皆さま、熱さに負けずお盆をだらだら読書三昧で費やしましょう(笑)
燦燦と夏の日差しが差し込み、ガラス張りの廊下はその光に照らされ輝いているかのように輝いている中で誰もが穏やかな午後の始まりを鐘の音と共に迎えた昼時。そんな中で、一つだけ“私、怒ってます”と言わんばかりに肩を怒らせ、地面を踏みつけるかのように歩を進める小さな影が一つ横切っていく。
ぷんぷんという擬音が聞こえそうな程にご機嫌斜めなその少女の名は“橘 ありす”。常務主導で始動された“クローネプロジェクト”の年少枠で選抜され、そのまま紆余曲折あって統合されたシンデレラプロジェクトでも名を轟かせる日本屈指の年少アイドルである。そんな彼女の様子に誰もが目を丸くして目で追うが、あの部署に巻き込まれてろくなことにならないのは経験済み。誰もが見なかった事にしてそれぞれの業務へと戻って行った。
そんないつも通りの麗らかな午後が今日のすったもんだの始まりである。
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私、クール橘こと“橘 ありす”は激怒しています。
そんなお腹の奥から溢れる怒りという感情を抑えることも無く体全体で表現しても収まることを知らないこの想いは既にクシャクシャになった紙切れ一枚をもっと強く握りしめる事で発散して一路、事務所へと歩を進める。
事の発端はレッスン室での一幕。最近は特訓の効果が出たのかどうしても上手く出来なかったステップや音程が安定して出来る様になってきた事に喜びを感じてその波のままレッスンの濃度をあげてくれるようにトレーナーさん達にお願いしたのです。当然のように次の工程に進み、もしかしたら褒められるかもなんて思った自分の上機嫌はあっという間にどん底に叩き落されました。――レッスンスケジュールを眺め、彼女達がしばし打ち合わせの言葉を交わしてから私の齎したのは欲しかった言葉と全く逆のモノだったからです。
『最近は少し根を詰め過ぎた。スケジュールを緩めるからリフレッシュでもしてくるといい』
そんな、湧き上がるやる気をくじくような宣言に私は燃える様に怒って噛みつきました。だってそうでしょう? トップアイドルになるために全力で頑張って、年齢なんか関係なく登りつめるにはもっと上手くならなきゃいけないのに。調子が上がっている時にそんな事を言われてレッスンを妨げられれば誰だって怒ります。
そんな私の要請に渋い顔して一向に応える事が無かったトレーナーさん達に我慢の限界を感じて飛び出してきたのが数分前の事。今私が向かっているのはこの部署の統括をしている武内Pの部屋です。これでも、アイドルというか雇われタレント。会社に所属している以上は上の上からの指示からには否やという事が出来ない事は熟知しています。
ましてや、レッスンに打ち込みレベルアップをしたいという想いを無碍にするようなPではない事は知っているので真摯に直談判をすればトレーナーさん達にも上手く便宜を図ってくれることでしょう。―――まさに完璧な理論武装。さすが、クール橘の名を欲しいままにしてるだけはあります、私。
そんな自分の冴えわたる思考にちょっとだけ気分を持ち直して、自分の所属する部署の扉をあけ放ち、声高にPの名を呼ぼうとして――寸前でその息を飲み干しました。
部署の事務方の作業机の前に敷かれたパーテーション。その手前に置かれたいつもはアイドル達の休憩スペースとなっているソファーとローテーブルには見慣れない人物がいたから。
亜麻色の紗のような髪の毛は綺麗にお団子として纏められていて、形のいいほっそりとした顔立ちは掛けられた金縁の丸眼鏡と合わさり深い知性を感じさせる。白いブラウスに身を包んだ彼女は年の頃は20代半ばの様だが、幼さの残る雰囲気が更にそれより若く感じた。そんな美女が机一杯に広げた衣裳のデザイン画を真剣に眺め、時折、何かを書き足して小さく息を吐く。
そんな自分の憧れである“出来る女”を現実にしたような人が突然現れていた事に驚き、そして、そんな真剣な彼女の邪魔をしてはなるまいと自然に思ったのだ。そんな彼女を食い入るように見ているウチにとある事に気が付いてしまった。
事務所は珍しいことに誰もいないようで、よく見れば来客である彼女にはコーヒーの一つも出されていない。つまり、察するに紗枝さんの所から新規のデザイナーさんが挨拶に来るように呼ばれたはいいが、誰も居なくて仕方なく持ってきた資料の見直しをしているといった所なのだろう。
まったく、ウチの事務員たちは仕事は出来るがたまにこういう事をやらかす。
そんな背景を察した瞬間にやれやれとため息を漏らしてしまい、怒りも少しだけ和らいだ。そんな抜けてる彼らを補ってあげるというのもデキル女の見せどころでしょう、なんて気を取り直して給湯室へと足を向けて自分でも入れられるインスタントの珈琲を作って彼女の元へと運んで行く。
ここで“あいさん”みたいにカッコよくドリップなんかを出せればいいのだが、まだ美味しく入れられない以上はこれがbetterでしょう。そんな言い訳を笑うかのように薫る珈琲特有の匂いが思考の海に沈む彼女の鼻孔にも届いたらしくテーブルに置かれたカップとその差出人である私を見て目を丸くした。
「お仕事中にすみません。ウチの事務員の人達ももうすぐ戻ってくると思うので、ちょっとだけお待ちください」
「え、あ…、はい。ありがとうございます」
唐突な事に驚いたのか戸惑ったような素振りをした彼女は、最終的に柔らかな笑顔と丁寧な言葉でお礼を述べる事にしたらしい。目下の人間だと思っても侮った感じでお礼を言ってこない事に更に好感度を心の中で引き上げていると、自然と彼女の見ていたデザイン画に目が引き寄せられた。
「この衣裳、私の今度のステージの…」
「あ、すみません。まだ、デッサン段階なんで荒いんですけど……ちょっとだけご覧になりますか?」
私の呟きに人差し指を唇に添えて、悪戯気な笑みを浮かべて問いかける彼女。それはどこかで見た事がある表情だなぁなんて錯覚を覚えつつも小さく頷いて彼女の隣へと腰を下ろすと、柔らかい香水の匂いと暖かな温もりが知らずに肩の力を抜いていく。それに小さく微笑んだ彼女は一枚のデザインが描かれた紙を引き寄せ私に見やすいように近づけてくれる。
「今回は橘さんの強いご要望もありましたし、今まで愛らしい衣裳が続いていた為に新規ファン層獲得という点を強く意識してデザインを一新しています。華美な装飾は取り払い、素材もシックなモノを使ってクール色の強い物となっています。その分、フリルなどで動き全体の華やかさをカバーしていたモノが無くなるので橘さん自身がダンスやステップによってソレを演出しなければならないという課題もありますが、今までの公演を拝見している限りその点での問題はないと思っています。―――如何でしょうか?」
「こ、これ――すごくいいです」
見せられたデザインは今までの可愛い物や、綺麗な物とは全く違う雰囲気を醸していて凛とそこにあるだけで息を呑ませるような研ぎ澄まされたカッコよさという物を感じさせる。コレを纏って、大観衆の前で全力で歌い切るそんな想像をしただけで体中が武者震いをし、熱くなる。――――だが、それゆえにさっきの事が頭をよぎり一気にその高揚した気分が落ち込んでいくのを感じてしまう。
「………お気に、召して貰えませんでしたか」
「い、いえ! 違うんです!! このデザインはすっごく好きなんですけど!! このままじゃ、これに相応しいステージが出来なくなっちゃいそうで……」
「……差し出がましいかもしれませんけど、お話を聞くだけなら私でもご協力できるかもしれません。宜しいですか?」
「………聞いて、くれますか?」
「もちろん」
真摯に、真っ直ぐにこちらを見つめる彼女。その瞳の柔らかさと、強さに強張っていた最後の心の部分があっという間に解されて行ってしまい私は、ポツリ、ポツリと彼女の胸元へと心の中に刺さっていた棘を吐き出していった。
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「なるほど、もっと上手くなりたいのにレッスンをして貰えないという事ですね?」
「……ばぃ」
あの後、すっかり珈琲も覚めてしまうくらいに彼女に愚痴を零していくうちにいつの間にか溢れて止まらなくなった涙をおもい切り彼女の胸元で流してしまった私は何とか落ちつきを取り戻してスピスピなる鼻で彼女の質問に答えた。ここまで来賓の人に醜態を晒しておいて今更だが今、もの凄く恥ずかしい。そして彼女の着ている高そうなブラウスも随分と汚してしまってもう色んな申し訳なさで穴があったら今すぐ入りたくなってきた。それでも、今こうしてなんとかここに座れているのは―――彼女が真剣に私の話を聞いてくれているからで、その答えを真剣に考えてくれているからだ。
逃げ出すのも、穴に埋まるのもソレを聞いてからでなければあまりに失礼すぎるだろう。
そんな時間がしばし流れ―――彼女は柔らかく微笑んで私に向き直る。
「橘さん、とりあえずはトレーナーさん抜きで出来るトレーニングから始めるのはどうでしょう?」
「……自主トレ、ってことですか?」
真剣に悩んだ彼女が齎した回答は実に真っ当で、代わり映えのしないものであった。デザイナーさんが考えてくれたのだからそんな劇的なモノを期待していた訳ではないが、あまりの正攻法に少しだけ肩透かしを食らった気分になる。
「ふふ、安心してください。これでもダンスや歌好きが高じて今でもこんな副職を抱えているくらいですから―――とっておきのトレーニング方法があるんですよ?」
「ど、どんな方法ですか!?」
肩透かしを食らったという事を見透かされて焦る私を面白そうに笑った彼女は、一転して食いついてきた私に不敵に応え、その華奢な指で優しく私の頬を掴み――――親指で口の端を持ち上げる様に引っ張った。
「ひゃ、ひゃひほふるんでふか!?」
「レッスン1、どんな時でも笑顔でいるために頬を引張って笑顔の練習だぞっ☆」
「…………へ? あれ? その口調って、え、あれれ??」
伸ばされる頬にかかる手を払って、ひりひりする頬をさする私の耳に入ってきた“聞きなれた声”。でも、それはこの部屋にはいまいないはずの人物で、もっと言えば、普段はおチャラけてて、頭悪そうなフリフリの服を着てたり粗暴な振る舞いや言葉遣いをしている変った先輩“アイドル”の声のはずだった。
脳内で必死に繰り返す否定。それをよすがに何とか視線をあげてゆけば――――さっきまでと打って変わりガキ大将のように不敵に快活で意地悪な笑顔を浮かべた“佐藤 心”としてそこに立っていた。
それでも、その思考と事実を必死に否定して自我を保っていた私に最後に無慈悲な止めが事務所の扉を開く音と共に訪れたのでした。
「悪い、佐藤。打ち合わせ伸びて遅れた、わ?」
扉の奥から出てきたのは澱んだ目に、やる気が微塵も感じられない根暗そうなこの事務所のアシスタント。そんな彼は自分の勘違いかもなんていうささやかな希望も速やかに打ち破って、私の心を丹念に轢きつぶしてくれました―――とさ。
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「ありすちゃん達にはこの服飾の仕事するときの格好であった時なかったから、どの辺でネタバレするか超悩んだぞ☆彡」
「橘です……」
「まあ、普通に気づかんだろ。もはや詐欺のレベルだし。なぁ、ありす」
「橘です……」
事務所でケタケタと笑う佐藤と毛布に隅っこで包まって心を閉ざすありすを横目にさめた珈琲を入れ直す。楽し気に笑う佐藤を改めてみればどっからどう見ても綺麗系で完全に出来る女。しかも、本当にオフィシャルな場ではいつもの言動が嘘のようにお澄まし顔をするのだからこれに気づけというのは酷だろう。
「で、なんの話をしてたんだ?」
「おいおい、ガールズトークを掘り出すとかマナー違反ってレベルの話じゃねーぞー☆彡」
「普通の馬鹿話なら俺だってわざわざ聞かんわ」
軽口で流そうとする佐藤にあえて視線は合わせず、ブラウスの胸元の多少の汚れと皺がついている事を指だけで指摘すれば悪びれもなく肩を竦めてくる。経験上から言えばアレは誰かが泣きついた痕跡だ。二人きりの空間で、佐藤だと分からなかったにしろ第三者にそうまでなるなんて普通に言えば異常事態だ。マストレさんからもオーバーワーク気味で神経が張りつめているという報告と休養を挟むという連絡まで来ているならその兆候は流石に見逃してやれないし、お道化て誤魔化されてやるには、ちょっと事態は深刻だ。ソレを伝えるかのようにデザインに滑らせていた視線を佐藤に合わせて目に力を籠める。
だが、それでもこの馬鹿は譲らない。
真っ向から眼鏡をはずして真っ直ぐとメンチを切ってきやがる。
「女同士の話にでしゃばんな。すっこんでろハチ公。――――ありすちゃん、レッスン2だ。女の涙ってのは最終兵器だ。ちょっとでもチラつかせただけで野郎どもはこうして大騒ぎしやがる。ここぞという時までとっときな」
「…………」
部屋の隅で蹲るありすの表情は見えない。だが、それでも確かに彼女は聞いている事だけは分かる。そんな様子に佐藤はちょっとだけ表情を緩めて小さく笑う。
「レッスン3。欲しいもんがあるときは平気な振りして最後まで微笑み切って見せんだ。まだまだ、全然余裕だって周りに思わせろ。それで、最後の最後、あと一歩って時だけ涙を絞りだす。―――クールだろうが、キュートだろうが、セクシーだろうが、パッションだろうが、世界中を魅了する“イイ女”になる最高の自主トレ、欠かすんじゃねぇぞ☆彡」
「…………ばぃ」
ずぴずぴと色んな汁を垂れ流してる事が予想される毛布の中から聞こえるくぐもった声。それが何に対してなのか、どういった問答の答えなのかも分からない。それでも、佐藤は穏やかに微笑み、ありすは何かを噛みしめる様に答えた。本来はそれでも問いただすべきなのだろうけれども、どうにもそれは野暮天な気がして俺は溜息一つを漏らして苦い珈琲で文句を飲み干した。
そんなに燃え尽きたきゃ、灰になるまで走って見りゃいい。
何せ乙女の命は短く、奔り切る宿命らしいのだから。
せいぜい、灰になったこいつ等を見届ける程度が俺にできる事なのだろうから―――精々、その輝きがこの衣裳を纏って大勢の心に火を灯す事を願うばかりである。
しゅがは「とりあえず、飯行くか。ハチの奢りだから好きなもん食えよ☆」
ありす「ばぃ……。いちごぱふぇ……」
ハチ「………とりあえず、それはデザートな(溜息」