クーミリアに案内された部屋の扉を開けると、予想外の人物が待っていた。
第五衛兵長のアンリと、その部下のリツカに挟まれるようにして、レミアが立っていた。レミアはどこか顔色が悪く、居心地が悪そうに身を小さくしている。
「ルイ聖猊下。突然の来訪、誠に申し訳ございません」
アンリが生真面目な顔で前に出て頭を下げる。
僕は微笑を浮かべて、部屋の奥にゆっくりと足を進めた。
窓に背を向けるように、影が彼女たちに被さるように。
「特に執務もなく、暇をもてあましていたところです。今日はどうされましたか?」
そう言いながら、レミアを観察する。
彼女は二人の衛兵に挟まれて居心地が悪そうにしているが、僕に対して怯えた様子を見せることはなかった。
つまり、僕がルークスを殺害した事を衛兵に告発したわけではない、と判断する。
きっとレイも同じ判断を下したのだろう。足元の影は息を潜めたまま微動だにしない。
「実は数日前からこの女が大神殿の前を徘徊しておりまして。怪しく思い捕らえたところ、ルイ聖猊下の古い知り合いであると主張するもので、その確認に参りました」
なるほど。
両腕のないレミアは、前科を持つ貧民街の者だと一目で分かる。大神殿の近くをウロウロしていれば捕まって当然だった。
僕は意識的に微笑を浮かべたまま、困ったように小さく首を傾げてみせた。
「彼女は幼馴染の一人です。怪しい者ではありません」
レミアの顔に安堵の色が広がる。
反対にアンリの顔が緊張で強張るのがわかった。
「聖猊下のご友人であるとは知らず、無礼な真似をして大変失礼いたしましたッ!」
「衛兵団の職務に忠実である事は、責められるべき事ではありません。それに彼女が紛らわしいことをしたのが発端です」
レミアに目を向ける。
「レミア、僕になにか用事があったのかな?」
彼女は二人の衛兵を気にする素振りを見せながら、小さく何度も頷いた。
大体予想がつく。
アンリに視線を戻し、もう一度意識的に微笑を作る。
「この度は手間をおかけして申し訳ありませんでした。職務に戻って頂いて大丈夫です」
「はッ! 失礼いたしますッ!」
アンリが深く頭を下げ、隣のリツカに退室を促す。
それまで黙っていたリツカは一度だけ観察するように僕を見た。
どこまでも昏い目。
一瞬の交錯の後、彼女はすぐに視線を外してアンリの命令通り部屋から出ていった。
最後にアンリがもう一度頭を下げて、リツカを追うように外へ出ていく。
残されたレミアは小さく息をついて、僕に向き直った。
「あの、ごめん。どうやったらルイに会えるか分からなくて……」
彼女は言い訳するように矢継ぎ早に捲し立てた。
「それに、あの、衛兵たちには何も言ってないから! ルイを売ろうとなんて思ってないから!」
「レミア」
静かに声をかけ、制止する。
すると彼女はまるで怒られるのを恐れるように口を閉じ、身を小さくした、
「一度、部屋の外を見て欲しい。聞き耳を立てている人はいないかな?」
彼女は目を大きく見開き、弾かれたように扉に向かって両肘を使ってノブを回した。勢いよく扉が開き、レミアが廊下の左右を確認する。
レミアはすぐに扉を閉め、囁くように言った。
「大丈夫。だれもいなかった」
「レミア、どんな話でもまず人払いが出来ているか確認する必要があるよ」
「うん。次から気をつける」
僕は椅子に腰掛けて、それで、と話を促した。
「なんの用事があって神殿の周りをうろうろしていたのかな」
「なんのって……」
レミアが憮然とした顔を見せる。
「止めにきたんだよ。ルイには怖いことなんて似合わないよ」
彼女はそう言って、にへらと笑った。
「昔みたいに戻ろうよ。大丈夫。わたしだって稼ぎがあるから」
稼ぎ。
彼女は自信満々に言う。
きっと、それなりの経済的な余裕があるのだろう。
レミアはまだ、それが泡沫の幻だと気づいていない。
「……レミア」
「大丈夫だよ。ルイが殺しなんてする必要なんてない。貧民街を良くしたいなら、もっと別の方法だってあるはずだもん」
娼婦の平均寿命は、長くない。
多くは病気にかかって死んでしまう。
彼女たちが切り売りしているのは純潔だけではない。
「レミア、ダメなんだ」
「ダメじゃないよ。大丈夫。わたしも一緒に考えるから」
レミアは良くも悪くも、純粋なままだった。
裏街で身体を売りながらも、彼女の心は未だ汚れていない。
「わたしが、ルイの分まで頑張るから」
だから、と彼女は僕の目を正面から見て告げた。
「ルイが殺しなんてする必要、ないんだよ」
優しく微笑む彼女の肩越しに、影が見えた。
「――ぬるいなぁ」
底冷えするような低い声とともに、まるで死神のようにレイが影から立ち上がる。
突然響いた第三者の声に、レミアが驚いたように振り返った。
「だ、だれッ!?」
「ボクはルイの影だ」
レイは薄ら笑いを浮かべて、銀色に光るナイフをそっと構えた。
「ルイ、こいつは殺すべきだ。君の役には立たない」
銀刃を見て固まるレミアに、レイが距離を詰めた。
咄嗟に腰のナイフに手を伸ばし、鞘から引き抜く。
「レイッ!」
空中を滑るナイフが、レイのナイフと衝突して火花を散らした。
レミアが悲鳴をあげ、後ずさる。
「レイ、やめるんだ」
「ダメだ。こいつは君の殺しの理念を否定した。許容できる範囲を超えている」
レイは憎悪の籠もった目でレミラを睨み、ゆっくりとナイフを構え直した。
「よりにもよって娼婦が、君の殺しを否定した。許しがたいことだ」
「レイ、いいから武器を下げるんだ」
荒い呼吸を繰り返していたレイが、深呼吸を始める。
切っ先が震えるのが見えた。
「レイ。そのまま下ろすんだ」
ゆっくりと言葉を繰り返す。
レイは一度だけレミアを睨むと、そっと後ろに下がった。
後ろでレミアが吐息を漏らすのがわかった。
「……なんで、どこから」
突然現れてナイフを振るったレイに、レミアは混乱しているようだった。
レイは興味を失くしたように視線を外し、つまらなさそうにナイフを手の中で遊ばせていた。
「……彼女はレイ。僕の、なんというか、護衛だよ」
レイの目が、僕に向けられる。
「パートナーと呼んで欲しいね」
冗談っぽく言うレイに、レミアは後ずさりながら口を開いた。
「あなたは……あなたが、ルイに悪いことをさせてるの?」
「まさか。全てルイが自分で決めたことだ。ボクは彼の手足であって頭じゃあない」
ところで、とレイが嘲笑うように言う。
「きみは手足にもなれそうにないな。彼を縛る足枷でしかない。一体何をしにきた?」
「わたしは……ルイをとめに来ただけ」
レイの笑みが深まる。
「なるほど、つまり彼の良心になりたいというわけか」
しかし、とレイは言った。
「その役割は既にイーラが握っている。定員オーバーだ」
レイの目に危険な色が宿る。
「君はルイの下に相応しくない。立ち去るがいい」