初回デートは小梅嬢。
久々の彼女を頭を空っぽにしてどうかお楽しみください(笑)
「ほらよっ――と!! 男前の完成だぞ、ハチ公☆」
「あだっ……セクハラで訴えんぞ、佐藤」
腰回りをグッと引き締められる感触からしばし、最後の仕上げとばかりに景気よくけつを叩いた佐藤に文句を言いつつも当の本人はケラケラと笑うばかりで相手にする様子はない。そんな相手に食ってかかるのも馬鹿らしく目の前に用意された姿見に目線を映せば見慣れた陰気な顔つきに大雑把に後ろで纏められた髪に反抗するように立ちあがるアホ毛。そんな男の首から下は皺ひとつないおろしたてとも言えるほど張りのついた麻の葉模様があしらわれた黒地の浴衣が綺麗に着付けられて、最初はきつ過ぎると思った帯も息を抜いてみれば多少の動きでは緩まない絶妙な加減で絞られている事も少し身じろぎしてみれば分かる。
「………やっぱ、服飾関係に関してはお前もプロなんだよなぁ」
「お、珍しく素直に褒めてくるな。しゅがはに惚れ直したか?」
「ま、技術に関してはな」
「可愛くない奴め☆」
ため息交じりの感嘆に返ってくる応答はいつもの様におチャラけた物でこっちも軽口を返す。だが、ストレートな称賛に弱いひねくれ者だというのはとうの昔に割れているためほっぺをグリグリしてくる佐藤の耳が赤いのも見て見ぬふりしてやるくらいの人情がボッチにもあるのだ。
一通りいつもの応酬をした後、佐藤が最終確認のように俺の周囲を見回り満足げに頷いた後、帯に扇子を差し込み、手首に手触りのいい巾着を括りつけてから一歩踏み込んで胸元に指を指す。
「見た目だけは上々にしてやったんだから、今日のデート相手には精一杯にカッコつけて来いよ?☆」
「……世話焼きな姉みたいな事いうな」
真剣に睨むようにこちらをねめつける彼女に苦笑して答えると、相手もその表情を悪戯気なものに変えてそのまま出口へと歩を進めながら柔らかく、それでも軽くはない言葉を謳うように紡いでいく。
「みんなお前が可愛くて仕方ないんだよ。―――他の後輩もな。 だから、精々今日は楽しんで、優しくしてやんな☆」
「………善処する」
「ならばよし。ほら、開会式行くぞ」
ハッとするくらい柔らかく微笑んだ彼女に見とれた事を誤魔化すようにつっけどんに返せば彼女もソレを楽しそうに笑って俺を急かす。
指定された場所で落ち合い、制限時間内で祭りを巡って次の待ち合わせ場所へ。そんな不思議な方式を取られたこの不可思議なお祭りデート。喧々諤々の結果選ばれた少女達とのそんな時間をせめて気張らし程度にはなれればいいと思いながら俺は紗枝に買わされた無駄に高価な浴衣の帯を少しだけさすりながら彼女の背を追った。
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「えへへ、どう…かな?」
「世界一可愛い」
「うぇっ、うへへへへ。お世辞でも、嬉しいかも…」
開会式前。誰もが祭りの開始を待ち望み隣り合う人と浮足立つ気持ちを分かち合うステージ前の広場で指定された場所で待つこと数分。目の間に現れたのは透けるような金の髪に艶やかな赤く可愛らしい花簪を刺した白磁のような少女。その細く華奢な体はシンプルな紺色の生地に朝顔を散らせた浴衣に身を包み、はにかむようにその衣裳を俺の前で広げて見せた。
ぽろっとそんな少女に感想なんて求められたら答えは一択しかないだろう。というか、いつもの照れ隠しなんか抜いたって目の前の小柄な少女は色とりどりの浴衣が溢れるこの場だってずば抜けて可愛らしいながらも、切り取られたような幽玄さがある別格のモノだったので嘘偽りなんかはなくそう思ったのだけれど目の前の“白坂 小梅”はそんな安っぽい言葉にも謙虚に、それでも嬉しそうに微笑んでもう一歩だけ俺に踏み込んで所在なさげに目線を彷徨わせる。
「あっ」
「今日は“小梅の日”らしいからな。―――やりたいことははっきり言って貰ったほうが俺も分かりやすくて助かる」
「―――うん。嬉しい、な」
口元を袖で隠しつつも感じる視線から察した俺が彼女の手を握って軽口を叩けば彼女は今度こそ華が綻ぶような微笑みを浮かべて俺の手を握り返して体を寄せてくる。宵闇の残り火の様な暑さの中で、彼女のひんやりとした体温が心地いい。
「というか、開会式の後の方がすぐに遊べて良かったんじゃないか?」
「ん、ハチさんに会うの我慢できなかったし――やっぱり、最初からならココがいいなって思ったの」
何を話すでもなくざわつく雑踏の中でお互いの手を握り合っている中で何気なく零した言葉に彼女はそう答えた。最初にあった頃から早3年。12歳だった彼女ももう中学を卒業する年となって少しだけその身体や顔つきも大人びたモノへと変わっていた中で、そうして柔らかく微笑む表情はなんだか自分の娘が知らないうちに成長していたという事を感じさせるもので―――胸が少しだけ不定期に揺れた。
「常務の気難しい顔を拝みたがるとは物好きだな」
「んふふ、常務は…とってもいい人、だよ? それに―――お社の人も久々に気分がいいみたい」
「おやしろ?」
そんな不整脈を誤魔化すように口ずさんだ軽口に彼女はクスクスと笑いを漏らしつつもとある方角に指を指し、ソレを目で追えばいつもは目立たない中庭の隅に今日だけは簡易的な会所と旗が立てられた石碑が祀られているのが目に入った。お神酒に供え物と蝋燭。それだけが供えられてようやくあんな所にそんなものがあった事を認識できる程度の小さな祠だった。
「………あんなんあったんだな」
「うん。いっつも不機嫌そうに腰を掛けて唸ってたんだけど、今日はお供え物で酔って気分がいいみたい――――ほら」
「……は?」
彼女の言葉に首を傾げている中でちょっとだけ握る力が強められた瞬間に、立派な武者鎧に身を包んだ白髭の翁が機嫌よさそうに杯を乾している姿を幻視して慌てて目をこすってまた視線を走らせるとそこはさっきと変らない古ぼけた祠と石碑があるだけだ。そんな狐に化かされたような光景に目を白黒させていると小梅がニッコリと微笑んで口元に指を立てる。
「今日だけ、特別」
「………ん、そうしてくれ。心臓は強い方じゃないんだ」
きっと、あれこそ彼女が普段“見ている景色”なのかもしれないと妄想の様で変に現実感のある感覚に小さく苦笑を零して笑いかけた。だけれども、きっと、彼女が見ているのはああいう明るい物だけでもないだろうから。せめて、こっちの世界では明るく楽しい物だけを彼女に見せてやりたいなんて思う感傷も身勝手な物なのだろう。
悪戯気に笑う彼女に肩を竦めて答え、楽し気に俺に頭を寄せてきた彼女がまたクスクスと笑っているウチに―――会場の灯りがステージへと絞られて行った。
祭りが 始まる。
―――――――
『諸君、我々は―――プロであり、アーティストであり、先駆者である。それは多くの責任が伴う立場で、限られたものにしか許されない特権であり、枷である』
ステージの上にゆったりと進み出た漆黒の浴衣に百合を一輪だけ写した“常務”が全ての視線を受けてなお揺るがずに朗々とその声を会場の隅まで響かせた。
『研ぎ澄まし、一瞬の芸に身命を賭す我々は激流の性であり、険しき“芸能”という巌の一欠片を削って散りゆく飛沫なのだろう。―――――だが、散った雫すら再び川へと戻り、静謐な水面で休息を経て雨となり再びその道へ挑む。
そうして、何度でも繰り返し、削り、散って行け。
諸君がその巌を穿つその日まで―――我が社は枯れぬ湖畔であり続ける事をココに誓おう』
謳うように、轟かすように、心胆を震わせるようにその静かな声と全てを射貫くような視線は会場にいる全ての人間の芯に穿たれる。言ってる事は簡単だ。“今日しっかり騒いだら死に物狂いで働け”というそれだけなのだから。だが、その声の重さと覚悟に誰もが息を呑み引き込まれた。
そんな生唾を飲み込むような音が会場中に響いたかの様な錯覚に陥ったのを確認した彼女はそこでようやく表情を緩め、意地悪気に口元を吊り上げた。
『―――難しい話は以上だ。色恋も芸の内。酒乱の恥も芸の内。普段は他所の目を気にして出来ない貴重な経験を今日は重ねたまえ。家族連れのモノは憧れのタレントのサインや挨拶を貰いに行くなら、酔いつぶれる前をお勧めする。―――存分に、祭りを楽しみたまえ』
彼女がそう宣言した瞬間に会場が暗転し、都心の摩天楼の夜に―――花が咲いた。
何層も重なり、煌めき、散って再び咲き誇る花火は、まさに彼女のいう芸能という道そのもののあり方なのだろう。だが、その輝きにくたびれた社員の、野心に身を焦がす若者の、老獪な重役の、無邪気な瞳でソレを追う幼子の―――心の一番深い所にどこまでもその輝きを刻み付けた。
そうであれと、何よりも雄弁にこの場にいる人間に伝えきった。
――――かっこよすぎだろ、ウチの取締役。
やがて、鳴りやんだ号砲と共に明かりを灯した会場に祭囃子が鳴り響き、誰もが喝采をあげてその祭りの始まりを祝福した。はしゃぐ子供たちが憧れを目に灯し、ぴりついていたタレントはちょっとだけその険と緊張を解いてこの賑やかしを楽しむことにしたらしい。やがて、雑踏は思い思いに動き出し祭りは―――始まった。
「ふふ、カッコイイね?」
「どうにも、敵いそうにないくらいにな」
朗らかに笑う小梅に苦笑してなんとか返すと彼女は楽し気に微笑んで俺の手を引く。
「さ、私達も―――楽しも?」
提灯に照らされた彼女は――息を呑むくらい艶やかで昔の様な“少女”ではないんだという事を俺に知らしめ、その手を引かれるままに俺は彼女の後をついて行ったのだった。
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「ん、時間……だね」
色んな店を冷やかしながら練り歩き、いくつかの景品や屋台を巡った頃にはあっという間に一時間という時間は過ぎていたらしく無機質なアラームが終わりを告げた。その時間の多くを開会式に費やしていたせいもあるのだろうが、本当にすぐになってしまったという感覚だった。
「……なんだか俺のせいじゃないのに凄い罪悪感だ」
「ハチさんがモテモテなせいだから、ハチさんのせいだね?」
「玩具にされてるだけなんだよなぁ…」
そんな軽口をベンチに座って叩き合って彼女はクスクス笑いながら手に持ったりんご飴を楽し気に舐めたのを横目にしていると、同じように初めの頃に隣に座っていた彼女が浮かび上がり――やっぱりあの頃とは違うのだという事を感じた。
手足は若干伸び、顔つきも凛々しく―――何よりも、今にも消えてしまいそうな儚い表情は温かく柔らかなモノ。目を離せばあっという間に良くない何かに連れ攫われてしまうのではないかと背中に冷たい何かを感じた雰囲気を今は感じない。
それが、妙に心に安堵を与えて、彼女の頭を緩く抱き寄せた。
「くふふ、なぁに?」
「いや、なんとなく」
「……そっか」
短いやり取り。それでも、伝えたい事は体重を預けてくれる低めの体温に伝わってると信じて身勝手な言葉を紡いでいく。
「すまんな、最近はあんまり構えなくて」
「大丈夫だよ、ってはいいたくないなぁ」
「ストレートだな」
「“私の日”だもん」
「…そうだな。ここは、楽しいか?」
「うん。 いままでで、一番幸せ」
「………よかった」
「うん、私も、よかった」
そうして、小さく瞼を閉じてお互いの温もりを感じているとゆったりと俺の胸に手を当てて柔らかく小梅が離れていく。ソレを感じた俺もゆっくりと目を開くと―――赤く、甘いものが唇に押し当てられた。
「ふふふ、本番は――もう少ししてから、ね?」
そう小悪魔に微笑んだ彼女は手に持ったりんご飴を俺にそのまま押し当てて―――負けないくらい真っ赤に染めた頬で微笑んで緩やかに雑踏の中へと紛れていってしまう。それを呆然と見送った俺は苦笑と、小さな感傷を抱えて都心の真っ暗な空に浮かぶ満月を仰ぎ見た。
どうにも―――彼女を子供扱いする時期も、過ぎ去りつつあるようだと感じながら。
「育ったなぁ」
そんな当り前の、馬鹿らしい事を呟いた。
( `ー´)へっへっへ、旦那さん。今回の小咄はどうでしたかねぇ?
('ω')ポチっと評価とコメントをくれるだけでオイラもついうっかり要望に応えちまう――なんてこともあるかもしれませんねぇ(ニチャァ笑