デレマス短話集   作:緑茶P

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346夏祭り 【時よ止まるな】

 

 

 

「…あの、ホントにおかしな所とかないでしょうか?」

 

「その質問に何回答えりゃ満足してくれんだよ……」 

 

「うぐぅ…」

 

 夕暮れも過ぎ去り、夜が訪れてしばし。星や月の灯りが賑やかしさを増してきましたが、私“橘 ありす”が所属する会社が催したお祭りも様々なイベントや出店でそれに負けないくらいの盛り上がりを見せています。そんな中で、楽しくて嬉しい気分で胸が高鳴っているはずなのにキュウと同時に締め付けられるような不思議な感覚にも襲われ、何度目かも分からない問いを不安として漏らせば、一緒に回っていた友人から呆れたような苦笑が漏らされ、思わず息をつめてしまいました。

 

「わ、分かってはいるのですが――不安になるじゃないですか」

 

 言われた通り何度も零した問い。ソレを否定し、褒められるたびに会社の大きなショーウインドを鏡代わりに映る自分を確認すること幾星霜。丁寧に結い上げられた髪は紗枝さんから貰った綺麗な簪で纏められ、体を包む浴衣は店で数時間悩みぬいて決めた藍色の生地に蝶と撫子があしらわれた随分と大人っぽいデザイン。礼子さんに無理を言って自然な風合いで化粧と紅を引いてもらった自分の顔は見た事もないくらい色気を出しているような気がして何度見ても自分だとは信じられないくらい整えられている気がする。だけれども―――それはやっぱり小学生の域を出ないものの気がして不安は心から離れない。それこそ、事務所の更衣室で顔を合わせた年長の人達を思い返せばなおさらだ。

 

 姉のように慕っている文香さんも、いつも皆の世話をしてくれている美波さんも、憧れの先輩である奏さんも、普段はだらしのない心さんや楓さん達も―――誰もが本気で着飾った時にはあんなに違う顔になるんだという事に今更気が付いた。

 

 華やかで、艶やかで――――息を呑んだ。

 

 そして、本気と全力をつぎ込んだ自分の精一杯はどう見たって背伸びにしか見えないという事も思い知らされた。

 

 偶然に舞い込んだこのチャンスに膨らんだ胸もその事実にあっという間に叩きつぶされて、悪い考えばっかが湧いてくる。自分なんかよりもあの綺麗な人達との時間の方が“あの人”も―――――

 

 

「だ~、もうめんどくせぇっ!! シャキッとしろ!!」

 

「うひゃっ!!」

 

 

 不味いとは思っても悪い方向に流されて行ってしまう私の思考をせき止めたのは聞きなれた勝気な声と、遠慮なく思い切り張られたお尻への衝撃だった。あまりに突然の事にそれまでの思考も投げ捨て、傍若無人なその行いに湧き上がる怒りのままにそちらを睨みつけようとすると両頬をむぎゅりと押さえられる。その先にあるのは同年代の友人“結城 晴”の見慣れた真っ直ぐな瞳と、その後ろから覗き込む普段からよく一緒に動くメンバーの少し不機嫌そうで呆れたような瞳がいくつか。その迫力に呑まれた私は思わず零しかけた文句を呑み込んでしまった。

 

「他の女に意識割けるほどお前がいまリードしてる訳じゃないってな最初から織り込み済みだろーが!! 年齢とかその他もろもろのハンデがあっても渡したくないから気張って準備してきたんだろ!! いまさら怖気ずくな、前を向いて胸を張れ!! それが出来ないなら今すぐあの籤をオレ達に渡せ!! お前のお望み通り皆でにーちゃんを取り囲んでこれでもかってくらいべた褒めしてもらって、たっぷりと遊んで、次の約束取り付けてくっからよぉ!!―――――お前を置いてな!!」

 

「怖くなったなら…無理は良くない。……負け犬は引っ込むべき」

 

「まぁ、年増に臆して自分の武器も理解してないようなら――敗北は必然ですわね?」

 

「はぁ~、あれだけoffに付き合わされてパパ御用達の美容院まで予約して仕上げてやったのは無駄だったみたいね? ま、別にあのロリコンと遊んであげるのもたまには悪くないわね」

 

「えへへ、辞退なら私たちが行っても文句は出ないよね!!」

 

 

 

「だ、駄目に決まってます!!!」

 

 

 

 ワイワイと勝手に盛り上がる彼女達に、反射的にその手を払って大声で怒鳴ってしまった。手には握りしめて皺々になってしまったあの日の籤。それをよすがにするかのように強く握りしめて、ニヤニヤと不敵に笑う友人 兼 ライバル達を目一杯瞳に力を込めて睨みながら指を指して―――力強く宣言をします。 してやりますとも。

 

「今日の私は、完璧です! べた褒めされるのも、甘えるのも、次の約束を取り付ける権利も籤を引いた私の特権です!! ぜっっっったい渡しませんから!!」

 

 そう力の限り強い想いで絞り出した啖呵のまま鼻を鳴らしてハイエナ共に背を向けて歩き始め、後ろから聞こえてくるブーイングにせっかく作った怒り顔も思わず緩みそうになりますが、ズンズンズンズン前へ進んで待ち合わせの場所へと足を向けた。

 

さっきまでの弱気はどっかに飛んでいき、落ち着いて周りを見渡せば周りの人が随分と自分を見ている事を感じる。それは決して気持ちの悪いものではない。すれ違った小さな子が零した“綺麗”という言葉になけなしのプライドは微かに満たされその分だけ背筋に力を入れる。

 

 そう、そうだ。

 

 ライバルが強敵ぞろいなんて織り込み済み。年齢だって、性格だって、重ねた経験すらも遠く届かないのだって分かっている。それでも、あの両親のお節介で組まれた“お見合い”の席で自分は問うたのだ。

 

 “待てるか”、と。

 

 苦笑と呆れを含めた彼が零した答えは

 

 “お前が飽きるくらいまでは、な”なんて酷く曖昧な物。

 

 

 それでも、他の誰も取った事が無いはずの言質を私は持っている。この想いを簡単に消えゆくものだと驕った彼の甘さから洩れたその言葉は安くない。でも、男の人は移ろいやすいとも聞くのだから少しくらいは餌を与えてあげましょう。まだまだ、幼く未熟だとしても―――その先を彼が“見たい”と思えるようなそんな姿を、きっと魅せて見せます。

 

 

 だから、ちょっとでもいいから

 

 真っ直ぐに私を、見てください。

 

 

 

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 少し会場から離れた待ち合わせ場所にたどり着いた時には彼は既にそこにいて、薄暗がりの中で蛍のようにその紫煙を輝かせて遠くの星を睨むように見上げていた。気だるげな雰囲気と澱んだ瞳はいつもと変わらないはずなのに、その身を包んでいる落ち着いた浴衣と変っただけでも随分とその雰囲気は変わって見えた。それはいつか物語で読んだ退廃的な世捨て人の賢者の様で、人の愚かさを憂う訳知り顔の鴉のように美しいと思える立ち姿で―――思わず息を呑んだ。

 

 あっという間にその宵闇に消えていきそうな儚さに恐れと、どうしようもなく引きずり込まれそうになるその魅力。その二つの相反した感情を振りほどくためにいつもの私は声を荒立て、彼をお説教するような形で彼へと接してきた。でも、今日だけは私もその畏れを否定せず踏み込んでみる。

 

 彼を心から望むなら―――そうすべきだと思ったから。

 

「遅れてしまい、すみません」

 

「――――――」

 

 からりと、慣れない木下駄を鳴らして何度も練習を繰り返したように背筋を伸ばして華やかに微笑みつつ彼へ声を掛ける。たったそれだけの事なのにどんな撮影やステージよりも心臓が痛み、冷や汗が滝のように流れそうになる。怖い、恐い、こわい。それでも、そんな心にのしかかる全てを気合で飲み干すように、緊張からカラカラになった喉を鳴らして彼の前でその状態を維持する。

 

 ぱちくりと、さっきまでの儚さと幽玄さが抜けて狐につままれたような顔を浮かべた彼がマジマジト私を見つめ―――小さく苦笑を漏らしながらその細巻きをもみ消し、歩み寄ってきた。

 

 その反応が良か悪か分からない。心臓は既にはち切れそうな程に高鳴って、胃腸は拗れすぎて千切れんばかり。それでも、表情を崩さずに彼に微笑みかけ続けるのは既に意地だった。どんな言葉が待っていようとも、それでもこのままでいてやろうというやけっぱちな気分であったと言ってもいい。そんな私を嘲笑うかのように平然と私の前まで歩み寄ってきた彼。嗅ぎなれた紫煙と香水の彼独特の匂いに釣られた見上げた彼の顔は――なんと表現したものだろうか。

 

 眩しそうに、苦しそうに、それでも―――愛おし気に。

 

 そんな表情のまま彼はソレを塗りつぶすようにいつもの苦笑を零して短く言葉を紡ぐ。

 

「お前も、小梅も、他の奴らも―――目を少し逸らしただけで見違えてくから困ったもんだ……………綺麗になったな」

 

「―――我慢できなくなったら、言ってくださいね?」

 

「犯罪者じゃん」

 

「バレなければ無罪ですので。―――さ、今日はしっかりエスコートしてください?」

 

 

 体中を苛んでいた感情が、想いが一気に弾けて溢れて飛び上がりそうになるのを必死に飲み込んでいつものような軽口を叩き合う。燃える様に頬に溜まる熱もいまは隠さず素直に味わって、作った微笑みがはしゃいだ心に塗り替えられて緩みそうになるのを宥め――自然に彼の手を取ってその温もりと濃くなった匂いを楽しむ。

 

 文句や軽口が止まらない彼。それでも、その手は私がこけないように気遣って。歩調はゆったりと。カラリ、コロリとなる二つの心地いい音がやがて祭りのお囃子と賑わいが重なって今日という日のお楽しみの始まりを告げてくれる。

 

 寄り添う温もりと、軽口に交えて次々としたいことが溢れてくる。

 

 漫画や小説なんかではきっと“このまま時よ止まれ”なんて囁くのだろうけど、私はそうは思わない。彼とは年を重ねて、毎年が似たようでありながら違う日々を重ねていきたい。二人っきりでもいいし、他の仲間が加わってもいい。

 

 分かっているのはきっと毎日、毎年が楽しくて、騒がしくて、愛おしい日々だろうから。何より――――時が止まったらいつまでも彼と結ばれないじゃないですか。

 

 これからきっと、身長も体も大きくなって美人となった私を見つめた彼がどんな言葉を漏らすのかを夢想して私は一人ほくそ笑んだ。

 

 

 星は高く、月は輝き、乙女は恋を燃やす。

 

 

 何度だって、何年だって貴方の胸も熱くしますから―――覚悟してくださいね?

 

 

 

 




('ω')こんにちは、sasainです。

頑張って気晴らしに書いた夏祭り。お楽しみ頂けたでしょうか?

今回は本編をまだ書いてない子も多数出現しましたが、キーワードから拾ってどんなエピソードがあったか想像してみるのも楽しいかもしれませんね♡

( *´艸`)それでは、今日もいい沼を!!

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