デレマス短話集   作:緑茶P

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(´ω`*)久々の夢、印象的だったのは夢の中で大学の先輩に『出張中、ウチのキリンの世話頼むわ』とか言われてキリンに毎日ご飯上げてた事です。意外と舌長いことに驚いてましたけど――――なんでキリンなんだ(;´д`)





かつて ”先輩” と ”後輩” だった彼ら 中編

 

 千葉の見渡す限り広がる平野と青空に繋がる見慣れた街並みを離れてから早二月。大学の進学を機に親から追い出されこの日本の首都に居を移した時には、狭苦しく複雑に組まれた雑居と夥しいほどの人波に随分と眉を顰めてうんざりしたものだが、人はどうにも順応していく生き物らしい。今では平日でも人が溢れている状況にも慣れてきた。それに、そういう煩わしいことにさえ目を瞑ればここはそれなりに便利のいい街であることにも気が付き始めて探索がてらに空き時間でウロウロすることも増えた。

 

その中でも一番に時間を費やしているのは今まさに紙袋に包まれて俺に抱かれている書籍が最たるものだろう。

 

 日本の最たる電気街の小さな中古店を巡っている時に偶然出てきた有名同人作家の処女作。通販でも電子書籍でも手に入らないそれはオークションなんかじゃとんでも無い金額になって読むことを諦めていたのだが、古ぼけたその店で見つけた瞬間に飛びつくように買い求めたのだ。こういうことがこっちに来てからも結構あるのだから、この探索は辞められない。

 

 花の大学生。他の奴らが新たな出会いとウエィウエィなコンパに熱をあげている中でソレはどうなんだとお思いのそこの貴方。安心してください、ボッチですのでコレが正しい生き方です。何より―――――そういう時間をかけてまた新たな傷を創るのは、しばらく遠慮したいくらい前の傷が残っている。

 

 繋がれたかと思えば、勘違いで。

 

 触れ合おうと伸ばした手は、その温もりに怯えて震える彼女の前で行き先もなく漂って偽物と知っている安定と停滞を手に取った。

 

 そんな少し前の古傷と甘酸っぱい勘違いの残り香が胸の奥から漂ってきたのを軽く振り払って、意識を定期的な振動だけを伝えてひた走る息苦しい電車内にひき戻した。平日とは言え昼時。それなりに車内は満員で誰も彼もが肩をこすり合わせてしまいそうなくらいには混んでいる。人込みに慣れてきたし、都内の移動は結局これが一番効率的だと分かっているものの―――この特有の熱気と息苦しさにばかりはいまだに辟易とする。

 

 小脇に抱えた同人誌を潰れないように胸元に抱き寄せ、目的の駅まで携帯でも眺めて時間を潰そうかとポケットの中に手を伸ばしたその瞬間――――手首を柔らかい何かに強い力で掴まれた。

 

「貴方、いま触ってましたよね?」

 

「―――へ?」

 

 責めるような色合いの声と、離すまいと痛い位に力を込められた手を目で追った先にはサラサラの黒髪をポニーで纏めた女がこちらを睨んでいてあっけに取られた。“触るって何を?“なんて当たり前の疑問をどう問うべきか言葉を詰まらせていると今度は自分の正面の方からすすり泣く声が聞こえてきてギョッとしてしまう。

 

「ぅぅ…っつ、っひ」

 

「怖かったよね? もう大丈夫だよ?」

 

 その声に釣られて視線を向ければいつの間に自分の正面にいたのか清楚で気の弱そうな制服の女の子が辛そうに涙を流して、ソレを抱き込むようにもう一人の明るい髪色の女が彼女を慰めている。

 

 状況も分からず口をあんぐりと間抜けに開けている事しか出来ない俺。ただ、車内で集まった良くない視線の圧力と敵意だけはひしひしと感じ、にわかに状況を理解し始めた俺の脳みそが焦燥感で空回る中で、手を掴む強気そうな女の怒鳴り声によってそれは決定的なものとなる―――はずだった。

 

「とぼけんじゃねぇっ!! 今さっき痴漢してただろっつって―――「いや、それはないっすねぇ」――――んだろ?」

 

「「「 へ? 」」」

 

 車内中に響く怒鳴り声が気だるげで、気の抜けた声によって遮られることによって誰もが気勢と注目をもっていかれてしまう。被害者・加害者・検察が勝手に用意されて裁判官という名の周囲の民衆までが満場一致で証拠不十分のまま“有罪判決”を下そうとしている時に突如現れた“弁護士”は―――くたびれたジャージと分厚い眼鏡をかけた小汚い喪女だったのだから混乱は更に強まる。

 

 ただ、そんな周囲の視線など知った事ではないのか彼女は碌に手入れもされていない栗毛をめんどくさそうに掻きつつこちらに一歩だけ近寄って俺の握られている手を指し示した。

 

「まず、自分が見ている限りその人は何処にも触ってないのが一つ。次に、眺めてた時に君たちが示し合わせたように今の配置に陣取ったのを見ていたのが一つっス。

 

 まぁ、こんな証言じゃ納得できないっていうのも確かなので皆さん次の駅まで“どこにも触らず”降りて“駅員さん立ち合いの元”で検査器具を使ってみましょう?

 

 今どきは、触った部分の繊維痕で判別できるそうなので―――便利な時代っすね?」

 

 そんな彼女が訥々と気だるげに語るたびに気まずげに顔を見合わせるJkと女達。だが、初対面として振舞っていた彼女達が視線を交わす時点で周囲の乗客もその不審さに違和感を覚えたらしく、猜疑の視線が今度はそちらに降りかかる。

 

「今どきは危ないっすからね。電車を降りた後に駅員の所に行かずに人気のない所に連れ込んで“脅迫”する手口もあるそうっすから――――君たちがただの被害者なら、何の問題も無いはずっすよね?」

 

 ニヤニヤと、底意地の悪そうな笑顔で開いた乗降口を指し示した彼女に舌打ちを残して去っていく女達。その光景に乗客と一緒にあっけに取られている俺の袖口が引っ張られて強制的に下車させられると共に、電車は甲高い汽笛と共に走り去っていってしまう。さっきからキャパシティーオーバーが重なりすぎて唖然とする以外できずにソレを見送る俺に彼女は苦笑と共に声を掛けてくる。

 

「災難だったすねぇ。最近の痴漢対策は“される側”だけじゃなくて“させられない側”になるためにも必要とか――日本も難儀な国っす」

 

「あ、ぁ……その、ありがとう、ございました。その、でも……」

 

 ただでさえ人と言葉を交わすのが久々な上に、さっきの様な事に巻き込まれた混乱でしどろもどろに詰まる俺に彼女はカラカラ笑いながら俺の持っている紙袋に指を指す。

 

「そんな自分の黒歴史時代の“処女作”を大切そうに抱えてる“読者”を見捨てるのはちょっと気が引けたんで、それだけっすよ。というか、ソレを持ってたのに気づいたせいで恥ずかしくてそっちをガン見してたから無実だって分かったんすけどね?」

 

「いや、本当に助かりました。ありがとうございます。…………処女作?」

 

「ま、行きずりの人なら顔バレしても問題ないかと思いまして」

 

 気まずげに苦笑して視線を逸らして笑う彼女と手元の古めかしい同人誌を見比べて、思わず唖然とした。

 

 同人作家“焼鳥 アラーキー”。数年前にイラストSNSに現れた骨太な劇画調で話題になって一時期コアなファンが多くついた人であり、最近では幅広いジャンルを高レベルで排出する事で有名な作家である。だが、イベントではマスクや覆面を終始被っていて顔を見せた事が無いという事でも有名だ。―――そんな人の正体がこんなごたごたのついでで発覚する事を喜んでいいのか、肩を落とすべきか、悩みどころでもある。

 

「作者の顔が分かると素直に漫画を楽しめなくなることって多いと思うんすよねぇ。ま、これに懲りず引き続き応援してもらえると嬉しいっす! そんじゃ~」

 

 だが、それと 助けてもらった事に返礼をしないというのは別問題だろう。颯爽とその場を立ち去ろうとする彼女の手を取って、運動不足気味の口を何とかかまないように気を付けながら言葉を紡いだ。

 

「……助けられっぱなしも気持ちが悪いので、近くのラーメンだけでも奢らせてください」

 

「いや、別に気にしなくてもいいんすけど…野郎系っすか?」

 

「家系っす」

 

「ふぅむ、悪くない提案っスけど……見た目以上に私は食べるっすよ?」

 

「お手柔らかに…」

 

 よく見れば墨で汚れが沁み込んだ手を握る俺を物珍し気に眺めた彼女がちょっとだけ思案した後に意地悪気に笑って来るのに、こちらも苦笑を零して答えれば今度こそ二入で声を出して笑ってしまった。

 

 人との関りを避けて生きていても、不思議なことに何処かで縁というモノは結ばれるように出来ているらしい。その後、宣言通りラーメン屋でしこたま飲み食いした彼女が酔っぱらって零した大学名と同学部が自分の先輩であることを知って俺は、世界ってのは不思議なもんだとしみじみ思いながらすっからかんになった財布に小さく苦笑を零したのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「で、“先輩”。―――楽に稼がせてやるって言われてついてきたはいいですけど、なんで芸能事務所の雑用なんすか?」

 

「いやいや、助かったすよ~“後輩”。最近になってここのスタッフが一人抜けて大変だったんで! ついでに言えば、相方は気兼ねなくやれる方がよかったすからねぇ」

 

「質問の答えじゃないんだよなぁ……」

 

 あの事件から数週間。あの後、酔っぱらった彼女“焼鳥 アラーキー” 改め “荒木 比奈”の介抱やらしてから妙に接点が多く大学でも絡むことが多くなってきた時分の事だった。最初の姉御肌はすっかりなりを潜めて付き合えば付き合う程に漫画以外の事に関してはダメ人間だった彼女がとんかつをほうばりながら、唐突に“バイトを紹介してやる”等と宣って俺を引き連れ巨大な時計塔を持つ346本社に引きずってきた事が始まりだ。

 

 こんな俺でも知っているような一流プロダクションの綺麗なロビーを抜けた先に連れて来られたのは半地下の様な小汚い部屋に乱雑にものが散らかっている場所で簡素に受けた説明では“黙って運転して、段取りしたら大人しく車で計理計算しとけ”との事。そこからは怒涛の勢いで帰ってきた他のスタッフに促されるままひたすらにバンに荷物を詰め込んで言われるがままに運転をして今に至る。

 

 車の外では撮影専門のスタッフ達がイライラと怒鳴り散らす監督の指示を受け走り回り、役者たちのご機嫌取りにマネージャーやメイクさんが必死に笑顔を取り繕って働いているのを眺めつつ渡されたレシートの山をポチポチと計理ソフトに入力してゆく。

 

「一応、嘘ではないっすよ? 事務関係と段取りはちょっと面倒すっけど要領さえ抑えときゃ後は運転と待機だけ。しかもドラマとかはこうして待機時間や待ち時間も長いんでやる事やってりゃ車の中では好きなだけ漫画を描いててもバレないっすからね」

 

「………まぁ、そうですけど。その分の俺が先輩の事務処理をしてる件について」

 

「新作の為に後輩は犠牲になったっス」

 

「ぶっとばしてぇ……」

 

 

 

 

 




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