ウロボロス・イーター ① 人の世にさよならの日 作:荒井文法
自発呼吸が再開して咳込んでる牧野と、涙を流したままへたり込んでる水平と、恐る恐る集まってきてる一般人たちを無視して、秋風に詰め寄っていくあの翡翠の恐ろしい表情を見てよ。
ね?
あんな顔できる人間が、人殺してないはずないでしょ。仕事が忙しいからって入院患者九人を毒殺できる看護師の顔をよーく覚えといたほうがいいよ。目と眉が細くて吊り上がってて、黒目は異様に小さくて、鼻の先は尖ってて、唇は薄いけど口は大きくて、おでこが広くて脂っ気がない。この顔にピンときたら110番、なんてしてる暇はないよ! 一目散に逃げて!
「適材適所って知ってますか?」
秋風くん、相手を怒らせるポイントを絶妙な力加減で押してるね。ほんとすごい。なんていうか、本人にその自覚が無いからタチが悪いよね。歩きながら擦れ違う人を無表情でナイフで切り付けて、おいてめぇナイフで切り付けやがって! って詰め寄られたときに、なに怒ってるんですか? っていう表情してる感じ。ほんと、性根が腐ってるって言葉が彼以上に似合う人いないんじゃないかな。
「あんたがリバアスできないから私がやってんでしょ」
「えっと、そういう意味で言ったんですけど、分かりませんでした?」
「私のリバアス終わるまで待ってろっつってんの」
「その子死んだら、僕らフォオルですけど、大丈夫ですか?」
秋風が水平をチラッと見たね。
そう、秋風の言うとおりなんだ。
水平の脳髄があの白熊に叩き飛ばされてたら、いくら翡翠のリバアスが凄くったって、体外に吹っ飛んじゃった脳細胞まで集められない。水平の死が確定したら、秋風と翡翠は『フォオル』、つまり、死刑執行だ。秋風と翡翠の足下に真っ黒い穴が開いて落下。どんな場所にいても、どこかへ落ちてく。どこへ落ちてくかは誰も知らない。僕は知ってるけどね。
「殺すよ」
秋風が言った『大丈夫ですか?』の意味を理解した翡翠なら、まあそう言うよね。
「それもフォオルですね」
性根が腐った秋風なら、まあそう返すよね。
っていう感じで、ご覧のとおりこのペアの相性は最悪なんだ。水と油ならまだいいよ。ガソリンと静電気、シィフォオに信管、くらいの相性。まあ、ウロボロス・イーターを使える人間に相性を求めるのは酷だね。どいつとこいつも自分のことしか考えてない。隣で誰か死んでも笑ってるようなやつらばっかり。これ、比喩じゃなくて、事実です。
秋風と翡翠が向かい合って罵り合ってるあいだに、少しづつ人が集まってきてるね。秋風も翡翠も、そんなこと気にしてないように見えるけど、実はちょっと気になってるんだ。なんてったって、二人のどちらか一方でも正体が死刑囚だってバレた瞬間に、二人合わせてフォオルなんだもの。