デレマス短話集   作:緑茶P

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(・ω・)渋でやった”マイナーキャラ”第二弾(笑)


【心の在り方】

 

=あらすじ という名の キングクリムゾン=

 

 

比企谷 八幡 男 21歳

 

 とある芸能事務所の社畜アルバイト。過労残業、子守に人生相談。果てはぶっ刺されたりもする苦労人だが、なんだかんだお人好しなせいで今日も彼は給料分以外にも頑張る。

 

 夢は専業主夫のクズ。

 

 

 喜多見 柚 女 15歳 

 

 ノリと好奇心から武内Pに自ら売り込みそのままアイドルになったギャル。新たな世界への経験と愉快な日常からやがて本気で“アイドル”を目指すようになったが、そのせいで通っている高校の部活動のバドミントンがおざなりになってしまったがゆえに部内のメンバーから『バドミントンかアイドル』の二択を迫られてしまう。

 

 その結果は次に控える関東大会で判断するという条件を課せられてしまった彼女は迷い、悩み、葛藤を抱えつつもとあるアルバイトに背を押され――――その日を迎えた。

 

周りの予想を覆し続けての快進撃を続けた彼女はついに決勝戦へと至り、誰もがその最後の試合のゆくえを固唾をのんで見守ったのであった。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 世界がゆっくりと流れる。

 

 滴る汗が、吹き抜ける風が、零れる熱い吐息が――体に触れる全ての感覚が研ぎ澄まされて全身の皮膚を脱ぎ捨てたように鋭敏に全てを捉える。

 

 そんな世界で、空気が弾けるような音が響く。

 

 純白の羽。摩擦で微かに焦げたような熱を帯びた弾丸。

 

 時速350キロで駆け抜けるソレも、今はなんだかゆっくりと見える不思議な感覚。だが、普段からのんびりやな私でもあんまりぼんやりとしていては追いつけなくなってしまうので軽くステップを踏んで、その勢いを殺さないままにグリップに伝えて返してあげる。

 

 再び空気の弾けるような小気味のいい音が鳴り響いて、手から芯に伝わる心地いい痺れの余韻に浸ったまま偶然に対戦相手の顔が映り込む。渾身の一撃だったであろうソレをあっさりと返された事への困惑と焦り。―――そして、積もってゆく疲労に隠せなくなってきた辛さに歯を食いしばった。

 

 それを見て“勿体ないな”なんて他人事のように思う。

 

 空はこれ以上ないくらいに澄み切っていて、トンビは呑気に鳴いている。気温も蒸し暑くなってきた最近には珍しいくらいにカラッとして心地いい。そんな最高のバドミントン日和なのに、辛気臭い顔を浮かべるなんて。―――――もっと、楽しめばいいのに。

 

 相手が強く踏み込んでスマッシュを打ち込む。

 

――――――きらりちゃんのはもっと重かった。

 

 返された羽を追いかけ、獣の様なバネでソレを拾われた。

 

――――――悠貴ちゃんはもっと軽やかだった。

 

 一転してネット際を責める繊細なテクニックを出してきた。

 

――――――木場さんはネットの上に乗せて見せたよ?

 

 雄たけびを上げて身体に残った最後の力を振り絞っている。

 

 ――――――茜ちゃんはスタミナ切れなんて起こさなかった。

 

 全国大会の優勝候補だというその選手の全てがどうしても身近にいる怪物の様な能力を持った仲間たちと比べて見劣ってしまう。その全身全霊を全て真っ向から柔らかく受け止めて、返しているウチにようやく気が付く。

 

 別にアイドルをしているからって――――バドミントンを捨てたわけではないのだと。

 

 これだけ体が持っているのはマストレさんの地獄のメニューを日常的に受けているからで、こんなに遠く軽く飛べるのは何万回と繰り返して数時間に及ぶステージを踊り切るために無駄をそぎ落としたから。

 

 これだけ感覚がゆっくりと鋭敏になっているのは何万人の人達の反応と熱狂を受けてそれに応えようと見続けてきたからで、こんなにも心が軽いのは――――支えてくれる仲間がいてくれるからだ。

 

 呼吸すら戸惑う張りつめた会場の中で、おかしな変装に身を固めてあわあわと心配そうにこっちを覗いてる不審な集団。普段から何も考えてないんじゃないかってくらいに好き勝手に生きてるくせに、それと同じくらいに他人にもその熱をまき散らして誰も彼もを引っ張っていくお節介な人達。そして、―――歩くのに疲れて陰に沈み込みそうな時にそっと押し戻して寂しげに、羨まし気に苦笑いをするひねくれもの。

 

 不審な集団に紛れて突っ立ている彼は、興味もなさそうにこちらを見ている。

 

もうちょっとくらい愛想のある表情をしたらいいのにとちょっとだけの不満と、そのらしさに自然と頬が緩むのを感じる。

 

“いつも通り好きにやりゃいいだろ―――でもって、高みの見物決め込んでる奴らに思い切りぶちかましてやって来いよ”なんて人ごとのように送り出したその暗い瞳に宿った微かな熱と、意地悪な信頼。

 

 いつも口から漏らす紫煙の様に掴みどころのない彼が見せた一瞬だけの素顔。

 

 ええ、ええ、見せてやりますとも。

 

 なんたって、わたくし“喜多見 柚”は楽しい事と同じくらいに、好奇心だって旺盛だ。その底の見えないもっと奥にある表情だって知るためならそれくらいは、関東大会くらいはまるっとずぱっとおちゃのこさいさいで熟して見せてあげましょうとも!

 

 密かに胸に宿った試合に対するものとは違う別の熱を感じつつも私は力尽きたように空高く上がった羽に向かって負けないくらい高く跳んで―――――――どこまでも続く晴天の先にまで響き渡る快音を打ち鳴らした。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「で、なんで関東チャンピオンがこんな会社の庭で緩いバドミントン大会を開催してんだ?」

 

「およ? 思ったよりも来るのはやかったねー、ハチさん」

 

 初夏の兆しが見え始めた日差しで青々とした植栽が木陰を揺らし、柔らかな芝が過労で睡眠不足気味の頭に緩い睡魔の誘惑を仕掛けてくる中で事務所に総務課から掛かってきたクレームの主原因である“喜多見 柚”が悪びれなく手を振ってくるのに俺はガックリと肩を落とさずにはいられなかった。

 

 先日のプライベートでの問題以来、随分と沈んだ顔しか見ていなかったのでこうして元気が戻ってきた事には素直に喜ぶべきなのだろうけれども―――俺の仕事を増やすつもりならば容赦はせん。

 

吐き切ったため息を吸い込んで小言を繰り出そうとした瞬間に広場となっているスペースから大歓声が上がって、そのタイミングを逃してしまう。

 

 声に引かれて視線を向けてみればどこから持ってきたか分からんネットを棒に括りつけ張って作った即席のコートの中では森久保と卯月が接戦を繰り広げていて、ソレの周りにはレジャーシートを敷いてピクニック気分でソレを観戦してる奴らや、やんややんやと声を張り上げ応援をしたりしている。―――――おい、ギャンブラー。なんで胴元になって掛け試合にしてるんだ。早苗さん、コイツです。

 

「でへへ、声かけたら意外と集まってさー。こんな天気のいい日は外で遊ばないとね!」

 

「そのせいでクレームが上がって来てんだよ。さっさと畳め」

 

「休憩施設は所属してる私達だって使うけんりがあるので拒否しまーす」

 

「ソレを占領すんなってお達しだ」

 

 “大人ってめんどくさーい”なんてまるで反省の素振りもないままケラケラ笑って寝っ転がる彼女にデコピンを一つかまして俺も芝に腰を下ろした。

 

 目の前では全力でやってるのだろうが何故か微笑ましい熱戦を繰り広げる二人に、多少は邪な物も混ざってる楽し気な応援。ソレを肴にのんびりと初夏の陽気を楽しむピクニック勢。その他にも、昼寝やら追いかけっこやらと随分と自由に長閑にお過ごしな様子にこちらも毒気を抜かれてしまう。

 

 背中を木に寄りかけながら、なんとなく余計な事を嘯いた。

 

「………部活、辞めて良かったのか?」

 

「ん、もともとが趣味だったからね。部活にこだわる必要もないよ」

 

 結局あの試合のあと、揃って頭を下げる部員たちに喜多見は部活を自主的に退部する旨を伝えた。関東大会を優勝したコイツがその場で退部するという事でかなりの騒動になったが――まあ、それはどうでもいい。ただ気がかりなのはこいつがその選択に負い目を感じたり、試合前にズルズル引きずっていた余計な事に引っかかって無理やり出した答えではないかという事だけが気になっていたが聞けずにいたのだ。

 

 だが、あっけらかんと答える彼女にそんな陰りはなく、むしろ、清々したような表情でそういうものだから―――まぁ、大丈夫なのだろう。そう思う事にして細巻きに火を着けて雲に流した。

 

「私って昔から楽しい事が好きでさ、こんなふうに友達とワイワイ出来るだけでよかったんだ。だけど、変に才能があったし、たまたま家が近い学校受けたらバドミントンの強豪校で“お遊びは許さん!”みたいになった時から違和感があってソレが、最後までかみ合わなかったてだけ。だから、―――みんなと真剣に馬鹿をやれるこっちの方が今は心地いいんだ」

 

「―――そうかい」

 

 俺の燻らせる煙を目で追いながら朗らかにそういえる彼女が眩しくて俺はそう答える事しか出来ない。そうして、お互い何も言わずにぼんやり森久保VS卯月の試合を見ていると喜多見が思い出したようにこちらに視線を寄越して、何気ない事のように口を開く。

 

「そう言えば、八さんって運動神経いいんだっけ?」

 

「あ? まぁ、たまに体は動かす程度だな」

 

 脈絡のない会話に首を傾げつつも考えてみるが、まあ、戸塚とのテニスは毎月何回は行くようにしてるし、ステージ設営の手伝いや体力の有り余ってる奴らと日々戦闘しているのでそこまで体は鈍ってはいない部類だろう……そのはず。

 

「ふーん、……じゃあ、今から私と一試合行こうよ!!」

 

「無邪気な顔で何言ってんだお前。止めに来たつってんの分かる? 受験を控えたJCの読解力が思ったより低くて背筋が冷えるまであるわ」

 

「んー、そんな事いって負けるのが怖いんじゃないの~? 大丈夫、ちゃ~んとハンデで利き手じゃない方でやったげるからさ!!」

 

「だーかーら、………おまそれっ」

 

 聞き分けのないクソガキが肩をがっくがく揺らしてくるのを邪険に扱っていると厭らしい顔でにやける喜多見がポケットから一枚の紙を取り出して突き出してくる。その忌々しい紙はいつぞやチッヒが全アイドルに配ったとかぬかした“我儘チケット”なるものだった。

 

「これ、そのお願いを聞くだけで消費してあげる♡」

 

「………いいだろう。テニプリ全巻読破した男の実力を見せてやる」

 

「八幡バズーカ?」

 

「ばか、零式とゾーンの同時解放のカッコよさを知らんのか」

 

 会社の規定より忌々しい呪縛解除の方をあっさり選んだ俺は入念な準備体操を行い、ラケットの素振りフォームを確認する。テニスもバドも変わらんしへーきへーき。あと会社からの苦情無視もいつもの事だからへーきへーき。

 

「――――せっかくだから、掛け金上乗せしたほうがもりあがるでしょ?」

 

「あぁ? 別にいいよ。そのチケットを処理できるなら」

 

「んー、欲がないなぁ。 勝ったら、どんなお仕事でも10個全部受けてあげるよ。継続企画も可」

 

「……乗った。 こっちのチップは?」

 

 

「んー、あんま無茶なのも可哀そうだし―――――――今度の週末、遊びに連れてってくれるだけでいいよ♡」

 

 

 大した要求でもないのに、なぜか背が震えたのはなぜだろうか?

 

 

 というか、何でみんなこっちを一斉に見てるんだ?

 

 

 よくわからない要求と寒気に首を傾げながら――――俺たちはネットへと足を進めた。

 




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