デレマス短話集   作:緑茶P

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('ω')いつからウチの奏がポンコツなだけだと勘違いしていた?

みんなも清き一票をもみやでに!!(笑)


すこって奏せんきょおうえんSS【月の裏側 宙の果てまで】

 草木も眠る丑三つ時―――には少し早いが一般的な感性としては十分に深夜と言っても過言ではない時間帯。それでも、こんな時間まで居残っている事に疑問が薄れてきたみんなは是非とも正気に戻って欲しい。それ、社畜の入り口ですよ。

 

 いや、この頂点ちょっと前の時間帯に届くメールや電話にもドン引きだが、それに出た時に向こう側が驚くのは止めて欲しい。なんでちょっと嬉し気に“やっぱりプロダクション側も深夜まで頑張ってくれてるんですね!!”なんて喜んでんだ、小道具の中川君。君ちょっと洗脳され過ぎなんじゃない? まるで俺まで社畜仲間のように扱われて実に遺憾である。

 

 誰に語るでもない独白を終わりの見えそうにない書類の山々に呟き、時間帯的配慮なんかありゃしない次から次へと届く各所からの業務メールとの格闘も一段落した所で小さく息を吐いた。

 

 日頃からありがたい事に所属アイドル達が満員御礼、引っ張りだこなおかげで休む暇もないこのプロダクションだが、ここ最近に控えたビックイベントのお陰でそれに更に拍車が掛かっている。

 

“シンデレラプロジェクト総選挙”

 

 そう書かれた事務所内にでかでかと張られたその大判ポスターにはウチの大御所、ベテラン、新人が所狭しと映り込んでいて凄まじいインパクトを与える。定期的に行われるこのイベントは多くの感動と熱狂と――――残酷な結果をもたらしてきた。

 

 死に物狂いで、それこそ命を燃やすように活動してきた彼女達に栄光と、無残な現実を突きつける様な結果を分かりやすい“数字”というもので表すこのイベント。だが、誰もが何度となく苦渋を味わっても彼女達はその結果をもたらす大規模ライブの中止を訴えることはない。

 

“次こそは” そんな思いを誰もが抱えたまま再び走り出した。

 

 その結果として俺や他の事務方もこんな時間まで方々を飛び回っている訳だが、いまだに連絡がこない携帯がとある少女も懸命にその戦いに身を削っている事を知らしめて俺は小さくため息を吐いて席を立った。眠気と疲労で覚束ない足元をよったよた進めていき、併設されてる自販機でお気に入りのコーヒーとスポーツ飲料をぽちり。ソレを拾って向けた足取りの先には――――煌々と明かりを放つレッスン室。

 

 繰り返すが、時刻はもうすぐ頂点を指し示す手前である。

 

 帰宅の手段すら失われるという事すら念頭から消し去っているのか、中から響く曲と靴が床を強く削る音は止む気配はない。もう一度、小さくため息を吐いて俺はその扉を開け――――鬼気迫る表情で鏡の自分を睨みつけつつ躍る少女に声を掛けた。

 

「良い子は寝る時間だぞ、不良娘」

 

「夜が、大人だけの時間だと思ったら大間違いよ、アシスタント君?」

 

 俺“比企谷 八幡”の皮肉交じりの言葉を楽し気に、小生意気に微笑んだ彼女“速水 奏”は華麗に最後のステップを決めたまま俺にそう返した。

 

 涼し気な顔には到底あいそうもない程の大量の汗に塗れつつも―――彼女は、不敵に微笑むのだった。

 

 

―――――――――――――――― 

 

 

「なら、俺は子供のままでいいな。八時にはお布団にくるまって次の日の昼まで寝ていたいまである」

 

「口が減らないのはお互い様ね。あと、一応ツッコんであげるけどソレは自堕落な大人の典型っていうのよ?」

 

 トイザらスの名曲を口ずさみながら彼女に持っていたスポーツ飲料を手渡して、激アマコーヒーで喉を潤していると負けず劣らずの皮肉が返ってくる。いつもの気の抜けた雰囲気に綻びそうになるが、年長者として言わねばならない事ははっきり言っておかねばならない。

 

「生真面目な大人だってこんな時間まで残業はしねぇんだよ。どっかの馬鹿野郎が帰らねぇと俺まで帰れないだろうが」

 

「――――ん、付き合わせてごめんなさい。あと一回やったら仮眠室で今日は寝るから上がってくれても大丈夫よ?」

 

「それで済むなら最初からそうしてる」

 

「変な所でやっぱり貴方って生真面目だわ」

 

 俺の苦言に喉を潤していた彼女が何てことの無いようにそう告げるが、それが出来たら苦労はないのである。そもそも、未成年が残ってレッスンをする事自体が事務員かトレーナーの誰かの付き添いが必須条件であるし、それだってこんな時間まで残ることなんて普通は認めはしない。それでも、鬼気迫る様子で頭を深く下げ続けた彼女に根負けして俺が付き添うという事でここの使用許可を得ている。―――大体が、そんな言葉を素直に実行する人間はこんな時間まで残ってないのだ。

 

 可愛らしく頬を膨らましたって可愛かねぇんだよ、ばかやろー。

 

「あと一回だけだ。ソレが終わったら送ってく。―――あと、明日のレッスンはお前だけ1時間短縮するよう言っとくからな」

 

「………それはペナルティ?」

 

「寝不足は美容といい仕事の敵らしいからな。紅い豚もそう言ってた」

 

「貴方は普通に働くくせに、そんなの不公平だわ」

 

「俺は不真面目な大人で、美容にも興味がないからな」

 

 俺の軽口に不満げに文句をこぼす彼女を適当にあしらっていれば彼女は小さくため息を吐いて両手を上げる。どうにも、今回は素直に折れてくるようで何よりである。不満を表すように音響のリモコンを放り投げてきた彼女は、汗だくのトレーナーを脱ぎ捨て、スポーツシャツ1枚になって小さく手を祈るように組み―――息を整え、神経を研ぎ澄ます。

 

 無音の室内に、彼女の呼吸だけが響く。

 

 何もない空間が、引きつるような緊張感で満たされる。

 

 なんの変哲もないレッスン室が彼女によって支配されきって―――彼女の呼吸が止んだその瞬間に、リモコンのスイッチを押した。

 

 流れだしたその曲。 寸分たがわずに成されるステップと振り付け。

 

 それは、彼女の代表曲ともいえるあの曲だった。

 

 世界の、月の照らす全ての偽証すら置き去りにして星の彼方へと“誰か”を連れ去り、その先に先にと何処までも連れ去ってゆく曲。

 

 聞く人によっては、強欲で、傲慢な曲なのかもしれない。

 

 それでも、彼女の絞り出すように紡がれるその歌が―――俺には祈りに聞こえるのだ。

 

 手を、足を、心を縛って誰もいない世界まで連れて行って閉じ込めたとしてもその“誰か”はきっと去って行ってしまう事を彼女は予感しているのかもしれない。だから、彼女は祈るように、割り切るように楽し気に微笑んで、強がるように妖艶に振舞う。

 

 楽し気に踊って、歌って、遊んで―――その“誰か”の心に少しでも強く自分を刻み付けて、引き留められる事を願った祈りで、ソレが叶わなかった時の呪いなのかもしれない。

 

 

 だから、俺は――――その魂を削るような歌声に心惹かれるのだろう。

 

 

 やがて、伴奏は終わり、彼女の伸びやかな声も終わりを迎えた。

 

 一曲を歌い切っただけで滝の様な汗を流してこちらを微笑む彼女に、俺は小さく苦笑を返して床に乱雑に脱ぎ捨てたトレーナーを拾って手渡して彼女に引き寄せられる心の錯覚を誤魔化すようにいつもの皮肉を漏らす。

 

「毎日いい子にしてりゃ、俺の一票くらいくれてやるよ」

 

「――――相変わらず、救いようのない馬鹿ねぇ」

 

 

 俺のくだらない一言に驚いた様に目を瞬いた彼女はクスリ、と小さく苦笑を零して俺から一歩距離を取ってその嫋やかな指を高く高く―――天に向かって指し示し、獰猛に、華やかに、輝くように微笑んで、謳うように言葉を紡いだ。

 

 

「貴方にとっては年頃の小娘に見えてもね、私は“速水 奏”なの。世間の話題と羨望を全部掻っ攫って、希望と憧れを全ての人の胸に灯す世紀の“スーパースター”。

 

 今まで、何度だって順位では後れを取った時でも、どれだけ自分の先に強敵が待っていると思い知った時でも――――自分がそれに後れを取っているだなんて疑った事は一度だってない。

 

内気で世界に拗ねていた私が心の底から憧れて目指した“最高にいい女”の姿にあの日から私は一度だって目を逸らしたことはないままここまで来て、この先だって進んでいく。それこそ――――あの月の向こう側。宇宙の果てまでだって皆を連れて行って見せる。

 

 だから、  貴方の一票だって“自力”で勝ち取って見せるわ」

 

 その天を指し示した指で緩やかに俺の唇をなぞった彼女は、悪戯気にそのまま自分の唇に押し当てて不敵に微笑んだ。

 

 汗にまみれ、疲れでよろけているにも関わらずソレは、いつもの年頃で存外に抜けている少女の物ではなく―――俺の背筋に正体不明の電流を走らせるほど妖艶な“速水 奏”というトップアイドルの魅力に溢れる姿であった。

 

 そんな、当たり前のことに今更ながら俺は気が付かされたのだった。

 

「――――――やれるもんなら、やってみろ」

 

「当然、そのつもりよ」

 

 短い言の葉のやり取りに、時計が頂点を打ち鳴らす音が重なった。

 

 

 

 今日も――――月は世界を優しく照らしている。

 

 

 叶う事ならば、どうか――――この少女も優しく照らしてはくれまいかと俺は似合いもしない祈りを心の中で呟いた。

 


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