いつも通り、頭を空っぽに広い心でごらんくだしゃぁ……('◇')ゞ
ふわり、と窓から事務所に吹き込む風に春の匂いを感じた。雪も解け切って日差しも少し熱く感じるようになってくる小春日和。そんな陽気に俺もらしくなく桜の開花を期待して少しだけ気分が明るくなる。こんな気持ちのいい午後にはどうにも眠気が襲ってくるが――――
「“普通”って言葉をお前ら調べなおして来てくださいぃぃぃ―――っ!!!!!」
この事務署ではそんな事が許されるわけもなく俺“比企谷 八幡”はいつもの様に腐った魚のような濁った瞳を胡乱気に顰めて事務机の横で崩れ落ち、絶叫する変人。いや、この事務所の所属アイドルである“今井 加奈”に向けて深くため息を吐いた。
艶やかな髪をツインテールにしているその少女はどう見たって美少女のはずで、天然とおっちょこちょい。その上に素直で努力家という絵にかいたような王道ヒロインの貫禄と素質を持つはず。だが、いまはそのツインテールは歌舞伎の獅子舞のごとく荒々しく振り乱され、何度も床にヘッドバットをかます最高にファンキーでヤバいイッチャってる女だ。
是非とも誰か警備さんに連絡して引き取って貰いたいが、この間は警備部から『もうアンタらいい加減にしてくれ』とかクレームを言われたので取り合ってくれない可能性が高い。
周りを見回しても事務員の誰もが我関せずな感じで普通に仕事しているので――必然的にこれの対応は俺の担当にさせられる事になる。ホントに死ねばいいのに。
「大体、さっきの絶叫で察したけど一応聞いてやる。……今度はなんだ」
「聞いてください、比企谷さん! あの人たちが“普通”って名乗るせいで凄まじい二次被害が私を襲って来るんです!!」
「……例えば?」
「ちょっと、こっちで! 私の 話 じっくり聞いてください!!」
本当に嫌々といった雰囲気が分かるように聞いてやったというのに、ソレを待っていましたと言わんばかりに食いついてきた彼女が掴みかかるように俺の袖を掴み取り、強制的にアイドル達の待合スペースの方へと連行される。
こんな時に限って、というか、あの絶叫で面倒ごとの気配を感じて避難したのか誰もおらず、空席のソファに荒々しくコーラを注いだ彼女はソレを一気に飲み干してその鬱憤をまき散らす。もうこの時点で大分ガラの悪い酔っ払いの様な貫禄が醸されている。
「まずは……言わずもながの 卯月ちゃん です!!」
「ほう」
窓の外の青空を眺めつつ“早く終わらないかなぁ”なんて思いつつの適当な相槌にも構わず告げられた名前は言わずと知れた“5代目シンデレラ”の名前であった。
確かにこの“キワモノアイドル養成所”と汚名を被せられたデレプロの二期生として入ってきた時ではあまりにも普通の女の子過ぎて目立たないと言われた彼女。だが、その実態は時間の経過とともに拭われる結果となったのだ。どんな感じに、かと問われれば―――。
「“普通”の女の子は闇鍋に“あんなモン”なんてぶち込みませんからっ!!」
「あぁ、あの事件な……」
幸子や美優さんの逆ドッキリから始まり、罰ゲームに鼻に塩水を注がれたり、とやりたい放題でも大体はどんな悪乗りでも許されるデレプロの冠番組である346チャンネル。ゴールデンタイムから少し外れてはいるがそれでも上々な視聴率を誇るウチの看板番組でもあるのだが―――――そこで初めての出禁を喰らったのが卯月だ。
高校生組を集めて寒い冬に女子高生が鍋をつつくという、いつもに比べてホンワカ展開で終わるはずだった。そう。だった、だ。
ニュージェネやトラプリ。その他に加奈など10人ほどで囲んでいた鍋。時計回りで一人一品ずつ持ち寄った材料を暗闇で順番に足していく企画。変わり種や定番が次々と投入される中で和やかに進んでいく収録で悲劇は起こった。くじ引きで〆担当となった卯月が鍋に叩き込んだ食材。あるものは“米”と答え、あるものは“鮭”と予想し、あるものは“卵焼き”と苦笑し、あるものは“漬物?”と疑問を上げた。
一人一品というルールで起こるはずのないパラドックス。
それが―――照明と共に照らされた卯月の満面の笑みとシャケ弁当。その二つがたったいま引き起こされた恐怖を全員に知らしめた。
確かに、“一人一品”。
ルールの隙間を突いた余りに恐ろしい思考回路。
ハズレの食材もなく、悲劇も起きなかった。だが、未央が震える体を押さえ、勇気を出して問いかけた。“〆じゃなかったらどうするつもりだったのさー(笑)”と。
『? ルールですから普通に入れてましたよ!(ブイッ』
その無邪気な笑顔によって彼女の346チャンネル出禁がシンデレラ会議とかいう寄合で即決されたそうな。
「その他にも! 普通はレボリューションな格好であそこまでノリ切れませんからっ!! “頑張ります!”って呟きながら15時間ぶっとうしでレッスンとかしませんからっ!! 身を守るための講習会で聞かれた護身具で“パイプ椅子”とか答えませんから!!――――そんな人は“普通”じゃありませんからぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
「………まあ、うん。そうだね」
再び絶叫した彼女から目を逸らし、俺も注いだコーラを舐めるように味わいつつ窓の外を見る。―――お空、あおい。
「まだ、ありますよ!!」
「………どうぞ」
「美穂ちゃんです」
彼女が頭を掻きむしるのを中断して荒い息のまま次のターゲットを示す。こちらも最古参のメンバーで王道の“アイドル”として広く親しまれている。まあ、普通に可愛いし、あの柔らかな人となりなのでそこまで普通から外れてるとは思わないが……まあ聞こう。
「“普通”の女の子は示現流なんて繰り出しませんからっ!!」
「……あれか」
いつぞやの常務が開いた“346プロダクション 天下一武闘会(杏命名)”の事だ。曰く、『この私に勝てたなら望みを聞き遂げよう』なんて神龍みたいなことを言い始めて全社員や所属タレントを募ったのだ。
なんでも、前役員が就任する前は346の恒例行事であったらしく、その時は常務の祖父である会長が同じ条件で何十人抜きしていたらしい。そんないかれた企画だが、意外にも意外に挑戦者は山のように現れその大会は大盛況を見せ、その中には様々な野望・欲望を抱えた社員に交じってウチのアイドルも普通に参戦していた。
その中の挑戦者に、美穂がいた。
甲冑に身を包んだその立ち姿に、俺の背丈と同じくらいの長さを持つ分厚い太刀。
もう装備が完全に“ヤル気”に満ち溢れたその“薩摩兵”は『こんな重たい物もてませんよ~』なんて涙目を浮かべていたのは何処へやら。軽々とその鈍器と見紛う凶器を上段に構えてその願いを口にした。
『あてが勝ったや――――“く〇モン”と“ぴにゃ太”をコラボしていただいもす』
もう誰だよ。こえーよ。なんでお前は地元言葉話すときそんなに声低いんだよ。というか、んなもん普通に申請しろや。……等々、突っ込みが追い付かない瞳孔が開き切った彼女。常務の了承の言葉に獰猛に微笑んだその次の瞬間に“猿叫”と呼ばれるであろう掛け声とともに目にも止まらない速さで切りかかり――――――床に敷き詰められた畳を両断し、常務に拳を突きつけられていた。
「 『まだ、続行するかね?』 『示現流に、二の太刀はなかでごわす』 とかっ!! アンタらはいつの時代の戦闘民族ですか!!? 意味わかんないでしょっ!! あれで“普通のアイドル”なんて名乗られたら私みたいな女子高生はどうしたらいいんですか!! “普通”を舐めんなとっ!! 私は言いたいわけですよ!!!」
「高知は…なんだっけ。海賊だから銛か……? いや、確か鎖鎌なんかもあったっけ?」
「武闘で張り合わなくていいですからね!!?」
テンション高めにツッコむその姿はデレステ内で順調に数少ないツッコミ枠の成長を感じて俺は自分の負担が減ることを密かに喜びつつ、コーラをがぶ飲みして酔っぱらったオッサンみたいに机にもたれ始めた彼女に何か慰めになるものはなかろうかと考えてみるが―――ボッチのボキャブラリーにはそんなものは存在してなかったので秒で諦めた。
「えー、いいじゃん。もう、あの二人の“普通”が自称だって分かってんならそれで」
「ステージとか、テレビに出て自己紹介するたびに“お前はどんな面白技出すの?”的な視線に晒される私の身になってください!! 終わるたびにお客さんから逆にびっくりされてるんですよ!! 『普通に面白かったよー』なんて言われて! 私はどう反応したらいいんですかぁぁあぁっ!! 悪かったですね! 特技なんてありゃしませんよ、ちくしょうめぇ!!!」
再び荒れつつも次々と“自称普通”を名乗るアイドル達を徹底糾弾していく彼女の相手もそこそこに俺は携帯を取り出していじいじ。
彼女の鬱憤・不満・その他は痛い程わかる気もするし、その苦労も忍ばれるのだが――彼女はアイドルなのである。彼女の評価というのは、“ファン”が決める。
なので、手っ取り早くソレを知るためのある意味の禁忌“エゴサーチ”。
それを覗いてみて、思わず小さく笑ってしまう。
「――――ちょっと、人が真剣に悩み相談してる時に携帯を弄るのはあんまりだとおもうんですけどぉ?」
「ん、ああ、すまん。 十時の露出癖の話だっけ?」
「かなこちゃんの大食いの話ですぅ!! ちゃんと聞いててください!!」
ガミガミと噛みついてくる彼女に苦笑を零しつつも、俺は携帯の画面にもう一度目を向けて鼻でその結果を笑い飛ばす。
“346についに正統派の普通娘が!!” “待望のツッコミ新星現る!!” “癖がない…むしろ逆に落ち着くわ…” etc.etc……。
彼女が望んだシンデレラの輝かしい栄光とは違うのかもしれないが、それでもたしかに彼女はこの世界の何処かの誰かの胸に燈を灯す光なのだ。
だから、今は俺が彼女に問うべき言葉はこれぐらいなものだろう。
「今井。お前はアイドル楽しんでるか?」
「はぁ?…そりゃこんな毎日お仕事貰えて、色んな体験出来て楽しいにきまってるじゃないですか」
この波乱万丈な事務所での日常を、当たり前のように、屈託なくそう答えられる彼女は――――『今井 加奈』は“普通”かどうかはともかく、間違いなくいい娘である。
そんな独白を小さく浮かべて笑う俺に、また噛みつく彼女の声が響く。
まったくもって、今日もこの事務所は騒がしい。
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