振り返れば、この前みた不思議系ヤバい子”白坂 小梅”ちゃんを肩からぶら下げたアホ毛”比企谷”さんが不審げにこちらを見てきているが、自分の状況こそ振り返ってみて頂きたい。即通報レベルの事案だ。
「な、なに!! びっくりさせないでよ!! 不審者として通報するよ!!」
「いや、俺が声をかけなきゃ今まさに警備さんがお前に声かけるところだったんだけど…まあいい。とりあえず、視線が痛いからレッスン室に移動しながらだ」
疲れたように失礼な事を呟いて彼が勝手に歩き出してしまうので、渋々とその背に着いていく。―――いや、ちょっとだけ、一人で踏み込むのに怖気ていた訳ではない。文句が言い足りないので着いていくのだ。他意はない。
「で、カリスマJK。20分も玄関先で突っ立ってる謎の儀式はなんだったんだ? 埼玉の宗教?」
「埼玉を馬鹿にしてんならぶっ飛ばす。…武者震いって奴よ、武者震い。というか、見てたんなら声かけろし。通報するよ?」
「あれが武者震いなら戦国時代の戦がマジべー絵面になるな…。てか、流れる様に通報しようとするの止めてくれる?」
「んー、あの人が”戦の前の昂ぶりは必然に候”だっていってるよー」
「「……あの人?」」
急に少女が発した言葉と、二人で指されるままに指先を追ってみれば立派な観葉植物とお高そうな絵画が飾られるのみである。振り返って確認するように少女に目を向ければ、力強く頷いて微笑んでくる。
「…この話題終了」
「異議なし」
「え、でも”あの人”がまだ何か「「放っておきなさい」」
シュンと残念そうに俯いちゃった少女には悪いが…嘘やん。もう、その曇りなき眼が既に怖すぎる。え、あれだよね。子供特有のイマジナリ―なんとかって奴だよ。きっとそうだ(断定。だから、そのリアルに私たちの隣を歩いてる人を眺める様な視線を逸らしてください。
必死に謎の恐怖体験から意識を逸らすために周りに視線を彷徨わせると、妙な事に気がついた。
随分と、周囲の人から視線を集めている。しかも、女の直観に従うならば、良くない雰囲気のソレだ。
「…ねぇ、ウチの部署って『随分』と注目されてるんだね。やっぱ『話題」になるくらい有名なの?」
「そりゃもう良くも、悪くもな」
あっけらんかを通り越して、投げやりにすら聞こえるほど気楽なその肯定に思わず面を喰らってしまう。
「嫌味に気付かないのは論外だけど、誤魔化されるもんかと思った…」
「別に遠からず耳に入る。ソレに武内さんだって煩わしい思いをさせない様に気は使っても、隠そうとなんて思ってないだろうしな」
前を歩く彼は一つの扉の前で立ち止まって、こちらに気だるげに視線を送ってくる。
「何より、誤魔化し続けた先に出来たもんなんて[[偽物 ]]だ」
「……」
向けられたその言葉に、淀んだその瞳の奥が一瞬だけきらめくのを感じて息を呑む。それは、彼らの決意の表明の様であり、こちらの覚悟を問うものだったと遅れて気がつく。試される様にちょっとだけ開けられた扉。
「馬鹿に、すんなし」
「そりゃ失敬」
彼を押しのけるように扉をあけ、一睨み。苦笑するその顔が憎たらしい。
私は、この男が、好きになれそうにない。
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「あら、こんにちわぁ」
「…ペコリ」
扉を開けた先にはレッスン開始時間まで結構あると言うのに既に先客が二人もいた。ふわりとした印象の”佐久間 まゆ”ちゃんと、もの静かな”鷺沢 文香”ちゃん。二人とも何をしていた訳でもなく寛いでいたのか、思い思いに本や雑誌を片手に挨拶をして来てくれるので軽くこちらも返す。しかし、少々間が悪かった。あんな込み入った話をココでするわけにもいかないだろうし、日を改めた方がいいだろう。そう思い、彼にアイコンタクトを送ろうとするが―――
「で、”シンデレラプロジェクト”の悪目立ちしてる理由を聞きたいんだったか?」
「ちょ!!ここでその話すんの!?」
いきなりぶっちゃけてくる彼に思わず突っ込んでしまう。何をいきなり言い始めるのかと睨んでみると彼は小さく肩をすくめるばかりだ。
「言ったろ。別に隠すつもりもないし、遠からず耳に入る事だって。それに、まあ、ここにいるメンバーならまあ大丈夫そうな気がせんでもない。知らんけど」
そんな適当な返しにこっちは溜息しか出ない。さっきの妙に気合いの入った問答はなんだったんだ。見れば先にいた二人も顔を見合わせて首を傾げているのだから今さら待ったも効きはしないだろう。落としていた肩を更に落として、目線だけで睨むように先を促す。勝手におっぱじめたのだからそっちで責任持って処理しろ、とそんな意志が伝わったのかどうか彼は”大した話でもない”と前置きをして語り始める。
それは、全てを捨てて”シンデレラ”に手を伸ばした愚かな魔法使いのお話だった。
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最初はこの”アイドル部立ち上げ”の大仕事は、かなりの人員・経費が動員される予定の大規模な計画だった。金と人が動けば当然、権力や横領だって起きてくる。それ自体は偉い方々には喜ばしい事だけどな、自分以外の誰かがその席に座るのは我慢できない。でも、自分が座るには邪魔や障害が多すぎる。そんな、やんごとない問題の解決策をどっかの誰かが思いついた。それが、未曾有の大抜擢”武内プロデューサー”の始まりだ。
ざっくり言えば、実績ある若手に泥は全部被せて、皆で美味しい汁を分け合いましょうって寸法だな。黙らせるのも従わせるのも簡単で、問題が起きればしっぽ切りに使って自分達に危害は及ばない。そんな画期的な案は満場一致で採用され、息のかかった駒を送り込んで出来たのがこのアイドル部門だ。
あ?まだ途中なんだから最後まで聞け。んな、怒鳴んなくても聞こえてる。あー、どこまで話したか…ああ、そうそう。
そんな部門だけどなお偉い方々が力を入れただけあってな人材も予算も相当なもんだった。アイドル候補の子は本当にもうプロ級の子ばっかをかき集めてオーディションしてたし、腐っちゃあいたが事務や広報だって優秀だった。得てして、欲望に忠実な人間が優秀てのはよくある話だ。まあ、そんなこんなで、おそらくそのままレールに乗ってりゃ内実はともかく成功間違いなしな状況だった訳だ。まあ、武内さんが汚職を認めていなくても部下の9割が裏切り者なんだ。どうとでもされていただろうな。
そんな美味しい苗床の完成が近づいてきて誰もが舌なめずりをして、皆が諸手を上げかけた時に事件は起こった。
武内さんが突然、採用予定だった候補者全員を不採用にしたのさ。
会社中が正気を疑った。上司も、お偉いさんも、揃って武内さんを呼び出して怒鳴りつけた。再考をさせようとあの手この手を使った。だが、”選抜・採用の全権は自分にある”とだけしか言わずに頑として首を縦に振らなかったそうだ。極めつけには”本当のアイドルとは、星とは一片の曇りなく輝いていなければならない。ソレを見つけてしまった私には偽物を掲げる事は耐えきれない”だとか言いきって、その場を立ち去ったてんだから、いよいよ偉い人は怒髪天だ。
そんなあの人の周りから、人も金も一瞬で消えさった。あれこそ、俺には圧巻だったがな。100人以上いたプロジェクトが一瞬で10人になった様は狐につままれた様な光景だったぜ。その残った人員も、武内さんが全てを捨ててでも手を伸ばした”シンデレラ”を見て、罵声と共に去って行ったよ。寿命は10代から20代半ばと言われてるこの業界で、彼女は未経験の上に、23歳。その人達を責めるのは少々酷だな。
残ったのは、今いる人間と、その”シンデレラ”だけ。
”高垣 楓”と”武内 プロデューサー”。命名権を持ってる偉い人達が、その二人を皮肉って付けられたのが”シンデレラプロジェクト”だ。
そこに入ってきた新入りの”灰かぶり”。注目と話題を掻っ攫うには十分な出来事だろ?
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語り終わった彼は備え付けの冷蔵庫に入っていたコーヒーを取り出しつつ、苦笑する。だが、その情報量の濃さに、眩暈がする。そして、何でこんなニッチなメンバーばかりに声が掛かったのかも、謎が解けた。きっと、プロデューサーがあの日言った口説き文句に嘘偽りはない。そんな器用さは持っていない。でも、それでも、このプロジェクトの背景が関係無かった訳でもないのだろう。
いろんな事が頭の中を飛び回る。状況、周囲の視線、これから、目標、彼の事、彼女の事、同期に選ばれてしまった子達の事。
どう考えたって状況は”ハード”を通り越した”鬼”に差し掛かり”フルコンボだドン”とか謎の生物が大声をあげて騒いでいて頭痛までして来た。とりあえず、ふらつく足元の求めに応じて力なく腰を落として溜息を着いてみる。冷たく硬い床にちょっとだけ救われて呑気に変なコーヒーを啜る男を睨んで文句を一言。
「…全然大した話なんだけど。ていうか、ココ来る前に言ってた”良くも悪くも”の”悪い”所しか聞いてないんだけど?」
「”良い”所は俺の口から話したって伝わりそうにないから後で実演してもらえ」
「意味分かんない~、も~。死ねばいいのにー」
相も変わらず飄々としたその根暗な目と態度に頭を抱えて子供みたいにジタバタもがいてみる。もはや私のMPはゼロになった。
「……お話、大変興味深かったですね。”事実は小説より奇なり”、そんな格言も、馬鹿にできません。所で、状況も現状も理解しての単純な興味なのですが、なぜ、ちひろさんと、比企谷君は残る事を決めたのでしょう?非常に、興味があります」
頭を抱えて悶えていると冷やりとした声が耳元に滑り込んできて思わず動きを止める。だが、前回の時の様なゾッとさせる様なものではなく、若干の柔らかさと熱を感じさせるもので不思議と心地よい。そんな声が紡いだその言葉にハタと動きを止める。言われてみればその通りだ。97人が辞めていく中で残った理由。それは一体どんなものなのか、非常に気になってしまい、指の隙間から彼の方をそっと窺う。
その表情を、なんと表現したものだろうか。
遠い昔を懐かしむ様な、失った事を悲しむ様な、何かを慈しむ様な、優しく嘆くその表情。
そんな矛盾した何かを内包するその表情を、何故か私は心の何処か奥深くでそう表現していた
。
「……さあな、ちひろさんは知らん。俺は時給1200円が変わらずに支払われてりゃあ、なんでも良かった暇な大学生ってだけだな」
「…ふふ、まあ、そういう事にしておきましょうか。書物ですら書かれぬ心理に…悩むのに、況や生きてる人の心情など……聞いて答えを得ようなど無粋、ですね」
そんな表情は、瞬きの一瞬で霞みの様に消えて言って、いつもの彼の皮肉気な表情に戻って行ってしまってい、軽口のような言葉で更にうやむやにされてしまう。その掴みきれないもどかしさに歯がみをしていると、聞き逃せないワードがじわじわと脳内で反芻される。
「…時給?…大学生?」
油の切れたブリキ細工のように気だるげな男を見やれば、思いだしたかのように答えてくる。
「ああ、そういやお前にだけは自己紹介してなかったな。w大学2年生で”比企谷 八幡”だ。本来は送迎くらいの役割だったが…まあ、最近は庶務・雑務がメインだな。ちなみに、鷺沢も同級だな」
「アンタあれだけ雰囲気出しといてバイトなのかよっ!!しかも、地味に偏差値高い所言ってるのが腹立つなぁ!!」
「将来の夢は専業主夫だ」
「超クズじゃん!!さっきのいい雰囲気台無しだよ!!」
「なんとでもいえ。俺は俺の夢を追いかける。笑われようが構ってなんかいられねぇ。俺は本気で養われたい」
「黙ってろ! 女の敵!!」
無駄なキメ顔をしてくるクズ大学生に深くため息を着いていれば、”世界一可愛い僕、参・上!!”やら”初レッスン!!体力測定と聞きました!!誰が最高得点出すか、勝負しましょう!!”やら騒がしい面々が入ってくる。能天気に笑って、がけっぷちの現状でけらけらと。一緒に聞いてた面々に目を向けて見ればそっちも、さっきの話など大して気にした風もなく。もしかして、こんなに思い悩んでいるのは自分だけなのだろうか?もしかして、自分が小心過ぎるだけなのではないかと常識が揺らぐ。
だが、もはやサイは投げれた。
こんなとんでもない所に巻き込まれた以上、後戻りなんて出来やしない。前の雑誌だってただ出戻りしたんじゃ使ってなんてくれないだろう。だから、もう、この妙に大物な貫禄を漂わせる同期達が本物である事と、あのクズのいう様に我武者羅に駆けあがって行くしかないのだろう。
ああ、チクショウ。せめて、残された“良い方”が、良い出目である事を祈って置こう。
そうして城ヶ崎 美嘉は本日何度目になるかも分からない溜息を絞り出した。
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――――本日の蛇足―――――
~わいわいがやがや~
まゆ「まゆの探し求めていたのは、アナタだったんですねぇ?」
"ガシッ"
ハチ「へ?」
まゆ「まゆはずーっと、ず~~~っと探してたんです!!」ギリギリ
ハチ「え、いや、ごめん、何の話し?(いや、手の力めちゃくちゃつよくない!?)」
まゆ「今まで、いっぱいの人に誓いをしてきましたけど、みーんな嘘つきだったんですぅ!!」
ハチ「……」
まゆ「まゆがちょっと都合が悪くなると皆、裏切って別の所に言っちゃうんですよぉ(ハイライトOFF」
ハチ「え、いや、ごめん。マジでどういう事?」
まゆ「でも、そんな状況でも裏切らずに傍にいる様な人こそまゆの理想です!!」
ハチ「……え、あ、あの」
まゆ「大丈夫ですよぉ。ゆっくり、はじめていきましょう…ね?また、今度ゆっくり~」(サワサワ、スッ
はち「ひ、ひぇっ(ゾクッ」
佐久間 まゆルートが開通されました(強制)