デレマス短話集   作:緑茶P

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(・ω・)渋でやった”マイナーキャラで書こう”の企画第一段(笑)


【ブラックスワン】

 

 不夜城と呼ばれるほどに燈が途絶えることのないこの346事務所でも夜半を過ぎれば光が目立つ程度には静寂と暗闇がひっそりと染みこみ、体を冷やすような静けさが響くようになる。そんな中でようやく山済みの書類を片付けてボキボキなる体をほぐしながらも帰途につこうとしていると事務所に併設されているレッスン室の一つに明かりがついているのが目に付いた。居残りだのなんだのの連絡は記憶の限りでは受けていないので、勝手に誰かが居座っているらしい。

 

 ただでさえ今日はごたごたが続いて疲労が蓄積した脳みそで確認すべきか、しまいか暫しの逡巡を経て―――俺は小さくため息を吐いて足をその部屋へと向けた。

 

 見なかった振りをして帰っても業務時間外の事を咎められやしないだろうが、時間が時間だ。未成年なら大問題。成人でもこの時間に一人で“アイドル”を帰すには憚られる。事が起こってから対処するには面倒が大きすぎる。だから、その被害を減らすために声を掛けたとかなんとか誰にするのかもわからない言い訳を重ねつつその部屋の扉を開いた――その先に、黒い羽が舞っているような幻覚を目にした。

 

 張りつめた空気に伸びやかに鳴らされる伴奏。ソレは普段耳にするアイドル達の明るく温かさを感じさせるものではなく重厚で洗練された音色。その中で、しなやかに、伸びやかに―――それでも、真剣のように怪しい光と切り裂くような怜悧さを感じさせる優雅な肢体が艶やかに舞う。

 

 黒いレオタードとレギンススカートに身を包んだその身体が表す舞は人でありながらも人ならざるモノを幻視させる程に洗練されていて、無表情を装っているその奥には誰よりも深い感情を感じさせられて思わず呼吸もすることを忘れてそれに魅入られる。

 

 激しく、烈しく、優美に。

 

 言葉で語られることのないその計り知れない熱情と秘められた超絶技巧であろうその舞。それに俺は、かける言葉を失ってただただ赤毛をまとめ上げた黒鳥が成すその煌めきを間抜けのようにソレを見届け続け――――やがて、苛烈な振り付けを全て踊り切った事によってフィナーレを迎えた時に掛けられたその声に意識を引き戻された。

 

「覗き見とは随分と躾けのなっていない“鴉”ね」

 

 触れれば壊れそうな程に繊細で美しい顔を繕っていた彼女“財前 時子”が呼吸を一つ挟んでいつもの高圧的な声と、嘲るような冷たい冷笑を掛けてきた事でソレが間違いなく自分“比企谷 八幡”の知っている人物であることに相違がない事が分かって、俺は詰めていた息を小さく吐き出していつもの様にその声に応える事がようやくできた。

 

「こんな時間に無断でレッスン室を占領しているお前に言われた義理じゃないな」

 

「相も変わらず減らない口だわ」

 

 そう面白くもなさそうに鼻を鳴らした彼女が無言で腕を組みこちらを何も言わずに睨んできたので俺はいつもの事だとため息を吐いて、彼女の元に折り畳みのパイプ椅子と併設されている冷蔵庫から彼女の物であろうと思われるスポーツ飲料を甲斐甲斐しく用意してセッティングしてやる。

 

 それを当たり前のように受け取り短い労いを掛けた彼女はどっかりと座って優雅に喉を潤す。ファンやそういった筋の人達からすればそういった傲岸不遜な態度こそがご褒美で“ぶひい”なんて喜んじゃうのだろうが、あいにく俺はその筋ではないのだ。とはいえ、この迫力に相対してまで歯向かおうと思う程に心が若くないのでしずしずとその斜め向かいに自分のパイプ椅子を設置して腰を下ろす。

 

「………なに自然に座ってるのかしら、この鴉」

 

「戸締り確認して仕事を終えるのも社会人の基本なんだよ。という訳でさっさと着替えて帰る準備をして貰えると助かるんですけど?」

 

「私に指図するとは随分と偉くなったものね。小娘たちに持ち上げられて勘違いしたのかしら? 再調教が必要?」

 

「いつ俺が調教されたんだよ…。まぁ、時間も時間だ。置いてくわけにもいかんから、お前の迎えが来るまでは付き合ってやってもいい」

 

「……勝手にしなさい」

 

 疲れたように溜息を吐いた彼女はその体重をゆっくりと椅子に預けて静かに、深く深呼吸をする。よくよく見ればその均整の取れた体に張り付くレオタードは汗がじっとりと滲んでいるし、彼女の足は本当に微細ながら痙攣の様な震えを起こしている。さっきの舞いを見ていればそれだけ激しく体力を消耗しきっていたのだろう。それこそ、俺の目なんてなければその場で倒れ込んでしまいそうなくらいには。

 

 普段から高圧的なこいつの言動からは想像もつかないだろうけれども、コイツは案外に自分の事は自分でしっかりやる。なので、ファンに命じるのはソレが“ご褒美”であると分かっているからだし、そうでない時に命じるのは限界が近い時に弱みを見せない時の特徴だ。

 

 そんなめんどくさいお嬢様に苦笑を零しつつも、俺は彼女が回復するまでの暇つぶしに気になった事を問いかけてみる。

 

「さっきのってなんていう演目なんだ?」

 

「無知もココに極まれりね。……3大バレエの一つ“白鳥の湖”よ。“愚かな男”と“愚かな白鳥”のありきたりな悲劇。それでも、これを舞台のプリマとして踊るには多くの努力、才能、犠牲を伴うわ―――人生を損なう程」

 

「………それが、昼間に綾瀬と揉めた理由か」

 

「夢見がちな子豚に現実を教えてあげただけよ」

 

 俺の問いに分かりにくいながらも答えた彼女に苦笑を漏らしつつため息を吐く。

 

 今日の昼頃、レッスン中に時子と綾瀬が揉めたらしい。というか、揉めたというレベルでもなく時子がけちょんけちょんに言い負かして綾瀬が大泣きしながら走り去っていったくらいだ。―――うん、よりまずいね。

 

 原因はトレーナーさんに聞いても、コイツに聞いても言い渋った為に結局はフォロー等はあいつ等に任せて、スケジュールの調整やら各所に頭を下げに行っているウチにこんな時間になっていたので詳しい事情は分からないが、今の一言でなんとなく察してしまった。

 

 冷やしたタオルで目を覆っている彼女が、まだ猫を被ってお嬢様然としていたあの頃。彼女のおじと名乗る人物が語った言葉に確かに含まれていた言葉。そして、その時に彼女が微かに浮かべた表情。

 

“海外のバレエでそこそこにいい所までは行ったが、足のケガで台無しになった出来損ないだ……まあ、アイドル程度ならこなせるだろう?”

 

 その後の彼女の苛烈な手管であの男を社会的に追い落とした瞬間までが強烈で忘れかけていたが―――あの時に、彼女は確かに悔しそうに眉を寄せたのを俺は見ていた。少なくとも、海外にまで留学して有名な劇団のプリマにまでなった人間がそんな事を言われて平気な訳がないし、ソレをバッサリと過去の事と切り捨てられる程に彼女は乾いた人間でない事も短くない付き合いで俺は知っている。

 

 ならば、最近までバレエ一筋だった少女との間に起きた諍いとやらも予想には難くない。

 

「……あの世界は才能があろうが表現の幅を広げようが、全てを注ぎ込んでも全く足りない地獄よ。比喩でもなく、そんな地獄の世界で笑って死んで行ける人間だけが偶然と幸運で舞台にようやく立てる。

 

――――あの子の実力や技術は、きっとそれに『引っかかる』レベル。更に悲惨なのはそれが上手く噛み合ってしまった時よ。ここのように緩やかな成長を待ってなんてくれない。プリマになった瞬間に“女王”として圧倒的に存在しなければならないの。

 

 それを追い落とすために後輩や同期。周りのスタッフすらも敵になりえる。そんな世界に一人ぼっちで耐えて、君臨して――――躓いたら一瞬で食い散らかされて二度と日の目は見れない。そんな世界にココでもトップに立てていない人間が再挑戦しようだなんてお笑い草だわ」

 

 タオルで覆い隠したその瞳に何を思い返しているのかは分からないが、彼女の零すその生々しい怒りや憎しみ。無念と憐憫を加えたその言葉は、“女王”であり“先達”であり―――“友人”としての彼女の心からの助言だったのだろう。

 

 バレエの世界に限らず芸能界だってそう変わりはしないだろう。むしろ、ここが異端なのだ。競いもする、争いもする、他所から嫌味だって言われる。だが、貶め合う事もなく真っ直ぐにぶつかるお人好ししかここにいない。そんな世界からまた地獄に戻ろうとする後輩を心配した善意の心。

 

 だが、それは綾瀬からすれば侮辱以外の何物でもない。

 

 人生の全てをバレエに掛けてきた彼女にとって、“芯”はそっちなのだ。

 

 そもそもが表現方法に詰まってここへ来た少女が新たな表現を見つけてもう一度、その道に挑戦したいと思うのは至極当然の帰結でもある。かつて、頂点に至ってその景色を見た者の絶望は―――夢を追って駆け上がるものには得てして届かない。

 

 だから、この話は平行線。

 

 トレーナーさんが言いよどんだのも納得だ。どっちの言葉も深く理解しているからこそ、ましてや、これからの方針に響くようなことを仮にもプロダクション側にいる俺に聞かせる事で事態が大きくなることを嫌ったのだろう。そこまで配慮するならこうなる前に止めて欲しかったというのは少し酷な要求だろうか?

 

 そんな身勝手な独白を重ねて俺は小さく苦笑を零した。その瞬間に時子がねめつける様に睨んでくるのにまた笑いは大きくなっていく。

 

 いい女だな、と思う。

 

 気高く、強く、誰よりも自分にも他人にも厳しい癖に――――こうやって諍いがあった相手に対してだって心を砕いて怒りを燃やす“優しい女”だ。

 

 だから、俺は真っ直ぐにその目を見返して答える。

 

 半端者の臆病な小鬼でも、それに背くわけにはいかないと思えたから。

 

「なら、お前が味方でいてやれよ」

 

「あぁん?」

 

 ドスの効いた唸り声も細い瞳孔も今日だけは可愛げがあって面白い。

 

「世界を見てきたお前が教えてやれよ。言っても聞かないってなら、お前の“アレ”を見せて分らせてやれ。そんで―――足りないものを教えて、導いて、くじけそうな時にはけつを蹴飛ばしてやれよ。そんで、ここじゃない世界でアイツがどこまでやれるか見守ってやれ」

 

 子豚の調教はお手の物だろ? なんて厭らしく笑って言葉を紡ぐ俺に彼女は―――握っていたタオルを顔面目掛けて思い切り投げつけてきた。微かな蘭の匂いを含んだ柔らかいソレを意識しないように顔から外せば――――そこにはこちらを見降ろすように立ち上がった彼女がまとめていた髪を解いて、いつもの不敵な顔で頬を歪めている。

 

「最初から、そのつもりよ」

 

「だろうな」

 

 この話の大筋を聞いた時から、なんとなく察していた。

 

 なぜ、人目を忍んでこんな時間に一人レッスン室を占拠してバレエを踊っていたのか。

 

 優しく語り聞かせるなんてこの部署には似合わない。

 

 分からせるなら、実力でぐうの音も出ないくらいにぶちかましてやるのがココの流儀だ。

 

 粗であり、野であるが―――卑ではない。漢らしさが俺より溢れるこの事務所の事だ。言っても聞かないなら勝手にやりあって貰おう。ソレが、脳筋なこいつ等には一番わかりやすく、一番にいい結果を生む事だろうから。

 

 

 だから俺は―――明日以降のこいつらに別のレッスン時間が取れるように調整するために書き直したばっかりのスケジュール表の調整を黙ってすることにしよう。

 

 

 それくらいは、ただの社畜アルバイトにもできるだろうから。

 

 

 不敵に、傲岸不遜に微笑む女王様におどけて俺はかしずいて―――小さくこいつらの未来を願ったのだ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

おまけ①

 

ポジパ「「「時子様実は優しい説の実況かいせつーーー!!(イェーイ)」」」

 

時子「……おい、鴉。早くこいつらを締めなさい」

 

八「ライブツアー終了直後でリミッターが外れてるから無理だな…。おれ、報告いってくるから適当に付き合ってやってくれ(すたすた・寝不足」

 

時子「ちょ、おまっ!!」

 

未央「第一だん!!!! “時子様の絵本読み聞かせ会の巻―――!!”」

 

ポジパ「「イェーイ!!!!!!」」

 

時子「やめろおおおおおおお!!」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

おまけ② 酔った時子様はカワイイ?

 

時子「昔、母になんであんな鉄扉面と結婚したのか聞いたことがあるわ(泥酔」

 

八「……はぁ」

 

時子「笑った顔が可愛かったそうなのだけど―――同じ顔の私が笑っても、そうはなれそうにないわね(ニッコリ」

 

八「………………いや、素質は、ありかと」

 




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