デレマス短話集   作:緑茶P

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('ω')これにて美嘉√更新は一段落♡


【城ヶ崎 美嘉は愛を囁かない ≪TRUE END・ver≫】

 輝かしい玄関ホールに飾られる巨大な時計は煌びやかにそびえ立ち現実感を奪う。何度訪れても、一介の元読者モデルごときには馴染めそうもなく、足元はいつだって空を掻くようにフワフワして現実感を遠ざける。

 

 ふらつきそうになる足に活を入れて、微かに薫る喫茶からの紅茶と甘い焼き菓子の匂いに後ろ髪をひかれながらも足は迷わずにある場所を目指して突き進む。

 

 おそらく、事務的な役割を担っているであろう華やかなお城の裏側に押し込められた無骨な廊下。薄暗く、少々埃っぽいようなこの薄暗さにちょっとだけ安心感を覚えるのは日本人の性か、自分の貧乏性か。

 

 まあ、女子高生としては枯れた感性だと思い小さく苦笑を洩らす。華やかで、熱狂的な舞台も期待を一身に受ける撮影も、誰よりも輝いて魅せる自信は揺るがずにあるが。それとこれとは話が別なのである。

 

 飾り気のない乱雑な廊下を進み、分厚い防火扉の前で足をとめ、その扉に手を掛けた。

 

 それに何より、自分よりもっと好き好んでこんな所をベストプレイスにしている変人だってこの世にはいる事を考えれば、そんな変な癖でもないのだろうと開き直れるというものだ。

 

 埃っぽい空間に春の足音を感じさせる独特の湿った空気と、微かな紫煙の香りが鼻孔をくすぐって通り抜けていく。

 

 暮れる夕日が強める陰影の中に、季節外れの蛍のように灯ったその光点。

 

 ともすれば、影に混じってしまいそうなほど鬱屈とした空気を感じさせるその瞳が気まずげに眼を逸らすその仕草に、歳の離れた妹を思い出して笑ってしまいそうになる。

 

「煙草、辞めるんじゃなかったっけ?比企谷さん?」

 

「あの時の俺はどうかしていたよ、カリスマJK」

 

「意志弱過ぎ」

 

 からかう様に嫌みを言ってやればさっきの後ろめたさは何処へやら。悪びれなく禁煙中のはずの煙草をふかしてシレっと言い返してくる彼の肩を叩き緩く笑う。

 

 何処も彼処も豪華絢爛なこのお城で、私、"城ヶ崎 美嘉"は今日もこの日蔭者の隣に腰をおろす。

 

 ふらつく足元が地面につき、冷たく味気ない硬さが伝わるココが、私は嫌いではない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「こんな辺鄙な所でこそこそ引きこもってまで吸いたいもんなの?正規の喫煙室あるんだからそっちで吸った方が暖かいでしょ」

 

 季節は二月。暖かくなりつつあるとはいえ、非常階段の下という日の差しにくいココはそれなりに肌寒く快適とは言い難い。それに、縮小傾向ではあるものの業界柄か館内にも整備されているのだからそちらに居てもいい気はする。

 

「馬鹿、あんな密閉された空間で暇そうに煙草なんてふかしてみろ。説教好きなのか、寂しがり屋なのか知らんオッサンに絡まれちまって、息抜きがストレスタイムに早変わりだ。あと、チッヒに見つかったらここぞとばかりに仕事を増やされそう」

 

「もう八割くらい後半が理由じゃん…」

 

 言わんとしている事も、その気持ちも分からなくは無いものではあるのだが、もうちょっと年上としてマトモな理由づけする努力をしてほしい。脱力する私を余所に呑気に煙を吐きだす彼にもう一度深くため息を吐き、視線を送る。

 

 身長も顔もマトモに見ればそこそこ悪くないはずなのに、気だるげなその瞳と声。そして、ゆったりと煙草を咥えるその唇が退廃的な雰囲気で覆い隠してしまって台無しだ。もっとマトモに身だしなみと受け答えをすればそこそこに見れるようになるだろうに。随分と昔に聞いた、彼の憧れの人もこんな風に煙草を吸っていたのだろうか?

 

「ん、ていうか何でお前がいるんだ?今日はレッスンも仕事も無かったんじゃないっけ?」

 

 思いだしたように聞いてくる彼に、頭をよぎったおかしな感想と不愉快さを振り払って、今日の目的の物に意識を移す。

 

 ポケットに収まる程度の、シンプルにラッピングされた小さな箱。偶然に街で見かけて思わず彼を思い浮かべて買ってしまったソレ。いつもならなんという事もなく渡せるそれも、日取りが良いのか悪いのか今日だけはなんとなく気恥ずかしくなってしまう。いや、他意は決して無いのだけれども。

 

「はい、これ」

 

 自分の中の良く分からない感情を誤魔化すように、つっけどんにポケットの中のソレを渡す。

 

 他意は無い。ただちょっとした悪戯心と嫌味と、ほんのちょっとの日頃の感謝。籠めた思いはたったそれだけなのに何故こんなに自分は居心地の悪い思いをしなければならないのか。そんな身勝手な感情を八つ当たり気味に視線に乗せて隣の男を睨んでみると、一気に気が抜けた。

 

「…なに、今日がどういう日か知らないとか言わないよね?それとも、”お菓子会社の戦略には乗らない”的な感じ?」

 

 渡された当の本人を見てみれば、ホントに不思議そうに渡された箱を呆けた顔で眺めているのだから。渡したこっちだって拍子抜けもいい所だ。変な期待をこの男に求めていた訳ではないがちょっと反応としては失礼な――――

 

「いや、素直に嬉しいもんだな。こういう風に普通に貰えるってのも」

 

 溢れだす苛立ちは、スッと呟かれたその一言に塗りつぶされてしまった。

 

 本当に、本当に見た事も無いくらい、柔らかな表情を浮かべた彼に思わず、息を呑んだ。

 

 え、いや、ちょっとばかしその表情は、反則だ。いつもの、皮肉気な表情と軽口を返してくれなければ、どうしていいのか分からない。必死に空回りする私のオツムは何とか言葉を絞りだそうとするが、金魚みたいに上下するだけで役に立ってはくれない。

 

「そうだよな、下手に難しく考えたりする必要もなくこうやって普通に気持ちを伝える様な日だもんな。今日って」

 

「きききkっきっきき、気持ちって!!ぎ、義理だから!!っかかかかっかかか勘違いしないでよね!!!!?」

 

「あ、そりゃそうだろ?俺がそんな初歩的な勘違いするか。開けていいか?」

 

「…どーぞ」

 

 な、何なんださっきから。いつもは絶対に言わないような事をポンポンポンポンとッ。というか、別に事実だから良いんだけれども、そんなあっさり言われるもなんとなく癪に障る。狂いっぱなしの調子に深くため息をつきながら促せば嬉しそうに丁寧に箱を開けていく様がいつもより幼げで二割くらい爽やかに見える。…大丈夫か、私?

「…洋物煙草?」

 

「にひひひ、早速試してみてよ」

 

 中身を見た彼が訝しげに首をかしげるのを見て若干気分が良くなる。そうそう、カリスマの贈り物は相手の予想をいつだって越えていくのだ。ちょっと得意げに彼が咥えている煙草を取り上げて開ける様に促せば彼は不思議そうにしながらも箱から一本ソレを取り出し―――驚いたように動きが止まって小さく笑った。

 

「すごいっしょ?」

 

「ああ、こりゃ予想外だった」

 

 彼が片手に持つそれも、包装されていた箱も、きっと遠目から見れば何の変哲もない煙草に見えたはずだ。だが、手にした彼と隣にいる私だけには分かる。

 

 ふんわりと薫る柔らかなカカオの香り。それはさっきの紫煙よりももっと柔らかく私の鼻をくすぐった。

 

 輸入品のアクセサリーショップの隅っこに小さく展示されていたこの”シガレットチョコ”。

 

 ちょっとした悪戯はどうやら上手く成功したようで何よりだ。

 

「降参だ。大人しく禁煙に励みますよ」

 

「ん、莉嘉とか年少組も増えて来たことだしね。それがいいよ」

 

 深く溜息をついた彼は差し出された私の手に大人しく喫煙セットを引き渡して行く。

 

 初期の頃は自分や楓さんぐらいの年齢の人達ばかりだったシンデレラプロジェクトも随分と人数や層が厚くなって今では小さな子だって多い。送迎などで接する機会が増えていくなら今のうちにやめてしまった方がお互いの為だ。それに。

 

「単純に身体だって心配だしね(ボソッ」

 

「なんかいったか?」

 

「いや、なんにも。ほら、せっかくのカリスマからのチョコなんだから喜んで食べてよね?」

 

「はいはい、頂きますよ」

 

 誤魔化すように笑ってチョコを美味しそうに食べる彼を眺めて思う。

 

 彼が言っていた事を。

 

 さっきの言い草では、まるで気持ちを伝える事が、出来なかった事があるかのような言い方だ。それが、どんな事情だったのか。或いは経緯だったのなんか、分かりもしない。

 

 でも、あの時の彼の優しい表情が、自分に向いていない事だけは嫌でも分かった。

 

 一生、向けられる事は無いのだとは、分かってしまった。

 

 どうにも、自分はこういう事が多い。いつだって魅かれるのは年上で、自分の気持ちを意識して動こうとしたときにはもう相手が別の人に魅かれている時だ。

 

 

 それが分かるのはいつだって―――――この日だ。

 

 

「もうちょっと待ってれば年少組のレッスン終わるから一緒に送るぞ?」

 

「いや、いいよ。帰りによりたい店もあるし…少し歩きたい気分だしね」

 

 立ち上がった私に掛けられた声を緩く断って軽く手を振って歩きだす。

 

「ん、分かった。ホワイトデーは期待しとけ」

 

「三倍返しでよろしく」

 

 掛けられる声を適当に返しながら背を向けつつ、防火扉をゆったりと開いて―――その扉が閉まる短い時間で踏みとどまる。

 

 きっと、この扉が閉まればこの想いは、一生、届くことはないまま蓋をしてしまう。

 

 手慣れた作業だ。小さな頃から何度だって繰り返してきた。

 

 でも、あの初めて人を憎むほど愛した時に流した涙は、もう、二度と流したくない。

 

 少なくとも―――――何もしないで聞き分けのいい振りをして諦める様なあの苦しみと欺瞞を彼との間に重ねるのは、過ごしてきた日々が許してなんかくれない。

 

 

 許したくなんか、ない。

 

 

 小さく吸った深呼吸で涙を引っ込めて、震える手足に力を籠め――彼へと振り返る。

 

 驚いたのか、少し目を見開いた間抜けな彼の顔にちょっとだけ笑いが零れる。

 

 一歩、踏み出して、あの聖夜を思い出す。

 

 二歩、踏み込んで、新入生に二人でたきつけた事を思い出す。

 

 三歩、進めて、彼と回ったあの夏祭りの花火を思い出す。

 

 四歩目で、自分の面白みのない将来設計とありのままの自分を認めてくれた笑顔を思い出す。

 

 足を踏み込むたびに重ねた日々が溢れてくる。笑って、泣いて、怒って、凹んで、くじけた時でもどんな時でも彼は私の隣にいて、変わらずに佇んでいてくれた。

 

 そう、ちょうどこんな気の抜けた―――いつもの彼のままで。

 

 今日はバレンタイン。

 

 世間は甘く愛を囁き、輝く奇跡に目を輝かせるもう一つの聖夜。

 

 なら――――今日くらい私だって素直になる資格はあるでしょう?

 

「…忘れもんか?」

 

「うん、一番大切なもの、忘れてた」

 

 目の前に佇む私に訝し気に首を傾げた彼に微笑んで答え、そのままあの日、細巻きをくすねた時のように彼の持つシガレットチョコを抜き取って口に含む。

 

 甘く、ちょっとだけ苦い。

 

 口の中で柔らかく溶けていくソレを確認しながら、彼に短い言の葉と共に微笑む。

 

 

「本命チョコ、渡し忘れてた」

 

 

 何かを口ずさもうとする彼の唇を―――重ねて黙らせる。

 

 突然の凶行に目を見開いて押しのけようとする彼を思い切り抱きしめて、戸惑う彼の唇を強引に割り開いて、口の中で溶かしたチョコを丁寧に流し込む。

 

 暴れる彼が呼吸を求めてソレを飲み込んだことを確認してようやく腕の力を抜けば、彼は勢い余ったのかそのまま尻もちをついて、状況が分からないまま目を白黒させているのが珍しくて思わず笑ってしまう。

 

「ふふ、変な顔」

 

「な、おま、っつ――何してんだよ」

 

 溢れる動揺を何とか飲み込んだ彼が唸るようにそう問うのを聞き流しつつ、唇の端から零れたチョコを舐めとって味わいつつ考える。

 

 “何を”とは、妙な事を聞く。

 

 自分でさっき言っていたじゃないか。

 

 今日は“余計な思考を挟まずに想いを伝える日”なのだと。

 

 だから――――口下手な私が全身全霊で伝えられる方法で伝えたのだ。

 

 口で語るなんて野暮なことを挟まない、行動で。

 

 カリスマは、“城ヶ崎 美嘉”は――――愛なんて囁かない。

 

 だから、いつもの様に勝気に、強気に―――不敵に微笑んで一言だけ。

 

 

「ホワイトデー、三倍返しでよろしく☆」

 

 

 

 




ここまでくる間に選んだ選択肢によって彼女が”愛をささやかない理由が失恋√ENDと真・カリスマ√で変わるというめんどくさい脳内設定でお送りしています(笑)


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