『勇介、今大丈夫か?』
放課後、すでに学園から帰っていた勇介に大和から電話がかかってくる。
「あぁ、大丈夫だ。どうした?」
『実は頼みたいことがあって。今度の6月12日なんだけど』
「義経たちの誕生日か?」
『流石だな。そうそう、その日に誕生日会プラス歓迎会を開こうと思うんだ』
「へぇ、いいじゃないか。それで、俺が何か手伝える感じなんだよな?」
『うん。クリスからマルギッテにも頼んでもらうんだけど、Sクラスをなんとか纏めておいてくれないかな』
「あぁ……そうか。Fとはあまり仲がよくないんだったな」
『そう言うわけだから、頼めるか?』
「いいよ。冬馬とかにも声かけておくよ。……それってお前の提案?」
『いや、紋さまの提案。困ってたから俺が手伝うって言ったんだ』
「そうか。ありがとうな、紋白のために。まぁ俺には大和みたいなツテがないから助かるよ」
『任せろ。そう言うわけだからSクラスの纏めは頼むな』
大和と通話をきった勇介はすぐさま冬馬へと連絡する。
『おや、勇介くんから電話をくれるなんて、私の愛を受け止めてくれる気になったということですか?』
ワンコールのうちに電話に出た冬馬はすぐさまそんなことを言い始める。
「そんなわけないだろう。ユキに言いつけるぞ」
『それは困ります。またユキに怒られてしまいますからね。それでどうしました?』
「実は……」
大和からの電話の内容を伝える。
『そういうことなら私も喜んで手伝いましょう。ほかならぬ勇介くんと大和くん、そして英雄の妹のためにもなるのですから。それに私個人としても与一くんには興味があります』
「……ほどほどに頼む」
『勿論です。勇介くんの弟分なのですから』
「弟分……まぁ、そんなところか。それじゃ頼むぞ」
翌日の川神学園。クラスで朝のHRを受けてる最中のことだった。
「おい!三年の川神先輩と転校生が決闘するらしいぞ!」
「マジかよ!?あの武神に挑むとか……どんなアホな男だよ!」
「いや、聞いたところによるとかなりの美少女だとか……」
ざわざわと廊下や隣の教室から声が聞こえてくる。
「おいおい、武神に挑むような転校生とか……鳴神以外にもいたのね」
「先生、俺はモモ先輩と決闘してないですけど。それに、決闘じゃなくて多分稽古だと思いますよ」
校庭に視線を向けるとそこには予想通り百代と燕が対峙しているところだった。同じクラスの矢場弓子が大量の武器のレプリカを持ってきていた。なにやら燕がそれに対していうと周囲に乱雑に置かれる。
「ふふ、燕、腕落としてないか確認だな」
「ユウ、知り合いなのー?」
「あぁ。前にちょっとな。この間も川神案内したし」
「もしかして西の納豆小町ですか?」
「流石は冬馬だな。正解」
「まさか勇介くんが知り合いとは思っても見ませんでしたが」
「それで、強いのか?」
準がたずねてくる。
「強いよ。少なくとも」
百代が拳を握る。放たれるのは挑戦者のほぼ全てをコレで倒していることでも有名な技……無双正拳突きである。
「普通ならあれで終わるだろうけど」
まるで戦艦の主砲の一撃。それを燕は冷静に捌くと百代の身体に蹴りを当てる。それにざわつく校内と校庭。学内であの一撃を避けられる人間がどれだけいるか。嬉しそうに闘気を漲らせた百代が再度突撃していく。燕はまるで舞うように攻撃を避けながら果敢に攻撃を当てていく。
「とんでもないぞ!川神さん相手に一秒以上もっている!」
「嘘でしょ!?モモ先輩ー!」
審判をしているルーも驚きを隠せていない。百代と稽古であれば出来るだけの力があることだけは見抜いていたようだが。
「ここからが燕の本領だぞ」
「ふむ……なかなかに強そうですが。ユウ、まだ力を隠しているのですか、あの転校生は」
「隠してはいないよ。手加減してるわけでもないしな。ただ、燕の本領は」
近くにおいてあったヌンチャクを手に取る。
「誰にも負けない器用さだからな」
器用にヌンチャクを使いこなし、百代を翻弄する。だがすぐさま手を離すと次は薙刀を手に取る。先ほどまでとは違うリズムの攻撃を連続で繰り出していく。
「単純にその武器ひとつを使っている相手には勿論、劣る部分も多い。だけど」
弓矢に槍と変幻自在なその技に体勢を崩される百代だったがすぐさま見切ると力任せのとび蹴りを燕に放つ。ガードごと吹き飛ばされた燕が地面を滑るように止まる。そして次にあった武器は刀だった。
「あの動き……ユウ?」
一緒に外を見ていた弁慶が呟く。
「はは、少し見せただけなんだけどな。あの器用さはやっぱり尋常じゃないな」
「勇介くんも人のことは言えないと思う。義経の技も使えるじゃないか」
「まぁ、俺のは色々な理由があってだけど、燕のは俺以上に天性のものだからな」
「ヌンチャク三節棍ときて、太刀に鞭、ハンマーに薙刀、あげくに弓矢に槍にスラッシュアックスときたもんだ。よくあれだけ武器が扱えるよな」
準が感心したように言う。
「面白い戦いだね。見ててたーのしー!」
「豊富な技を前に、川神百代も攻めあぐねているようじゃ」
「確かにあの技術は見事ですが……」
「器用貧乏ですねっ。決定力がないと勝てません☆」
そう断じたのはマルギッテとあずみの二人だ。戦場などの激戦を越えてきた彼女たちだからこそ特にそう感じたのだろう。
「確かにな。まぁ、ただこれは稽古だ。家名を賭けた戦いとは違うし、そろそろ終わりだろ」
勇介がそう言うのとほぼ同時に燕は手に持っていたレイピアをおろす。
「いいぞー!松永燕ー!戦いぬいたな!」
「俺たちは、川神学園は……君を歓迎するぜー!!」
「ワンダフル!」
学園から響く燕を歓迎する声に笑顔で手を振り返す燕がルーからマイクを受け取る。
『皆さん、暖かい温かいご声援、ありがとうございますっ!京都から来た松永燕ですっ!これからよろしくっ!』
笑顔を振りまきながら燕が言う。その姿を見て勇介が、あっといった表情を浮かべる。
「来るな」
「え?」
『何故私が川神さん相手に粘れたかといいますと!!』
そう言うと腰につけていたポーチからカップ型の納豆を取り出す。
『バーン!秘訣はこれです松永納豆っ!!……勿論、これを食べれば強くなれるわけではありません。しかーしっ!ここぞというときに粘りが出ます!皆さんも、栄養満点の納豆を食べて、エンジョイ青春!試食したい人は私が持っていまーす!』
すっ、と息を吸う。
『皆さんも一日一食、納豆、トウッ!以上、松永燕でした!ご清聴感謝します!』
一瞬あっけにとられた川神学園生徒だったが。
「すげぇ露骨な宣伝だ!惚れそうだ!」
「松永納豆食べてみてー!」
クラスでもなかなかの反応だった。
「さすが西では有名な納豆小町……見事な宣伝です」
「んー、ここは涼しくていいねいいねー。勇介くん、休憩中?珍しいね」
屋上で空を見ながら涼んでいた勇介の隣に燕が現れて座る。
「結構こういうときもあるぞ。いつも俺が修行してると思ってたのか」
「間違いじゃないでしょ」
「朝見たよ。実際にやり合ってみてどうだった?」
「いやー、強いねぇ。何とか弱点見つけないとか弱いスワローちゃんには倒せそうにないよ」
「大丈夫。もうこの学園で燕がか弱いスワローだなんて思ってる奴はいないから」
「あらま。そんなことないのに」
起き上がった勇介の前に自然な形で納豆を差し出す。
「一杯どう?」
「まるで酒に誘うみたいに。別にいいよ」
「ほら、今ならお姉さんが食べさせてあげるから」
パックをあけるとなれた手つきでかき混ぜると口元に箸を持ってくる。
「……ん、やっぱりおいしいな」
「ふふ、餌付けしてるみたいで面白いね、これ」
「何が餌付けだ何が。ほら、燕も食べろって」
箸を奪い取った勇介が燕の口元へ納豆を運ぶ。
「えっ!?ちょ、ちょっと勇介くん?」
「一方的にはずるいだろ?お返しだ」
「いやっ!?そうじゃなくて」
「……あ、すまん。そういえば俺が使ったんだったな」
すっと箸を引く勇介。
「……ホントにびっくりしたよ。もしかして、私と間接キスしたかった?」
悪戯っぽく笑いながら燕が聞いてくる。
「どうだろうな。とはいえ、燕は嫌だったろ。ごめんな」
「嫌ってわけじゃないけど……コホン、食べさせてくれるなら、はい!」
新しい箸を差し出してくる。
「……やるのか?」
「やってくれるんでしょ?それとも恥ずかしくなったのかな?」
「ほら、あーん」
燕の言葉に勇介がすぐさま納豆を口元に運んだ。パクリと食べる燕。
「ん~、やっぱりおいしいね」
「それは認める。ただ納豆の食べさせあいってなんなんだ」
「あはは、見た目はシュールかもね。……それで、勇介くんは直江くんとも仲がいいのかな?」
「そうだな。一応ファミリーに入れてもらってるよ」
「風間ファミリー、だっけ?なかなかに面白そうなメンバーだよね」
「単純な武力ならかなり高いグループだな。女子が強すぎるから目立たないけど、男性陣もなかなかに」
「そうなんだ……勇介くんはモモちゃんに挑むつもりかな?」
「時が来れば。……燕、もしかしてヒュームさんが言っていたモモ先輩の対戦相手って……」
「ん?」
「いや、なんでもないよ。お互いに後悔しないように頑張らないとな」
「そうだね。私としては、勇介くんも撃破目標だよ」
「俺もか?簡単には負けてやらないぞ」
「あはは……知ってるよん」
「……勇介くん、怒らないよね」
勇介と別れた後、燕がぼそりと呟く。
「うー、でもどんな形でモモちゃんと戦うことになるか分からないけど……条件次第じゃ勇介くんも障害になっちゃうのよね」
なんとかそれだけは避けたいが、クライアントの依頼は『川神百代に敗北を与えること』。
「覚悟は決めてるけど……いやいや、こんなことじゃダメだ、燕!家名を高めておかんを連れ戻すんだから!」
パンと自分の頬を軽く叩くと歩き出す。
「……まずは外堀から攻めていくしかないね。モモちゃんの弱点と、必殺技を崩す手段を見つけるためにも」