――月日は流れ――
「中将、日本よりエアメールが届いております」
「ご苦労。クリスか、それとも……」
ドイツ。通常のメールではなく、エアメールでの手紙が届いたということでフランクは部下から受け取った手紙の差出人を確認する。
「……おぉ!ふふふ、やはり無事でいたか!」
長い期間、音信を絶っていた勇介からの手紙に笑みを浮かべるフランク。
「何々……ほぅ、これは……!」
「これでいいか」
勇介は九鬼極東本部で割り当てられた部屋で、新たに渡された服に袖を通していた。
「似合っていると思いますよ」
そう声をかけたのは、勇介の担当になっている李である。普段のクールな表情よりは少しばかり優しく見える。
「ありがとうございます、李さん」
「それで、今日から通うんですか?」
「いや、今日は編入試験を受けに行くんだ」
「ふはははは!我、顕現である!」
笑いながらやってきたのは紋白だ。傍にはヒュームがついている。
「紋白。どうだ、似合ってる?」
「うむ!とても似合っておるぞ!ただ、寄付金を納めれば自由な服装を出来るはずだぞ?」
「まぁ、そこまでこだわりがあるわけでもないしな」
「そうか。……で、何処の学園に編入するのだ?」
「あぁ、それは勿論」
川神学園。個を重んじる、自由な校風が魅力の学園である。学園を治めているのは天下の川神流の総代でもある川神鉄心であることも有名だ。
「総代、このタイミングでの編入、デスカ。珍しいですネ」
「うむ、だが断るわけにもいくまい。何せあの九鬼からの推薦があるからのぉ」
「九鬼ですカ。厄介ごとでなければいいですガ……」
総代……鉄心と話をしているのは川神流の師範代であり、学園の教員でもあるルーだ。
「まぁ、大丈夫じゃろ。試験で合格できる点数を取ることが出来れば問題なしで編入じゃよ」
「どのような子が来るのでしょうネ……」
「ここが川神学園かー」
学園の門のところまで李に案内してもらった勇介がおぉ、と感嘆の声を上げる。既に李はこの場を離れており、帰るときに再度呼ぶように言われていた。
「やばい、ちょっと緊張してきた。っていうか何処に行けばいいんだろ」
きょろきょろと周囲を見渡す。実は勇介は何処にいけばいいのかすらわかっていなかったりする。
「ん、どうかした?」
そう言って一人の少年が声をかけてくる。身長は同じくらいだろうか、若干ではあるが身体を鍛えているのが見て取れる。
「あぁ、編入試験を受けに来たんだけど、何処に行けばいいのかなと思って」
「編入?……珍しいな、こんな時期に。なら職員室かな、案内するよ」
「おお、助かる」
「困ってるときはお互い様だよ」
二人で学園の中へと足を踏み入れる。少年は勇介に来客用とかかれたスリッパを準備してくれる。
「ほら、こっちだよ」
連れられていく間にもすれ違う人々から少年は友好的な挨拶をされる。
「友達、多いんだな」
「ん、まぁね。人脈って大事だと思うんだよ、俺」
笑いながら職員室の扉を開ける。
「おーい、ヒゲ先生。編入試験受けに来たって子連れてきたけど」
「ん、直江か。それと……」
「鳴神。鳴神勇介です」
「鳴神、鳴神……あぁ、これか。ちょっと待ってな。ルーと学園長案件らしい」
「え、川神院関係?」
「いんや、また別だと思うぞ。……っと、直江はありがとな、助かった」
「ありがとう、直江、でいいのかな?」
「そういや、自己紹介してなかったな。俺、直江大和って言うんだ」
「直江、大和……よし、覚えた。よろしくな、直江」
「あぁ、鳴神勇介でいいんだよな?俺も鳴神って呼び捨てにさせてもらうよ。たぶん同じ年だよな?」
「多分」
そんな会話をしていると、職員室に一人の老人とジャージ姿の男……鉄心とルーが姿を現す。勇介はすっと一瞬だけ目を細め二人を見る。
「……へぇ」
「ん、どうかしたか?」
「いや、何でも。それじゃ、もし合格したらよろしく」
「はは、楽しみにしてるよ」
ひらひらと手を振りながら立ち去る大和を見送って鉄心たちへと向き直る。
「ほっほっほっ、早くも友達が出来たようじゃな。これは是非とも合格せねばな」
「はい。少しだけ勉強もしてきてますから、全力を出したいと思います」
「うむ、そうするといいぞい。せっかく九鬼からの推薦をもらっておるのじゃからな」
「推薦に恥じない成績を目指しますよ」
「ウン、いい気合ネ。それじゃ、あっちの会議室で試験をするヨ!」
「大和、何処行ってたの?」
「あぁ、なんか編入試験受けに来たって子を職員室に案内してた」
直江大和が自分の教室……2-Fへと帰ったところで京が声をかけてきた。
「まさか、新しい女のフラグを立てにいってたんじゃ」
「ないない。というか、まず男だし」
「何々大和ー。編入試験ってことは、新しいクラスメイト?」
目を輝かせながら尋ねてくるのは川神一子。名前からも分かるとおり鉄心の孫娘であり、ワンコと呼ばれ可愛がられているマスコットのような子だ。
「まだウチのクラスに入るとは限らないからなんともだけど」
「何だ何だ。大和、そいつはまさか俺よりも筋肉があったりしねーだろうな?」
マッスルポーズをとりながらそう言ってくるのは島津岳人。身長が188cmほどもあり、かなりの筋肉質な男である。
「いや、ガクトのほうが圧倒的だと思う」
「まぁ、ガクトレベルはそうそういないよね」
ガクトとは反対にほっそりとした少年、師岡卓也が笑いながら言う。
「なおっち。その人イケメンだった?」
興味津々で尋ねてきたのは小笠原千花である。
「まぁ、イケメンだったな。ワイルド系よりは綺麗系……綺麗系?」
自分で言いながらうーんと首を傾げる大和。
「クリスは興味ないの?」
京が近くに居た金髪の少女、クリスに尋ねる。
「自分も転入してきた身だから、転入の先輩として困っていたら助けてやらないとな、と思っていたところだ!」
「まぁ、どちらにしても今日試験って言ってたからそれが終わらないと会えるかどうかも分からないけどな」
「でも、落ちるようなら編入試験なんて受けないと思う」
「ま、そうだよな」
京の言葉に納得したように頷く大和。
「……あれ、そういえばキャップは?」
「キャップならまた海の幸が食べたいって旅に出たよ」
「またか」
「ふー、終わった終わった」
全ての試験を終え、帰り支度を整える勇介。来たときとは違い、特に迷うこともなくすいすいと下駄箱へと進んでいく。そのときだった。
目の前から歩いてくる少女とすれ違う。
「「……ん?」」
同時にすれ違った相手のことを見直す。勇介よりも若干高い身長の少女は黒髪を靡かせながら自信に満ち溢れた瞳で勇介を見ている。
一瞬合った視線を勇介は解くとそのまま歩き出す。
「……気のせい、か?」
少女……百代は首をかしげながら先ほどの謎の感覚を思い出す。
「一瞬、私と同レベルの力かと思ったが……気のせいだよな」
さっきの男、勇介から強者の雰囲気はしなかった。一般人にしては隙が少ない程度の腕前にしか見えないということはそれほどまでに偽装がうまいか、はたまた自身の腕前が低下しているのかのどちらかだ。
「あ、お姉さま!」
「おお、妹。どうした、そんなに急いで」
駆け寄ってきた一子を優しく抱きとめると頭を撫でる。
「一緒に帰ろうと思って!もうすぐ大和たちも来ると思うわ!」
「そうか、なら一緒に帰るとしよう。……大和に何かおごらせよう」
そんな話をしながら先ほどのことは頭から抜け落ちていく。
今の感覚を思い出すのは遠い未来の話ではないのだが。
その日の夜。エアメールを受け取ったフランクから直接テレビ電話が届いていた。
「連絡が遅くなってすみませんでした、フランクさん」
『いや、君のことだ。無事だろうと思っていたから大丈夫だ。心配はしていたがね。それよりもクリスやマルギッテのほうがよほど心配していたよ』
「……ですよね。すみません、ちょっとだけ中国で色々あったりもしたので」
『ははは、それは是非聞かせてもらいたいものだね。……それで、今は九鬼の世話になり、川神学園に通うことになる、ということで間違いはないかね?』
「はい。その予定です。まぁテストに合格していたらの話ですけど」
『安心したまえ。君が通らないのであれば、誰も通らないことだろう』
そんな話をフランクと続ける。
『しかし、川神学園か……ふふ、やはり運命というものは存在してるということだろうね』
「はい?何か川神学園にあるんですか?」
『いや、それは君自身が確かめるといい。学園のほうには私もツテがあるからね、少し声をかけておくとしよう』
「ありがとうございます」
「総代、次はドイツからも鳴神勇介に対しての推薦がきてますヨ」
「一体何者なんじゃ、あの子は」
「試験は全く問題ありませんネ。むしろ満点に近いくらいデス」
「ふむ……九鬼とドイツの中将の推薦がある生徒、のぅ……。やれやれ、何か大事になりそうな気がするわい」
「そういえば、総代。彼は何か武術をやっていたのですかネ?」
「何故そう思う」
「歩き方ですヨ。全く隙がなくて正直私でもきついと感じたのでね」
「確かに、逆に不安になるくらい静かな気じゃったからのぉ。とはいえ、合格は合格じゃし、その連絡を頼んでおくぞい」
「分かりましタ。……」
鉄心の指示に返事をして、ルーは準備を進めていく。
多くの出会いから生まれた可能性。
誰かと誰かが恋をして。
誰かと誰かは武を競う。
若者たちには無数の可能性が存在している。
鳴神勇介の物語はここから大きく動いていく。
勇介編入は時期としては無印よりもS開始寄りの頃と思ってください。
つまり、既にクリスとまゆっちは風間ファミリー入りを果たしています!
ようやく?本編らしくなっていきますのでこれからもよろしくお願いします♪