デレマス短話集   作:緑茶P

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('ω')いつもありがとうございます。sasakinです!!

( *´艸`)ようやくこのお話も完結。語られなかった二人の今と過去を妄想する一助になれば幸いです!! 間が空きすぎて忘れちゃった方はもう一回読もう(笑)←ステマ


かつて ”先輩” と ”後輩” だった彼ら 後編 Last

 

 残暑の熱気もすっかり薄れ、日差しが落ちれば秋の風を感じるようになった夕闇の中で待ち合わせの相手は珍しく年季の入った電子パッドを開くことも無く雑踏ひしめくその腰掛で空に浮かび始めた月を遠くに見つめ佇んでいた。常日頃ならば、仕事終わりまたは授業明けに。もしくは徹夜での彼女の生き甲斐である執筆完成祝いでニマニマとウキウキとした雰囲気を隠すことも無くそこで自分の到着を待っていた彼女“荒木 比奈”は今日だけは別人のように静かにそこに存在し―――俺を見つけた瞬間に小さく微笑んで手を挙げた。

 

「お疲れ様っす。夜も随分と冷えてきたっスね」

 

「なら、ジャージ以外に羽織るもん持ち歩いてくださいよ。……とりあえず、いつもの店でいいですか?」

 

 そんな雰囲気を振るう様に小さく苦笑を零す彼女。それはあの時に自分を救い、この半年で見慣れてしまったくたびれたジャージの喪女そのままの姿。それでも、その裏に隠れているであろう何かから目を逸らすために必死に胸のざわつきを押さえて核心に触れないように逃げを打った。いつもの様に酒を飲んで、つまみに頼んだ料理にケチをつけて、漫画とかラノベとかコミケとか単位とか授業とかどうでもいい雑学や馬鹿話で盛り上がって今日を終えたかった。なんなら引き抜きの話だって後回しでもいい。

 

 あの一生涯に渡って引きずるであろう“傷”と“恥”に押しつぶされてしまいそうだった時間を彼女といたときはすっかり忘れて、夢中で楽しんで―――まるで普通の学生のように日々を送れていたこの時間の終わりを認めたくはなかった。

 

「いや、今日はココで大丈夫っすよ。――――もう、語るべきことは少ないっすから」

 

「――――そう、ですか」

 

 それでも、そんな見苦しい依存と身勝手な願いは彼女の一言によってバッサリと断たれた。いっそのこと清々しい程だ。俺としては言いたいことはいっぱいある。語りたいことも、相談したい事も、愚痴りたいことも、文句も、頼りたいことも俺の側には多すぎる。それでも――――彼女にとってはどうでもいい事なのだと言われればその想いは塵芥同然なのだ。

 

 そう思えば、燻りこちらを指さして笑っていた理性の怪物がニンマリと頬を裂いて祝福を囁く“ほれ見ろ、またお前の勘違いだったろう?”、と。

 

それが今は、深い傷をこさえる前の防波堤となったのだから素直に苦笑いを浮かべるしかない。胸の中に渦巻く感情という名の勘違いを一気に飲み干せば驚く程世界は落ち着きを取り戻して、モノクロの無感情で平和な世界となっていく。その先で微笑む癖の強い栗毛を持つ彼女は歌う様に俺たちの関係に終わりを紡いでくれる。

 

「コレ、読んでくれます?」

 

「………これって」

 

 差し出されたのは日本どころか世界でもその名をはせる世界的な週刊誌で、付箋が挟まれたページの先に映るのは―――嫌という程に見慣れた繊細ながらも誰よりも熱を持った荒々しい線で描かれた少年少女とモンスター。

 

 

いつの日か、彼女が泥酔しながら語っていた―――“夢”がそこにあった。

 

 

「…来月から、ここで連載が決まったっす。ホントは新人賞を取ったって報告で後輩を驚かせようと思ったんすけど、そのままとんとん拍子で連載してくれるって話を貰いました。―――言おう言おうと思ったまま伝えられなかったのは自分の中でも整理がつかなくてって事にしておいてください」

 

 はにかみ、照れ臭そうに頬を掻きながらそう語る彼女を尻目に俺はその漫画を目をかっぴらいて熟読した。

 

 閉鎖されたコロニーで不遇の来歴から社会の底辺として生きているのに底抜けに明るくお馬鹿な主人公。そして、高貴な出でありながら世界の不具合に気が付き反旗を翻して追われる身となった少女。その二人が出会い、噛み合わぬまま押し寄せる難関を切り開いていき遂には閉鎖された世界から抜け出して初めて見る、語られる事の無かった“外の世界”。そこに二人で駆け出していく所で物語は締めくくられている。

 

 ストーリー自体は少年誌に寄せられているとはいえ、ダークでグロテスクな風合いを残しながらも、なぜか笑ってしまい登場人物全てに愛着を持ってしまうその物語は何度読み返しても自分が好きで好きでたまらないと思ったあの“焼鳥 アラーキー”その人の作品そのものであった。だから、――――俺はこの後に続く言葉も、想いも全てを納得して粛々と受け入れようと素直に思えたのだ。

 

「だから、最初に謝っておくっす。受賞して、すぐにこの話を貰った時にスグに自分の答えは決まってました。でも、“君”とのこの時間が楽しくてここまで言い出せなかったっす」

 

「―――喜ぶべき所、ですかね?」

 

「女と作家としては諸手を挙げられると複雑っすね」

 

 そんないつもの軽口の応酬。それでも、苦笑に混ぜて言われた初めての“君”という呼び名が奇妙な棘となって静かに俺の内面をやすっていく。その感覚すら逃さないように、漏らさないように俺も静かに答え、苦笑を返すにとどめる。―――だけど、結末を、彼女の未来を知っている人間としては今の俺ではそれが精一杯な返答だ。

 

 女々しくも、夢想する。してしまう。

 

 もっと早くに踏み込めば、隣でソレを喜び力の限り抱きしめてやれる未来があったのかと。諸手を挙げて彼女を応援し、力になってやると全てを投げだせたのかと。

 

 だけど、現実は違う。

 

 その事実だけを受け入れて、俺は彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「自分は大学も、バイトも辞めてこのチャンスに掛ける事にしました。――だから、君を“後輩”って呼べるのも今日が最後です」

 

「――――そう、っすか」

 

 それは端的な別れの言葉で、俺の短く小さな勘違いの終焉を告げる言葉だった。

 

「“君”といるのは、居心地が良かった。自分の作品にあれこれ口を出すわけでもないのに楽しんでくれて、仕事も私生活も甘え切ってるのに苦笑一つで引き受けてくれる。馬鹿話も、愚痴も、趣味の話も全部が新鮮で楽しくて―――プロなんかにならないで君の横で趣味で書き続ければ幸せになれるんじゃないかって考えて夜を明かしてしまうくらいに君が好きでした。

 

 でも、それは甘えっす。

 

 偶然助けられた君に甘え切って、依存して、依存させて―――お互いがどこまでも嘘で重ねた錯覚はきっといつか最悪な終わりを迎えます。きっと、自分はこの機会をフイにした事を一生君のせいにして、君は自分のせいで夢を諦めさせたって必要以上に自分をすり潰す。そんな未来を選ぶくらいなら、ココでバイバイした方がずっとマシっす」

 

「………俺が、そんな献身的に見えてたとは意外っすね」

 

「くくっ、こんな干物女にあれだけ尽くしといてよく言うっす」

 

 弱々しい俺の反論に優しく微笑んだ彼女はそのまま頬に手を添えて触れる。そして、ちょっとの逡巡の末にその手を放し、背を向けた。名残惜しさを振り切るように、その小さな背を向け―――歩みを進めた。

 

 それを、追うでもなく涙をこぼすわけでもなく―――俺は見送った。

 

 不思議と感情は凪いでいて、雫の一つも漏れやしない。

 

 あっという間に雑踏に呑まれたその背を見えなくなるまで見送って、見えなくなってからも未練がましくずっと眺めているウチにいつの間にか自分の真上には真ん丸な月が昇るくらいに時間が経過していた。今度は深い傷を負う前に経験を活かせたはずなのに、なぜか何もする気が起きないくらいに俺の胸にはぽっかりと大きな穴が開いていてソレをただただ秋風に凍えながらその穴を見つめていた。

 

 それくらいには、彼女の言葉は正論過ぎて、納得がいきすぎるくらいには正しいと思ってしまったのだ。だから、きっとこの胸の穴は元々あったものでその欠陥を彼女が優しく縁取りをして分かりやすくしてくれたに過ぎない。そう思えば不思議と何もする気が起きない自分の心に可笑しさが湧き上がって小さく笑った。

 

 なんだか、無性に可笑しくておかしくておかしくて―――笑いすぎたせいか瞳から雫が一滴だけ零れたが気にはしない。そして、そんな欠陥を抱える自分を何かで痛めつけて見たくなった。

 

 脳裏に最初に浮かんだのは自分を誰よりも見守り、導いた憧れの恩師。

 

 あれだけ人に心を砕く癖に自分の事には頓着しない彼女が寂し気に、眩し気に―――諦めたように紫煙を吹き出すその姿が今は何よりも出来損ないの心を抱える自分の最適解の様な気がして初めて煙草をコンビニで買い求め、燻らせる。

 

 肺に潜り込む異物と、慣れない匂い。それに何度もせき込みながらようやく嚥下した。不格好で情けなく、救いようもないその姿を周りの人間が笑っているのを感じつつも精一杯強がって背筋を伸ばして吐き出す。吐息に混ざって出た紫煙は気だるげに立ち上り煌々と照らす月を遮った。その景色を眺めつつ、心の中にぽっかり空いた虚ろにも脆弱な自分の弱音をコレが最後と決めて吐き出す。

 

「アンタが、俺にとって――――初めての“先輩”でしたよ」

 

 無条件に世話を焼き、頼り、甘える事の出来た家族でも恋人でも友人でもない奇妙で愉快な関係を重ねた想いと感傷と共にその虚ろに俺は吸い殻と紫煙、そして、未練と一緒に投げ入れた。

 

 

 願わくば―――――どうか彼女が選んだ道に幸あれと、そんな強がりを月に願った。

 

 

 そんな自分に最大限の嘲りを込めて俺は大して減っていない腹を満たして明日から彼女のいない生活に備えるために馴染のラーメン屋へと足を向けた。食欲はともかく、気分が落ちた時はあの店の全トッピング大盛りだというのがお決まりなのだ。ソレを笑い合う相方はもういなくても―――――お決まりなのだからしょうがない。未練なんかじゃないと言ったらないのだ。

 

 そんな言い訳を重ねて入った店で、自分の運命に大きくかかわる京都のバカ娘と出会うことになるのは――――もう数時間先の話だとは思いもしなかったあの日の俺ガイル。

 

 

 

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「そんであれだけ壮絶な決別をしときながら連載は半年で打ち切り。その数年後にまさかアイドルとしてこの事務所にスカウトされてきた時の居たたまれなさったらなかったですね……」

 

「いや~、自分も週刊誌舐めてましたね。助手のバイト料に税金に締切、その上に担当との方針で対立してまさか半年で路頭に迷うとは思ってなかったッス。しかも、浮浪者さながらの自分をスカウトするプロデューサー。その先にまさか“後輩”もとい“はっつぁん”がいるとか、あの場ですぐにフライアウェイしそうになるくらいには恥ずかしかったすよ~」

 

 会議室への移動中での久々の二人きりの会話はあんな過去があるくせに随分と飄々としたものが続く。彼女が入ってきた時の衝撃はいまだに忘れがたい。路頭に迷ったというのも相まって喪女に磨きがかかり更に女として終わってるような風貌だったがそれは見間違えるわけもなくかつて“先輩”と親しんだ女で、彼女も彼女で口を馬鹿みたいに開けて大声で人を指さし動揺しやがったのだから。

 

 だが、こんなややこしい話が広まっても混乱が広がるばかりなので久方ぶりのアイコンタクトは満場一致の“黙っていよう”で可決して今日までこの関係は誰にも知られずに保たれているのだ。

 

「まっ、そのおかげで変なAVの勧誘でもないと安心して契約できましたし、衣食住も確保。万事、首の皮一枚で人間的生活に戻れたんで感謝感激っすね。」

 

「ならジャージ以外も着てくださいよ」

 

「ステージや収録できゃぴきゃぴしたの着てるだけでお腹一杯っすよ。――――それに」

 

 綺麗に清掃された長い廊下も思い出すのが億劫なくらい懐かしい話の間にあっという間に終着である会議室の前にたどり着いた。その先で彼女はちょっとだけ悪戯気に微笑んで一歩前に進み出てその扉を開ける。

 

「あ、来た来た。もう、二人ともおそーい!!」

 

「こりゃ遅刻やね。罰としてみんなのお茶代は今日は二人持ち決定やね~」

 

 聞きなれた声を筆頭にガヤガヤと騒がしく勝手な事を口走る馬鹿共。そんな奴らの声を楽し気に受け流した彼女が一瞬だけ小さく微笑んで無言のままこちらにいつものアイコンタクトを飛ばしてくる。

 

 

 曰く “君にはもっと目を向けるべき娘がもっといるだろう”との事。

 

 

 その内容は素直に頷くにはちょっとばかし複雑で難問と認めがたい感情が大いに含まれるためにこっちも顔を顰めるしかない。それすら楽しそうに笑っていつもの調子でヘラヘラと先に入室していく彼女の背に溜息一つ漏らして無言で後を追う。

 

 きっと、俺はこの先どんなことがあっても誰にもこの関係を、歴史を誰かに打ち明ける事はないだろう。

 

 語られない歴史とは語る必要がないから闇に呑まれたのであるし――――もしもほじくられてしまった時に自分の虚の中に未消化のままほおり投げたあの複雑な感情を追及された時に自分でもどんな答えが導き出されるのかが分からない。ならば、もう少しで終わりを迎えるであろうこの関係と生活が終わるまで小さく心の奥底で燻るこの感情は

 

 

 語られることも無く、この生活と共に葬られるべきなのだろうから。

 

 

 そんな言い訳と逃避を重ねて、俺はいつもの様に皮肉気に微笑む小鬼の面を張り付けて今日もシンデレラ達の生活へ何事も無いように溶け込んでいった。この姦しい生活も、いずれは終わりを迎えるのならば―――これ以上の傷を自ら抱えるなんて愚かな勘違いだけはすまいと、俺はもう一度心の中で言い聞かせたのだった。

 




(´ω`*)ひな先生、よくない?

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