デレマス短話集   作:緑茶P

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これでとりあえずは選挙話はいったん区切りです(笑)


【月光も届かぬ世界で休息を】

 

 

 眩い栄光と無念。希望と絶望。歓喜と悲哀。様々な感情を飲み込みつつも新たなシンデレラを迎えるための祭典は割れんばかりの歓声と称賛に呑まれて終わりを告げた。あるものは抱き合い歓喜に湧き、あるものは唇と拳に力を籠め暴れる感情を飲み干している。

 

 その舞台裏でのみ繰り広げられる世界と、そのイベントが結果はどうあれ無事に終わらせられたことに安堵の息を小さく吐き出してこちらに寄ってくるアイドル達に少しだけ皮肉を込めつつも称賛を送っている最中、多くのアイドルがひしめく中で一人の少女が目に入った。

 

 とある美少女ユニットのリーダーであり、自身も今回の選挙で10位に入った実力者であるその大人びた少女“速水 奏”。

 

 妖艶でミステリアスに振舞い多くの人を魅了しつつも、人知れず誰よりも努力を重ねて“頂点“へと至ることを誓ったあの少女。そんな彼女は自分の同期であり、私生活でもかかわりの深い仲間の栄光を湛えつつ他のメンバーとの喜びを分け合っていた。そんな彼女がこちらの視線に気が付いたのか振り向き、小さく微笑むに留めて他の仲間たちの元へと祝いの言葉を届けに視線を切って他の所へと向かってしまう。

 

 大人びた風貌に反して不安定な幼さのある彼女の今回の結果に感じていた一抹の不安が予想外に外され、肩透かしを食らった気分になる。だが、事務方の悲しい所かイベントの始まる前と終わった後にこそ忙しくなるのが常である。適当に寄ってくるアイドルをあしらっていればすぐさま上司の片割れである緑の悪魔からの招集が掛かり、あっという間に俺の少ない脳みその容量は仕事に上書きされてしまう。

 

 

 だけど、

 

 

 それでも―――あの大人びたようで幼い彼女の事がどうにも脳裏をチラついた。

 

 

-------------

 

 

 あの世間を熱狂させた祭典から早くも一月が過ぎ去った。というか、加蓮やその他上位陣の殺到する仕事と調整とその他のあらゆる問題に対処しているウチに気が付いたらそうなっていた。ありのままあった事を話すぜ。専業主夫を目指していたらいつの間にか社畜バイトになっていたんだ。なにを―――(ry。

 

 といった具合にその間の記憶がない。人間それでも仕事はこなせるように出来ているようで自分が作った分単位スケジュールにドン引きしつつも、夜半の訪れを告げる会社の鐘の音に意識を引き戻されて携帯を確認する。私用携帯はどんな時でもうんともスントも言わないのに、業務用携帯にはこんな時間にでも大量のラブコール。いい加減に小道具の中川君と俺に休みを与えるべきだと思う。アイツ、もう二月以上連続でこの時間以降もメール来てんだけどいつ寝てんの? そろそろ死ぬよ、俺も君も。

 

 そんなどうでもいいものと緊急性の高いものに仕分けして返信しつつ一覧を確認してみるが――――どうでもいい時には送られてくるメール主からのそれがない事に溜息を吐きつつ俺は席を立った。

 

 ボキボキ、バキバキなる体に鞭打ってなんとなく“いるんじゃないかなぁ”的な予感に従いつつ俺は誰もいないはずであろう“レッスン室”へと散歩がてら健康サンダルをぺたぺた鳴らして進むのであったとさ。

 

 

 

 

 誰もいないはずのレッスン室の中である意味予定調和というべきか、一室だけ煌々と明かりを灯している事に深くため息を吐いた。だが、厄介事への徒労とは別に湧き上がるそれは端的に言ってしまえば“ほっ”としたと言えるだろう。

 

 この一月の記憶は過労と寝不足で曖昧だが、顔を合わせても普段通り過ぎて逆にからかいの言葉をかけてきた彼女。間抜けに開いた口からなんと彼女に声を掛けたものか迷いつつも漏れ出た陳腐で薄っぺらい言葉にすら彼女は無難に微笑んで感謝の言葉を漏らすだけだった。それに違和感と虚しさを感じる自分の方がおかしいのは重々承知の上で言うのならば心配していた、というのが一番近い心情だったろうか?

 

 だから――――広々としたレッスン室で汗だくのまま力尽きた感満載で大の字で倒れ込んでいるポンコツ少女に思わず苦笑を漏らしたことで俺はようやく肩の荷が一つ降りた事を感じ、いつもの様な軽口を口づさむ事が出来たのだった。

 

「寝不足はいい仕事と美容の敵だって言わなかったか?」

 

「それじゃ、足りない事が…けっほ、この前に証明、されたじゃない」

 

 満身創痍でなんならえずきながら応える少女の拗ねたような顔に俺は溜まらず吹き出して、彼女に今夜もスポーツ飲料を奢ってやるべく自販機へと足を向けたのだった。

 

 

――――― 

 

 

「思ったよりも元気そうで何よりだ」

 

「散々に別の女を慰めてきた口から言われてると思うと素直に喜べないわね」

 

 3本ものスポーツ飲料をあっという間に飲み干した彼女がようやく一心地ついた事を確認してから掛けた労いの言葉には随分と棘のある言葉が返ってきて、眉を顰めつつそっちを見やれば小生意気に微笑む美少女が一人。何処まで、誰とまでの何々を知ってるか知らんが空のペットボトルを投げつければソレを彼女は愉快そうに避けて、そのまま固い床へと寝っ転がってケラケラと笑う。

 

「残念ながらそんな安い慰めに絆される私じゃないのよ」

 

「……ま、余計なお世話だったならそれが一番だがな」

 

「何言ってるの。今のはさっさと私に優しくしなさいという意味でしょ? ほんとに気が利かないわね」

 

「………意味が分からん」

 

 俺の言葉に平然とそんな風に応える彼女に憮然と答えると彼女は当然のように横に座る俺の腿に頭を乗せて、寝心地のいい場所を探しているのかしばらくもぞもぞして、深く息を吐いた。その様子が実家の愛猫に似ていて少々笑ってしまいそうになるが、一番の違いは彼女が身じろぎするたび薫ってくる蓮の様な甘い香りと少女特有の柔らかな汗の匂いだろうか。ロリコンの気はないつもりだが無駄に心拍数を高めるその匂いを意識の外に追い出してとりあえずは彼女のしたいようにさせてやる。

 

「とりあえず、小生意気を言うくらいには元気があるようで何よりだ。―――あと、総選挙おめでとさん。いい歌だったと、俺は思う」

 

「……言うのが遅いのよ。それと、ありがとう」

 

 軽口に織り交ぜた一月後れの称賛に秘めやかに微笑んだ彼女は柔らかく答えて―――ゆっくりとその手を燦燦と眩い蛍光灯へと伸ばしつつも言葉を紡いだ。

 

「あれだけのメンバーの中でこんな順位に来れた事はホントに光栄だし、嬉しい。でも、悔しくないわけじゃないの……。あれだけの大見え切って臨んだ大舞台。正直、みんなの舞台を見るたびに身が竦んだわ。そんな臆病な弱い自分のお尻を蹴飛ばして本気で、全力で臨んだパフォーマンスは後悔なんて浮かびようのないくらいに全てを出し切れた。それでも――― 一番星はなお遠いわ」

 

 伸ばした手を握ってゆっくりと額に落とした彼女は怒りも、悲しみも、熱意も、失望もあらゆる感情を飲み干して、かみ砕いて――――全てを受け入れた純化したであろう澄んだ表情を浮かべている。その凪のように静かな表情の中で、瞳だけは燃える様に輝いて

 

 

 彼女は静かに、吠える。

 

 

「でも、支えてきてくれた人たちの為にも、全力を出し切ってそこに至った仲間の為にも―――全力で“理想”を追い求めてきた自分自身の為にも。私はこの結果を悔やんだりなんかはしないわ。

 

 一人では感じれなかった“想い”も、“激情”も、“体験”も全ては私をココまで押し上げてきた輝きだから。この結果に文句を言うのはその全てに責任を押し付ける“弱さ”だと思うから。ならば、もっと多くの“想い”を重ねて連ねて―――その全てを引き連れてあの星の向こうにたどり着いて見せる。

 

 この敗北に恥なんてない。スーパースター“速水 奏”と“ファン”と“仲間達”の後世に語られるに足る輝く階段の一歩。―――――精々、その眠そうな目に焼き付けてなさい」

 

 不敵に、眩く―――強く華やかな笑顔で自分自身の言葉を信じ切るその強さに焼き付けろと言われたばかりの目を思わず逸らしてしまった。その光は、生き恥を重ねてきた俺にその輝きはちょっと眩しすぎる。だが、そんな俺にだって得意げに勝ち誇るこの少女にしてやられてばかりでは蚤のようなプライドが傷ついてしまう。だから、俺はそんな輝きが届かない彼女の影にそっと寄り添う事を選んだ。

 

「―――やっぱ、すげぇよお前は」

 

「……急に、何よ」

 

「いや、素直にそう思っただけだ。加えて言うなら―――意地っ張りな妹分への労いってやつだな」

 

「――――――やっぱ、ずるいわ。貴方って」

 

 彼女の不敵な瞳を覆い隠すように綺麗な額に手を添えてその光を遮断する。漏れ出た言葉に不満げな態度を声に出すのを笑って答えれば、ちょっとだけその小生意気な言葉に鼻声が混じり始める。

 

 音もない深夜のレッスン室に“スーパースター”なんかじゃない“内気で臆病な少女”のすすり泣く声が―――静かに木霊する。

 

 彼女は、強い。

 

 それはどこの誰にだって否定なんかさせやしない。

 

 全てを掛けて臨んだ戦いが至らなかった無念に塗れても、自分より上に言った仲間を言祝ぎ、奮わなかった友を慰めて激励を掛けて手を引く。そのうえで、全てを受けいれ前に進んでいく強さを“全て”の人に指し示す―――眩い星だ。

 

 でも、俺はそこに至る前の輝く光の仮面を被る“彼女自身”を知っている。

 

 内気で、怖がりで、漫画に憧れて真似しちゃうちょっと痛い奴で、好奇心旺盛でよく痛い目みて、澄ました顔してポンコツで、B級映画が好きな変な子で―――どこにでもいる優しい女の子だ。

 

 周りが、世界中がその仮面に夢中になったとしても俺だけはその星となる前の少女を知っているから。時刻はとっくに月すら眠りにつく時間の中、今だけはこの涙を見ているのは俺だけだろうから。その背負っている燈を下ろして、一息を吐かせてやってもいいじゃないか。

 

 撫でる様に覆ってやった掌から零れる雫と、名もない少女の声にならない慟哭が静かに秘めやかに漏らされるのを俺はただただ出来るだけ優し気に相槌を打って答えてやる。

 

 

「また、変れ、なかった……」

 

「変ったさ」

 

「これだけ、皆に支えられたのに、応え、られなかったっ!!」

 

「期待に応えられない事が、裏切りにはならないだろーが。お前の姿はファンの目に焼き付いてたよ」

 

「くや、しいの。何より―――みんなの全力や、仲間の輝きが素直に喜べない自分が、汚くて、嫌いっ!! こんなの、取り繕って心の中でイラついて、それでもっ、嫌われたくないから平気なふりをして―――でも、だってっ!!――――――――っ!!」

 

「――――」

 

 

いまは、ただの少女に――――休息を。

 

そう願って俺はその声を――――ただ聞き届けた。

 




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