デレマス短話集   作:緑茶P

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( `ー´)ノ推しが輝くためにテコ入れも辞さぬでござる(笑)


すこって文香せんきょおうえんSS [月夜の裏工作]

 華やかな芸能界。誰もが夢を描き、想いを遂げるため頂点を目指して、辛酸や喜びがあふれる世界。そんな世界でも既に世間の話題を掻っ攫っているアイドルグループ“デレプロ”は定期的に総選挙なる催しを定期的に開いている。

 

 膨大な人数でありながら、誰もが既にトップアイドルとして名を馳せているその団体は立ち止まることを許されず、更なる頂を目指してこの時期は鎬を削り合う。

 

 だが、それもそうだろう。

 

 その頂点に立つ“シンデレラ”は――――“シンデレラ”になった者たちの躍進を考えればソレは誰だって目指さずにはいられないものだろう。

 

 故郷の復興を祈って泥に塗れてきた少女“十時 愛梨”は、全ての障害を跳ねのけ、

 

 自らの理想を追求した弱気な少女“神崎 蘭子”は世界を飲み込み、

 

 夢すら持たぬ少女“渋谷 凛”は生涯を掛けるに足る夢を持ち、

 

 無気力に自暴自棄になっていた家出少女“塩見 周子”はその目に光を宿し、

 

 己の平凡さに絶望していた少女“島村 卯月”は誰しもの特別となって、

 

 氷の仮面に凍えた美女“高垣 楓”は燃える様な恋の熱で全ての人に安らぎを与え、

 

 薄暗い地下で蹲っていた非力なウサギ“安部 菜々”は誰もが見上げる月となって、

 

 陽気なだけだった少女“本田 未央”は誰もを奮い立たせる星となった。

 

 彼女たちは紛うことなく硬い絆で繋がれた仲間であると同時に、誰よりも苛烈に命を燃やして張り合うに足るライバルなのだ。馴れ合いなんて露とも入らぬ張りつめた日々こそが彼女たちに“次は自分こそは“という意気地を齎す。

 

 誰もが胸の奥に牙を隠し、研ぎ澄ませながら頂点へと至るために息を潜める様な日々の中で――――――

 

 

「もう一献いかがです?」

 

「ん、すまん」

 

 呑気に長野の名産をツマミに古ぼけた古書店の一室で月見酒を楽しむ文学少女がおったそうな。

 

 そんな呑気な同級生“鷺沢 文香”が注いでくれる長野産の清酒をグラスに受けつつ、俺“比企谷 八幡”はこんな事をしてていいのだろうかと酔った頭でぼんやりと考えつつその酒の旨さに舌鼓を打ったのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「しかし、いいもんかね。こんな時期にぼんやりと酒なんて呑んでて?」

 

「今更に慌ててもしようのない事、だと思いますから」

 

 既に馴染になりつつある古風なちゃぶ台を囲んで美味ダレが惜しげもなく掛けられた焼き鳥を齧りつつ同級生に水を向ければ、ほんのりとその白磁の様な頬を酒精で染めた彼女がコロコロと笑いを零しながらその唇に杯を重ねた。

 

 そんないつもより泰然とした彼女にこちらとて苦笑を返す事しか出来ずに、こちらもマイペースに窓際に体を寄せて細巻きを燻らせた。都心の真っただ中でも季節は春を感じさせる草木の濃い匂いを漂わせ、満月は煌々と小さな坪庭を照らしていて随分と風流を感じさせる。

 

 美女を侍らせ、うまい酒に名産ぞろいのオツマミを携えての月見酒。傍から聞くと鼻持ちならないお大臣様だな、こりゃ。なんて一人で苦笑を零した

 

「比企谷さんこそ、他の子をほっぽり出してこんな所でのんびりしてていいんですか?」

 

 のそりと、少しだけ酔って緩慢になった動きでこちらに寄ってきた彼女が後ろから肩に顎を載せて体重を預けてくるついでに、当てつけのようにちょっとだけ責める声がからかう様にかけられた。

 

 普段なら動揺もするのだろうが、酔った頭ではまだ少し冷える夜風にその温もりが心地いいなぁ、くらいで苦笑を漏らす。素面じゃないからせーふせーふ。

 

「んー、まぁ、俺に取っちゃどうでもいいと言えばどうでもいいからなぁ」

 

 いつの間にか腹にも回された腕に苦笑を漏らしつつ、酔ってる頭で思うままに徒然。

 

 世間がどんなに騒ごうが、これであいつ等が一喜一憂する事すら俺にとってはどうでもいい事なのだ。普段から全力で仕事やレッスンに勤しむその姿は尊いと思うし、それにこたえるファンたちの声援もありがたい。それが、こういう結果として出ることは一種のモチベーションを保つために必要な事だとも思う。――――けれども、だ。

 

 俺は幸か不幸か、身内側の人間である。もっと言えば、アイドルに興味だってない。

 

 だから、きっと俺は誰にも投票することなんてない。

 

 誰もが大切で、自分にはない想いを抱えて走り続ける少女達だから。

 

 燈を消して、座り込んでしまった自分にはその資格もない。

 

「だから、俺の仕事は選挙が終わった後だよ」

 

「……あと、ですか?」

 

 不思議そうに首を傾げる彼女の動きをくすぐったく思いつつ小さく頷く。

 

 明暗が、はっきりと分かれる世界。ソレが辛くて膝を折って、火を消しかけてしまう奴だっているだろう。それに分けられる火はもう持ってなんかいないけど、それに寄り添って風を避けてやるくらいは自分だってできる。逆に言えば、それくらいしか、できないのだけれども。

 

 だから、精々は燃え尽きるまでは思い切り好きにやればいいと思う。

 

 それから、少しだけやけ酒でも、愚痴でも、飯でも付きあってやれば彼女達は勝手にまた走り出す。ソレくらいには――――彼女達が強い事を俺は、知っている。

 

「なんとなく、比企谷さんらしいですね」

 

 そんな俺の勝手な独白に彼女は小さく笑い、俺から離れてちゃぶ台を引き寄せる。そんな彼女をなにするでもなく黙って眺めていると少しだけ意地悪気な表情で彼女は徳利と器を手に俺ににじり寄って差し出してくる。

 

「……なんだ?」

 

 俺の疑問に彼女は頬を緩めていたずらっ子の様に楽しそうに、嬉しそうに言葉を歌う様に紡ぐ。

 

 

 

「私も―――私が欲しいのも、とある一票だけですので」

 

 

 

“裏工作です”だなんて楽しげに微笑む彼女に、降参するように細巻きをもみ消して俺はその杯を受け取った。

 

 

 どうにも、ポケットに忍ばせたこの投票権の行方は――今日、どこかの文学少女に巻き取られてしまう運命の様らしい。

 

 

 そんな馬鹿らしさに苦笑を零しつつ、俺は杯に映る月と一緒に酒を飲み干した。

 

 

 

 

 




(/・ω・)/届け、溢れるこの想い!!

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