デレマス短話集   作:緑茶P

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(-。-)y-゜゜゜お盆が、終わる………


【脇役?】

 

 大学生活ってのは華々しい生活と思われる事も多いだろうが、実はあんまりそうでない事も多い。特に男子割合9:1の工学部だったりすればそれはなおさらだ。

 

 家賃重視の小汚い寮に男だらけの色気のない生活。今まで実家でやってた家事なんかが一人暮らしになった所で劇的に変化するわけでもなく雑に突っ込んでよれよれになった服とゴミ袋に分別も怪しいくらい突っ込んだゴミ袋。その上、万年敷きっぱなしのせんべい布団に飲み会で張っちゃけたいい気分のままダイブするような毎日。ただ、困った事にそれが不便もなく楽しい毎日であるのだから困ったものだというのは多くの男性に共感していただけるのではないだろうか?

 

 そんな感じでモブ大学生“田中 浩司”には日々ありふれて適度に楽しい生活を送っていて、今日も立ち食いそばで厳つい見た目でモテなさそうな級友と肩を並べて駅前のそばを啜っていたそんな時だった。隣から“おっ”なんて嬉しそうな顔も隠さずに友人がスマホを覗き込んでいて目を引かれたのがその会話の始まりだった。

 

「なに、新作のAVって今日発売だっけ? それとも、課金ゲームのイベント?」

 

「ばっか、お前、俺がいつでも課金とAVだけの男だと思うなよ。―――今日のこの近くの箱で“アイドル”のライブバトルがあるんだけどさぁ……今日は川島さんも出てくるみたいなんだよ!」

 

 いつも目の色変えて課金ゲームやエロ話に熱を入れているコイツの事なのでいつもの事かと思えば向けられたスマホに映るのは最近巷を騒がせているアイドルグループのサイトで、写されているのは長く豊かな栗毛に、年相応の色気と気っぷりの良さを感じさせる妙齢の女性が笑顔で映っている写真だった。それはいくら芸能関係に疎い俺でも見た事のある顔で、多くのバラエティーや番組で見る顔だった。―――というより、自分にとっては長らく朝の顔として親しんできた印象の強い物だったが。

 

「結局女じゃん。……ていうか、“川島”ってあれでしょ? 年甲斐もなく話題狙いでアナウンサーからアイドルに鞍替えした人」

 

「ばっか、お前。テレビをもっと見ろって!! 確かに最初の頃は俺もそう思ったけどその路線は絶対当たりだよ。バラエティーもこなすし、歌も上手くて美人だし、トークも面白い。ただのフリーのアナウンサーになるより絶対よかったって!!」

 

「ふーん、でも、俺がたまに見るテレビじゃなんつーか“添え物”的な? 他のアイドルの補助ばっかしててメインで映る事ってあんまりなくない? まあ、年齢的にでしゃばらないように配慮してるとこは大人ななんだなぁとは思うけどさ」

 

「おま、それは言っちゃ駄目な奴だろ(笑)。というか、それがいいんだって。俺、握手会とか何回か行ったけど他の“楓姫”とか“カリスマ”みたいにファンもぎらついてなくて安心して話せるし、近くで見るとめっちゃエロイのに距離感が近くてさ~。まあ、通だけがあの良さを理解できると思えばなんか逆に応援したくなるんだって!!」

 

「ふーん、それで思い出したけどこの前新しく買ってたそっくりさんてこの人の奴じゃん。おうおう、通なファンはやることが違うねぇ?」

 

「ちょ、おまっ、また勝手に人の秘蔵品を物色しやがったな!!」

 

 狼狽する馬鹿にニンマリと笑って答えるだけに済ませ、最後の一口を手早く胃に流し込んで俺はさっさとその店を出る。大体が共用廊下のカギもついてない住居でプライバシーが守られると思っているほうが間抜けなのである。

 

 雑踏が五月蠅い街並みに一歩踏み出せば、今度はその摩天楼の上に華々しく飾られた広告が目に入る。くしくも、その真っ先に目に入ったのは白いワンピースに身を包み、果てしない朝焼けの海で儚げに微笑む“川島 瑞樹”のポスター。それがなんの広告なのかまでは読み込まなかったが、その儚げに微笑む姿が妙に印象的で――――逆に、テレビで見たあのおチャラけた態度が痛々しく思えてつい眉を顰めてしまった。

 

 その不快感を振り払うよう目を揉みこみ、ふっと悪戯心に火がついた。どうせ今日は飲み会も無く、レポートもない。どうせ帰って相方や寮のメンバーとゲームをするだけならば、せっかくなので近場であるというライブバトルとやらを覗いてみるのも一興かと思い、なんとなくその会場を目指して歩を進めた。

 

 どうせ、バラドルのそこそこの出来のライブなのだろうと、彼女の涙ぐましい努力も笑いのタネにはなるかと思って気まぐれと好奇心のままに。

 

 

――――――― 

 

 

「………だそうですけど、ご感想は?」

 

「あんな若い子向けにもそっくりさんのAVが発売されてるって事はまだまだ私も捨てたもんじゃないわね。……ちょっと気になるからハチ君、レンタルしてきて一緒に見ない?」

 

「死んでも御免ですね」

 

 ガヤガヤと賑やかな二人組が蕎麦屋を出ていったのを見計らって隣で眼鏡にキャップを被って変装した“川島”さんご本人にあけすけな会話の感想を聞けばこんな答えが返って来るのだからこちらも苦笑で返すしかないだろう。リハのあとにライブ前に腹ごなしをしておきたいという彼女の要望に応えてこうして安物の立ち食いソバを啜りに来ているのだが、まさかの事態に凹みはしないかと心配したのはどうやら杞憂で済みそうだ。

 

「まぁ、そもそもがそんな的外れな評価って訳でもないでしょうしねぇ」

 

「………そっすか」

 

 何てことは無いようにそばを啜る彼女は本当に気にした風もなく苦笑いを浮かべつつさっきの言葉を肯定する。確かに、年長の彼女は多くの場面でメンバーのフォローを入れていて、彼女の横に立つのはいつだって日本どころか世界にだって名を轟かせるアイドル達だ。そんな景色をテレビ越しで見ていれば誰だってああいう評価になるのかもしれない。―――何より、本人がそれに怒っていないのに口を挟むなんて愚の極みだろう。零れそうになる軽口や反論を蕎麦の出汁と一緒に飲み込んで一息。

 

 

 でも、俺が愚かなのは今に始まった事ではないし――――どうせなら世界中の賢しい方々の度肝を抜いてやるのも面白い、そんな事を勝手に独白して俺はいつもの様に意地悪気に頬を吊り上げた。

 

 

「は、はち、君…?」

 

「瑞樹さん、申し訳ないんですけど―――ライブバトルの曲変更させて貰ってもいいですかね?」

 

「はぁ? リハはもう終わって1時間後には本番よ?」

 

 突然にやにやし始めたアシスタントの奇行に頬を引きつらせてドン引きする彼女に思い付きの“悪戯”を提案すれば彼女は呆れたように額に手を当てため息を漏らしつつ―――その案に乗ることを了承した。

 

 さて――――今日も小鬼が一波乱、をおこさせてもらおう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 絢爛なライトやスモーク、芯まで響く大音量が先行のアイドルの持ち歌が終わると同時に潮のように引いていき、会場に再び闇の帳が下ろされた。ステージの興奮が冷めやらぬ中で雑然とした観客席の熱気とざわめきが次への期待を嫌でも感じさせる。

 

 級友の話によれば、まだまだ予選段階の為にSランクのここにも飛び込みで入ることが出来たが、本選になると抽選でしか入れなくなるそうだ。だが、それでも会場は超満員で予選とはいえ一回目に踊った名も知らぬアイドルの子は息を呑むほど熱の入ったステージを披露した。ならば――――もはや伝説として瞬く間に頂点へと駆け抜け至ったシンデレラの一人が躍るステージにもっと大きな期待がかかるのは仕方ないことなのかもしれない。

 

「次はいよいよ川島さんだな。歌もダンスも上手いけどやっぱり見どころは最初のアピールトークの時間だよ。芸人顔負けのトークで会場中を笑わせた後にあのレベルの高いダンスと可愛らしい曲のギャップで一気に引き付ける。この高低差が何度体験してもやられちゃうんだよなぁ…」

 

「へぇ……、まあ、Sランクってんだから凄いんだろうな」

 

 厳つい顔をホクホク顔で緩ませた馬鹿が早口でする解説に若干引きながら、周りの観客の評判にも耳を傾けるとおおよその所は全員の共通認識らしい。その前評判になんだか見上げて見たあの広告に映る神秘的な雰囲気は自分の錯覚だったらしいと少しだけ落胆を感じつつ―――― ステージの上で、一筋のライトに照らされた人影に目を奪われた。

 

 ステージ上に現れた豊かな茶髪を湛えた女性。それは今や日本中の誰もが顔くらいは見た事のある“川島 瑞樹”その人には間違いがなかった。それでも――――“その表情”を見た事のある人間は誰もいなかったに違いない。

 

 いつものどんな暗い気分も吹き飛ばし包むような優し気に包まれた明るいものではなく、どこまでも静謐でここではない何かを見据えているミステリアスさを湛えているのに、その瞳の奥は今まで見たどんなモノより熱い熱量を抱えていたから。

 そして、アイドルとして定番の可愛らしいデザインではなく、パーティー会場に相応しいかのような深紅のドレスに、密やかにされど豪奢に散りばめられた金細工のアクセサリーは主張することなく、それでもここにいる全ての人間にこの人間は特別なのだと分からせる荘厳さを持って彼女を着飾らせていた。

 

 誰もが、彼女は明るい笑顔と快活な話術と共にここに乗り込んでくると予想し、待ち望んでいたのに彼女は静かに、静謐にそこにただ立つだけだった。やがて、微かに零れていた会話すらも無くなり会場が完全な静寂に包まれた時に―――――小さく、掠れるような歌声が耳に滑り込んできた。

 

 伴奏もなく、アカペラで紡がれる  誰もが胸に秘める想いを告げる曲。

 

 その甘く優しい歌に誰もが心を奪われた瞬間―――――世界が弾けた。

 

 真っ暗な中で一つだけのライトが掻き消える程に一気に背景の光源が真っ赤に染まりあがり、眩さに目を眇める前に心臓をわしずかむように力強い声とそれ以上に強気で不敵に、悪戯が成功した少女のように微笑む彼女に誰もが目を離せなかったのだ。

 

 今まで誰も効いた事のない川島瑞樹の本気の“歌”。

 

 本職の歌手すら凌駕するほどの声量と技術。そして、超高難易度であるはずのソウルミュージックをまるで自分のモノであるかのように使いこなすその力量。何よりも会場中に、いや、世界中にすら“don’t you worry”と自らの情熱を灯すかのように絞り出したその魂が籠った表情に誰もが息を呑み、今までの彼女のイメージ全てを捨て去って地鳴りのような声援と手拍子で答えた。

 

 いつもと違う、とか、イメージになかった、なんてそんなくだらない思考に時間を費やすくらいならばこの最高の時間を、ステージを最高に盛り上げてどこまでも彼女と共に高みに上り詰めていく方が何よりも大切な事だと誰もが結論づけたのだ。

 

 本選でもない予選会場が観客の足踏みの地鳴りと歓声で悲鳴を上げ、遂には並べられたベンチすら嫌な音をたて始めた頃に――――彼女の伸びやかな声が最後のワンフレーズと共に終わりを迎えた。

 

 その瞬間に汗だくで精魂尽きたと思わせたくらいに疲れ果てた表情の彼女はそれでも最後に背筋を伸ばし、不敵に微笑んで“love you”それだけを呟いて会場を後にし、会場は暴動一歩手前の歓声と静寂を求めるアナウンスに、ステージに感極まったファンが詰め寄るのを防ぐ警備員の怒号が溢れるカオスとなったのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あーあ、こんな勝手をしちゃって相当絞られるわよぉ?」

 

「アイドルが歌を上手くて怒られるなんて、理不尽な世の中ですね」

 

 なにちゃっかり逃げようとしてんのよ、なんて頭をこずいてそのままどっかりとパイプ椅子に腰を下ろした瑞樹さんにタオルやら飲み物やらを甲斐甲斐しく世話をしつつ控室にある会場のモニターの混雑具合にほくそ笑む。

 

 本来、今日は予選で対戦相手だってSランクに上がりたての新人。当初の打ち合わせ通りの段取りでいつも通り笑わせて、踊り切れば何の問題もなく勝ち上がれたはずなのだ。少なくとも、こんな直前でリハをひっくり返してぶつけ本番で自分だけが知ってる彼女の歌声で大博打をうつ必要も無かった。なんなら、いままで築きあげてきた“川島 瑞樹”というブランドはこれで大きな方向転換を強いられる事になるかもしれない大惨事だ。

 

 だが、それでも この会場やテレビの向こうで好き勝手宣うどっかの誰かの鼻を明かせてやった事は素直に気分がいい。

 

 あの個性の暴力のようなアイドル達が誰一人不満を上げずに“まとめ役”として認めるのがどれほどの偉業か知りもしないくせに、世界の歌姫の隣で埋もれもせずに“相方”としてフォローを完璧にこなすことの奇跡を理解もできないくせに、軽快に交わされる言葉にどれほどの気配りと膨大な知識の積み重ねがあるかも気が付かないくせに――――他人からの悪意を笑顔で受け止めた裏でどれだけ悩んでるか見た事もない奴らに思い知らせてやりたかったのだ。

 

 お前らが知ってる“川島 瑞樹”はほんの触りでしかないぞ、と。

 

 

 考えるだけでこっぱずかしいが――――この最高にカッコよく、可愛くて、美人なウチの姉御を馬鹿にされて引き下がれるほど育ちは良くないのだ。

 

 

 そんな自分に苦笑を漏らしながら、“呑みに行くぞ”と駄々っ子モードに入った瑞樹さんと鬼のように鳴りまくっている携帯どっちに先に対応するべきか俺はしばし悩むのだが、それは別のお話。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 誰もが夢うつつのような足取りで会場から帰路に就く。あれだけの熱狂が沈静化した後は非常に心苦しいが、あの後に登場したアイドル全てが霞んで見えまともに覚えていない。そんな燃え尽きた虚しさにも似た感情で足をとぼとぼと進めている途中で隣の相方にちらりと視線をやっても“あ、あんな川島さん、しらない…”なんてボソボソと気味悪く呟くだけなので役には立たなそうだ。

 

 溜息一つ吐いて前を向けば、そこには来る前に見た彼女の広告写真。

 

 愁いを秘めた瞳で暁に一人佇んでいる。

 

 来る前はバラドルがすかしてやがると鼻で笑った。だが、あの自分の芯の芯を握り掴んだあの歌声と魂すら燃やす熱料を体験した今はそんな事は出来そうもない。むしろ、彼女はどんな人物なのか、何を想い、どこに進んでいくのか――――それが、無性に知りたくなった。

 

 

帰ったら、彼女の事を少しでも調べてみよう。そう心に誓って俺は足を少しだけ早めた。

 




_(:3」∠)_瑞樹に免じて、評価してくれたら嬉しいにゃん

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