デレマス短話集   作:緑茶P

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('ω')いつもみんなに支えられているsasakinでやんす。

今回はロシアの妖精”アーニャ”のデート回。

いつも通り好き勝手にやってますのでそれでも良い方は気晴らしにお進みくださいませ~。




346夏祭り 【その少女 ”妖精” ときどき ”狩人” ときどき ”聖母” なり】 

 

 

「ほんで、お次は……」

 

『Это Аня! Хати! (アーニャですよ! ハチ!!)』

 

 小梅と別れた後に指定された待ち合わせ場所へと携帯を確認しながら人込みを抜けていくと、鈴を鳴らすような凛としつつも無邪気さを感じさせる声がその聴きなれない発音も相まって送られてきたメールを確認するまでもなく誰だか分かってしまった。

 

 小さくため息を吐きつつも人込みの奥でちぎれんばかりに振られている細く色白の手に周囲の視線を集めつつも渋々と向かっていくと、白銀の髪に雪を固めて作ったかのような純白の肌を持つ異人の少女がその顔に満面の笑みを浮かべながらこちらに駆け寄ってきた。それは美少女のはずなのになぜか人懐っこい大型犬の様な愛嬌を感じさせるのだから人柄とは不思議なものだなと思う。

 

『……なに、今日は完全ロシア語で行くの?』

 

『もちろん!お祭りの日くらいはアーニャも気兼ねなく楽しみたいもの!!』

 

『俺が疲れる』

 

「………アー、ダメならアーニャ。日本語でガンバリまーす」

 

『…別に、いいけど』

 

『もう! ツンデレですね!! 今日は楽しみましょう!!』

 

 普段の片言は何処へやら。流暢に母国語であるロシア語が滂沱のごとく流し込まれて俺のにわか語学力では若干聞くのが疲れるくらいにこの状態のアーニャは喋る。最初のレッスンの時にコイツに声を掛けたのが運の尽き。普段の生活で日本に馴染もうと努力を重ねる反動か、元々の性質なのか、はたまた国民性か、彼女はこうして二人きりになるとこうなるのだ。

 

 それに眉を顰めると犬のようにシュンとしてしまうのに絆されて毎回付き合ってしまうのが主な原因なのだろうけれども……コレも幸子の体当たり海外ロケに付き添わされたせいだ。恨むぜ、幸子。

 

『待て待て待て、浴衣でそんなグイグイ進むな引っ張るな。―― 一旦、落ち着け』

 

『ふん? あ、そうですね。ミナミにもあまり大股で動くなと言われてました。ミナミが選んでくれたこのキュートな浴衣が崩れちゃう所です!!』

 

 曳かれる手を引き止めて何とか押しとどめると彼女もハタと気が付いた様に手を打つ。彼女の白い肌にも負けないくらい純白の生地に藤が散らされた上品な浴衣を誇らしげに眺めた彼女はちょっとだけ乱れた裾を直し、おしとやかに小幅な一歩を踏み出して―――カラリと木下駄の心地いい音ともによろめいた。その様子を後ろで眺めつつ俺は小さく頭をかく。西洋、というか日本人以外でこんな特殊な衣類を纏っている所はないので当然といえば当然だろう。――――なので、この対応は“転ばぬ先の杖”という奴だ。

 

『ほれ、こける前に掴んでおけ』

 

『―――。 フフッ、それじゃあ私の騎士様に甘えさせて貰います』

 

『“掴め”って言ってんだよ。誰が“引き寄せろ”って言ったんだ?』

 

『あー、違います。ロシア語では親愛を持って捕まることは“抱き着く”と言います。ハチのロシア語もまだまだですね?』

 

『ロシア語より問題の趣旨を理解してもらえない件について……』

 

 差し出された腕を不思議そうに眺めた後に心底嬉しそうに頬を緩めた彼女が飛びつきグイグイ迫って来るのに深く溜息と嫌味を漏らせば、それすらも得意げな表情で楽しそうに軽口が返ってくるので更に気分はげんなりとしていくのをどうしたって止められない。

 

 組まれた腕に慣れない浴衣。楽し気にアレは、コレはと指さしはしゃぐ度に揺らめく彼女を支えながら進む道のりはさっきより遅々として進まず―――それでも、その無邪気な顔と無警戒に預けられる体温と笑顔に絆されて笑ってしまうのだから俺も随分とこの祭りに充てられてきてしまっているらしい。

 

 そんな独白を苦笑に混ぜて、俺たちは提灯と祭囃子の中をちょっとずつ進んでいく。

 

 

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『わぁ、ハチ―――あれは何ですか?』

 

『……射的、の様な何かだと思う』

 

 綿あめを見れば目を輝かせ雲の様だと微笑み、金魚掬いを見れば可愛らしいとはしゃぎ、くじ引きではハズレのくだらない景品である紙風船を楽しそうに弄っていた彼女と巡っていた祭りの最中で彼女が指さした出店に俺はどうにも自信を持って答えることが出来なかった。

 

 店先の机に並ぶのは見慣れたコルク玉が詰め込まれマスケット銃で、その風貌は正に射的といっても間違いではない。だが少々、的が個性的過ぎて俺は自信を持ってそう言い切ることができなかったのだ。なにせ―――的が茂みから出たり入ったりする狼だったり、天井に吊るされ旋回する鷹の玩具であったり、最奥でデンプシーロールを高速で繰り返す熊だったりする射的を見た事が無いのだから俺を責めるのは少し酷だろう。

 

『凄い! 凄いですよ、ハチ!! あれを仕留めれば景品が貰えるって書いてます!! こんなのロシアにもありませんでしたけど、凄く面白そうです!!』

 

『日本でだって見た事ねぇよ……やってくか?』

 

『もちろん! これはパパやお爺ちゃんから鍛えられた腕が鳴ります!』

 

 若干、世界に間違った日本文化が広がっていきそうな危機感を感じつつも隣で興奮する少女に問いかければ爛々と輝く瞳を鋭くした少女が急かすように俺の腕を引いていくのに身を任せ、数人が連なる列に並んでみるとなんとなくその概要が見えてくる。

 

 店長の口上曰く、見慣れた台に並んだ重しの入った的を撃ちぬく形態に常々と不満を持っていた常務が“やるなら普通に難しくしろ”と命じたのが事の発端らしい。それに頭を悩ました店主が知り合いの猟師に聞いたら“動物相手が一番難しい”という返答からこの方式に行きついたらしい。草むらを出たり入ったりする狼に、空飛ぶ鷹に“まっくのうち”状態の熊は前列の人間が果敢に挑むものの嘲笑う様にその弾丸を避けていく事からその猟師の至言を忠実に再現しているのかもしれない。

 

 だが、普通の射的のようにインチキは無いらしく狼は当たれば倒れるし、鷹も真芯を当てれば動きが止まるように出来ているらしく。持ち玉で当てた回数によってポイントが付き景品を選ぶシステムらしい。―――不覚にも、随分面白い出し物だと言わざる得ない。

 

 そんな風に注目を集める屋台にはいつの間にか参加者以外にも見物人が集まってきた頃合いで俺たちの番が回ってきた。

 

『お、順番が来たぞ』

 

『んー、先にハチがやっていいですよ?』

 

『いいのか?』

 

『もちろん、カッコいい所見せてくださいね?……もちろん、負けた方は罰ゲームです!!』

 

『……嫌なプレッシャー乗せてくるねぇ』

 

 意外にも先行を譲った満面の笑みに悪戯っぽさを足して、俺を送り出したロシアの小悪魔に苦笑を漏らしながらも甘んじて白線の前へと進み出て、銃を手に取ってしげしげとソレを手に馴染ませていく。普通の出店よりバネを強くしているせいか多少の重量感とバレルの重さを感じながらコルクを掌で転がしつつ玉を詰めて照準から獲物を狙う。

 

 出店でよくやる漫画や映画の様な片手撃ち。射程が短くなることや、普通の銃の威力不足を補うのや、中二感を味わうには有効なのだろうが前の人がやったのを見ている限りそういった小細工は必要なさそうだ。ならば、幸子のロケについて行った先の射撃場でガイドさんが教えてくれた基本に沿って構えを取る。

 

 足を両肩に広げて、柄を肩口に噛ませた状態で視線と照準を真っ直ぐに。周りで顔見知りの社員たちがニマニマしているのも意識から追い出し、隣で満面の笑みで応援している少女もいまはそこそこに。―――放った銃弾は茂みから飛び出した狼の眉間を見事に打ち抜いた。

 

 小さな歓声にも取り合わず、もう一つ奥にいる狼に狙いをつけてもう一発。掠めて逃げた狼をすぐさま追撃してもう一匹。残り二発で点数の低い山羊で稼ぐかどうかで一瞬迷い―――どうせ祭りだと思い直して奥で悠々と動く鷹と熊に一発ずつ。

 

 空飛ぶ鷹はその玉を悠々と避け、日本王者感を出す熊は無駄にデカいグローブでその玉を弾き返した。そんな間抜けな最後にクスリと笑って銃を机に戻せば、思い切り横合いから柔らかく、仄かな香水の匂いを醸した少女が抱き着いてきて思わずバランスを崩しそうになる。

 

『凄いです! ハチも練習すればいいハンターに成れます!! 今度の秋、私の家族と森に行きましょう? ロシアの黄金の秋、二人ならもっと一杯楽しめますよ!!』

 

『近い近いちかい、というか、狼二匹の低得点でそこまで褒められても逆に恥ずかしいわ』

 

 大興奮ではしゃぐ彼女を何とか引き離すものの、周りからの冷やかしの様な生温い視線がどうにも居たたまれない。結果だけ見れば低得点。その上、こんな今後の人生で絶対に見ることも無い出店の為に海外遠征とか絶対にゴメンこうむる。

 

『あー、日本人はやっぱり素直さが足りてません。でも、凄いと思ったのは本心ですし――家族に紹介したいと思ってるのもホントですよ?』

 

『…勘弁してくれ』

 

 呆れたように笑った後、蠱惑的に微笑む彼女にげんなりとしつつも白線へと追いやって話題を逸らす。ほら、後ろもつかえてるしね?

 

 

 そんな俺に頬を膨らませる彼女はそれでも銃を手に取った瞬間に楽し気にソレをさすって手に馴染ませた後―――息つく間もなく、2匹の狼と手前の山羊を討ち果たした。

 

 

 誰もが目を剥き、息を呑んだ瞬間を楽しむ様に彼女は不敵に笑って空飛ぶ鷹へとその銃口を向け―――何てことの無いように彼を撃ち落とした。

 唖然とする店主と裏腹に白熱する観客。あっという間に最後の一発となった銃弾を彼女はゆっくりとバレルを引くことで装填して、小さく観客席に振り返って唇に指を掛ける事でその声援を静かに押しとどめた。

 

 誰もがその神秘的な銀の妖精が浮かべた蠱惑的な微笑みに息を呑み、彼女は華やかに涼やかに銃を的へと向けて――小さく口笛を奏でる。

 

 銃口は揺れず、視線もそのままに小さな子守唄の様なリズムのソレを奏でる。その不可思議で幻想的な空間に誰もが見惚れている中でその余裕を表すかのような行動の意味を誰かが小さな息を呑んだ瞬間に―――明らかになった。

 

口笛のリズムと熊のループが重なった瞬間に、“ポンっ”なんて気の抜けた音を残してグローブの間にごく僅かしか空いていない熊の額にコルクが突き刺さっていた。

 

 

『村じゃ、男の子にも狩りじゃ負けた事ないんですよ?』

 

 

 そういってお道化たように俺の胸を銃で撃ちぬく仕草をしたと同時に観客が押し寄せ一斉に彼女を誉めたてた事で一時営業を停止させてしまった事と、俺の心臓が恐怖か魅力かどっちか分からないものでドギマギさせられた事をココに報告させて頂こう。

 

 

--------------

 

 

『うふふ、この熊さんは実に抱き心地がいいですね』 

 

『そりゃよかったな』

 

 ニコニコとご満悦の表情で景品のテディベアを抱き寄せベンチに座る彼女に出店の色鮮やかなソーダを渡すと短く礼を言って隣に座った俺へとするりと寄り添ってくる。外人のこのパーソナルスペースの狭さには慣れてきたつもりではあるが、馴染むには程遠く随分と居心地が悪い。それを口に出しせっかくのご機嫌な気分を壊すのも何なので心地い炭酸を口に含む事で黙って飲み込み、させたいようにさせてやる。

 

『日本のお祭りはステージ以外で参加するのは初めてでしたけど、本当に楽しいですね! これならもっと早く回っておくべきでした』

 

『多分、日本のどこ行ってもこれは特殊な例だと思うけどな』

 

『あら、じゃあこんなに楽しいのはハチと回ってるお陰かもしれませんね?』

 

『……どこでそんな文句覚えてくんの? 駅前留学?』

 

『女の子はいつでも男の子の一歩先を行ってるんです』

 

 そんな事を悪戯気に微笑む彼女に深く溜息を吐くだけで応えれば、彼女は楽しそうにコロコロ笑ってテディベアの手を使って肩を慰める様に肩を叩いてくる。さぞかしこの手練手管でロシアの男子諸君は眠れぬ夜を過ごしている事に同情を禁じ得ない。げんなりとしつつも苦笑を隠しきれない俺がそろそろ時間かと思って腕時計に目をやろうとするとモコモコの毛深い熊がつぶらな瞳を携えて俺の視界を遮った。

 

『………さっきの罰ゲーム。“この後、ひっそり二人で抜け出して遊びに行く”なんてどうでしょう?』

 

『………何言ってんの?』

 

『むぅ、こういう時はもっと迷って欲しいですね。あんまり吊れなくされるのもプライドが傷つきます』

 

『ほんと、ロシア語だと性質が悪い女だな』

 

 そういって、引いた熊の奥から拗ねたように睨んでくる彼女の言葉と態度に一瞬だけ詰まらせかけた言葉を何とか軽口で返すが、本当にあの熊の後ろで光らせていた目はきっと笑ってなんていなくて――獲物が弱ったかどうかを確かめる抜け目のないものだと知っている。俺がまだまだ弱ってないと知るや否やあっという間に距離を可愛いテディベアへと変えてくるからこの状態のコイツとの会話は小心者の俺はドキドキさせられっぱなしなのだ。

 

 

 それに本当に怖いのは――――

 

 

『まぁ、貴重な貸しは―――もっと大切な時にまでとっておいてあげます』

 

 

 普段は無邪気で、甘え上手でストレートで、したたかな癖に一転して聖母の様な包み込む慈愛の顔を浮かべてこちらを尻に敷いてしまう所だ。

 

 

 そんな全てを見透かして包むような微笑みを浮かべた彼女は“秋のロシア、楽しみにしていますね”なんて気軽に言い残して口元にキスマークを残したテディベアを置いて彼女はアラームを聞き遂げることも無く雑踏の中へ手を振って消えていく。

 

「勘弁してくれ……」

 

 残された熊と、陰気な男を笑うように炭酸が弾けて夜の帳へと消えてった。

 




(・ω・)ロシアはおそろしあ………………ふふふ

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