勇介の使う武術、鳴神流は素手と剣術を中心に受け継がれている。厳密には歴代の流派の当主が新たに違う形を取り入れたりしているため、総合格闘技のような様相をしているというのも特徴のひとつだ。
「……」
早朝。日が昇り始める頃。九鬼極東本部の屋上に勇介はいた。静かに風をその身に感じ、刀を目前に構えている。鳴神流では武術として以上に、気の鍛錬において他の武術とは一線を画している。あのヒュームですら鳴神の気の技を認めていることからもそれは分かるだろう。川神流も鳴神流と同じく気の扱いに長けてはいるのだが。
朝の冷たい空気に溶け込むように勇介の気は希薄になっていく。風に身を委ね、世界に溶け込む。自らの存在を周囲と同化することで、気の純度を高めていく。
「っ!」
呼吸をも止めた勇介が刀を振るう。一閃、また一閃。繰り出される一振りはひとつひとつが必殺の一撃であるのだが、それ以上にまるで舞のような美しさを合わせ持っていた。
「ふぅ」
一通り満足のいくところまで来たのだろう、勇介は深く息をつくと、刀を鞘へと収めた。それを待っていたかのようにパチパチパチと手を叩く音。
「素晴らしいものを見せてもらったぞ」
「揚羽さん」
拍手をしながら現れたのは九鬼揚羽だった。
「朝から屋上でなにやら綺麗な気配を感じたのでな。つい見に来てしまったわ」
「綺麗、ですか。それはきっと見ている揚羽さん自身がそうだからだと思いますよ」
「ふはははは、そうか!」
「はい。さっきまでの俺の気は相手を反映するものでした。悪意を持って俺を見れば凶悪に、善意を持ってみればそのように感じるんです」
「ほぅ、面白い気の扱い方であるな」
「とはいえ、俺はまだまだですよ。刀の扱いに関してはまだまだ勉強するべきところがありますし。義経たちと会わせて貰ったおかげで少しは成長したと思いますけど」
「ふむ……剣術ということか……」
勇介の言葉に頤に手を当てた揚羽がぽんと手を打つ。
「であれば、実際に現代の剣聖に会いに行くというのはどうだ」
「現代の剣聖……というとまさか」
「うむ、
人間国宝、黛
「でも、よかったんですか?揚羽さん忙しいんじゃ」
「ふはははは、ここまで来るくらいであれば構わぬ。ちょうど我もこちらに用があったからな」
北陸、加賀。朝の鍛錬からそこまで時間の経たないうちに黛十一段を尋ねに揚羽と勇介は一気に移動していた。九鬼のヘリは恐ろしい速度だった。
「あそこ、ですか」
勇介がすっと眼を細めて一軒の家を指差す。
「うむ、流石に分かるか」
「はい。大きな気が……二つ。片方は澄んだ気だけど、恐ろしく腕が立つ。もうひとつは……うん、今はまだ育ちきれてない感じだけど、強い才能を感じる」
「ほう、お前がそこまで言うということはかなりの者がいるのだろうな。たのもう!」
揚羽の声に反応したように、一人の男性が家より出てくる。現代には数少ない帯剣許可を貰っているからこその腰に刀を佩いた剣豪、黛大成である。
「これはこれは。お久しぶりですな、揚羽殿」
「うむ、早い時間からすまぬな、大成殿。こちらが電話で伝えておいた」
「鳴神勇介です」
「おお、君があの天膳殿のお孫さんか」
「祖父をご存知なんですね」
「武人として、そして剣の道に生きた者として尊敬しているよ」
刀を構えて対峙した勇介と大成。ごくりと息を飲む勇介。直接的な戦いであればヒュームのほうが上だろう。だが、今同じように刀を向け合っている状態で勇介は感じる。強い、と。
「来ないのかね?」
「いえ、いけないんですけどね」
どのような攻撃を繰り出しても簡単に返されてしまう。そんなビジョンしか見えてこないのだ。これほどの相手と対峙した記憶はこと剣に限れば初めてに近い。そう、幼い頃に修行をしていた祖父、天膳を除いては。
「ならばこちらから」
すっと無音で進み出る大成。勇介もじりじりと前へと進み出る。互いの距離が近づき刀の射程範囲が重なる。
「っ!」
「ふっ!」
常人では何があったか分からないだろう、刀のぶつかる音だけが周囲に響き勇介が一歩下がる。
「ほぅ……」
感嘆の声を上げたのは大成だ。目の前の少年が才能に恵まれていることはすぐに分かった。並々ならぬ訓練を重ねてきたのであろうことも。だが、大成の放った一撃は刀を吹き飛ばすつもりで放ったのだ。それをほぼ同等の力で打ち返されたのだから驚くのも無理はない。
逆に勇介も驚いていた。相手と同じだけの力をぶつける。勇介の最も得意とすることだ。にも関わらず、計算よりも大成の攻撃に押し負けた。ほぼ全力の一撃を合わせたのに。
「はぁっ!」
朝の鍛錬で見せた剣舞よりも更にスピードの乗った一撃を連続で叩き込む。それを大成は悉くをいなしていく。
「ふむ、まだ本気ではないね?私でよければ君の全力を受け止めてあげよう」
「!……では、お言葉に甘えさせてもらいます」
ドクン、と周囲の気が波打つ。揚羽にはこの空気に覚えがあった。
「これは、あのときの」
「しゅっ!!」
鋭い呼気と共に振るわれた一撃は先ほどまで以上に殺気を纏ったものだ。それもいなすと反撃の一撃が放たれる。最小限の動きで回避した勇介が刀を構えなおす。
「鳴神流・一刀」
リィィンと、周囲に鈴のような音が響く。
「
中空に円を描くように斬りつける勇介。それに対してこれまでとは違い、全力で大成も技を放つ。その気になれば山をも斬れるとされる大成の一撃は勇介の技とぶつかり、二人を中心に風圧が嵐のように吹き荒れる。
「……ここまでですね」
勇介がそう言うと礼をして刀を収める。
「いや、私の想像以上だったよ。世界は広いと改めて身にしみた」
「いえ、それは俺のほうです。黛の技、本当にすばらしいです」
「ははは、我もよいものを見せてもらったぞ」
揚羽も満足そうに言う。
「とはいえ、我はそろそろ行かねばならん。勇介はどうする?」
「そうですね……」
「ふむ、君さえよければ、少しうちで剣を学んでいかないかね?私の弟子でもあり、何れは私を超えるであろう娘とも会って是非とも切磋琢磨してもらいたい」
「いいんですか?」
「刀を交えれば、君がどのような人と為りをしているかは分かるとも。勿論、妻にも相談した上でになるがよければ泊まって行きたまえ」
黛大成の娘である黛由紀江は、大成が認めるほどの天才である。何れは彼をも超える剣の達人になることは間違いないといわれているのだ。だが、そんな彼女にも欠点があった。
勇介が黛の家に厄介になり始めて既に一月ほどの日々が流れていた。毎日大成との鍛錬や、由紀江との模擬戦、更には由紀江の妹の
「それで、由紀江は友達がほしい、と」
『そうなんだよ、勇介ボウヤ。まゆっちはすげー頑張ってるんだけどなかなか出来ないんだよ』
そう言ってくる?のは由紀江の持つキーホルダー……松風という名前の馬である。大成が誕生日のプレゼントとして彫ったらしいが、神が宿ったらしくしばしば由紀江の代わりに毒舌を吐くのだ。……まぁ腹話術といえば腹話術なのだが、勇介はあっさりとそれを受け入れた。それは幼い頃からクリスのぬいぐるみ遊びにマルギッテと共に興じていたことも大きいのかもしれない。
「ん~、まぁ確かに普通は刀を持ち歩かないしなぁ」
「う、やっぱりそうですか……?」
少し落ち込んだ様子で上目遣いに尋ねてくる由紀江。
「嘘を言うわけにもいかないしなぁ。それと、このあたりだとどうしても大成さんの娘ってことで神格化されてる部分もあるんじゃない?」
「ですが、沙也佳は友達がたくさんです」
『対してまゆっちのアドレス帳は真っ白だぜ……』
自虐にも走る由紀江である。
「沙也佳はそういうところ要領いいしな。遠くの学校に行くっていうのも選択肢の一つかもしれないなぁ。心機一転っていうか、なんたらデビューみたいにな」
「……確かにいいかも知れません」
『おお、まゆっち頑張れ~。やるんならオラは応援するぜ』
「俺も応援するよ。由紀江は頭いいから特に俺が出来ることはないと思うけど何でも相談してくれ」
「は、はい!ありがとうございます、勇介さん!」
『勇介の優しさに全米が涙するぜぇ……』
「あ、そうだ。由紀江、よかったら俺とアドレスとか交換しないか?」
「わわわ、私でいいんですかっ!?」
「まぁ、俺も正直このあたりはあまり詳しくないんだけどな。ほら、赤外線」
「ち、ちょっと待ってください!えっと、こうやって……」
おっかなびっくりな由紀江とアドレスの交換をする。
「俺も人のこと言えないけど、これくらいはスムーズに出来るように練習したほうがいいかもな」
「は、はい!やっと家族以外のアドレスが登録されました……!」
『まゆっち、よかったなー。オラも嬉しい』
「あれ、お姉ちゃんと勇介さん。どうしたの?」
「聞いてください沙也佳!私、勇介さんとアドレス交換したんです!」
『まゆっちは毎日成長してるんやで……』
「また変な腹話術しちゃって……だから友達できないのよ」
「うぐ……で、でも勇介さんと交換しましたから、一歩踏み出したんです!」
「はは、そうだな。でもまぁ、松風は知らない人はびっくりするかもしれないな」
『世知辛い世の中だぜ……神は敬えってんだ』
「まぁ、お姉ちゃんがそれでいいならいいけど。勇介さんも、あまりお姉ちゃんを甘やかさないでくださいね?」
「気をつけるよ。由紀江は不器用だけどいい子だし、きっといい出会いがあるよ」
勇介の言葉に少し涙をためながら由紀江は笑顔で頷く。
「はいっ!」
「あ、そういえば勇介さんっていつまでうちにいるんでしたっけ」
「あまり長い時間世話になるのも~、って既に一月もお世話になってる俺が言うのもおかしいか?」
「いえ、私としては全然構わないんですけど。お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなー、とも思いましたし」
「俺みたいな兄貴でいいのか?」
「私からすれば理想のお兄ちゃんといいますか、同世代の男の子たちと違う大人な感じとかがとてもいいというか……」
小声でよく聞こえないが、嫌がられているわけではなさそうなのでいいか、と勇介は思う。ただ、確かにいつまでもここに逗留しているわけにも行かない。
とはいえ、それからまた少しの期間世話になり、勇介は剣聖の元を後にする。
由紀江や沙也佳と必ずまた会おうと約束を交わして。
活動報告にヒロインの希望をかける場所を設けておきました。
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