暗黒街の法王   作:月島しいる

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05話

 クーミリアに案内された部屋の扉を開けると、予想外の人物が待っていた。

 第五衛兵長のアンリと、その部下のリツカに挟まれるようにして、レミアが立っていた。レミアはどこか顔色が悪く、居心地が悪そうに身を小さくしている。

「ルイ聖猊下。突然の来訪、誠に申し訳ございません」

 アンリが生真面目な顔で前に出て頭を下げる。

 僕は微笑を浮かべて、部屋の奥にゆっくりと足を進めた。

 窓に背を向けるように、影が彼女たちに被さるように。

「特に執務もなく、暇をもてあましていたところです。今日はどうされましたか?」

 そう言いながら、レミアを観察する。

 彼女は二人の衛兵に挟まれて居心地が悪そうにしているが、僕に対して怯えた様子を見せることはなかった。

 つまり、僕がルークスを殺害した事を衛兵に告発したわけではない、と判断する。

 きっとレイも同じ判断を下したのだろう。足元の影は息を潜めたまま微動だにしない。

「実は数日前からこの女が大神殿の前を徘徊しておりまして。怪しく思い捕らえたところ、ルイ聖猊下の古い知り合いであると主張するもので、その確認に参りました」

 なるほど。

 両腕のないレミアは、前科を持つ貧民街の者だと一目で分かる。大神殿の近くをウロウロしていれば捕まって当然だった。

 僕は意識的に微笑を浮かべたまま、困ったように小さく首を傾げてみせた。

「彼女は幼馴染の一人です。怪しい者ではありません」

 レミアの顔に安堵の色が広がる。

 反対にアンリの顔が緊張で強張るのがわかった。

「聖猊下のご友人であるとは知らず、無礼な真似をして大変失礼いたしましたッ!」

「衛兵団の職務に忠実である事は、責められるべき事ではありません。それに彼女が紛らわしいことをしたのが発端です」

 レミアに目を向ける。

「レミア、僕になにか用事があったのかな?」

 彼女は二人の衛兵を気にする素振りを見せながら、小さく何度も頷いた。

 大体予想がつく。

 アンリに視線を戻し、もう一度意識的に微笑を作る。

「この度は手間をおかけして申し訳ありませんでした。職務に戻って頂いて大丈夫です」

「はッ! 失礼いたしますッ!」

 アンリが深く頭を下げ、隣のリツカに退室を促す。

 それまで黙っていたリツカは一度だけ観察するように僕を見た。

 どこまでも昏い目。

 一瞬の交錯の後、彼女はすぐに視線を外してアンリの命令通り部屋から出ていった。

 最後にアンリがもう一度頭を下げて、リツカを追うように外へ出ていく。

 残されたレミアは小さく息をついて、僕に向き直った。

「あの、ごめん。どうやったらルイに会えるか分からなくて……」

 彼女は言い訳するように矢継ぎ早に捲し立てた。

「それに、あの、衛兵たちには何も言ってないから! ルイを売ろうとなんて思ってないから!」

「レミア」

 静かに声をかけ、制止する。

 すると彼女はまるで怒られるのを恐れるように口を閉じ、身を小さくした、

「一度、部屋の外を見て欲しい。聞き耳を立てている人はいないかな?」

 彼女は目を大きく見開き、弾かれたように扉に向かって両肘を使ってノブを回した。勢いよく扉が開き、レミアが廊下の左右を確認する。

 レミアはすぐに扉を閉め、囁くように言った。

「大丈夫。だれもいなかった」

「レミア、どんな話でもまず人払いが出来ているか確認する必要があるよ」

「うん。次から気をつける」

 僕は椅子に腰掛けて、それで、と話を促した。

「なんの用事があって神殿の周りをうろうろしていたのかな」

「なんのって……」

 レミアが憮然とした顔を見せる。

「止めにきたんだよ。ルイには怖いことなんて似合わないよ」

 彼女はそう言って、にへらと笑った。

「昔みたいに戻ろうよ。大丈夫。わたしだって稼ぎがあるから」

 稼ぎ。

 彼女は自信満々に言う。

 きっと、それなりの経済的な余裕があるのだろう。

 レミアはまだ、それが泡沫の幻だと気づいていない。

「……レミア」

「大丈夫だよ。ルイが殺しなんてする必要なんてない。貧民街を良くしたいなら、もっと別の方法だってあるはずだもん」

 娼婦の平均寿命は、長くない。

 多くは病気にかかって死んでしまう。

 彼女たちが切り売りしているのは純潔だけではない。

「レミア、ダメなんだ」

「ダメじゃないよ。大丈夫。わたしも一緒に考えるから」

 レミアは良くも悪くも、純粋なままだった。

 裏街で身体を売りながらも、彼女の心は未だ汚れていない。

「わたしが、ルイの分まで頑張るから」

 だから、と彼女は僕の目を正面から見て告げた。

「ルイが殺しなんてする必要、ないんだよ」

 優しく微笑む彼女の肩越しに、影が見えた。

「――ぬるいなぁ」

 底冷えするような低い声とともに、まるで死神のようにレイが影から立ち上がる。

 突然響いた第三者の声に、レミアが驚いたように振り返った。

「だ、だれッ!?」

「ボクはルイの影だ」

 レイは薄ら笑いを浮かべて、銀色に光るナイフをそっと構えた。

「ルイ、こいつは殺すべきだ。君の役には立たない」

 銀刃を見て固まるレミアに、レイが距離を詰めた。

 咄嗟に腰のナイフに手を伸ばし、鞘から引き抜く。

「レイッ!」

 空中を滑るナイフが、レイのナイフと衝突して火花を散らした。

 レミアが悲鳴をあげ、後ずさる。

「レイ、やめるんだ」

「ダメだ。こいつは君の殺しの理念を否定した。許容できる範囲を超えている」

 レイは憎悪の籠もった目でレミラを睨み、ゆっくりとナイフを構え直した。

「よりにもよって娼婦が、君の殺しを否定した。許しがたいことだ」

「レイ、いいから武器を下げるんだ」

 荒い呼吸を繰り返していたレイが、深呼吸を始める。

 切っ先が震えるのが見えた。

「レイ。そのまま下ろすんだ」

 ゆっくりと言葉を繰り返す。

 レイは一度だけレミアを睨むと、そっと後ろに下がった。

 後ろでレミアが吐息を漏らすのがわかった。

「……なんで、どこから」

 突然現れてナイフを振るったレイに、レミアは混乱しているようだった。

 レイは興味を失くしたように視線を外し、つまらなさそうにナイフを手の中で遊ばせていた。

「……彼女はレイ。僕の、なんというか、護衛だよ」

 レイの目が、僕に向けられる。

「パートナーと呼んで欲しいね」

 冗談っぽく言うレイに、レミアは後ずさりながら口を開いた。

「あなたは……あなたが、ルイに悪いことをさせてるの?」

「まさか。全てルイが自分で決めたことだ。ボクは彼の手足であって頭じゃあない」

 ところで、とレイが嘲笑うように言う。

「きみは手足にもなれそうにないな。彼を縛る足枷でしかない。一体何をしにきた?」

「わたしは……ルイをとめに来ただけ」

 レイの笑みが深まる。

「なるほど、つまり彼の良心になりたいというわけか」

 しかし、とレイは言った。

「その役割は既にイーラが握っている。定員オーバーだ」

 レイの目に危険な色が宿る。

「君はルイの下に相応しくない。立ち去るがいい」

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