暗黒街の法王   作:月島しいる

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06話

 レイの居場所は、常に影の中にあった。

 物心ついた時には既に家族と呼べる存在はおらず、魔術を用いて裏街を一人で生きていた。

 魔術師。

 その多くは遥か昔に隣接する帝国に接収され、この教国においては非常に希少なものだった。

 魔術は血によって継承される。

 レイの生まれは恐らく帝国だったが、本人がそれを知る術はなかった。影に紛れて残飯を漁る生活をしていたレイには、そうした知識を授けてくれる存在がいなかった。

 彼女は孤独だった。

 裏街の大人は全て敵で、姿を隠すべき存在だった。影の中に潜み、誰にも見つからないようにゴミを漁る生活を何年も続けた。

 少しだけ大きくなると、レイは盗みを覚えた。夜の闇に溶ければ、盗みは驚くほど簡単に行えた。

 そして、レイは己の腕を過信するようになった。

 影の中に潜めば、誰も存在を知覚できない。触れることもできない。夜の世界はレイの独壇場だった。

 あの女に会うまでは、ずっとそう思っていた。

 月のない晩。

 その日、レイはある屋敷に侵入を果たした。それが全ての間違いだった。

 長い廊下を影の中に身を潜めて移動していたレイは、突然影から弾き出された。同時に視界が眩い光に包まれる。

「随分と脆いな」

 眩い光の中、女の甲高い笑い声が聞こえた。

 廊下に放り出されたレイは、自らの身に起きた事態を理解できずにいた。

「知らない魔力特性だ。しかし、対応は難しくない。影そのものを消せばいい」

 カンテラを持つ女が、数歩先にいた。

 女は嗤いながら、レイを見下ろしていた。その右目には、不気味な黄金の光が灯っている。

「影から弾き出されたのは初めてか? 影の外で生き残る術を知らないようだな」

 想定外の事態に身動き出来ないレイに、女がゆっくりと近づいてくる。

「魔力特性だけに依存するから、そうなるんだ」

 女が腰からナイフを抜き、床に転がるレイの首筋に当てる。冷たい感触が死を予感させた。

「お前の選択肢は二つだ。ここで死ぬか、私のものになるか」

 女の黄金に輝く右目が、レイの瞳孔を覗き込むように動く。

「私に恭順を誓え。我が同胞たる魔女の子よ」

 レイはゆっくりと頷いた。

 首筋のナイフが離れ、女が満足そうに微笑む。

「立て。影の外で生きる術を教えてやる」

 それが殺しの師となるノアとの出会いだった。

 

 

 

 ノアにはレイ以外に一人、弟子と呼べる存在がいた。

 ルイ。

 魔術の素養もなく、体格に恵まれたわけでもない。ただの小柄な少年だった。

 しかしノアはルイのことを、レイよりも目にかけていた。

 お気に入りだったと言い換えてもいい。

 その理由を、レイはすぐに知る事になった。

 初めての仕事でルイは躊躇なくターゲットを殺してみせた。

 それに対してレイは失敗した。影の中から出ることもままならなかった。

「レイ。お前は稀有な魔術を有している。なのに何故それを振るわない?」

 ノアの低い声が、レイに投げかけられた。

「ルイは躊躇しなかった。なのに何故、お前は影から飛び出さなかった?」

 レイは俯いたまま身を震わせていた。

「答えられないほど難しい質問だったか?」

 ノアはレイの髪を乱暴に掴みあげると、黄金の光が灯った右目でレイを覗き込んだ。

「質問を変えよう」

 それまでとは打って変わって、どこか陽気な声でノアは言った。しかし、声は一段と低くなっていた。

「一つ。食べるためにカエルを殺すことは悪か?」

 問答が、始まる。

 ノアは口癖のようにこの問答を繰り返した。

 内容はノアの気分によって少しだけ変わる。

 しかし、決まって最後はこう締めくくられた。

「悪を殺すのは悪か?」

 それに対する答えを、レイは持ち合わせていなかった。

 悪を殺すのは、悪なのだろうか。

 悪を殺すのは、正義なのだろうか。

 わからない。

 分からないから、レイは殺しに手を染めることができなかった。 

「旅に出よう」

 ある時、ノアはそう言った。

 もちろん、レイとルイに選択肢はない。

 言われるがままに最小限の荷物を持って、貧民街を飛び出した。

 貧民街を囲う石造りの壁は脆く、ノアの手引きによって簡単に外に出ることができた。

 はじめて見る外の世界は、広大だった。

 身を寄せ合うように小さな小屋が密集する貧民街とは違い、雄大な大自然がそこにあった。

 外の景色を呆けるように眺めるレイに向かってノアが口を開く。

「人間の街は、この世界の極一部に過ぎない」

 そう言って、ノアはゆっくりと歩き出す。

 その後ろには、表情を変えないルイが続いた。

「世界の理とも呼ぶべきものは、もっと別の場所にある」

 ノアが振り返る。

 黄金の右目が、燦々と輝いていた。

「空を見上げろ。何が見える?」

 言われた通り、空を見上げる。

 大空を旋回する数百の鳥の群れが見えた。

「ヒクドリと呼ばれる渡り鳥だ。越冬のために北方から王国を経由してやってくる」

 ノアの声は、どこか淡々としていた。

「いくつもの綺麗な陣を組んでいるだろう。しかし、あれらは統率されたものではなく、ボスと呼ばれるような個体もいない」

 大空を旋回する鳥たちは、暗黒街を見回る衛兵のように統率された動きを見せていた。

「よく見ると、群れの中にはヒクドリ以外の渡り鳥も混じっているのが分かるはずだ。つまり、あれはたまたま飛んでいた鳥たちが身を寄せ合っただけの集合体で、そこに指揮系統は存在しない」

 ノアはそう言って歩き始めた。

 空を見上げていたレイは慌てて後を追った。

「これは生物の本質的なものだ。外敵から身を守るためには、身を寄せ合うのが一番いい。そして、それは別に同じ種族じゃなくてもいい。外敵の接近を知らせる役割と、逃げる時の囮になれば何でもいいんだ」

 ノアの右目が黄金の輝きを増していく。

 彼女は聖都から離れて森の中に足を進めていく。

「渡り鳥のような下等生物でも、そうやって身を守る術を知っている。ならば、もう少し上等な生物ならどうだろう」

 ノアの目が、横を歩くルイに向けられる。

 ルイは少しだけ考える素振りを見せると、静かな声で言った。

「身を守るためではなく、狩りをするために群れを成すと思います」

 ノアの顔に喜色が広がった。彼女は満足そうに頷くと、そこで足を止めた。

「そうだ。上等な生物は狩りをするために身を寄せ合う。代表的な例は狼だ」

 遠吠えが聞こえた。

 ノアの右目の光が呼応するように肥大化していく。

「狼は群れの中で明確な序列を作り、最上位の雌雄だけが交尾を行う習性がある。一匹では食料を得ることが難しく、組織に隷属する必要があると多くの動物ではこういった特権階級が発生する」

 ノアの黄金の右目は、真っ直ぐとルイに向けられていた。

「支配と階級は、隷属によって肯定されうるものだ。支配者として君臨する者は常に隷属する理由を与えなければならない」

 では、とノアが言葉を続ける。

「群れで狩りをする必要のない、更に上等な生物はどういった形態を成すと思う?」

 ノアの黄金の目はやはり、ルイに向けられている。レイに向けられることはなかった。

「一匹で行動し、同じ種族に対しても利他的なことはしません」

「その通りだ。グルと呼ばれる種族がいる。猿のような顔に、獣の身体を持つ強靭な動物だ。奴らは知能が高く、一般的に一匹で生活をする。群れに隷属し、上位者に特権階級を与える必要がないからだ」

 話を聞きながら、レイは深い森の奥を警戒するように眺めた。ノアが話している間にも遠吠えが何度も聞こえていた。

 しかし、ノアは気にする風もなく言葉を続けていく。

「さて、これで三つの形態を説明したことになる。その場限りの群れを成すヒクドリ。明確な序列を作る狼。一匹で行動するグル」

 そこでようやく、ノアの目がレイに向けられた。

「レイ。この三つの形態のうち、人間はどれに属する?」

「……狼?」

 自信がなさそうに答えると、ノアは無表情で頷いた。ルイの時のように笑みは見せなかった。

「そうだ。人間は群れに隷属しなければ生存が難しく、自発的な隷属によって特権階級が発生する」

 再び遠吠えが届いた。さっきよりも近い。

 しかし、ノアは言葉を止めない。

「さて、ようやく本題だ。三つの形態のうち、最も生存に長けた形態はどれだ?」

「グルです」

 ルイが即答する。

 ノアの黄金の右目が、煌めいた。

「そうだ。一つの個体で全てが完結するグルが生物として最も望ましく、上位の存在と言えるだろう」

 つん、と獣臭が鼻をついた。

 近くの叢が大きく揺れる。

 ノアが短剣を引き抜き、高い金属音が響き渡った。

「ただ強くあれ。それだけで良い」

 茂みから飛びかかってきた狼が、ノアによって斬り伏せられる。

 レイは悲鳴をあげると同時に影の中に飛び込んだ。

 世界が影に沈む中、ノアの背中を守るように立つルイの姿が見えた。

 その姿が、レイにはどうしようもなく美しく見えた。

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