デレマス短話集   作:緑茶P

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あらすじという名のプロフ


 向井 拓海  女  19歳

 元暴走族というファンキーな経歴の特攻隊長。ある日、暴走族式の卒業式直前に346の内匠Pに藤里奈と共に勝負(チキンラン)を挑まれ、負けた代償としてアイドルへとなった。最初はチャラついた印象のアイドルという職に不満を大いに持っていたが、その世界の熱量に魅せられ今までになかった体験と充実感に随分と前向きになる。文句を言いつつもなんだかんだと仕事は全力で取り込む生真面目さから一気にその知名度を上げていった。 
 
 その後、ユニット”炎陣”を組み名実ともにデレマスの前にトップアイドルとして立ちふさがり熱い戦いの末に僅差で敗れ、再戦を誓う。

 だが、その敗北が型破りな内匠Pの”栄転”という名のアメリカ送りをされることになる原因となり、大いに荒れ、一時期はアイドルの引退も決意したが内匠P自身に引きとめられ”デレマス”に吸収合併という形で彼の帰って来る日を待っている。

 以外にも面倒見がよく、可愛いものが好きなのでデレマス内ではなんだかんだ人望が厚い。



踏み出す意志を(中)

 エンジン音も高らかに、少女達の声援を背中に受けて地下駐車場を駆け抜けて一気にスロープを駆け昇って行く。普段とはあまりに違うその加速に思わず息を呑んでハンドルを握り直す。後ろから森久保の情けない声が短く聞こえて、気持ちは痛いほど分かりはするのだが、悪いがこの程度で音をあげられては困る。 

 

 腰に回された手を軽くタップして力を込める様に合図を送れば、彼女は震える手を推して非力ながらも全力で力を籠めて来るのに小さく笑って俺は会社の前を流れる車の列に――――乗らず、大きくハンドルを切る。

 

 目指すのは普段ならば選択肢にも入らない程に細い路地。だが確かに、日本列島の法律上においては交通道路と認定された―――その道に向かってアクセルを更に絞って行く。

 

 胃が引き締まってゆく感覚と妙に心臓の音が近く聞こえて来る。

 

 これがラブロマンスならば森久保の心音が近く聞こえる云々などと綺麗に収まるのだろうが、冗談じゃない。ただ俺の蚤の様な心臓が悲鳴をあげて竦み上がっているだけだ。なんなら、喉の奥からは森久保に負けないくらい情けない声が絞り上がりそうになるのをかみ殺して必死に閉じそうになる目をこじ開ける。

 

 サイドミラーが擦る数ミリを見極めて、その道を一気に駆け抜ける。

 

 漏れ出た声は俺か森久保か。

 

 抜けた直線をすぐさまブレーキングでタイヤを滑らせつつ、直角に近いコーナーを膝が擦りそうになる限界まで傾けて何度だって曲がって行く。そんな素人の見よう見まねのスタントの様な無茶苦茶な走行にも長年連れ添った”相棒”は渾名に相応しい粘り強いグリップを効かせて答えてくれる。

 

 最後のコーナーでほんの少しだけ壁に接触しそうなのを、我武者羅に蹴りだした足で壁を押し出して路地を抜ければ――一気に視界が開けた。

 

 

 目の前には千葉への首都高へと続く、最短の大通り。

 

 

 普段ならばココに乗るまでに20分は掛かる筈のこの通りまでに掛かった時間はモノの五分。十分に上出来な滑り出しだろう。

 

 飛び出した勢いそのままに流れに乗れば、隣を走るタクシーの運ちゃんが目を丸くしてこちらを見ている。そりゃそうだ。そこそこ道に精通した人間からしてみれば、あんな所から車両が飛び出て来るなんて思いもしないだろう。ソレくらいには無茶をした自覚とやり切った感が無いでもないが―――俺の小細工で削れる時間はここまでだ。

 

 スピードを落とさないまま乗った車両の流れは赤いテールランプと共に一気に減速していき急に滞り始める。

 

 舌打ちと共に、ブレーキを握れば不満げなエンジン音が漏れて減速していく。睨んだ先にあるのは真っ赤な目を光らす最大の障害物。いくら急いでいたって、こればかりは無視するわけにもいかない。他の車両の間を縫う様に少しでも距離を詰めていくが、それでも数分はこの信号によってロスしてしまうのは確実だ。

 

 コレが積み重ならずに進むことができる計算のうえでの工程であったが、そう上手くはいかないらしい。

 

 メモリがゼロを指し示す程に減速し、歯がみするもどかしさと共に足を路面に着ける瞬間――――聞き覚えのある声が耳に届く。

 

 

「よう、ハチ。今日は随分と良い音鳴らしてんじゃねえか」

 

 振り返った先には既に長い黒髪と、紫紺の布地が――――はためいて過ぎ去って行くだけで。

 

 それを目で追おうとしたその脇を、何台も同じ紫紺の影が通り過ぎて突風が体を荒々しく過ぎ去って行く。

 

 一拍遅れて聞こえて来た爆音に、心臓を掴まれる。

 

 流れるその鮮やかな影は荒々しいその走りとは反する様な滑らかさで流れる数多の車両の間に滑り込んでいき、柔らかく交通を分断していく。ほんの数秒も立たぬうちに、交差点は全てが止まり、エンジン音の荒々しい吐息だけが支配する。

 

 誰もが、止められた事など意識してなどいなかった。

 

 堂々と、厳かに、交差点の真ん中に立つ彼女に道を空けるのが当然なのだと誰もが思ってしまったのかもしれない。

 

 それほどに、彼女は、威風堂々とそこに君臨していた。

 

 紫紺のすその長い学生服。乱雑にまかれたサラシ。流れる様なその黒髪。そして、獰猛な獣そのものと思ってしまうほどに走りだす事を待ちわびているその機体。

 

 もはや過去の教科書にしかいないと思われるその姿。だが、その熱量はあまりに強く、美しかった。

 

「――――つっぱしんな。道は、つくってやっからよ」

 

 爆音の中、小さく呟かれたその声は確かに俺の耳朶に届き、体の奥から引き出された熱量そのままにアクセルを引き絞る。付きかけた足を全力でペダルに押し当て、自らも踏み込むかのように走りだす。

 

 一瞬の交錯。

 

 微かに口元だけ微笑んだ彼女に、目だけで頭を下げる。

 

 伝わったかどうかなんて分からない。だが、今は――――ただ走るべきだ。

 

 走り抜けた背に”ご協力しゃ―したっ!!!!!”という力強い声が聞こえ、爆音が後に続く。

 

 随分と礼儀正しい暴走族もいたものだと思わず苦笑してしまう。

 

 腰に巻かれた手に、小さく力がこもったのもその一因だろう。

 

 まったく、随分と恵まれている。お互いに。

 

 体の奥底の熱と、漏れ出る愉快さそのままに一般道と思えないほどに吹っ飛ばす。

 

 遠くに赤い光が見えても構わずにアクセルを緩めない。

 

 そうすれば、紫紺の影が柔らかく他の車両を引きとめ―――道が開けてゆく。

 

 「ぽよ!!」だの「じゃん!!」だの、聞き覚えのある声がその度に背を叩いてくれる。

 

 ソレを聞くたびに腰の手はより強く回されて。相棒は速度を上げてゆく。

 

 そして、遂には見えて来る。

 

 この国が精魂こめて作り続けて来た、高速を出すことを許した道。

 

 もちろん、制限があるのは百も承知。だが、ここまでやってきた違法行為に罪状が一つ加わるだけだ。臆することなんて小町と両親に怒られる事くらいのもんだ。ごめんよ、小町。お兄ちゃん、今日ちょっと犯罪者になっちまった。

 

 そう独白して、その入り口をめがけて走っていると隣に並ぶ影。”向井拓海”が小さく何かを呟く。

 

 爆音と風。幾百の騒音にその声は聞きとれない。だが、森久保はその声を―――確かに聞き届けたらしい。

 

 大きな、嗚咽交じりの声で、聞いた事もない程に叫ぶ。

 

”ありがとう”と”がんばる”と。

 

 その声はやはりかき消されてゆくが、拓海は柔らかく笑って親指だけを立てて俺らを見送る。

 

 その声は、きっと届いたのだろう。

 

 だから、俺は更にアクセルを引き絞った。

 

 ここまで女にお膳立てさせて残念な結果じゃ、締まらない。

 

 男の子にも意地があり、物語は、シンデレラは――”めでたしめでたし”でハッピーエンドを閉じる物なのだから。

 

 

――――――――――――

 

「なんだよ、しっかり熱いもん持ってんじゃねえか。――二人ともよ」

 

 走り去るその背中に小さく苦笑と悪態が思わず付いてしまう。だが、不思議と気分は悪くない。

 

 無理だ無理だと五月蠅いクソガキと気だるげなあの男。普段から気にくわない奴らだったが、それでも根っこはあれだけ気合いが入っていて―――大切な物の為に走れるその眩しさがほんのちょっとだけ妬ましい。

 

 そんな独白を遮るように無機質な着信音が鳴り響く。その表示を確認してみれば、自分をこんな道に引きずり込んだ因縁のド阿呆。このタイミングで掛かってくるソレに思わずもっと笑ってしまう。

 

「おう、クソプロデューサー。今さら何の用だよ?」

 

『だーはっはっ!!相変わらず口が悪いな、拓海!!美城ちゃんからえらい剣幕で電話が掛かってくるから何事かと思えば随分と派手にやったみたいじゃねえか?』

 

 昔と変わらないその軽薄なその声に、こっちも皮肉気に返す。

 

「テメ―に邪魔されて宙ぶらりんだったラストランをやり切ってやったぜ、ザマ―ミロ。文句があんならアメリカから飛んで来てみろ。ちょっとは耳を貸してやんよ」

 

 ちょっとだけ――――本当に少しだけ淡い期待を混ぜたその皮肉。だけど、その答えを自分は知っている。

 

「わははは、わり―けど結構いまこっちも忙しくてなぁ。”南国のお姫様”に、”シスター”や、”チアリーダー”だのこの国は俺様を随分と楽しませてくれるが、問題のスケールもでかくててんてこ舞いだ!!」

 

「…っけ。左遷された先でそこまで楽しまれたんじゃ、何のため追い出したかわかりゃしねぇな?」

 

 迷いなく発されたその言葉に女々しく落胆する、アホな自分を吹き飛ばすように皮肉を重ねる。この男がそういう男という事など分かり切っていた事だ。そして、自分は、その中の一人。

 

 分かり切っていたその答えに自嘲する。普段は威勢のいい事を言っているくせに、結局自分はあの二人の様に走りだすことはできなかったのだ。だから、通らない筋と道理を押しのけて―――あの二人を送り出したのだろう。

 

 自分には出来ないその力強さと眩さに、焦がれたのだ。

 

 ソレを、思い知らされる。

 

『まあ、お前もそっちが息苦しくなったらいつでもこっちに来い。お前を”世界一”にしてやるって約束はいまだに終わらせたつもりはね―からな。―――何時でも俺を呼べ』

 

「―――っ。まだ、そんなこと覚えてやがったのかよ?」

 

『ああ、俺は今だってお前にその資質があると思ってる。ソレは、お前の今の声を聞いてますます確信したぜ』

 

「…声?」

 

「ああ、随分と中身が詰まって来たじゃねえか。いくあてもなく暴れ回ってたあの頃のお前なんか目じゃねえくらい詰まってやがる。ソレを詰め込んだのが――俺じゃねえのが正直、妬ましいくらいだぜ?」

 

 その声に、沈んだ何かがゆっくりと照らされる。

 

 訳もなく、走って、暴れて。ただ終わりを求めていたあの頃。

 

 その頃に比べて、自分は―――変ったのだろうか?

 その答えなんか掴めやしない。

 

 それでも、この”私の”プロデューサーがそう言うのならば、そうなのかもしれない。

 

 だが、それじゃまだ足りない。

 

”来い”と呼ばれる程度で駆けつける程にこの”向井拓海”は安くない。

 

 この私が欲しいのならば、そっちが駆けつけて来い。

 

 そう思わせるには今の自分ではまだ足りないらしい。

 

 

 だから、今は、飛び跳ねるこの高鳴りはもう少しだけしまって置こう。

 

 

「ばーか。手に入んなくなってから吠え面かいてやがれ」

 

「わはは、それでこそ俺様のアイドルだ」

 

 

 そんなやりとり。

 

 いまはそれだけで十分だ。

 

 小さく二人で笑っていると、聞きなれた懐かしいサイレンの音と爆音。そして、姦しい懐かしい昔の仲間たちの声。

 

 さあ、やるべきことはこっから随分とある。

 

 乗りなれたこの相棒とも、お別れだ。

 

 ちょっとした哀愁と懐かしさ。だが、思ったよりは悪くない気分だ。

 

 そんな感傷と清々しさと共に私は通話を切った。

 

―――――――

 

 流れてゆく景色と、車。もはや、足を止める物もなくただただ全力を出せる事に喝采を上げる相棒の声と風をだけが響く。

 

 その中で俺は、聞こえるとも分からぬ声を後ろの少女に呟く。

 

「なあ、森久保」

 

「……っ」

 

 答える気力どころか意識があるかも怪しいのか、手にほんの少しだけ力を籠めたので聞こえてはいるらしいのでそのまま俺は言葉を紡ぐ。別にこんな個人的な独白、聞こえて居なくたって構いはしないのだけれど。

 

「俺は、”俺たち”は―――大切な物を傷つける覚悟を最後まで持てなかった。みんなで傷を負う事で、ソレを共有する歪な形を選んだんだ。だから、その中で一個だけを選んで離れる選択を誰も選べなかった。いや、もしかしたら二人はその覚悟を決めていてくれたのかもしれない。でも、俺は―――それが出来なくて逃げ出した」

 

「……」

 

「欲しくてたまらない、心底欲していたモノを目の前にして、ソレが怖くて逃げだした」

 

「……」

 

「だから、俺は―――お前の事をすげえと思うよ」

 

「…っ」

 

「お前を、”森久保 乃々”を尊敬してる」

 

「…っな……い」

 

 身勝手な独白に、掠れる様な声で答えた言葉を耳がかすめるが――俺は風のせいにしてその言葉を聞き流した。

 

 森久保が絞り出してくれた言葉は、踏み出した彼女から贈られるには眩し過ぎて―――何より、何度だって俺の中で繰り返し続けて答えの出なかったモノなのだから。

 

 他人から得られた言葉を当てはめるべきではなかったから。

 

 必死に何かを訴えかけようとする彼女を努めて意識から外して、見えて来た目的地に向けて最後の気力を振り絞って駆けだした。

 

 


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