デレマス短話集   作:緑茶P

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※ちゅうい※


この作品は敬愛なる沼友たっしー様の”やはり俺が残念美人”シリーズの設定をお借りして好き勝手かきなぐったものなので、そこんところを念頭にお楽しみください(笑)

いつもいい作品ありがとう!たっしーさん!!



悪徳の花

「失礼を承知で申し上げるのですけど、パッとしない……という印象があります」

 

 物静かなその声が遠慮気味に呟かれた事によって部屋にいるもの全員の空気は張りつめた物へと切り替わった事を感じる。趣深い年季の入った本棚に飾られた多くの図書と質素ながらも重厚な文壇。それに伴って鼻孔を擽る古書独特の匂いは酷く落ち着きをもたらし、その部屋の主である女性“鷺沢 文香”の雰囲気を引き立てる最高のロケーションであったと思う。

 

 恐れ多くも、“シンデレラガールズ総選挙”なる特大のイベントの宣伝写真を一手に引き受けさせて貰った新人カメラマンである俺“比企谷 八幡”はそれぞれのアイドルの事を自分なりに深く研究し、その上で彼女達の最高の素顔を引き出せる場所と状況を苦心して考え抜いたつもりでもある。

 

 だがしかし、である。

 

 それが自分にとっての最高の結論であっても、被写体からしたら甚だしい勘違いである可能性であることだって想定していなかったわけではない。

 

 全撮影スタッフが詰まりそうになるくらいな息を潜めた視線を向けてくるのをチリチリ感じつつも俺は小さく息を吐いて、目の前で肩をちじこめて申し訳なさそうに俯く彼女に苦笑を漏らすことで仕切り直して声を掛けた。

 

「……俺も新人なんで素直に他意なく後学のために聞きたいんですけど、どの辺が物足りなかったですかね?」

 

「いえ、その―――なんと、言いますか」

 

 俺の質問に答えずらそうに俯く彼女。

 

 そもそもがたまに強い意志表示を見せることもあるが、本来は内向的な彼女がこういった事を話すには少しばかりこの大人数の前では厳しい物があるのかもしれない。というか、逆の立場だったなら俺だってこの状況でリテイクを掛けるのは躊躇うし、怖い。でも、―――それでも、彼女は踏み切った。

 

 ならばその意思を酌まずに撮った今までの写真なんて纏めてゴミ箱に捨ててしまえ。

 

「すみません、打ち合わせを挟むんで休憩でお願いします。―――お茶請けにはちょっと離れた所の“お団子”なんていいですね」

 

 “茶代は経費に入りますか?”なんてお道化て聞いてくるスタッフに万札を投げつければ彼らは楽しそうに笑いつつも部屋を後にして二人きりにしてくれる。持つべきは気心の知れたスタッフである。

 

「――――すみません」

 

「いや、こちらこそ休憩を挟まないでぶっ通しでやらせてしまってました。申し訳ないです。お詫びというにはあれですけど、ウチのスタッフ全員が甘党なんでこの辺で一番いい甘味でも買って来るでしょうからそれで勘弁してください」

 

 そんな俺のお道化た言葉に彼女はクスリと小さく笑って答えてくれる事に安堵の息を漏らして、俺は改めて彼女が“パッとしない”と評した写真を眺める。

 

 彼女自身が最も素の魅力を出せる部分として撮影場所に俺が選んだのは彼女の下宿先の自室であった。事務所や現場でのたわいもない会話の中で愛する書籍に囲まれた自室での時間が何よりも安らぐと度々きいていた中で、今回の総選挙で伝えるべきは彼女のそういった部分であるだろうと俺は思ったからだ。

 

 そして、その目論見が外れたとは思わないのだ。

 

 小さなパノラマに映る彼女は好きな書を語り、他人の感想に一喜一憂し、普段は本を読まないスタッフに話を振った時は握り拳を抱きしめて熱く読みやすい本の魅力を語っていてその全てがこれ以上ないくらいに輝いた最高の一枚だと思ってシャッターを切った。

 

 大量の本に囲まれた書庫の中で窓から差し込む光を背に微笑む彼女。

 

 今までの全ての写真を並べたってきっと、思わず目を引いてしまう様な出来だった。

 

 それが――――何が足りなかったのか、本当に分からない。

 

 だからこそ、柄にもなく燃えてしまう。

 

 御大層に恋人を泣かせて海外留学までして学んだ技術。ソレが無駄とは思わないし、思いたくもない。でも、誰もが持て囃すその写真にまだまだ表現しきれていないものを自分自身が何よりも感じていた。

 

 例えば、最愛の金髪の彼女の魅力。

 

 例えば、誰よりも面倒見のいい桃色の少女の優しさ。

 

 例えば、栗毛色のトラブルメーカーの深い思慮の奥深さ。

 

 例えば、藍色の髪のトップスターの年相応の無邪気さ。

 

 例えば、銀の髪を風に流す少女の孤独な自由さ。

 

 撮れば撮るほどに“こんなもんじゃないのに”という葛藤が俺の中で湧き立ってきた。ソレを、誰よりも“素”を晒してくれている彼女達に報いることのできない自分が恨めしかった。その扉が、予想だにもしない女性から齎されたのだ。スタッフへの万札なんて安いものだ。きっと彼女の覚えたひっかかりは――――値千金の機会なのである。

 

 だから、俺はじっと待つ。

 

 彼女が深く思案を重ねて、その先に紡ぐ言葉を―――息を呑んで見守る。

 

「比企谷さんはきっと――――純粋すぎるのかもしれません」

 

「は?」

 

 息を呑んで待った返答が、あまりに思っていたモノと違って思わず気の抜けた声が出てしまった。これだけ自堕落で、無精で情けない人間を掴まえて彼女は一体何を言ってるのだろうか?

 

 その真意が分からず、思わず笑いと共にいつもの軽口が飛び出てしまった。

 

「ははっ、皮肉だとしたら中々の切り口ですね。こんな人類の最底辺を捕まえて“純粋”なんて言葉が出てくるとは」

 

「そういう所が、この写真に出ているんだと思います」

 

「―――――――どういう、意味です?」

 

 馬鹿らしいと笑う自分をにこやかに見つめたまま彼女は文壇に置かれた写真を指し示して棘のある言葉を発する。その目には冗談も、からかいも含まれていない事を察して俺も笑いを引っ込めて彼女に教えを乞う姿勢をとった。

 

 そんな俺に苦笑を零して、ちょっとだけバツが悪そうに彼女は言葉を紡いでいく。

 

「プロの方に素人の私が技術云々でお伝えできることはないですし、そんな差し出がましい事をするつもりもないんです。それに、この写真は本当に自分でもビックリするくらい表情が豊かで、自分はこんな顔をして好きな事を語ってるんだと教えてくれる位にいい写真だとも思うんです」

 

「それでも――――物足りないと、感じたんですよね?」

 

「ええ」

 

 慈しむように写真を撫でた彼女への問いかけは即断と言っていいほどの速さで肯定され、息を呑む。

 

 企画は―――聞く限りでは成功していた。

 

 では――――何が足りない?

 

「……香水は、綺麗な99%の美臭に微かに悪臭も含まれているそうです」

 

「―――――聞いたことは、あります」

 

 唐突な、関連のない言葉に戸惑いつつも頷く俺に小さく微笑んだ彼女は席を立ち、緩やかに、嫋やかに意味もなく蔵書のページを撫でる様に捲りながらも言葉を連ねていく。

 

「それと同じように、物語の英雄も立派で強く、優しく、清廉潔白なだけでなく様々な苦悩を抱えるからこそ愛され、今に伝えられているのでしょう。得てして、人間とは完璧なものではなく不完全な物にこそ惹かれもっと知りたいとその想いを重ねて没頭していくものなのだと思います。その観点から言えば、この写真は―――――綺麗すぎる様な気がしたんです」

 

「…………綺麗、過ぎる」

 

「ええ。本が好きで、それだけでなく自分も歩みだした少女が新たなページに――自らの物語に心弾ませる美しい描写がこの写真には詰まっていて誰もが心を和ませてくれるかもと思うんです。“アイドル”の宣伝の写真としてはきっとこれ以上はないくらいだと思うんです。けれでも―――――頂点に立つには少し見栄えがしない物語だと思ってしまったんです」

 

 パタリ、と静かに閉められた本の音が、大きくもないのに嫌に耳に響いて俺は息を呑んだ。

 

 そんな俺に更に微笑みを深くした彼女は一歩、また一歩と俺に歩みを寄せて――ついには立ち上がれない俺の首筋を絡めとるように、見下ろす形で手を回して俺を抑え込んで覗き込んでくる。

 

「ここまで言って、気が付きませんか?」

 

「な、にを……」

 

 気を抜けば、呼吸をしてしまえば彼女から薫る甘やかな匂いに思考を投げ出してしまいそうでそれすら憚る俺は必死に言葉を紡ぐが、彼女はそれすらも楽しそうに嗤って俺の中に毒の様な言葉を注いでくる。

 

「綺麗な感情だけを映すのは、きっと貴方がその下にある汚いものを見たくないからでは?」

 

 ちがう、違うチガウちがう。 俺は誰よりもそんな事を知っている。人は怖い。醜い。恐ろしい。そんな事は誰よりも体験してきた。でも、ソレを打ち砕くくらいに尊いと思える出会いと時間を過ごしてきた。だから、あの輝く光を、一瞬を逃すまいと収めてきたのだ。

 

 そんな、子供の癇癪の様な言葉を垂れ流す俺を彼女は、柔らかく包み込み―――デスクの上へと押し倒した。

 

「貴方の苦しみを分かる、だなんては言えません。でも――――綺麗な所だけで生きていないのは、私も一緒です。貴方の、貴方だけには、そういう所まで余すところなく見て、知って、分かって欲しいと思ってやまないんです。写真の奥にいる私のこの劣情すら貴方には映し出して欲しい。そして、私の全てを差し出す代わりに――――貴方が欲しい」

 

 その透き通るような蒼い瞳に、燃える様な執念の篝火があった。

 

 嗚呼、ソレを見て俺は自分の無能さを更に思い知った。

 

 何が、“控えめで大人しく本が好きな少女”だ。

 

 いつだって傍でこれだけの熱量を発していた人間に気が付かないくせに、もっと本質を捉えたいだなんて本当に舐め腐っている。だから俺は、二流なんだ。

 

 ゆっくりと、真っ直ぐに俺に重なろうと近づく彼女を見据えつつ、自分の無能さとこの人にココまでさせてしまった罪悪感に打ちひしがれてソレをぼんやりと眺め受け入れる。唇の前に甘い吐息が交じり合い、ソレが重なる数舜前に―――――高らかな着信音が世界を止めた。

 

 それは、こんな俺でも一生をかけて守っていくと決めた最愛の女の固定音。

 

 無意識に伸びた手を、冷たく柔らかな手が遮った。

 

「大切な時期の、大切な撮影に集中していた……という事にしておけば、いいじゃないですか」

 

「すまん」

 

「誰にも、言いません。今日だけ、私だけを見つめてください」

 

「今日だけじゃなく、これからだって最高の写真を撮らせてくれよ」

 

「だったら、その女じゃなくて私を選んでください。いま、目の前で本当の全てを晒している―――こんな惨めな思いをしている私に今日くらいは、その優しさを分けてください」

 

「……ごめん、でも、きっとソレをしたら本当にいい写真は二度と取れなくなると思うんです」

 

「―――本当に、貴方は“純粋”すぎますね」

 

 そういって俺の胸板に力なく顔を埋めた彼女は小さく“恨みます”なんて囁いて俺の手を緩やかに離した。

 

 

 

『お、やっと出たはっちー!……もしかして、仕事の邪魔しちゃったかな』

 

「いや、声が聞けて良かった。今も撮影中で時間も取れないけど一つだけいいか?」

 

『ん~? 一つと言わず何個でもどうぞしるぶぷれ~?』

 

「愛してる」

 

「なっ!っちょ!!」

 

 

 電話先から慌てふためいた彼女が携帯を落としたのか耳障りな衝突音を最後に通話が切れた事に苦笑を漏らしつつ、俺にいまだのしかかったままの文香さんの華奢な肩を押し戻して俯く彼女になんと声を掛けるべきか悩んだ結果、どうにも締まらない言葉が零れ出る。

 

「今日の撮影は、延期にしましょうか?」

 

「……いいえ、続けましょう」

 

 しばらくの沈黙を挟んだ返答は若干の鼻声を混ぜながらも、力強く返ってきて彼女は勢いよく席を立って俺を再び見下ろした。

 

 

「どこぞの腕と女癖の悪いカメラマンさんが―――今度こそ最高の写真を撮ってくれる事を精々期待させて貰いましょう」

 

 

 そういって勝気に微笑む彼女は確かにさっきの写真にはない強かさと、不敵さが宿っていて――――今までにない最高の“鷺沢 文香”を収めることが出来るという確信が俺の胸に宿って置いていたカメラを握り締めさせるには十分に輝いて見えた。

 

 

――――――――――――

 

 

これは、とある新人カメラマンがもう一歩だけフィルムと被写体の隙間に踏み込み

 

 

 とある内気な少女が、切ない痛みと共に一つの恋の終わりを迎えた

 

 

 誰にも知られることのない物語。

 

 

 

 

 




(*'▽')誰か、評価を、燃料をくだせぇ←乞食感

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