デレマス短話集   作:緑茶P

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本編でも語られる事の無かった”前日譚”

ハチをこの業界に引きずり込んだ”先輩”の正体がついに明らかに――――――続きはWEBで!!( `ー´)ノ


かつて ”先輩” と ”後輩” だった彼ら 前編

 

 

「そういえば、比企谷さんと一番付き合いが古い人って誰なのかな?」

 

 来たる全国ライブツアーを前にして開かれた大規模なミーティング。その事前会議として本当に久々に集結した“シンデレラ”達が束の間の一服でそれぞれがお茶を片手に談笑を明るく交わしている時に“にわかロッカー”の相方が放り投げたその言葉に一瞬で静まり返った室内。そして、集まった視線の重圧とこの後の対応を考えて頭痛がし始めた。

 

「あ、このチョコ美味しいからあげるにゃ」

 

「え、ありがと。……んぐんぐ  で、さっきの続きなんだけど―――「空気読めにゃっ!!!」―――あだだだだ! 急に何すんのさ、みくっ!!!」

 

 なんでもない戯言として流そうとした人の努力を全く汲み上げずに、火にガソリンをぶっぱしようとするお馬鹿の口を思い切りつね上げる。涙目で不満げにぺしぺししてくる李衣菜ちゃんを恨めしく思いながら恐る恐る視線を室内に走らせれば、注目は完全にこっちに集められていて―――どうにもお流れになりそうな雰囲気ではない。

 

 深―い溜息と共にどうにでもなれ、なんて投げやりな気分でモチモチのほっぺを放り投げ話題に乗ってやる。

 

「……んな事を掘り返してどうするにゃ。ハチちゃんは一番最初から皆を支えてる“アシスタント”。それ以上でも以下でもない、以上、Q.E.D。 証明完了にゃ」

 

「おぉ、そのフレーズロックだね。今度使っていい? んー、別に深い意味はないんだけどさー、よくあの人って“辞めたい”とか“仕事嫌い”っていうじゃん?」

 

「………まあ、そうだにゃ」

 

 抓られていた事ももう忘れたのかお菓子を呑気にぱくつく彼女に相の手を入れて、あの澱んだ目を持つ彼を思い出す。この大人数のプロダクションを実質的に回していて、多くのアイドル達の基幹にもなりつつあるあの人。普段はぶつくさと不機嫌さを隠しもしない雰囲気で文句を垂れ流しているが、それでも黙々と膨大な仕事を熟しているのでそれもさもありなん、といった感じなので思わず苦笑も零れてきて―――相方の言いたいことにもなんとなく察しがついた。

 

「……で、“そんな嫌な仕事を続けるには理由があるんじゃないか?”っていうことかにゃ?」

 

「それっ!! あんなに働くって事はここに拘る理由があるはずじゃん? それなら一番付き合いが古い人に聞けばいいと思いついた訳!! そんで今日ならここにいる人に聞けば解決!!」

 

「なるほど、“気づかい”と“その後”を考えないなら百点満点の回答だね」

 

「うへへへ、やっぱり私って探偵の才能があるのかなぁ?」

 

「一応いっておくけど、褒めてないにゃ」

 

「………あれ?」

 

 間抜けな顔で首を傾げてる阿呆を脇に置いて周りを見れば、さっきまでの危うげな雰囲気は何処かへ消え去って古参の面子は顔を見合わせ、わりかし最近から加入したメンバーも興味深げにこちらを伺っている。―――ほんとに、頭は空っぽの癖に変に核心をついてくるからこの相方は手に負えない。一部、ストーカー候補生の元ロリモデルと蒼い狂犬が不敵に視線を交わしている以外は全員がこの話題の究明に乗り気な様だ。

 

「うーん、私達“一期生”は大体ここの勧誘説明会が初対面ねぇ。―― 一番、シンプルに考えれば武内君やちひろちゃんが一番長いんじゃないかしら? その次で言えば楓ちゃん?」

 

「古い付き合いでふるいに掛けるわけですね……いまいちかしら。 いえ、そうとも限りませんよ? 確かにプロジェクト始動時で言えばそうなりますけど、元々が比企谷君はドラマ雑用班のバイトをしてる所を武内君が引き抜いたと聞いてますから346の枠を取れば――同級生の文香ちゃんとかじゃないですか?」

 

 口火を切ったのは世代を超えてまとめ役として親しまれている“瑞樹さん”と、“始まり”として知られている世界の歌姫“楓さん”。どちらも血気盛んなメンバーの無言のマウント合戦を楽し気に見やりつつも冷静な判断で要点を絞っていき――前髪の奥から息を呑むほど透き通った瞳を覗かせてお茶をすする“文香さん”に矛先を向けた。

 

「……いえ、同級といってもその頃は人込みを避けて生きていましたし、顔を見た事がある程度で面識はなかった、ですね。知り合ったのも彼が腰を痛めた叔父を送ってくれた時からですので―――勧誘説明会のほんの少し前、でしょうか?」

 

「あー、そういえばその頃は二人ともそんな仲良くなかったもんね。というか、大学の同級生っていうの関係なしに二人とも人嫌いだったし☆」

 

「……懐かしいやら、恥ずかしいやら、複雑ですね」

 

 カリスマJKが入れた茶々に周りがその光景を思い浮かべて思わず笑ってしまう。不愛想な猫と人見知りな猫がここ数年で結んできた友好の強さを知っていればそれはなおさら微笑ましい物でもある。

 

「ん~、てことはやっぱ武内さん達が最初って事?」

 

「とも、言い切れませんね――――プロジェクトに引き抜かれる寸前に出会った方々があと二人いますので」

 

 李衣菜ちゃんが首を傾げつつも結論を出そうとした時に、待ったをかけたのは先ほど水を向けられた文香さんだった。一番穏当な結論に落ち着こうとしていたのをわざわざ止めたのも意外だったが、遠目に見ても深い親愛を彼に向けている事が分かる彼女が自分より古い関係を持つ人間が居るという事を知らしめる行動に出た真意が分からずぎょっとして、思わず不躾な視線を走らせてしまったが―――クスリ、と小さく微笑むその凶悪に可愛らしい表情に思わず凍りつき、あっという間に返り討ちにされた。

 

………こりゃ、後ろでキャンキャン騒いでる室内犬どもじゃ相手にならない訳だにゃ。

 

「そういえば―――というか、カワイイ僕としてもあの二人の来歴を考えればそりゃそうだとしか言いようがないんですが」

 

「……ちょーっと、出会いで遅れは取りましたけど関係はないですねぇ」

 

「ある意味では始まりともいえますからね!!」

 

 初期メンバーはそれが誰だか分かっているのか各々が応え合って頷いている中でついに同期生の狂犬が噛みついた。

 

「……もったいぶらなくていいじゃん。 誰なの?」

 

 焦りとじれったさの中に混ぜた苛立ちを表すかのように文香さんに詰め寄る“凜ちゃん”。切れ長の瞳と割かし女子としては高めの身長なのでそれだけでも結構な迫力なのだが、残念ながら役者が違うのかそれも微笑んで黙殺されて―――静かに指さされた方向に視線を誘導された。それを見計らったかのように開いた扉と収録によって遅れて参加することになっていた二人の“シンデレラ”。 そして、一羽の気だるげな鴉。

 

 かつて、ココでの最初期に夢を掴み―――その夢を潰された、悲劇と不屈の灰被り“十時 愛梨”。

 

 家族と故郷を捨て去り―――駆け抜けた先に頂点へと至り傾城を成した京狐“塩見 周子”。

 

 歩き、息をし、視線が肌をなぞる。

 

 それだけで“格”というものを本能的に分からせられる頂点。そして、その影として安寧を与え、汚れと汚辱を全て被って支え続けて影に徹してきた彼“比企谷 八幡”。

 

 そんな彼らが――――

 

 

「だーかーらー、納豆には砂糖醤油が一番なんですって!!」

 

「いや、ないわ。それはないわー。西の人間としては納豆も好かんけど、ソレを更に地獄絵図にしてどないすんねん。そんなん、もう素直に甘納豆食べたらええやん。なぁ、おにーさん?」

 

「はぁっ! 甘党のハチ君はこっち側ですよね! ねっ!!」

 

「どっちでもいい……って、言うか―――なんでこんな見られてんの?」

 

「「 へ? 」」

 

 世界一どうでもいい話題を熱弁しながら入ってきた。

 

 

 個人的には、納豆は―――嫌いだにゃ。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「また下らない話題だなぁ……」

 

 妙に視線と圧を感じて事情をかくかくしかじか聞いてみれば、ホントにどうでもいいような内容だった。辞めたい理由はいつだってキツイし大変だからで、続けてる理由は給料と緑の悪魔に脅されてるから。それに――ちょっとした世話焼き程度のモノで大した理由なんてありゃしないのだ。それに共感してるかは知らないが、隣の二人もコロコロと笑ってかつての事を懐かし気に思い出している。

 

「あー、懐かしいですねー。私が最初期のオーディション受ける直前に入った喫茶店で偶然相席になったのが秋の終わりですから……ざっとブランク抜きにしたら知り合って3年くらいですかね?」

 

「ほんでウチが京都を飛び出したのが夏で、拾われたんが秋ちょっと手前やから――うちの方がちょっと早いんかなぁ?」

 

「そうそう、最初の頃は管理人見習で、あの頃はチヨ婆のお孫さんかなんかと思ってました! しかも、後からびっくりしたのがハチ君てば武内Pに転属の条件に周子ちゃんを雇う事を出してたんですよねぇ…。周子ちゃんの履歴書を見た時にハチ君と住所が一緒で怒りくるっちゃいましたよ」

 

「あははは、まぁ、身元不明の家出少女を事情も聴かずに保護してくれた上、雇ってくれる交渉までして貰っててほんま頭が上がりませんわぁ」

 

「常務に寝返って寝首かこうとした奴がよく言う」

 

「だはは、まぁまぁ細かいことはもうええやんか――――っていうか、新人のみんながそんなに驚く話題だとは思っとらへんかったなぁ」

 

 周子がゲタゲタと笑うのを収めつつ零した言葉に釣られて周りを見回せば、唖然とした顔が大半。初期からいた面子は当時を思い出しているのか苦笑を漏らしているか、知らなかった部分もあったのかちょっとだけ意外そうな顔を浮かべている。

 

 まぁ、こんなどうでもいい昔話を長々と語る程に歳も食っていないし、あれから随分と時間が経ってそんな思い出を埋めるには十分すぎるくらいここは毎日が事件と騒乱に溢れている。―――例えば、移動先の会議室でお待ちかねの事務員と敏腕Pからの催促のメールが届いたりなど、な。

 

「休憩は終了だとさ。第一会議室が空いたから続きはそっちでするからさっさと移動してくれ。――――余計なおしゃべりや質問会は解散後までお預けでおねしゃっす」

 

 今にも溜まった質問と好奇心を破裂させて詰め寄ってきそうな連中に事務員が怒りのスタンプを送ってきた事を見せつけて押しとどめ、手早く部屋から追い出していく。口々に“この後、強制連行だからね!”や“逃げんなよ!”なんて捨て台詞を吐き捨てていくのはアイドルとしてどうなんだと思わざる得ない。

 

 そんな五月蠅い連中に手を払ってさっさと行くよう伝えていると、沙耶の様な黒髪を揺らした同級生が悪戯を成功させたかのように小さく笑いつつ隣に寄ってきた。

 

「どうせならそのまま誤魔化してくれりゃ良かっただろうに」

 

「最近は、その当時の事を知ってる人の方が少数になってきましたので―――歴史の再確認にはちょうどいいかと思いまして」

 

「本音は?」

 

「…後輩をからかいたくなりました」

 

「順調に、性格がわるくなってるなぁ……」

 

 事をややこしくした本人に文句をぶつければ真顔で軽口を返してくるのだから順調に逞しくなっているようで喜ぶべきか、肩を落とすべきか悩みどころではある。そんな俺をクツクツと喉を鳴らして笑う彼女も手で払うジェスチャーで追い払って一気に静かになった事務所を見渡して―――小さくため息を吐く。

 

「歴史の再確認、ねぇ……」

 

 あの文学少女が何気なく零したであろうその言葉を転がして、じんわりと噛みしめる。確かに、今や人気絶頂となって栄光の片道切符だなんて呼ばれるようになりつつあるこの部署のかつての姿を、ルーツを知らないわけにもいかないだろう。汚職に挫折に軋轢。あらゆる難関辛苦を乗り越え、敵を打倒し、その先に最近のように新人を安定して育ててやれるようになってきた。そういった機会だと思えば今回のツアーにだっていい影響が出るかもしれないので無駄とは言えないのだろう。

 

 

 だが、 歴史ってモノは いつだって語られない事柄も多分に含んでいるものだ。

 

 

 少なくとも、俺が“彼女”との事を―――語ることはきっとない。

 

 

 

「そうでしょ――――“先輩”?」

 

 

「あ、あははは…さっきから耳が痛くて敵わなかったっスよ―――“後輩”」

 

 

 

 一人デスクで寝たふりを決め込んだ女。無造作に指で梳いた程度の栗毛に分厚いフレームの奥に隠すことも無く刻まれた深い隈に眠たげな瞳。飾らない機能性、というか無精を突き詰めた結果にたどり着いた運動着に身を包んだ彼女は―――“荒木 比奈”はあの頃、初めて出会った時と変わらぬ困ったような笑顔で  本当に久々に  俺のかつての愛称を口ずさんだ。

 


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