Johnny Joestar's Phantom Blood   作:桟橋

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3話

 

 

 

 

 

 

「え、エリナ? 居ないのか? おかしいな、約束の日を間違えただろうか……」

 

 待ち合わせ場所の目印である1本の木、その下に在るはずの人影がないことを不思議に思ったジョジョは、スロー・ダンサーを連れてとにかく木のもとへと向かった。

 もしかしたら、エリナが自分をからかっているだけで近づけば物陰から出てきてくれるんじゃないか。そんなジョジョの淡い期待は裏切られる。

 

「へへっ、本当に来たな」

 

 陰で待っていたのは、エリナではなくディオの子分の1人であった。

 彼の下卑た笑みで何となく事情を察したジョジョは、ここにいるはずのエリナをどうしたのかと、男に詰め寄る。

 

「お前の大好きなエリナはここには来ねぇよ! ディオに言われて俺がアイツのファーストキスを奪ったのさ!」

 

 ――ディオ、ディオ! やられたッ! ジョジョは頭に血が上り、正常な判断力を失いかけた。しかし、わずかに残った冷静な部分でこれがディオの策略ではないかと疑い、その疑念が辛うじてジョジョの怒りを留めていた。

 

「何だと……! 本当に、本当に言っているんだな……? オマエは、それを」

 

「嘘なんかじゃねェー! ディオには止められたが、俺は――ジョジョ! テメェのその顔が見たくてここまで全てを伝えに来たんだよォ!」

 

 その時、ジョジョは思い出す。彼はかつて自分の傲慢さによって被害を被った人の1人だ。

 ジョジョに対する復讐、そしてディオの命令。それが彼なりの理由、心情を理解しようと思えば想像には難くなかった。

 

「――だが、許さないッ! スロー・ダンサー! やれッ!」

 

 理解できる事と赦す事、それはジョジョにとって決して同一ではなかった。スロー・ダンサーの横っ腹を手で叩き、目の前の男を指差す。興奮したスロー・ダンサーは指示された男に向かって走り出した。

 

「な、何っ! グアアッ……!! あ、危ないッ」

 

 スロー・ダンサーの突進を腕で防ごうとして吹き飛ばされた男は、地面に倒れたままうめき声を出す。寝転がる自分を踏み抜こうと前足を上げる動きを見て、とっさに男は転がった。

 男を殺しかねないその動きを、ジョジョは止めようとはしなかった。

 

「やめて! ジョジョ!」

 

「――エリナ!?」

 

 突然聞こえたエリナの声に、冷静さを取り戻したジョジョは慌ててスロー・ダンサーの手綱を引き、男に襲いかかろうとするのを止めた。

 間一髪の所で助かった男は、痛めた腕をかばいながら起き上がり逃げ帰ってしまった。

 

「どうして……どうして止めるんだ!」

 

「あのままでは、ジョニィは人殺しになってしまうわ」

 

「あんなクズを生かしておく必要はない!」

 

「ジョニィが捕まる必要もないわ!」

 

 声を荒げるジョジョに対し、気丈に振る舞うもエリナの目には涙が浮かんでいた。それに気づいたジョジョは何も言うことが出来なくなってしまう。

 

「ごめんなさい……もう行くわ」

 

「ま、待ってくれエリナ!」

 

 その場を去るため走り出したエリナは、ジョジョの声に反応し振り返って寂しそうな表情を見せたが、それによって足を止めたジョジョとは対照的にエリナはそれ以降振り返ることはなかった。

 

「……ぼくが浅はかだった……彼による干渉はエリナにまで及んでいたんだ……許せない……絶対に許せないッ!」

 

 思わず振るった拳が横に立つ木に当たり出血していたが、ジョジョは痛みを感じなかった。

 ――せめて、せめてこの拳がディオに届きさえすれば……ッ!

 車椅子に座っているジョジョを見下ろす、ディオの爬虫類のように鋭い目を持った顔。なんとかしてムカつくその顔を殴り飛ばしてやりたい、そう考えたジョジョはあることに気づく。

 

 ディオはボクシングでチャンピオンになったと言っていなかったか? ジョジョはディオに下されたであろう元チャンピオンを知っていた。彼は天才ジョッキーと持て囃されていた自分に屈することなく、自ら以外の誰にも従おうとはしなかった。

 ディオの支配を受けていない可能性が高い。そう考えたジョジョは、ディオに報復する一手になりうると思い彼を利用する事を考えついた。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ディオの下へ逃げ帰った手下の男は、ジョジョに腕を折られた事をディオに報告していた。

 男がエリナに対して自分のしたことをジョジョに告げると、ジョジョがキレて馬をけしかけたという所まで聞いたディオは、ジョジョの評価を脳内で一段階上げた。

 ――車椅子に座って何も出来ないと思っていたが、どうやらキレると手がつけられない様だ。

 

「ただ、アイツ、ディオの名前を出したら悔しそうに下向いてたぜ」

 

「このバカがッ!」

 

 ディオが突然男の腕を取りへし折った。吊るしていた右腕に続いて左腕まで捻り極められた男は、状況を理解できず困惑し左腕に走る激痛に苦悶の声を上げる。

 

「名前を出すことでぼくがどういう立場になるのか分からないのか……? このマヌケがぁ!」

 

 男を蹴り倒したディオは、蔑むような目で見下ろした。

 

「この事を他のやつにも話したら、腕だけでは済まさない。分かったな?」

 

 言葉も出ず頷く男を見届け満足したディオは、他の手下に男を病院まで運ばせた。

 

 

 

 

 

 

「なんだよジョジョじゃねーか! まだくたばってなかったのかぁ?」

 

「君と話すために来たわけじゃない」

 

「ケッ! まだお高く留まってやがるのか」

 

 ボクシングの仮設リングが作られた広場で、ジョジョはディオに下された元チャンピオンを探していた。彼がディオに従うとは思えず、そしてディオが彼を仲間に引き入れるとは思えない。必ずどこかに1人でいるはずだ。そう考えたジョジョは、車椅子を漕いで街中を周ったが見つけられなかったためこの広場に来ていた。

 

 果たして彼は居た。リングで今尚行われている試合には目もくれず、外れた場所で1人トレーニングをしている。ジョジョは急いで向かい、声を掛けた。

 

「ディオに負けたときのことを教えてくれ!」

 

 腕立てをしていた彼の動きが止まり、ジョジョを睨みつけた。

 

「それをお前が知ってどうする」

 

「ぼくにはアイツを負かす秘策がある……!」

 

 ジョジョのそれはハッタリだった。ディオにどうやって負けたか知らない以上、それを克服する秘策なんてものはありえない。ただ、ジョジョには知識がある。人体については人より多少知っている自身があった。

 

「顎を撃ち抜かれたっきり、足に力が入らなくなった。それだけだ」

 

 そう言い切った彼は、ジョジョを無視してトレーニングを続ける。ジョジョは彼の言葉を繰り返し考え、彼の体に何が起こったのか推察した。

 

「もし、ぼくがその対処法を君に伝えたら、ぼくの指示に従って彼と試合をしてくれないか!」

 

 ジョジョの発言に癇に障る事があったのか、彼は突然腕立てを止め起き上がると、車椅子に座ったジョジョの胸ぐらをつかみ持ち上げた。

 

「この、俺に! お前の指示に従えと言うのか!」

 

「……た、頼むッ……」

 

 首を絞め上げられたジョジョは、何とかわずかに声を発する。首を絞める手を緩めようとジョジョが上げた両手の手のひらは、車椅子を漕ぎ続け街中を探し回ったため皮が裂け豆ができ、血で赤く染まっていた。

 

「頼むんだ……君が、この話を受けてくれるまで……ぼくは帰れない……絶対に……」

 

 絞り出すようなかすれた声と、真剣な眼差しが彼に向けられる。

 彼はジョジョから手を離し、車椅子に放り投げた。

 

「話せ……! どうして俺の足が止まったのか、そしてヤツに勝つ秘策を……!」

 

 

 

 

 

 

「待ってたぜーディオーッ!」「もう一度ぶっ飛ばしてやれー!」

 

 ディオは以前下した元チャンピオンからの挑戦を受け、リングに立っていた。周囲のギャラリーはほとんどディオを応援し、賭けのオッズを見ても明らかにディオが人気である。

 

 ディオにとって気になる事と言えば、相手のセコンドに何故かジョジョの姿があることだった。

 おそらく手下がジョジョに漏らした、エリナに関しての件でジョジョは相手に味方しているのだろう。ディオはそう楽観的に受け止めた。

 ジョジョは直接自分へ仕返しが出来ないから、相手に入れ込んでいるだけだ。その解釈はディオの慢心を誘った。

 

「何度挑もうが同じことよッ!」

 

 その言葉を受けた彼は黙したまま何も語らず、レフェリーに促されるままファイティングポーズをとった。

 ディオもその様子を面白くなさそうに見ながら、両腕を上げ同様にファイティングポーズをとる。

 

「いっけーディオー!」

 

 ゴングが鳴り、グローブ越しに相手を見やるディオ。瞬間、相手の姿が視界から消えた。

 ――何ィ!?

 次の瞬間、ディオの腹部に衝撃が走る。頭をかがめて低い姿勢で突進してきた相手は、ディオにしがみついていた。

 

「くッ……この、離れろッ!」

 

 自身の腰にしがみついた相手の背中に対して、パンチを繰り出すもレフェリーに止められてしまい、反則は行えず手が出せないディオ。

 対して、組み付いた相手は少しづつディオを押し込みコーナーを背負わせると、組んだ腕を離し的を絞らせないように頭を振りながら、ディオのボディにひたすら連打を叩き込んでいく。

 

 逃げ場を失い、迎撃しようにも的が絞れないディオは、ひたすら無防備な腹部にフックが刺さりついに膝が折れる。

 ガードが下がり顔面が無防備になったディオに、下から突き上げるようなストレートが突き刺さった。

 

「ああああッ、ディオが! 倒れた!?」

 

 顔面に一発をもらい吹き飛ばされコーナーに背中から叩きつけられたディオは、糸が切れた操り人形のように力なく崩れ落ちた。

 

「テンッ! ナインッ! エイトッ!……セブンッ!」

 

 レフェリーのやけに間延びした10カウントが響く。ボディに集中して攻撃をくらい、体重の乗ったリバーブローを何度も当てられたディオは呼吸が止まり、体を動かそうにも脳からの司令が彼の足を動かすことはなかった。

 

 倒れたまま痙攣するチャンピオンと、それを見下ろす挑戦者。奇しくも、前回の戦いと全く同じ構図になっていた。

 

「スリーッ……トゥー……ワン……」

 

 ついにテンカウントを終えたレフェリーが手を振りゴングが鳴らされる。ディオが立つことはなかった。

 呼吸の仕方を忘れたかのように荒い息で、うずくまったまま肩を揺らすディオにジョジョが近づく。

 リングの端で倒れたままのディオを、ジョジョが見下ろし言った。

 

「彼の戦法はぼくが考えた。君は彼に勝てない」

 

「それと、エリナのことについては君の子分の1人から既に聞き出している。もしこれ以上君がぼくやエリナについて手を出すようなら、君をしかるべき場所に突き出して逮捕してもらおう……」

 

 自らを見つめる冷徹な瞳に、初めてッ! ディオはジョジョに恐怖したッ!

 

 

 

 

 

 

「え、エリナ……! 今日も来ていないのか? クソっ、一体どうして……」

 

 力を示し、人心を掌握していたディオ。ジョジョは常に自分の行動にディオの影を感じていた。

 そのディオを打ち負かしたジョジョは、もうディオに邪魔されることはないという事をエリナに伝えるため、いつも2人が集まっていた木の下へ毎日通っていた。

 

 しかし、その場所をエリナが二度と訪れることはなかった……。

 一日、一日とエリナの姿を見ることがないまま時はたち、季節は巡り彼は成長し馬はさらに年老いた。

 心の拠り所を失ったジョジョは、必要最低限以外の人との関わりを捨て、より学問に熱中していく。

 

 

 

 

 

 

 ――そして、7年の歳月が経過する。

 ジョジョは1人、書庫に籠もり続けどの様に成長していくのだろう。

 屋敷に飾られた石仮面は、2人を見つめ静かに時を待つ。

 

 

 

 

 

 




少年期編はこれで終了です青年期(石仮面)編はまた書き溜めて投稿します。

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