このお話に出てくる”アルバイト誘拐事件”は渋の方で書きかけ放置してる”棺蓋の館シリーズ”の後日談的な位置になりますが、ソレを読まなくても楽しめますze!!
_(:3」∠)_いつも通り頭空っぽで気楽にお読みください(笑)
さてはて、一人残されたベンチでなぜだか積もりつつある疲労に苛まれてすっかり上り切った月を見上げていると、無機質なアラームが鳴り響き強制的に意識を引き戻される。体感的には結構長い時間そうしていた気もしたのだが、実際は数分だったらしい。
もうちょっとだけ休憩を挟んでいたかった気もするが、アラームと同時に次の待ち合わせ場所が催促するように震えたのを感じたのでもう一度目を強めに揉みこんでから席を立とうと思い目を開けば――――月光を背に妖し気に微笑む吸血鬼が自分の顔を覗き込んでいた。
「いい夜をお過ごしかしら、従僕君?」
「……なに? 次ってお前なの?」
残念ながらちがうんだなぁ、なんてカラカラ笑った彼女は漆黒の生地に彼岸花を散らした浴衣を微かな衣擦れの音を立てて、そのまま隣へ腰を下ろした。そんな瀟洒な雰囲気を台無しにするのは両手いっぱいにぶら下げられた景品やお土産と思われる出店の商品が詰められたビニール袋のガサガサした音であった。
「いやいや、縁日なんて来ることはないと思ったけれども回ってみると楽しい物ね」
「それにしてもエンジョイしすぎでしょ。……で、何の用だ?」
「相も変わらず、吊れないなぁ。まぁ、次の待ち合わせに行く前にお節介を焼いておこうかと思ってね?」
「お節介?」
そういって出店の戦利品を楽し気に眺める彼女に怪訝な目を向けてしまうが、それだけで次に待ち合わせ場所にいるであろう人物が誰なのかも想像がついてしまって変に笑ってしまった。おそらく、この“鬼”の子孫であると言って憚らず、実際にその無慈悲な性質を多分に含んでいる彼女がそんな気を回す存在というのもこの世では限られているだろうから。―――得てして怪物とは自分の所有物には甘く、おおらかな物なのだ。
「今日は“あの子”のこと、うーーんと甘やかしてあげる事! これは元主人の命令です!!」
「……そんな器用に女の子と付き合えてたらボッチやってないんだよなぁ」
頭に被っていた吸血鬼のお面を被ってお道化たように俺の胸に指を突き立てた彼女が楽し気に笑うのに肩を落として答えると彼女はそのお面の覗き穴の先からルビーの様な目を更に細く歪めてカラカラと俺を送り出すように背を叩く。
『私の指名した番の娘を泣かせたら、縊り殺すから―――気合を入れて臨みなさい?』
そんな物騒な一言と自分が身勝手に指名した過去の文言を残して、今度は大量の荷物も衣擦れの音も立てずに彼女はいつの間にかその隣から姿を消していた。ご丁寧に先ほどのキスマークの付いたテディベアまで誘拐していくというのだからあの怪物の過保護っぷりにはあきれ果てるばかりである。
「……そんな器用に女の子と付き合えてたらボッチやってないんだよなぁ」
それでも、返せる言葉は先ほどと変らない。
だから俺は重い腰をのっそりと引っ張りと上げて、溜息交じりに次の待ち合わせ場所らしい所へと足を向ける。
さてはて、今度はどんな目に合うのやらと人ごとのように俺は歩を進めるのだ。
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「……なぁ、」
「なんです、お前」
「いい加減になんでへそ曲げてるか教えて貰えると助かるんだけど?」
「―――へそなど曲げていません」
言葉とは裏腹に機嫌悪そうにそっぽを向いてしまう吸血鬼の従者こと“白雪 千夜”。白地に桔梗の花を散らした彼女と合流してから数分。見るからにご機嫌が斜めだった彼女の横に佇んでからお互い何を言うことも無く黙っているのだがソレにも飽きてきた。いっそのこと解散しようかと提案して“厳正なくじ引きの結果に不実は許されません”などと言って裾を千切らんばかりに握られてからその不機嫌さは増すばかり。解せぬ。
ともあれ、コレが先ほど鬼娘がお節介を焼きに来た理由なのだろうと推測をしつつも打開策を彼女の言葉から探してみる。あれはあれではぐらかす事はあっても無意味な事は口ずさまない性質なので一考の価値はあるだろう。というか、考えるまでもなく諌言に従うしかなさそうなのだが、ソレを口ずさむのは少々だけ背中が痒いぜよ。
まぁ、とりあえずは困った時の小町頼り。ウチの妹様は万能で兄の躾にも余念がないのだ。
「あー、その、なんだ。浴衣―――似合ってるな」
「……ようやくそこですか」
必死に絞り出したご機嫌取りの言葉にそっぽを向いていじけていた白雪が器用に片目だけ顰めてこちらを睨んだ後に小さくため息を吐いてこちらに向き直り、一歩詰め寄って俺の胸元に指を突き立てる。いつもの洋物の香水ではなく香を焚いたのか柔らかで華やかな匂いが鼻先を撫でて、黒曜石のような瞳は不満6割、喜び2割、諦め2割といった配分で俺をまっすぐと射貫きながら言葉を紡いでいく。
「女性は常に身だしなみに多大な労力をかけているのでそういう一言は常に欠かさないで伝えるべきだとお前は知るべきです。――――そして、お前に問います。今月に何回私とお嬢様にあったか覚えていますか?」
「あん?………打ち合わせとか廊下ですれ違ったのを入れなきゃ、現場に付き添ったのは2個だったか?」
「最後まで抜けずに付いてきたのは1回だけです。…あの館から私たちを連れ出しておいてこの扱いは主人と番に対して少々だけ誠意に欠けているとは思いませんか?」
「………あー、“主人”と“番”ってのは置いておいても、その、なんだ。すまん」
「なんですかその腰砕けな回答は。そもそもが―――」
俺の雑な謝罪が気に障ったのかボロボロと零れ出てくる彼女の不満と彼女の零した“番(つがい)“という言葉にどうにも苦笑いを止められない。
とある時期に起こった“吸血鬼アルバイト誘拐事件”。俺が誘拐された先は外界とは一切の接触を断たれた特殊な屋敷でその中では主である“吸血鬼”を中心に誰もが心穏やかに過ごしている不思議な場所であった。その中で、何の思い付きか悪戯か知らないが主は俺の教育係に任命していた白雪をそのまま番として暮らすように命じたのである。
馬鹿みたいに従順な彼女はそれに応えるため何くれと俺の世話をするようになり、うっかりすればそのたまに見せる気弱な脆さに絆されそうになったりもした。だが、最悪の過ちを犯す寸前でその屋敷から救出され、さらにそのついでにこの世間知らずの小娘を引っ張り出してきてしまった。それから、結構な時間が経つのだがいまだに彼女はその冗談のような命令が有効だと思っている節があるのでどうにもその妄信には笑う他ないのだ。
お嬢様を好きすぎだろ、コイツ。 ついでに言えば、黒崎を主人だと認めた覚えは一切ないので謗られるいわれも無いのである。
「お前、ちゃんと聞いていますか?」
「ん、ああ、3割くらいは」
「おい」
そんな思考を繰っていると涼やかな声に引き戻されうっかりと素で応えてしまった。それに分かりやすく膨れてパンチをかましてくる彼女に苦笑を漏らして―――そのままそのグーに握られた手を掴んで手を引いてゆく。
「な、なんだ突然っ!」
「任せろ。大体の事情は理解した」
「3割で理解した気になるとは、お前の理解力はどれだけ低処理なのですか?」
突き刺さる嫌味も何のその。俺はその嫋やかで細くて、ちょっとだけ温かい手を引いて賑やかで明るい屋台へとズンズン進んでいく。ぶつくさと文句を言いつつも激しく抵抗はしてこないので向こうもいい加減に立ちんぼに飽きてきていたのかもしれない。
というか、理解力なんていらない。こんな単純な話を遠回しに小難しくしているだけの話なのだ。要望は単純で“もっと構え”という分かりやすい物で。解決策はあの吸血鬼の言う様に“とびっきりに甘やかしてやる”ぐらいのものだ。長年のお兄ちゃん歴と成人児童、拗らせ思春期におこちゃま組に日々を翻弄されている俺にとってはこれほど分かりやすく手慣れたものはない。
「せっかくだ、適当に店冷やかして盆踊りでも踊るか」
「……言われてみれば踊った事ありませんね」
「……俺も千葉音頭しか知らんな。よし、特別に俺が教えてやる」
「今の流れだと確実に“千葉音頭”を仕込むつもりでしょう、嫌ですよ」
「お前は千葉県民に喧嘩うってんのか?……よさこいでも可能」
「? よさこいは北海道が本場でしょう?」
「お前ってたまに糞雑魚メンタル並みに他県民に喧嘩売るよな……」
「何を訳の分からない事を。私をあんなのと一緒にするな」
祭囃子にゾンビと死人がえっちらおっちらと埒も無い話を交わして歩みを進める。交わす会話は中身が無くて、馬鹿らしい。―――それでも、最初の不機嫌さもどこへやら不敵に楽し気に笑みを浮かべる彼女の顔に俺はもう一度だけ笑いを零した。
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「ん、………もうすぐ時間ですか」
「おお、わりかし楽しめるもんだな」
「千葉音頭で音響を乗っ取りましたからね、お陰でやぐら付近は大混乱でした」
「千葉県民の絆を確かに感じた瞬間だったな……」
「やっぱり、お前は馬鹿です」
やぐら近くで音響を弄っていた顔見知りの小道具の中川君に冗談で“千葉音頭”の音源が無いかと聞けば当たり前のように流してくれたせいで、会場中の千葉県民が遺伝子に刻まれた使命によって集まり中々の大盛況となった。そのせいか今では、地元の盆踊りを巡ってやぐら付近は盆踊りカーニバル会場と化してしまった。
ベンチの隣で彼女は悪態を突きながらも仄かに頬は思い出し笑いで歪んでいて、その表情は最初の頃に比べれば随分と柔らかくなっている。
「お前の千葉音頭も中々筋が良かったぞ」
「それは教え方が悪かったのでしょう」
軽口のように頬を染めつつもその輪に入って踊っていた彼女を揶揄えば、当たり前のようにそんな事を言うのだから可愛くない娘である。その小生意気さに喉を鳴らしていると、脇に置いていた手に微かに緊張したような彼女の手が添えられた。
「……こんな風に、祭りに来るなんてもう二度とないと思ってました」
「……楽しめたなら何より」
お互いに顔も合わせず空言のように言葉を漏らし、彼女から小指を絡められて図らずも指切りのような形となる。
「ええ、ですから。次は本場の千葉の祭りも連れて行ってください。―――きっと、お前とならもっと楽しいだろうから」
「………考えとく」
華やかで優し気な声色。それに込められている想いを知らないふりでやり過ごしぶっきらぼうに答えると彼女は愛おし気にもう一度笑って小さく呟く。
“ゆび きった”
風にのってかき消されてしまいそうなその約束に微笑んだ彼女は席を立って、俺に振り返った。
「楽しみにしてますね」
月と提灯の灯りを背景にそう満面の笑みで咲き誇る彼女に、俺は息を呑んで見送ることしか出来なかった。
('ω')評価をくれないとすねちゃうぞ♡!!(ぶりっ子感