デレマス短話集   作:緑茶P

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きっと自分の”歌”を挟む演出の原点はデジタルなモンスターのミミさんから来てるのかもしれないと思いましたので、森久保にはコレを歌って頂きましょう。

森久保endはこれで最後です。

感想・意見・次回作の希望があればぜひ。



踏み出す意志を(後)

 吹き付ける風と体験した事のないほどの速度。朦朧とした意識の中で、胸から溢れる感情だけを支えに目の前の大きな背中に必死に力を込める。それでも、貧弱な自分の身体からは力が抜けてゆき滑り落ちそうになるのをまゆさんが結んでくれたハンカチが励ますように引きとめてくれるのを頼りに、何度だって力を籠め直す。

 

 どれだけソレを繰り返したのか、意識があったのかすら定かでは無い。

 

 それでも、緩んだスピードと目に飛び込んだ看板が―――目的地に辿りつけた事を知らせてくれる。

 

 もう、二度と取り返すことができないと思っていたものに―――指先が掛かった。

 

 その可能性にはやった心が一気に意識を覚醒させる。

 

 緩やかに速度を落としたバイクはやがてゆっくりと停止して、やりっきったかの様な音と共にその力強い吐息を止めた。それと同時に自分を支え続けてきてくれたハンカチが手首から解かれた事が本当に間に合ったのだと言う事を知らせてくれ、勢いよく座席から飛び降りようとするが―――盛大に足を引っ掛けてこけてしまった。

 

「あぐっ」

 

「馬鹿。予定よりずっと時間は十分にあるんだから無茶すんな」

 

 比企谷さんがこけた私を引き上げ、埃を払いながら苦笑してくる。

 

 いつも気だるげで、冷たい様に見えてもこの人の手のひらはいつだって優しかった。自分が信じられない森久保をあやす様に、励ますように、何度だって引っ張り上げてくれた。そんな彼の手は今だって変わらずに優しくて、自分を振るい立たせてくれる。

 

「ソレとコレも持ってけ」

 

 手渡されたのは、まゆさんの赤いポーチ。中身を確認するように促されて開いてみれば、その中身に目を丸くしてしまう。

 

 海外ロケ用に作ったパスポート。少なくない現金に、イギリスまでの乗り継ぎの早見表。果ては携帯の変電器に、簡位的な日常会話程度は翻訳してくれる電子辞書まで詰め込まれていた。一体、あの短時間でどうやってここまで用意したのかと思うほどの準備の良さに驚き、奥に挟まれたその紙に息を呑む。

 

 皆で大急ぎで書いたことが一目で分かる書きなぐったかのような―――寄せ書き。

 

 掛けられた優しい言葉にあんな酷い言葉を投げつけた自分に、なお、優しい言葉を掛けてくれるその暖かさに、あり難さに涙が勝手に溢れて来る。

 

 一体、どれほどの対価をのせればこの優しさに、報いる事が出来るのか自分なんかには想像もつかない。

 

「ほれ、感動も感謝も全部終わってからにしろよ。そんで、お前の”答え合わせ”って奴をしてこい」

 

「っばい!!いっできます!!」

 

 滲んだ視界の奥で彼が火をつけた紫煙と共に吐き出された言葉に、私は涙を乱暴に拭って走り出す。

 

 その前に―――― 一度だけ振り返って大きな声で言葉を紡ぐ。

 

 紫煙の奥で、眩いモノを見送る様な顔を浮かべる彼に

 

     朦朧とした意識の中で、寂しげに呟いた彼の独白に

 

          これだけは伝えなければならないと思ったから。

 

 

 「今度は私が比企谷さんの為に走ります!!私が諦めてしまった大切な物に手が届いたみたいに!!

  貴方が、諦めてしまった大切な物はきっと、まだ手遅れなんかじゃないのかも知れません!!

  今度は私が、”森久保 乃々”が何度だって問い直します!!だから、手遅れなんかじゃありません!!」

 

 

 好き勝手な事を、全力で叫ぶ。

 

 この言葉が彼に届かなくたっていい。むしろ、自分の時の様に怒らせてしまうだけかもしれない。

 

 それでも、怒鳴って、恨んで、悲しんで、後悔して、泣きわめいた自分は問いかけられた事で本当に譲れないモノに気付けて、こんなに支えてくれる人がいる事に気がついた。

 

 だから、きっと彼だってそうかもしれない。

 

 そんな身勝手な事を叫んだ私に呆気にとられた様な彼の顔がおかしくて、精一杯の笑顔で答えて走り出す。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 体は運んでもらっただけのくせに満身相違で、足は何度だってもつれてつまずいてしまう。それでも、足を回すことは止めない。

 

 溢れる人ごみをすり抜けながら必死に”あの子”を探す。

 

 校庭の林の中で一人でお弁当をつつく自分に話しかけて来たあの時を。

 

 自分も知らなかった森の事を教えてくれた時の事を。

 

 輝く顔で将来の夢を語った時の事を。

 

 ―――引っ越すことを伝えて来たあの時の辛そうな顔を。

 

 全部が走馬灯のように溢れて来る。全部、全部を覚えている。

 

 許せたわけではない。

 

 納得したわけでもない。

 

 それでも、このまま離れてしまう事だけは―――嫌だったのだ。

 

 あの人生で初めての鮮やかな日々の最後が、こんな終わりを迎える事だけは許容できなかった。

 

 そんな子供っぽい我儘とすら言える願いは、こうして色んな人のおかげで叶えることができた。

 

 だから、私は必死に走り続ける。

 

 悲鳴を上げる心臓を無視して、決して見落とすまいと目を凝らしてホームを見渡し―――見慣れたその姿を見つけた。

 

 いつも朗らかな笑顔を浮かべていたその顔は暗く陰り、俯いている。

 

 まにあった安堵と、その表情に息を呑む。

 

 それでも駆けだした足は止まらない。”何を言うのか”、”どうするのか”なんて考える前に身体は動き出している。

 

 答えはもう、駆けだす事を決めた時に既に決めていた。だから、素直に忠実にソレを実行しよう。

 

”大好きだ”と、あの子を思い切り抱きしめて伝える。

 

 

 たったそれだけの為に

 

     

 

      ――――――――私はココに来たのだから。

 

 

――――――――――

 

 大きな声で叫び、見た事もない輝いた笑顔を残して駆けてゆくその小さな背中に目を奪われること数瞬、小さく笑いが零れてしまった。そして、深く吸った細巻きの煙に誤魔化す様に溜息を混ぜて吐きだし空を見上げる。

 

 空は憎らしいほど晴天で、夕日が緩やかに降りていく澄み切ったその光景は、あの日にそっくりだった。

 

 何度だって繰り返し問い直した。それでも、答えの出なかった問い。

 

 空白の回答欄はいつしか問題文もあやふやになっていて、問い直すことすら辞めてしまっていた。

 

「”何度でも問い直す”…か」

 

 結局、ソレすらも答えを出すことを恐れていただけなのだ。出た”答え”の曖昧さに甘えて、ソレを補強しようとしたタダの保身に走っていた醜い欺瞞だったのかもしれない。そのことを年下の女の子に気がつかされると言うのはなんとも締まらない話だ。

 

 沈みゆくその夕日に、あの時の涙。それを拭うのは、今からだって間にあうのだろうか?

 今だって、友人として接していてくれるあの二人が流し続けているだろうその滴を、止める事は出来るだろうか?

 その答えは、きっと一人ではでやしないだろう。

 

 三人で長い間、まちがえ続けて来たのだ。三人で、ゆっくりとこじれた糸を、積み重なった傷をほぐさなければならない。

 

 その先にある”答え”はこんがらがった糸では無く、丁寧に編まれた生地の様にじっくりと結わなればならない。

 

 その布地がどんな模様になるのか、いまは怖くもあり、楽しみに感じれる程度には彼女は俺の凝り固まった答えを叩き壊してくれたのだ。ならば、俺も久しぶりに踏み出す事にしよう。

 

 

「…久々にあいてぇなぁ」

 

「誰にだよ?」

 

 

 誰ともなく零れた独白に答えが返ってきて思わず肩が跳ねてしまう。更に言えばその声が聞きなれた物で、ここにいる訳のない奴の声だったのだから思わず胡乱気な目を向ける。振り返れば、オールバックに皮ジャンを着こんだイケメンロッカー”木村 夏樹”が愛車に跨ってこっちに楽しげな視線を飛ばしている。

 

「まあ、それは一端おいとくか。いやいや、随分と無茶したもんだなハチ。私も飛ばして来たつもりだけどここまで引き離されるとは思わなかったぜ」

 

「おかげで体中バキバキだ。ついでに言えば、法定速度なんざ完全無視してたからな。減点・罰金ですみゃしないだろ。まあ、これで送迎役もお役御免。ついでに不祥事にアイドル巻き込んだアホな大学生は晴れてクビになってお前らとおさらばだな」

 

 薬の効果が切れて来たのかさっきからやたらと巻きつくような倦怠感が体に圧し掛かっている。遠くに聞こえるサイレンの音をBGMに、気だるさに身を委ねながら投げやりに答える。まあ、ここまで無茶をして誰も責任を取らない訳にはいかないだろう。わざとらしいが”俺が森久保を無理やり連れ出して、他の奴らはソレを追いかけて渋々と無茶をした”なんてシナリオで報告させておけば世間への言い訳としては十分だろうか?

 処罰は俺一人に収まり、アイドルは無事。俺は穏やかな大学生活に帰ることができるWINーWINなプランだ。思わずハチさんコミッションしちゃいそうなくらい。

 

「わははは、そのプランはもう通りそうにねぇな。これ見ろよ」

 

「あん?」

 

 差し出されたスマホに映し出されたのは、俺らが乗った首都高入り口で整列した特攻服達の中心で拓海が”ダチの為に走って、後悔はねえ。免許とバイクはケジメとして処分させてもらう!!整列!!”などと言って駆けつけて来た報道陣や警察に向けて一斉に頭を下げて免許を返納すると言うカオスで言い訳のできない状況にしてやがる。あの後バラけて散ってくれれば、知らぬ存ぜぬで押しきれたモノを……なにやってんのアイツ。

 

「んで、私が仕上げだ」

 

「は?――――って、お前!!?」

 

 脱力感に項垂れる俺をバイクから寄せて夏樹は軽やかに俺の相棒に跨る。その意味を測りかねて首を傾げているとだんだんと理解が追いついてきて思わず声を荒げてしまう。

 

「全部、一人で背負ってヒーロー気取りか、ハチ?確かに動き始めるきっかけを作ったのはお前かも知れねぇけどな、拓海も晶葉も、志希も、私も、他の皆も自分の意志で森久保の力になるって決めてんだ。ソレを一人で抱え込もうなんてゆるすわけねーだろ?」

 

「……それでも、ソレはお前と俺のバイクを入れ替えて、お前が捕まる理由にはならねぇ」 

 

 夏樹の言葉に一瞬だけ詰まるが、それでもその理屈ならばコイツが俺のやらかしたことを肩代わりする理由にはならない。そこだけは譲るわけにはいかないので睨みつけて降りる様に彼女を促すが彼女はそれすらも鼻で笑って、エンジンを掛けてしまう。

 

「ばーか、言い出しっぺがこんな軽い罪で済む訳ないだろ?ましてや、不祥事起こしてお役御免だなんて無責任にも程があらぁ。これから、免停になる私たちの送迎の面倒しっかり見て貰うし、この後の打ち上げは全部アンタ持ちだぜ?」

 

「は!?ふざけんな!!」

 

「わはははは!!会場は後でメールすっから、常務とPのお説教が終わったら森久保もつれて来いよ!!じゃーな!!」

 

 高らかな排気音とニヒルな笑顔を残してイケメンはサイレンのなる方向に走り出して行ってしまう。そんな中で呆然と立ち尽くす俺は大きくため息をついて頭を抱える。

 

「……ああ、チクショウ。とんだハズレくじだ」

 

 何とか悪態をついてみるが、口の端がどうにもつり上がってしまうのだから困ったものだ。

 

 いつもの最も効率的なやり方を真正面から全否定され、自分の贖罪は甘ったれていると笑い飛ばされてしまった。その上に容赦ない要求まで上乗せされたのだから本当に優しくない。ただ、本当に困ったのは――――そんなに悪くない気分だと言う事だ。

 

 そんな錯覚ともいえる勘違いに俺はもう一度、大きくため息をついた。

 

 ああ、まったく、本当に慣れない事なんてするもんじゃない。平塚先生に今度、かっこをつける流儀でも習いに行こうか。

 

 そんな独白を煙草の火と共に俺はかき消した。

 

―――――――――

 

 都内にある古びたビルの地下。そこにひっそりとある小さなライブ用の箱。中からはガヤガヤと聞こえる五月蠅い喧騒に大きくため息をついて小汚い入り口を引き開ける。一瞬の静寂と一気に集まった視線。その圧力は――――

”ドワッハッハッハッハッハ”

 

 弾ける様な大爆笑によって一気に破裂した。

 

 誰も彼もが腹を抱えて大笑い。

 

 その中心ににいる俺の機嫌だけは直角で落ちていき、引きつる頬が痛みで文句を上げて来る。ああチクショウ。

 

夏樹「アハハハ!随分派手にやられたなハチ!!」

 

志希「にゃははは!常務ちょう容赦ないねー!!ここまでやる!!?」

 

 腹を抱えて笑うメンバーの中からいち早く回復した二人が指差し笑った事で更に笑い声は大きくなる。そんな二人が指差す俺の両頬は真っ青にはれ上がり、服で隠れている場所もあっちこちが痣や傷まみれ。ありていに言ってゾンビ映画のゾンビの方がもう少し健康的といっても差し支えないくらいには。

 

 あの大騒動のあと、無事に別れを済ませて泣きはらした森久保を連れ帰ったあと当たり前のように呼び出しを喰らい、お説教と相成った。武内さんは”事情は聞いています。ですが、ケジメは大切です”と言って俺の右頬をぶん殴り、その後の常務へ謝りに言ったらハートフル軍曹も真っ青な感じで二人揃って二時間サンドドバックにされ続けたのだ。むしろ、殺してほしかった。というか、大企業の重役のお説教が拳ってダメだろ。…ダメだろ。

 

 あれに巻き込んでしまっただけでも武内さんには頭が上がらない。今度、オロナインと胃薬を差し入れさせて頂こう。

 

族A「た、タクミン!男っすよ!!あれは食べていい系の男っすかね!?」

 

族B「え、あの傷ってことはそっち系もあり!?やるっきゃねぇ!!」

 

拓海「タクミンゆうな!!ダメに決まってんだろうが!!手前ら恋愛禁止の決まりを忘れたの―――ていうかAは旦那いるだろう!!」

 

族A「えー、最近ご無沙汰でー」

 

族B「て言うか、現役の時から隠れて恋愛みんなしてましたよ?」

 

拓海・里奈「「えっっ!!」」

 

 笑いから立ち直ったメンツからそれぞれに会話を再開させていき、また元の喧騒へと戻って行く。そんな中で俺の後ろに隠れていた森久保が顔を出し、更に皆の視線が集まる。その視線に呑まれたのか、一瞬だけ息を呑んだ彼女。それでも、一歩を踏み出して皆の前に立って頭を下げる。

 

森久保「こ、今回は、本当にありがとうございました!!皆さんのおかげで、大切な人とのお別れに間にあいました!!いっぱい、いっぱい迷惑掛けちゃいましたけど、次は森久保が皆の為に走ります!!ホントに、ありがとうございました!!」

 

 たどたどしくも、それでも、この大人数相手に彼女は大きな声で言葉を紡ぎ、頭を下げる。

 

 その、光景に、森久保を知る者も、知らない者も詰め寄って次々に言葉を掛けていく。誰も彼もが少なくない代償を払っている筈なのに朗らかで、やりっ切った様な清々しさで森久保と接し笑い、森久保もソレに笑顔で答えてゆく。その光景を見て、俺は小さく苦笑して壁際へと下がる。今回の主役は彼女だ。ネタ枠のゾンビは大人しく舞台裏に下がらせて頂こう。

 

 壁際に置かれた小さなベンチを見つけてゆっくり腰を下ろすと、一気に追いすがった疲労がどっしりと体に纏わりついて小さく息を吐く。薬の副作用なんかを差っぴいたとしても今日は随分と無茶を重ねたせいか、気を抜けばこのまま寝てしまいそうなくらいに瞼が重い。いっそこのまま寝ても良いかと考えていると隣に誰かが座った気配と、甘く柔らかい花の様な匂いが鼻孔をくすぐる。

 

「キズ、痛みませんかぁ?」

 

「…まゆ、か」

 

 聞きなれた声に重たい瞼をチョットだけ開けて、視線を流せば困ったように微笑む彼女がいてその白魚の様な手が俺の頬を気遣う様にそっと撫でる。いつもならば警戒に身を固くする所だが、眠気のせいか、彼女の纏う柔らかな雰囲気のせいかされるままにし、軽口がこぼれ出る。

 

「てっきりこんな有様を見たらお前は怒り狂うもんだと思ったけど、案外に冷静だな」

 

「うふふ、謂れもなく貴方がこんな目に会ってたらそうかもしれませんけど、大和さん風にいうなら今回は”名誉の負傷”という奴ですからぁ。それに、男の子はちょっとくらいやんちゃな方が魅力的ですよう?」

 

「左様ですか」

 

「ふふ、左様なのです」

 

 俺の軽口にチョットだけ茶目っ気を入れて返して来た彼女に思わず苦笑をしてしまい、ひんやりと冷たいその手を抵抗なく身を預けた。

 

「――ああ、そうだ。これ、返しとくわ。随分助かった」

 

 そのまま寝入ってしまいそうになる意識にふと、浮かび上がったモノを彼女に差し出す。コレがなければきっと森久保を高速で落っことしてしまっていただろう。真っ赤に染められたハンカチ。ソレに、もし間に合わなかった時の追いかける様だったであろうポーチ。地味に今回一番問題視されたのがアイドルの預かっていたパスポートが勝手に金庫から抜き出されたことだったのだが、まあ、いまは野暮なことは言うまい。

 

「ん、お役に立った様で何よりですぅ。でも、ハンカチは預けておきますねぇ?」

 

「あん?」

 

 ポーチだけ受け取った彼女は、ハンカチを俺の手に握らせて押し返してくる。その理由が分からず首を傾げてしまう。

 

「夏樹さんから聞きましたよぅ?今回の件、自分だけの責任にして辞めちゃうつもりだったって」

 

「それは…」

 

「コレはそんな身勝手な事をしない為の重しとして預かっていてください。今回みたいに辛い時にきっと繋ぎとめてくれますから」

 

「―――いや、辞めれるならこんなキツいバイト速攻でやめたかったから引きとめられると困るんだけど」

 

「もう、またそんな事いって!!」

 

 さっきまでの優しげな雰囲気から有無言わさぬものとなった彼女に渋々とそのハンカチをポケットにしまいこんで溜息を一つ。失敗した計画を蒸し返された気まずさを茶化して誤魔化す。ソレに彼女も怒ったように笑いながら肩を軽く叩いてくる。それに苦笑して彼女が持って来てくれていた飲み物に口を付けているとステージの周りが随分と騒がしくなっている事に気がつく。何事かと思えば森久保がほんのりと頬を赤らめて、覚束ない足取りでステージへと昇って行くところだった。

 

周子「お、乃々ちゃん。ご機嫌だねー!!」

 

未央「…え、乃々ちゃん、酔ってない?あれ?」

 

涼「だ、誰だ!ガキに呑ませた馬鹿は!?」

 

 面白がる声と心配する声が半々。そんな喧騒も昇って行く森久保には聞こえていないのか彼女はステージに降り立ち、周りをゆっくりと見回す。酔って上気した顔の中、その瞳だけは真っ直ぐに輝いて。

 

拓海「ほら、今日の頭なんだ。気合いの入った啖呵の一つもやっとけよ」

 

 何処から持って来たのか、拓海がほおり投げたマイクを受け取った森久保は小さく頷きマイクを握り直す。

 

 

「私、いつだって自分なんかには何も出来ないんだって思って生きてきました。

 

 ソレは今だって何が出来るって訳でもないけれども、みっともなくて、非力だけど、

 

 それでも、私の発した言葉を受け取ってくれる人がいて、その人達が必死に手伝ってくれた。

 

 いっぱいいっぱい迷惑を掛けて、それでようやく一つだけ踏み出せました。

 

 だから、そんな私だから、歌にのせてその勇気を皆に届けたいと思うんです。

 

 怖くて震える足を、踏み出せばきっとそこから先はもっと上手く踏み出せるはずだから。

 

 次は私みたいな子がいた時に、今度は私が力になってあげられるから!!

 森久保、これからはガンガンつっぱしって行くつもりなんで、よ、よろしくぅ!!!」 

 

 

「「「「「よろしくぅ!!!!!」」」」

 

 

 見よう見まねのちぐはぐなその啖呵。それでも、彼女は踏み出して、その意思を示す強さを手に入れた。

 

 その眩さに、尊さに誰もが笑って声を張り上げて答える。

 

 流れて来る音楽は、振り向かずに踏み出す意志を歌ったもの。

 

 名は確か、そう”keep on”。

 

 進み続けるその強さに、彼女の出した答えに、どうか明るい未来が待っている事を願って俺は目を閉じた。

 

――――――――

 

えぴろーぐ

 

 煌めく無数のシャッターに豪華絢爛な会場。その中心では、はにかむ様に微笑を零す絶世の美女と燕尾服に身を包んだ青年が誇らしげに笑い、テレビ越しにも二人の仲睦まじさを感じさせる様に腕を組んでいる。世界的に名声を誇る大女優とノーベル賞を獲得した森林学者の結婚発表と大きく画面端に表記されたその報道は見ているこっちが気恥ずかしくなってしまうくらいに幸せな雰囲気に包まれている。だが、世界でおそらく俺だけが眉間に皺を寄せてこの光景を見ているであろう。

 

「あ、パパ。乃々ちゃんだよ」

 

「…ああ、乃々だな」

 

 無邪気にその報道を指差し、自分の知り合いのおねーさんがいる事を報告してくる娘に普段ではありえないくらいそっけない対応をしてしまうのを今はどうしたって止められない。娘がしかめっ面の俺を不思議そうに眺めて首を傾げるが、やがて興味を失ったのか画面の先の綺麗なドレスを無邪気に羨ましがる彼女を見て小さくため息をつく。そんな俺をソファの隣に腰かけているもう一人が苦笑をかみ殺しつつ問いかけてくる。

 

「こんなめでたい日に何でそんなに顔をしかめてるんですかぁ?」

 

「”友達”ってのが男だと知ってたらあの時もうちょっと手を抜いて走りゃよかったと思ってな…」

 

 憮然としたその一言に今度こそ声を上げて大笑いする隣人”佐久間 まゆ”。そんな彼女を不機嫌そうに睨んでみると、彼女は笑い過ぎて零れて来た涙を拭って言葉を紡いでいく。

 

「乃々ちゃんの相手が男の子だって気がついてなかったのは最初から貴方だけだったじゃないですかぁ。それだけでもおかしかったのに、この間、二人が挨拶に来た時の貴方の顔ときたら…うふふ、娘を取られたお父さんみたいでしたよぉ?」

 

 そういって何がツボに入ったのか腹を抱えて笑い始める彼女に溜息を深くつき、あの日の事を思い出す。こちらに久々に帰国した乃々に例の友達を紹介したいと言われノコノコと挨拶に出向いてみれば、そこにいたのはニュースで見あきるほど見た世界的な学者の優男で、爽やかに挨拶された後に大切に育てて来た元担当アイドルと結婚することを深々と頭を下げて報告されれば誰だってああもなるし、一発ぶん殴りたくなるのも仕方のない事だろう。

 

 その上、”コイツを次に泣かせたら承知しない”と問い詰めたら力づよく答えるのだから脱力感もひと押しだ。

 

 あの時の虚脱感を思い出して俺は更に力なくソファに体重を預ける。そんないじけた俺の頬を軽く撫でた彼女が楽しげに言葉を紡いでいく。

 

「あれだけ内気だった乃々ちゃんが見違えるほど変って、手繰り寄せた糸ですもの。変に捻くれたポーズを取らずに素直に祝福してあげたらどうですかぁ」

 

「……男親は複雑なんだよ」

 

 そう、あれだけ内向的だった乃々はあの日から見違えるように努力を重ねて来たのだ。アイドルとしての芸能活動に留まらず、英会話や勉強。トレーニングに舞台の稽古まで徹底的に自分を磨く様になった。幼く、華奢だった身体も年齢と彼女の意欲に応える様にすらりと伸び、今では誰もが振り向く程の美女となった。誰が呼んだか”森の妖精ドライアド”という愛称で世界中から注目を浴びるほどにまで上り詰めたのだから恋の力とは偉大な物だ。

 

「あら、じゃあ娘が一人巣立って寂しいならもう一人作っておきます?」

 

 そっけなく答え黙り込む俺に彼女は慈しむ様な表情を一変させて淫靡に微笑んで、その真っ赤な舌を挑発するように動かし、頬に充てていた手をゆっくりと胸へとすべらせ――――

 

「人の旦那を気安く寝取ろうとするのをいい加減辞めたらどうかしら!?」

 

 

 ようとしたところで荒っぽくテーブルに叩きつけられたティーカップと雪の様に冷たい声がソレを遮った。

 

 その凛とした声に目線を向ければ白磁のように真っ白で滑らかな頬を真っ赤に染めて怒る愛妻”比企谷 雪乃”が般若の様な顔でこちらを睨んで、荒っぽく俺とまゆを引き離す。

 

「というか、貴女!!今度は何処から侵入してきたの!!いい加減にしないと本気で訴えるわよ!!」

 

「…いい所にだったのに。お家の家事はまゆに任せて、さっさとお仕事に行った方がいいんじゃないですかぁ?」

 

「旦那と子供がいる家をこんな危険人物がいる中で開けられる訳ないでしょう!!」

 

 喧々諤々といつものように俺を挟んで喧嘩をする二人を楽しそうに娘は”雪ママとまゆママは今日も仲よしだね!!”と笑顔で笑う。そんな風に楽しげにはしゃぐ彼女をあやして巻き込まれないようにと俺は身体を小さくすぼめているとリビングに入ってきた息子が呆れたように溜息をついて出て行ってしまった。おい待て息子、その目をいい加減やめてくれ。

 

 あれから本当に色々あり、乃々、いや、森久保はあの時の宣言どうりに俺の為に走り回って何度だって問い直し、力を貸してくれた。そのおかげで、一家の大黒柱として。プロデューサーとしてそこそこ幸せな日常を送っている。

 

 すったもんだの末に勝手に家政婦(妻は未公認)に就任したまゆも含めて両手どころか膝の上の我が家のお姫様も含めて花に囲まれた毎日。なんなら、ご近所さんの目まで含めると鋭い葉っぱだらけで針のむしろの様な有様だが、俺にはちょっと報われ過ぎた日常だろう。

 

 そんなことを考えつつ苦笑していると、肩を掴まれ問いかけられる。

 

 

「「アナタ!!ちゃんと聞いてますか!!」」

 

 

 あまりに揃ったその二つの耳になじんだ声と問いかけ。

 

 

 その問いが、

 

 その声が、

 

 彼女のおかげで、聞くことが出来ている。

 

 その感謝を、画面の向こうで幸せそうにほほ笑む彼女に届けたいと、そう、思えた。

 

 

 

「――ああ、聞いてるよ」

 

 

 

 FIN

 

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