生まれついて恐ろしいまでの幸運を持った者たちがいる。九鬼家当主の九鬼帝しかり、風間ファミリーのリーダーであるキャップこと風間翔一しかり。そういった者たちがいる以上、逆に恐ろしいまでの不運を纏った者もいる。
元・武道四天王である橘
ある日、勇介が朝の鍛錬を終え河原のあたりを走っていたところだった。川岸で釣りをしている女性から立ち上る禍々しい気。いや、彼女からというよりは彼女に纏わりつくように、と言ったほうが正確だろうか。あそこまで負の気を纏った人物を見たことがなかった勇介は驚き固まる。
「……あれ、すごいな。あんな状態だともはや不運なんてレベルじゃない気がする」
ぼそりとつぶやいた勇介の目の前で女性が魚を釣り上げる。遠目に見たところ、どうやら川神ウナギと言われる変わった魚のようだ。
うれしそうな表情を浮かべた女性は笑顔になりながら魚を手に取ろうとする。そのとき、女性が手に持った魚をめがけて鳥が急降下してくる。鳥の突撃を魚をかばうように回避した女性は足元に何故か落ちていたバナナの皮で滑る。
「危ないっ!」
倒れそうになっていた女性を勇介が咄嗟に近づき抱きとめる。
「っ!?」
驚いた女性が手に持っていたウナギを手放してしまい、川へと戻りそうになる。それを勇介がぱっと掴むと女性へと視線を戻す。
「余計な事だったかな?」
「いや、危うく今日一日のご飯を失うところだった……」
「……今日のご飯?」
手に掴んだウナギを見る。確か高級食材ではあったと思うが、だからと言って一日のご飯というには少し、いや全く足りないだろう。
「あと、助けてもらって悪いんだが……私にあまり近寄らないほうがいい……」
「……それってもしかして、すごく運が悪い……とか?」
「!?わかるのか!」
がばっと言う効果音が聞こえてきそうな勢いで女性が勇介の手を握る。
「ま、まぁ、直接言っていいのかわからないですけど……不運に見舞われそうな気を纏ってますし」
「やっぱりそうか……助けてくれてありがとう。ただ一緒にいると」
先ほどの鳥が再度勇介の手元のウナギをめがけて飛来する。はっとした天衣が手を出そうとするのを勇介は制する。突撃してくる鳥を軽くさけると鳥に対して殺気を放つ。驚いた鳥はどこか遠くへと飛んで行った。
「大丈夫ですよ、俺なら。よかったら食事でもどうです?」
二人でやってきたのは梅屋だ。ここではヒュームに敗北した釈迦堂が働いていた。
「しっかし、お前さんもなかなかに顔が広いな。とっかえひっかえか、うらやましいやつめ」
「いやいや、そんなんじゃないですって」
「っ!っ!」
がつがつと牛丼を食べる天衣を見ながら勇介は釈迦堂に言う。
「でも、ちゃんと働いてるんですね。モモ先輩とかから聞いてた話だと……」
「俺がこんなところで働きそうにないってか?百代め、次にあったらバッテンを崩してやる」
「はは、ほどほどにしてやってください。でも、まさかこの人があの橘天衣だとは思ってもみなかったですけどね」
牛丼を食べながら本当に幸せそうな表情を浮かべている女性が武道四天王に数えられていたとは思えない。勿論、強そうな気配は感じ取っていたのだが、それ以上に纏った負の気が強すぎた。
「ふぅ……御馳走様でした。すまない、ここまで食べておきながらなんなんだが、本当に御馳走になってもよかったのだろうか?」
「勿論ですよ。俺が誘ったんですから。それじゃ釈迦堂さん、また来ます」
「おう、今度は一子とかも連れてきてやれよ。まいど、ありがとうございましたー!」
「本当に礼がこんなことでいいのか?」
先ほどの河原で勇介と対峙した天衣が尋ねてくる。
「えぇ。元とは言え武道四天王に数えられていた天衣さんなら俺の修行相手としても申し分はないですよ。なんでしたらそのまま定期的に相手してくれるなら食事くらいいくらでもおごりますよ」
「気持ちは受け取っておくよ。でも、さすがに年下に養われるのはちょっとな」
はは、と笑いながら拳を握り構えを取る天衣。勇介も同じように構える。
「もし、隕石が落ちてきたりしたら私のことは気にせずすぐに逃げるんだぞ」
「隕石くらいなら吹き飛ばしますよ」
「ふふ、、まるで百代のようなことを言うんだな。……それじゃ、いくぞ」
予備動作すら見せない加速。目の前にいた天衣の姿がかき消える。咄嗟に感じた気を流れに沿って勇介は防御を固める。その防御の上からくる衝撃。
「っ!この速さ!」
「ほら、まだまだ行くぞ!」
黛流の神速の一撃と並ぶほどの速度を出す天衣の攻撃に勇介は驚きの声を上げる。百代の攻撃などと比較してしまえば、確かに決定力不足に見えなくもない。だが、圧倒的なまでのその攻撃速度と、回避速度は目を見張るものがある。
「鳴神流」
勇介の気が爆発的に上昇するのを感じた天衣は一気に距離を取る。
「
まるで龍の咆哮のような轟音を立てて勇介の気が離れている天衣へと襲い掛かる。
「なっ!?」
速度もそうだが、回避する隙間すら存在しないようなその攻撃に驚いた天衣はすぐさま防御の態勢を整える。
「ぐっ!」
気の攻撃そのものは耐えた天衣だったが、ごっそりと気を削り取られる勇介の技に天衣は一瞬だけひるむ。その隙を狙っていた勇介が一気に天衣に接近する。
「鳴神流
撃ち込まれた拳がきれいに天衣に当たり、身体が崩れ落ちそうになるのを勇介が抱き留める。
「はは……強いな、君は」
「俺は最強を目指してますから。……天衣さんの動きも使わせてもらいますよ。それと、ちょっとだけ試したいことがあって技を当てたんですけど」
「それはもしかして、あの気をごっそりと削り取られた感じのやつか?君の奥の手かな?」
「一応は。……うん、負の気が少し和らいだかな。天衣さん、今日一日不運がいつもよりも緩和されていたり、改善されてたら俺とこれからも修行しませんか?」
「本当に私の不運が治っていたんだっ!!」
勇介の手を握りキラキラと目を輝かせながら言う天衣。勇介は優しく微笑みながら話を聞いていた。
「まぁ、聞いた感じだといつもよりは明らかによくなってるみたいでよかったです。あ、あとヒュームさんからちょっとだけ昔のことを聞きました」
「う……あれは若さゆえの過ちといったものなんだ」
「その辺りのこともちょっとだけ。あとはモモ先輩が復帰してくるのを楽しみにしているって言ってたよ」
「百代らしいな」
笑いながら河原に立ったテントの傍に座る。
「そういえば、勇介は以前の四天王を知っているか?」
「武道四天王ですか?……モモ先輩、川神百代は不動。引退したのが九鬼揚羽、橘天衣……それと鉄乙女、ですね」
「そうだ」
「実は、一通り手合わせしたことはあるんですよ。天衣さんともしたからコンプリートですね」
勇介の言葉に驚く天衣。
「まさか、あの鉄とも面識があったのか」
「九鬼絡みの仕事でちょっと。絵に描いたような模範生って感じでした」
「はは、あの人も変わらないからな。それで、私の運気がよくなったのは間違いないが、勇介は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。天衣さんに対して言うのはアレですけど、俺は運いいですしね」
「うらやましい限りだな」
そんな話をしながら天衣の傍に勇介も腰を下ろす。
「あと、揚羽さんとヒュームさん二人からの提案だけど、よかったら九鬼で働かないかってさ。堅苦しいのが苦手なら、まずは以前と同じように揚羽さんの新技開発の相手とか、俺や義経たちの修行相手なんかでもいいぞ、って」
「……私なんかがそんな好待遇で……」
「少なくとも、揚羽さんや俺なんかはそれだけの価値がある存在だって思ってるからこその提案だと思うよ。それをどう受けるかは天衣さん次第ではあると思うけど」
勇介の言葉に考え込む天衣。
「俺も今は九鬼に世話になってる。しかも特に何かをしてるわけでもないのに。それを考えたらちゃんと仕事として誘われてる天衣さんのほうが立派だと思うけどね」
「そうか……うん、そうだな。私自身も自分から動かないとダメだよな。せっかく勇介がくれた運気とチャンスだ。逃すのも失礼ってものだろうしな」
自分を納得させるように頷く天衣。その表情は今までのようにマイナス思考なものではなく、明るく前を見たものだった。
「フハハハ!よく来たな、天衣」
「久しぶりだな、揚羽」
久々に再会することになった二人。その場には勇介も立ち会っていた。
「それで、今回ここに来たということは我からの打診を受けてくれるということでよいのだな」
「あぁ。……勇介がくれた折角のチャンスを見逃すわけにはいかないからな」
「ふふ、さすがは勇介であるな」
「俺は特に何もしてないけど」
「謙遜するな。結果として天衣の運気を回復させて九鬼への勧誘までしたのだ。誇っていいことだと我は思うぞ」
揚羽が勇介の頭を軽くなでる。
「天衣よ。お前には我のスパーリングの相手と、義経たちの修行の相手をやってほしい。お前の速さなどはいい経験になるはずだ。それでお前自身も武の道に生きたいと思うのであれば九鬼はそのサポートを喜んでするぞ」
揚羽の言葉に天衣は頷く。
「わかった。……それとできればで、いいんだけど」
ちらっと勇介を見る天衣。
「勇介にも、お礼がしたい。だから定期的に時間が欲しい」
「あ、それは俺からもお願いしたいかも。天衣さんと手合わせしたり、あとは定期的に運気を調整しないといけないかもしれないから」
「ふむ……いいだろう。それにしても先ほどの発言だけ聞けば、逢引きがしたいから時間をくれと言っているようにしか聞こえんな」
笑う揚羽と動揺する天衣。そんな二人を見て勇介は笑うのだった。
個人的にはアニメ版の天衣さんは天衣さんで強そうでかっこいいと思います(サイボーグ感)