Johnny Joestar's Phantom Blood 作:桟橋
「なにかと思ったらジョジョ……悪いが、医者から処方されたこの薬の出処を俺は知らない」
腕を掴まれたディオは、一切の動揺を見せずそう言い切った。ジョジョはその瞳を覗き込みディオが本当のことを言っているのか見透かそうとする。まっすぐ見つめ返すディオの目は泳がなかった。
「父さんは病気じゃない。誰かに毒薬を盛られている……そのクスリを渡してもらおうか」
ジョジョはディオの手首を握り、脈を取る。どんなに冷静に見えても必ず緊張は体に表れるはずで、ディオが犯人であることに半ば確信があったからだ。
ディオの表情に変化はない……しかし、呼吸は浅く、心臓の拍動は明らかに加速していた。
「クソッ……その薄汚い手を離せッ!」
「馬脚を現したな! そうはさせないッ!」
ジョジョに向かって薬を乗せた盆を放り投げ、空いた手でパンチを繰り出したディオ。その動き、力を入れ筋肉が硬直する瞬間、動き出しを見抜いたジョジョは、ディオが盆から手を離した瞬間を狙いみぞおちに鋭い突きを捻り込む。
廊下、階段の手すりの傍で行われたその攻防で、ディオは突き出され手すりごと階下へ落下した。
その激しい物音に使用人が集まってくるが、ディオは背中を打ち付けた衝撃で息がつまり声をだすことが出来ない。
「何でもない! ディオは不注意で落下しただけだ!」
心配そうにディオの下へ集まる使用人に、ジョジョが上から声を掛ける。荒い呼吸を何とか整え、声を出せるようになったディオに真実を告げることは出来なかった。
「そうだ、何でもない……」
自身の企てが暴かれるからではなく、ジョジョに恐怖していること……ありえない、このディオがっ……階段の上から自分を見下ろすジョジョの冷たい視線に、七年前を思い出した。
忘れていた……この爆発力! もう少しで財産を乗っ取ることが出来たはずなのにッ! ジョジョが薬の証拠を掴むのに数日は掛かるだろう……その間に、必ず始末しなければッ!
痛むからだを引きずりディオは私室へ戻った。
「父さん! 僕は数日の間ロンドンへ向かいます! その間、僕が手配した医師に看護をしてもらいます。この者たちから受け取るもの以外は口にしないでくださいッ!」
ジョジョは自分の僅かな人脈……大学を頼り、屋敷に呼ぶことの出来る最高峰の医者を揃えた。もう、間違いがあってはならない。ディオに懐柔されている使用人たちでは信用することが出来なかったのだ。
自分たちの看護を当てにしないと宣言したジョジョに、使用人たちはショックを受けていたがジョースター卿は息子を疑わなかった。
「そうか……きっと考えがあってのことだろう。私は息子を信じるよ」
初めて表に出された父親の信頼を胸に、ジョジョはロンドンへ向かった。
必ず、父を救うという決意を胸に。
「ジョジョお坊ちゃま……随分変わられましたね」
ジョースター卿の寝室からジョジョが出ていった後、残された使用人はそうこぼした。
「かつては、この部屋に足を踏み入れることさえ無かったのに……」
「私をジョジョが避けるようになったのは、私の責任だよ。まだ幼い頃、卓越した騎乗の才能を見せてジョジョは、私に認められたかったんだろう。だが、私はアイツに構ってやらなかった」
ジョースター卿は後悔を語りだす。親として、ジョジョを認めて褒める時は褒め、調子に乗りすぎた時は諌める。普通の対応をしてあげられなかったことはジョースター卿にとって、辛い記憶であった。
「ジョジョが怪我をして足が動かなくなった時、ハッキリ言って私は安心したんだよ。調子に乗っていたジョジョがこれに懲りて危険なことをしなくなると。」
人に認められたい、誰よりも自らの父から。その一心で挑戦を繰り返すジョジョを、ジョースター卿は止めることが出来なかったのだ。今はうまくいっている挑戦も、いつかは自身の力量を越えて危険な目に遭うだろうと分かっていながら。
そして、事件は起こった。ジョジョに対して殺意を抱いていたであろう何者かが、物陰から発砲しジョジョは落馬、大怪我を負い歩くことができなくなる。
「ジョジョは何日か、抜け殻のように過ごしていた。ご飯も食べようとせず自室にこもるジョジョに、私はまたしても声をかけることが出来なかったのだ。」
その後、ジョジョは未だ絶望しながらも部屋から出ていく。まだ死んだわけではなく、こんな所で自分の人生が終わって言い訳がない。かすかな希望だけがジョジョの頼りで、それでもまだ意思がなかった。
「養子にとったディオに、ジョジョと仲良くしてやってくれとは言ったが、私にはそんな事言う資格はなかったのかも知れないな」
「そんな事ないです! ジョジョお坊ちゃまが書庫に籠もって勉強を始めた時、お坊ちゃまを一番に気遣って居たのは旦那様でした! お坊ちゃまの体の心配をしながら、自らのことは顧みずに長旅をして坊ちゃまの望む本を手に入れたり、
身障者の入学を拒んだ学校に頼み込んで入学させてもらったり、今の坊ちゃまがあるのは旦那様のおかげでしょう!」
「そんな事は親として当然のことだろう……そこに罪悪感があるのは、親として失格なんだ」
自らを悔いるように顔を伏せるジョースター卿を見て、長年この屋敷に勤めてきた使用人たちは心を痛めた。自分たちも普通の家族よりも長い間を過ごしてきて、ジョジョにしてあげられた事は沢山あったはずなのに……。
「しかし、旦那さまがジョジョお坊ちゃまにしてあげた事は、間違いではありませんでした! ジョジョお坊ちゃまは立派に大学を卒業なされ、そして今、青年として相応しい顔つきをなさっている。お坊ちゃまは変わられた! 確実に前よりもたくましく!」
咳き込みながら、ジョースター卿はその言葉に頷いた。確かに、自分のことを思ってロンドンへ向かったジョジョからは、成長を感じていた。体の大きさだけではなくその強い意思に。
未来に希望のある、若者の顔をしていたのだ。義憤に駆られるその表情を見て、我が子が大人になったことを思い、ジョースター卿は静かに涙を流した。
もし、この病が治り、自分がもう少し長く生きられるなら。息子の行く先を見てみたい。
ジョースター卿の哀愁。その心中を察し、使用人たちも涙を流した。
「着いたか……食屍鬼街」
冬のロンドン、ジョジョは馬車を飛ばしていた。ジョジョの知る限り毒薬によって出ていた父の症状は、東洋の毒薬特有のもの……体の循環機能を弱らせ、全身を蝕んでいく……その危険な毒薬をディオが英国で手にするとすれば、この街以外にありえない。
毒薬があるとすれば、解毒薬も存在するはず。父の症状は深刻で、一刻も早く手に入れなければならなかった。
「僕はここから、1人で行く……僕が行かなければならないんだ……あなたは入らなくてもいい」
「ま、待ってくだせえ! ホントに行くんですか!? この先は呪われている……ジョースターさんの行くようなところじゃ――」
引き止める御者は、振り返ってこちらを見やるジョジョの眼、その強い眼差しに二の句が告げなくなる。
ジョジョは覚悟を決めていた。何に変えても解毒薬を持ち帰る。瞳には、有無を言わさぬ意思が在った。
雪の降りしきる中、お世辞にも整備されているとは言えない道を進んでいくジョジョ。
慣れない場所で土地勘のないジョジョは、迷路のように複雑な食屍鬼街を彷徨っていた。
小さな子犬を咥え、引きちぎる猫。為す術もなく苦しみながら絶命した子犬は、弱肉強食のこの街を象徴しているように、ジョジョは感じた。
宛もなくさまよい続けるジョジョを、物陰から見つめる影が数人。彼らはジョジョの来ている服、金属が輝く車椅子を見て、とんだカモがネギを背負って現れたと獰猛な笑みを浮かべた。
「おい、あんちゃん! ここはアンタのようなんが来る場所じゃないぜ!」
物陰から飛び出てジョジョの前に立ちふさがった男たち。下卑た笑みを浮かべるその姿に対して、ジョジョは依然として無表情だった。
「このっスカしやがって! さっさと金を差し出しやがれーッ!」
驚く様子もないジョジョに腹を立て逆上した男が、ナイフで襲いかかる。男が接近し、手が届く距離まで来た瞬間、懐から石を取り出したジョジョは男の顔めがけて投擲する。
果たして、ジョジョが投げた石は男の顔に的中した。
顔を抑え呻く男のナイフを取り上げ、そのまま遠くで立っているもう1人の男へ投擲した。
鋭く飛んで行ったナイフは、狙い通り男の右肩へ突き刺さる。
「今のはわざと外したッ! お前たちがこのまま襲いかかってくるのなら、命を奪う!」
肩を抑えて蹲る仲間の男の前に、残された1人の男が立ちふさがった。
「わざと外しただって!? 殺す覚悟がないだけだろう! 金持ちのアマちゃんがァー!」
大男は被っていた帽子を振りかぶり、ジョジョに向かって投げる。回転する帽子のつばは、ジョジョの腕に食い込んだ。
「ハッ! 刃が骨まで達した音! ご自慢の腕がやられちゃあ武器を投げることも出来ないなぁ!」
笑う男の視界に映ったのは、ジョジョが腕に帽子を食い込ませたまま車椅子に仕込んであったナイフを振りかぶる姿だった。
「なにィ!? グハッ……」
投げられたナイフが腹部に刺さり膝を折る男。その背後から、騒ぎを聞きつけたのか十数人ほどのならず者たちが駆けつけてきた。
思わぬ増援に、戦う構えをとるジョジョ。自身の後ろから現れたならず者たちに気づいた男は、声を上げた。
「やめろーッ! そいつに手を出すやつは、このスピードワゴンが許さねぇ!」
腹部からナイフを抜き、横に捨てた男――スピードワゴンと名乗ったその男は、立ち上がり、ジョジョの前に立った。
「1つ聞きたい! アンタは俺の顔をナイフで刺すことが出来た。痛みで手が狂ったわけではないだろう! なぜ外した!」
「なぜ……? この3人の中でマトモに口が聞けそうなのは君だけだからだ。他のやつは痛みにうずくまったままで動けない。君を殺してしまえば、解毒薬の場所を聞きに来た目的が達成できない」
スピードワゴンは悟った。この男は、最初から人を殺す覚悟が出来ている……! 貴族の坊っちゃんだと思って掛かった自分の方が、よっぽど覚悟が足りなかったのだと。
「だが、だが! それならばなぜ俺の仲間を殺さなかった! 話を聞くならば1人で充分だっただろう!」
「僕は……ここに父を救うために来た……君の仲間にも家族がいるだろう」
スピードワゴンは自分の耳を疑った。人を殺す事が出来る覚悟が有りながら、命と命のやり取りをしている最中に相手のことを考えていたとは。外見や服装だけではなく、目の前の男が正真正銘の紳士だと思った。
「アンタは……この上ないアマちゃんだ……だが、気に入った! 解毒薬を探していると言ったな! このスピードワゴンが店まで案内してやろうッ!」
「店を知っているのか!?」
「あぁ! おっと、その前にアンタと仲間の手当をしなくちゃな。ところで、アンタの名前を聞かせてくれよ」
「僕は、ジョナサン・ジョースター」
「ジョースターさん……俺はロバート・E・O・スピードワゴン!」
自らに向かって差し出された手を、ジョジョはなんの疑いもなく握る。出会ったのはついさっきのことで、お互いに命を奪い合ったが、不思議なことに友情を感じた。
ディオには感じることのなかった、その思いはジョジョにとって新鮮だった。
「ジョジョが食屍鬼街に1人で入っていった?」
「はい、あっしは必死で止めたんですが……」
ジョースター卿に心配を掛けないよう、秘密にしておこうとお互いに話し合う使用人をよそに、ディオは1人ほくそ笑んでいた。
もし毒薬の証拠を持って帰ってきたら必ず始末しなければならないが、その必要はなさそうだ。自分から死んでくれるのなら都合がいい。
ディオはその場を去り自室に戻った。
「ジョジョが突き止めていない、石仮面の起動法……早く見つけなければ」
ジョジョの荷物から抜き取っておいた石仮面を眺めながらつぶやく。ジョジョのせいで何もかもうまくいっていない。苛立つ心を抱えながらディオは街へ繰り出した。
最近の自分はどうもおかしい。順調だったはずのディオの人生は、ジョジョのせいで崩れ始めていた。
ジョジョが食屍鬼街で野垂れ死んだのか、それとも毒薬の証拠を掴んだのか。気になって落ち着かず、ディオは酒を呷った。自ら愚かだと思った父と同じ行動をしていることも、気持ちをささくれ立たせた。
ふらついた拍子に、通りがかった男に肩がぶつかる。
こちらへ凄んでくる浮浪者の男が何かをいっているようだが、ディオの耳には届かなかった。
「丁度いい被検体だな……人体実験だ」
残り1,2話です。