帰り道。義経たちと風間ファミリーが一緒に多馬大橋へと向かう。そこでは挑戦者を選別していた百代が満足そうにしているところだった。
「お、弟たちじゃないか」
「姉さん、満足そうだね」
「全国から集まった挑戦者だからな」
「これ全員と戦ってたら義経身体持たなかったわねぇ……」
「よ、義経はがんばるぞ?」
「無理しなくていいって」
義経の言葉に勇介が優しく頭をなでる。
「そういう意味ではモモ先輩に対処を任せて正解だね」
京がGOODと書かれた札を上げながら言う。
「どう姉さん。挑戦者で目にかなったのはいる?」
「何人かスジがいいのがいたが……しばらく動けないかな。なんせあいつら本気も本気。こっちも失礼な真似はできないから手を抜かずにいくと……」
「まぁ、モモ先輩だとダメージでかすぎるよな」
「九鬼が仕切っている以上、よほどのことはないか」
そんな話をしていると、ふっと一人の男が姿を現す。
「遠くから見ていたぞ。嬉しそうに戦うんだなお前は」
「実に満足です。……ヒュームさんとも戦ってみたいなぁ」
挑発的な目で百代がそう言う。
「ぐはっはっは!笑わせるなよ小娘」
「む」
ヒュームの物言いに不満そうな表情になる百代。
「予言をしておいてやる。いずれお前は負ける。九鬼が用意したある対戦相手によってな」
「私の対戦相手……?」
ちらと百代が勇介を見る。
「冬までにお前が無敗だったら喜んで相手をしてやろう。それと、ひとつ忠告だ。お前の強さを支える瞬間回復だがな……俺の先祖初代ヘルシングは不死身の怪物を倒したことで名を挙げているが」
そこで言葉を切る。
「不死身の怪物の正体は瞬間回復を使う武道家のことだ。つまり倒し方を受け継ぐ俺に、お前の頼みの綱はまるっきり通じんよ。それとおそらく、勇介にもな。頼りすぎるなよ」
「今日の決闘で一度も使ってませんけど?」
「戦い方を見ていればわかる。回復があるから大丈夫とな。それがどれだけ危険なことか、いつか理解するだろう」
それだけ言うとヒュームは颯爽と立ち去っていった。
「聞いてたか弟。対戦相手だってさ。誰だと思う?」
「義経か弁慶……勇介って線も捨てがたいな」
「はは、俺たちじゃないよ。たぶん」
「義経は何も聞いていない」
「同じく」
勇介たちは全員否定する。
「それじゃわかんないなぁ……九鬼絡みだし世界規模だろうから想像もつかないよ」
「面白い展開じゃないか。どんな相手が来ても負けん!」
「さすがお姉さまね!アタシももっと強くなる!」
一子も百代と同じようにやる気を出す。
「あのじーさんと意地でも戦いたくなってきたしな……!それで勇介、私の回復を攻略できるのか?」
「どうだろうね。そのときになってみないと分からないよ」
「ふふ、そうか。なら私ももっと強くならないとな!」
そう言ってポンと勇介の肩を叩く百代。
「よし、早速帰ってトレーニングするかワン子!」
「押忍!じゃあねー皆ー!」
「俺たちも帰るか、義経、弁慶」
「あぁ!それじゃあまた明日!」
「じゃねー」
「それでユウ、本当のところはどうなの?」
「どうって?」
「川神百代の瞬間回復対策」
弁慶が勇介に尋ねる。
「弁慶は、瞬間回復って何だと思う?」
「ん……反則技?」
「まぁ、間違いじゃないけどさ。……ただ、単純に使うだけなら」
勇介の身体が青白く光る。
「難しくはない……わけじゃないけど不可能ではないんだよ」
「……大丈夫なの、それ」
「勇介くん?無理はいけないぞ?」
「このくらいなら大丈夫。1,2回ならね」
「……でもさ、ユウいってたでしょ」
弁慶が少し真剣な顔になる。
「ユウの気の総量は下手をすれば私たちよりも少ないって」
「……」
夜、九鬼極東本部の屋上に勇介はいた。一人静かに瞑想していた。立ち上る気は空気へと溶け込み、勇介は自己とそれ以外との境界線をなくしていく。感じるのは、川神にいる強者たちの息吹。ヒュームや鉄心、百代の圧倒的なまでの気、由紀江や義経の刀のように研ぎ澄まされた気。その全ては違うようで、本質は同じものだ。
自らの身体に気が満ちていく。それは自身の気だけでなく周囲に存在している無数の気だ。そして、勇介はゆっくりと目を開く。
「でかくなってきたな」
ドクン、と自らの中で波打つ暴力的な気。目を閉じれば見えてくるイメージ。暴れ狂う龍を捕らえる鎖。さらにそれを包み込む気。鳴神の一族の力であり、業だ。
勇介の気の限界を百とすれば、八割ほどを龍を抑え付けることに使ってしまうのだ。
「後どれくらい持つのか」
鳴神の龍は全ての者に宿るわけではない。同じ時代に存在する龍は一匹だけ。
「……祖父さん」
龍が移るとき、宿主の寿命の終わりが見える。気を喰らう龍は総量の多いものや質の高いものへと移る。だからこそ、勇介が幼い頃に龍が顕現し死期を悟った天膳による修行があったのだろう。あるとき言っていた。私にもっと才能と力があれば、お前にもう少し普通の生き方を与えてあげられたのにと。
「……言えなかったけど、感謝してるよ。こんなに強い力を持ったから沢山の友人に恵まれた」
天膳から言われた勇介の圧倒的な才能は、気の細かい操作、外部の気を取り込む技術、歴代では初代と並ぶほどの龍を操る技術。
「だから俺は……」
ふっ、と息を吐くと『龍』を解放する。まず、目が黄金に輝く。これが第一段階。ここまでは問題なく使用できる。ただし、攻撃的な意識を持ってしまうのを抑え付ければだが。
「次……」
大気が波打つ。勇介の鼓動が激しくなり、それと同じように周囲を荒れ狂う気が嵐のように巻き上がる。
「ほぅ、これは……」
「やれやれ……ワシまで何かあればと呼ばれた理由が分かったわい。……それにしても、本気で天膳の孫じゃな」
ヒュームと鉄心、かつての天膳の友でありライバルの二人である。念のためにと勇介が龍抑えのために呼んでいたのだ。
「だが、単純な才だけであればすでに天膳を超えるだろうな。技のキレも決して俺たちの知る天膳に劣るものじゃない」
「近くで見ておるおぬしにそこまで言わせるとは……本当にモモをとめることが出来るかもしれんの」
二人の見守る中、勇介の気が膨れ上がっていく。
「天神館の石田も似たようなものを使っておったが……種類は違うようじゃの」
「あれは天膳の技を模したものだ。何処で知ったのかは知らんがな」
「ここまでは、抑えられる……!」
黄金の気を勇介は身に纏う。
「勇介、その状態で動けるか?」
「はい、何とか」
「なら、一撃を放ってみろ。全力でだ」
「……分かりました」
拳を握った勇介がヒュームと対峙する。高まった気を拳へ集中し、一瞬のうちにヒュームに接近する。
「鳴神流……」
見たことのある動きにヒュームがニヤリと笑う。
「来い」
「絶っ!!」
ヒュームの纏った気をかき消しながら突き出される拳を片手でヒュームが受け止める。
「ぬぅっ!?」
ズザザッ、とヒュームがその場から押し出される。踏みしめた床に罅が走り、二人の動きが止まった。
「はは……かなわないな」
「フン……まだまだ赤子だな。だが、確実に成長している。前にも言ったが、失望させるなよ?」
「勿論です。……限界だ」
「無理せずに今日は休んだほうがいいぞい」
「そうですね、そうさせてもらいます」
ペコリと礼をして勇介が立ち去る。
「……大丈夫かの」
「当たり前だ。だが……」
普段からつけている白手袋がぼろぼろになっていた。
「フ……想像以上に楽しませてくれそうだな」
まだ痺れの残る手を軽く振りいつものように襟元を直すヒュームは、満足げに笑いながらそう呟いた。
「やばい……本気で気が足りない……」
いつもと違いフラフラとした足取りで自室を目指す勇介だったが、先ほどの一撃を放ったときに気が軽い欠乏状態になってしまったようで、足元がおぼつかない。
「あれ、勇介くん?大丈夫なの?」
そう心配して寄ってきたのは清楚だった。
「清楚……?大丈夫、って言いたいところだけどちょっときつい」
「ほら、肩かしてあげるからこっちに。ね?あぁ、でも私じゃ低いかな?」
「いや、助かるよ……」
通されたのは清楚の部屋だった。
「ごめんね、勇介くんの部屋より私の部屋のほうが近かったから。ほら、ベッドに座って」
ゆっくりと勇介をベッドに座らせるとぱたぱたと備え付けられたキッチンで飲み物を入れる。
「でも、珍しいね勇介くんがそんなに弱っちゃうなんて。……やっぱりさっきの外でやってたのが原因、かな?」
「ごめん。まだまだヒュームさんは遠いよ」
「ヒュームさんは強いからね。私が知ってる限りじゃ最強なんじゃないかな?」
「モモ先輩より?」
「モモちゃんより。やっぱり積み重ねてきた経験とか、技とか。そういうのって馬鹿に出来ないと思うの。まぁ、モモちゃんの場合、それすら突破できちゃうくらい強いんだけどね」
苦笑いを浮かべながら清楚は言う。
「清楚はさ」
「何?」
「清楚はもし、自分の命があと一年、とか分かってたらどうする?」
「それは今からってことだよね?」
「仮定の話だからね。それでいいよ」
「うーん……全力で毎日を楽しむ、かな?勇介くんが何を思ってそういう質問したのかは私には分からないけど、私なら一年が終わるとき、死んじゃう時になるのかな。そのときに後悔したくないな、って思う」
清楚はまっすぐに勇介を見るとそう言う。
「あ、でもそうなっちゃうなら私が誰のクローンだったのかは知りたいかな?マープルさん、教えてくれるかな」
「ふふ、そうだな。そんなことになったら俺も一緒にお願いしに行くよ」
「それなら教えてくれるかな?」
冗談めかした清楚の言葉に勇介が乗り、場の空気が和む。いつの間にか自然とベッドで隣に清楚が座っていることに勇介は気づいていない。
「……大丈夫?」
少しうつらうつらとしている勇介に清楚が問いかける。しかしその言葉に返事は返ってこない。返ってきたのは、船をこいでいた頭がぽすっと清楚の膝に収まるという結果だった。
「っ……!」
驚いた清楚だったが、疲れている様子の勇介を気遣って声を何とか抑えると優しく頭をなでる。
「……ふふ、いつもはあんなに頼りになるのに寝てると子供みたい」
慈愛に満ちた笑顔の清楚は、その後勇介が目を覚ますまで優しく頭をなでていたのだった。