風邪により臥せっていたぼくは目を覚ます。
よく寝たせいかすっかり元気になり、これ以上の睡眠は出来ないくらいに覚醒していた。
チラッと時計を見ると22時を回っていた。
「そうだ!あれを見に行こう!!」思い立つと着替えを済ませ、懐中電灯や虫取り網、携帯電話などを持って階下に降りた。音を立てないように、気づかれないようにそーっと、そーっと降りていきドアをゆっくり開けた。
無事に外に出たぼくはそのまま夜の探索へと繰り出した。
おじちゃん達から夜は一人で出歩かないように言われていたが、どうしてもここにいる間に蛍を見てみたくなり、いてもたってもいられなくなった・・・。それに夜は昼に見かける虫とは違う、それも捉えて見てみたくなり、その好奇心に負けてしまった。
「確か蛍って川にいるんだっけ、どこにでもいるのかな?」虫取り網で夏草に潜むエンマコオロギを捕まえると虫籠に放り込んだ。
農道を進み、用水路を覗き込むが蛍がいる様子はなかった。
「うーん、水辺にどこにでもいるわけではないのかなあ?・・・あ!確か水辺に草が生えて温度が低くないとダメだったっけ?山側に行ってみよう。」
トコトコと歩くぼく君、さっき捉えたコオロギとスズムシがコロコロ、リンリンと鳴き心地がよく、夏の夜風が涼しく頰を撫でていた。
れんげの近所、住宅が何軒か建っている住宅に差し掛かった時、一台の車がエンジンをかけているのに気付いた。
田舎ではこんな時間に車がエンジンをかけている事はほとんどない、不思議に思い車内を見るとほのかがいた。
ぼくはドア越しにノックすると、ほのかがこちらを向いてくれてドアを開けるとぼくに前におりたった。その顔は憂いを帯びており、さっきまで泣いていたようで涙の跡がすっすらと見えた。
「ど、どうしたの?」表情からただ事ではない事があるように思えて聞いてみた。
「お父さんが急な仕事が入っちゃって、東京に戻らないといけないの・・・。れんげちゃんにもお別れを言えてないよー。」
「そうなんだ、もう出ちゃうの?」
「まだ・・・。お父さん慌てていてまだ準備に時間がかかるかもしれないけど、とりあえず乗って待ってなさいって・・・。」
「じゃあ、こういうのはどう?」ぼくはほのかにある提案をすると、彼女は納得したのかその提案を喜んで受けてくれた。
「時間がないから、早くやってしまおう!とりあえず明るい所へ・・・。」
「うん!」2人はすぐそこにある電話ボックスの明かりでぼくの提案した作業を行うのであった。
・・・ ・・・ ・・・・ ・・・・ ・・・・・
「ほのかちゃん、じゃあね。」作業を終えたほのかは再び車に戻って、窓を開けてぼくと別れの挨拶を交わしていた。
「うん、ぼくさん。色々ありがとうございました。
わたし、うどん屋さんで寝ちゃって電車まで運んでくれたのはぼくさんと後から知りました。本当にありがとうございます。」
「ううん、大した事ないよ。本当に少しの間だけだったけど楽しかったよ、東京に帰ってもぼく達はまたどこかで会えるよ。」
「そうですよね、きっと連絡します。」ほのかは小指を差し出すとぼくはその小指に絡めて約束を交わす。
「あっ!そうだ。これ、持って行って。」ぼくはポケットから一つのガラスをほのかに渡した、ほのかは受け取ると光源のある方向にかざすと橙にうっすら光りキラキラしていた。
「これ、ガラスなの?手触りが不思議・・・。」
「ビーチグラスだよ。長い間波で削られたガラスが丸くなったものなんだ、この間の海で探していたんだけどその中の一つだよ。記念にあげるね。」
「ぼくさん、ありがとうございます!わたしこれ宝物にします。」
「うん!・・・じゃあ、お父さん来たらまずいからそろそろ。
ほのかちゃん、またね。」
「はい!みんなによろしくお伝え下さい、さようなら。」涙をためたほのかちゃんが手を振る中、ぼくはそっと車から離れるとちょうどいいタイミングとばかりにお父さんとおばあちゃんが出てきた。そのままそっと農道を歩いてその場を後にしたのであった。
「ほのか、ごめんな。突然で・・・、ここでお友達もできたそうなのに・・・。」
「ううん、大丈夫。それよりお父さんが東京まで突然車を走らせないといけない方が心配だよ。」
「・・・、驚いたな。さっきまでぐずっていたとは思えない変わりようだな。」
「本当に、ほのかは偉いねえ。」おばあちゃんはドア越しに頭を撫でていた。
「お母さん、すみませんね。こんな突然で・・・。」
「いいんだよ、あんた達の元気な姿を見られただけで・・・。また遊びにきなさい。」おばあちゃんが笑顔で答えると、お父さんはドライブにシフトを入れる。
「では、また遊びに来ます。」
「おばあちゃん、体に気をつけてね。」2人は別れの挨拶をすると車を発進させた。
農道をゆっくり走り出すとほのかは少し悲しい顔になり、シートにもたれる。明日、れんげちゃん悲しむだろうな・・・。ほのかは憂いを見せていた。
「あれ?あれは蛍か・・・。」お父さんの言葉にほのかは身を乗り出した。
車から先に見える、大きなクスノキの枝のあたりに光が見えていた。
蛍にしては明かりが変だと思い、ほのかは窓を開けて身を乗り出した。
車がクスノキを通り過ぎる時にほのかは確かに見た、枝の上から懐中電灯にさっきのビーチグラスに光源を当てて蛍を演出しているぼく君の姿を・・・。笑顔で手を振っているぼくの姿を捉えたほのかは笑顔で手を振って返したのだった。
「ほのか、あれは蛍か?運転でうまく見えなかったけど・・・。」
「うん!蛍がわたしが悲しい顔してたから慰めに来てくれたのよ、きっと!」ほのかはそういうと、お父さんはふっと優しい笑顔になる。
「たった数日だったけど、これでよかったな。ほのか・・・。」
「うん!楽しかったよ!!・・・でもあたしの夏休みはまだまだあるんだから、帰ってもどこかへ連れて行ってね。」
2人の帰路の無事を願うぼくはしばらくクスノキの上で車の明かりが見えなくなるまで見送っていた、ポケットにあるビーチグラスを握りしめて・・・。
「あれ?ぼくが帰る日は、いつだろう?」不意に思い出す・・・、お母さんが赤ちゃんを産んだら、って・・・。夏休み中に生まれなかったら?逆に明日生まれたらどうなるんだろう?
「あっれえー、ぼくもいつ帰るのか分からないや・・・。」なんともはや、釈然としなくなりながらクスノキから降りると帰路についた。
今から蛍を見つけたいとは思えない、それに眠気が再び襲って来たので今日は諦めようと思った。
「蛍を見る機会はまだあるよね、神さま・・・。」どことなく聞いてみるが当然答えはない、それでもぼくのここでのなつやすみはまだまだ終わらない、そう言い聞かせて一条家へと戻るのであった。