艦隊雑記・ろくでなし   作:Jasさん(Jasmine)

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第一話

「はぁ…」

 

自室で今月の戦果諸元を眺めながら、足柄は悩んでいた。思うように稼げない撃沈数。原因は単純明快であった。

 

「どうしてこんなに平和なのかしら…」

 

重巡寮の窓は何故かどれも西を向いている。夕焼けなんてロマンチックなものは見えない。ただ眩しいだけだった。

 

沿岸の制海権はわが方にある。少し前まではこの薄暗くなる時間帯を狙って空襲に来る軽空母が、良い標的になっていた。

だが、敵も増え続ける損害に見合わぬ戦果と見切りをつけたのか、いつの間にか、この時間帯にくるのはジュラルミンの鳥でなく、普通の鳥になっていた。

 

足柄は目を細めて外を見る。

童謡のようにカラスが飛んでいた。

 

実に、実に平和である。

 

「何かこう、刺激的な戦闘がしたいわ…はぁ」

 

ため息ばかり吐くなと、昨日那智に叱りを受けたばかりだが、足柄のため息の数は日に日に増していくばかりであった。

 

平和なのはいいことだ。先日も、安全漁業海域が増えたと聞いた。

輸送船が護衛無しで航行できる安全な航路の確保も、日に日に進んでいる。

 

 

「…那智、今日も付き合ってくれるかしら…」

 

だが、足柄のような戦闘狂にとって、それは死活問題だった。

 

 

夜。賑わいを見せる鳳翔の居酒屋。

そのカウンター席の一角で、そこだけ妙に酒の匂いが鈍く、妙にテンションの低い二人が居た。

 

足柄と那智だった。別に合コンに失敗したわけでは無いのだが、座敷席で派手に酒盛りをする泥酔した朝までちゃんぽんズの方々には、酒の席のネタにしかなっていなかった。

 

「那智ぃ、アンタもかい?そこの狼さんに男どものところへ連れまわされてお疲れかい?アッハハハ!」

 

顔を真っ赤にして大酒食らう、優雅な客船の面影はどこにいったのか。

 

「こいつがいつから結婚できないアラサーになったんだ…それより飲み過ぎだぞ隼鷹、明日は嚮導艦隊の大規模演習がだな…」

 

「つれないですよぉ~ナチさ~ん、ほらほら飲みましょ飲みましょアシガラさんもほら、おほ〜えへへぇ」

 

他人に進めておきながら、もう浴びる勢いで酒瓶を空にするPolaにツッコミを入れたい那智だったが、それよりも足柄が心配だった。

 

なんだかんだ言いつつも、姉妹であり、戦友であり。

戦場で共に死線を潜り抜けた仲間同士、どうにも無下に出来ないものがあった。

 

「戦いたい戦いたい!兵器の本分っつったら戦闘でしょーが!」

「足柄…お前、演習先の駆逐艦になんて呼ばれてるか知ってるか?」

 

那智は半ば呆れ気味だったが、冷静さを保っていた。

 

彼女は滅多な事でベロベロにはならない人間だった。

酒との付き合いは長く、そして密だった。彼女は律し方を心得ていた。

 

カウンターには2人の開けた空の酒瓶が既に5本置いてあったが、那智は頰こそ紅潮しているが、彼女の基準では、まだ素面だ。

 

「みんな!イヨ特製おにぎり食べる!?食べよう!?」

外観に似付かぬ酒豪っぷりを今晩も申し分無く発揮しているのは、潜水空母伊14。Polaといい、姉がいないと手が付けられなくなる艦娘の筆頭だ。

手には彼女自ら握った、蛍光グリーンのおにぎりがあった。「光おにぎり」というらしい。

 

最早、何も語るまい。

皆、やりたい放題である。ここまで混沌とした酒盛りが繰り広げられるようになったのも最近の事だ。

戦闘回数の減少は、艦娘の意識の琴線を緩めていった。

 

それに、艦娘が足りなくなる事態もまず発生しなくなったので、朝まで飲もうがお構いなしなのである。

 

「食える色素だといいな」

 

隅の席で、マメアジの唐揚げ肴に芋焼酎を開ける日向が呟く。

 

「そういう問題じゃないでしょ…日向」

ちびちび御猪口をかたむける伊勢は、ここで数少ない常識人だった。

 

 

 

「全く…あのアル重(バカ)と一気飲み勝負だと?馬鹿にも程があるぞっ、ほら肩を貸すからしっかりしろ!」

「うーん…ああーっ…Oops」

 

 

 

「ああ…お腹痛い」

執務室の防空加工済み窓から鎮守府上空を旋回する単葉の三座水偵を眺める瓶底眼鏡に無精髭を蓄え、側から見れば軍人というより技術畑出身に見えるであろう男、ここの提督。

 

彼は引き攣った笑みを浮かべながら、時計を確認する。

時刻は10時丁度を指していた。

 

となるとあの三座水偵は演習相手の艦隊から発進した機であり、それが示すのは約束の時間の訪れだ。

 

「くたびれた装備に、くたびれた艦娘か…」

 

ぼやきをかき消すように、重々しい扉の開閉音が執務室に響いた。伊勢が連絡に来たのだった。

 

「提督、演習相手の艦隊、もう間もなく着くって…って提督!?」

 

伊勢が見たのは、あの微妙な表情を一切崩さず、ただ腹を抑え床でうずくまる弱々しい提督の姿だった。

 

「…伊勢…編成は昨日決めた通りで…」

「あれ?提督?」

 

「どうした伊勢…って何があった。白目剥いてるぞ。」

「日向っ!提督が!」

 

提督の胃潰瘍は、今日も悪化の一途を辿っていく。

至極当然だった。

演習相手は誰が決めたか、どこかのお偉い提督が直々派遣した嚮導艦隊。

 

練度はハッキリ言って「異常」である上、お偉い方々の視察というオマケ付きなボリューミーすぎるメニューである。

 

手も足も出ずにやられたとなれば、練度不足と判断されるに違いないし、その責任がどこに飛ぶかと言ったら、艦隊指揮の最重要責任者でもある提督である。

 

だが、事はそれ以上の問題を抱えていた。足柄である。戦闘狂が戦場を掻き乱す。

 

そのうちに演習弾は鎮守府施設に飛び火し、訪れるのは地獄。

だから足柄は編成にいない。今朝那智から「足柄は今日はまともに動けんだろう」という話を聞き安堵した提督だったが、もしも再起動したら。

 

その時もう彼の胃は潰瘍どころでは無くなってしまうだろう。彼に出来る事は、「願掛け」として艦隊に編成した雪風に祈る事しか無かった。

 

 

「皆サーン!ヨロシクオネガイシマース!」

 

陽気な挨拶により幕を開けた「演習」。港湾に集結した二つの艦隊。

物々しい艤装を身に纏った艦娘たちは、互いに出撃前の最終確認を行っていた。

 

砲火を交える相手艦隊の先頭で、似非外国人的な風貌を醸し出しているのは他でもない、高速戦艦・金剛だった。

 

彼女は嚮導艦隊の旗艦であり、「お偉い提督」の虎の子の戦力といわれるだけはある。

陽気に見えるその風貌とは裏腹に、その目はこれっぽっちも笑っていなかった。

 

対峙する日向はそれをいち早く見抜いていた。

 

「…お手柔らかに頼む。こちとら寄せ集めもいいとこだ」

 

表情一つ崩さぬまま、金剛の「兵器」としての冷たい瞳を見つめながら、そう言った。

 

日向の艤装の飛行甲板には、晴嵐のように主翼が折りたたまれ、操縦席部分が遠隔操作ユニットに交換された「瑞ファンネル」こと、明石渾身のびっくりドッキリメカ、「瑞雲32型」が大量に搭載されていた。

 

彼女の瑞雲に注ぐ情熱。整列し羽を休める瑞雲には、ネタと一言で片付けるのは些か早計かと思うほど、さながら今にも飛び立たんと猛り立つ荒鷲のような気迫があった。

 

「親睦を深めるのが一番デス!気負わないで楽しくやりまショ!」

と、金剛。

 

「ああ。では」

日向は振り返り、自艦隊を眺めた。

自分、伊勢、那智、雪風。それから、伊13。

空母がいない。連中は酒で全滅していた。

この状況では良い采配と言えよう。あの提督も、人を見るのは下手ではない。

が、勝つのは無理だろう。

どれだけ長く保たせられるか。そういうことになろう。

 

『@#$)…‼!!』

突如、インカムに雑音が飛び込んできた。

 

「日向だ。艦隊の帯域で入ってるぞ。誰だ、どうした?」

『…#$%…胃散、胃散っと…あぁマジの元帥殿の艦隊だ…ううっ!』

提督だった。

 

「…落ち着け。無線入ってるぞ」

『あら?…あーっ、すまん…」

「ほら、貴様はあと少しで下がれるだろ?シャキッとしろ…」

 

 

そんな提督とはうって変わって、にこやかに、しかし堂々と立つ元帥提督。

その雰囲気は、金剛と同じだった。

そこにいるのは優しいおっちゃんなどでは無い。軍人だった。

今この一瞬にも、相手を見極めんと光る彼の双眸は、鋭いナイフのような気迫があった。彼は何か無電すると、観戦用のテントへと入っていった。

 

そんな様子を呆けて眺めていた提督に、雪風から無電が入る。

『しれぇ、勝ったら間宮券を頂けるんですよね?』

 

「そりゃそうさ。ばら撒いたって良い。勝てればだけど…」

『んー…はい!勝てますよ!きっと勝てます!』

「そりゃ良い!雪風の予感はよく当たるからなあ」

 

口ではそう言っておいても、相手の艦は普段から鬼のような鍛錬を積んだ金剛型4隻に加え、噴式戦爆の運用が可能な装甲空母、翔鶴型改二甲を引き連れている。

 

対してこちらの戦力は伊勢型2隻に那智、そして雪風の4隻に加え、足りない航空戦力を少しでも補強するために、伊13までもが配置されている。

伊13には、明石が昨晩徹夜で完成させた「切札」とやらを搭載したようだが、それが何なのかを知る明石は未だに起きて来ず、あろうことか装備を託した彼女にさえ伝えられていない有様だった。

 

「あー、みんな、ちょっと聞いてくれ。…別にな、勝たなくても良いんだ。ただ…」

「ただ…」

 

その瞬間、提督の胃は限界を迎えた。

 

出来の悪いだるま、起き上がることな引き攣った笑みを浮かべたまま、痛みに耐えきれず脂汗を浮かべながらぶっ倒れた提督。これで指揮系統も潰れた。

 

 

 

「さて…ズイコミュは久しぶりだ。上手く扱えるかな。」

 

ズイコミュこと、ズイウン・コミュニケーター。日向にのみ搭載された謎システム。

遊園地一つを瑞雲色に染め上げたり、瑞雲のプラモをメーカーに再販させたり。

機能と呼べるかさえ謎の機能が盛りだくさんなのだ。

 

「あんまり無茶しないでね?日向が倒れちゃ困るどころじゃないんだから。」

「いや待て色々初耳なのだが。そもそも提督が倒れてしまっては私達の指揮はどうなるんだ?」

「(那智、聞こえるか?)」

「脳内に直接…!?」

「これもズイコミュの機能の一つだ。さらには自動でファンネルを発進、戦闘まで行ってくれる。指揮は私が執ろう。」

 

問題はあらかた解決した。してしまった。艦娘達は海へ出る。妖精音楽隊が、盛大に軍艦マーチを奏でていた。

 

 

 

 

「うぅ…頭痛い…もう朝か…」

 

昨日は散々だった。酔った勢いでPolaと一気飲み対決をした足柄は、空き瓶の数が1ダースに達する頃には茹でダコのように赤くなっていた。

 

ろくに足も回らず、夜中には結局吐いた。当然二日酔いが回ってこない筈もなく、今日も散々な1日になりそうである。

日光に目を細めつつ、寝ぼけ眼を覚まそうと顔でも洗いに行こうと思い立った足柄は、布団を蹴り上げ起き上がったが、ふと机の上の卓上カレンダーの今日の日付に、誰が貼ったか赤いシールがある事に気づいた。

 

「今日ってなんかあったかしら…」

 

まだまともに働かない脳をフル稼働させ、思い出そうとした足柄。

すると、ふと、那智の一言がフラッシュバックした。

 

『こいつがいつから結婚できないアラサーになったんだ…それより飲み過ぎだぞ…明日は嚮導艦隊の大規模演習がだな…』

 

 

嚮導艦隊の、大規模演習。

 

「ああああーッ!そうだわ…!演習…すっかり忘れてた…!こんな事なら昨日あんなに飲まなかったのに!」

 

頭痛も忘れ、噴進砲弾のような勢いで朝の支度を済ませた足柄は、重巡寮を後にした。

 

「はぁっ、はぁっ、くっ…早く…戦場に…!」

 

出撃の為、艤装の置かれている乾ドックへ進路をとる。正午近くの日光は、恨めしいほど燦々と降り注いでいた。

 

 

「各艦所定位置に到着した模様…だってさ」

 

無線機をしまいつつ、カタパルトを確認する伊勢を制止し、那智は自身の水偵を取り出した。

 

「私が水偵を出す。対艦攻撃可能な艦載機は出来る限り温存だ」

 

そう言うと、那智はカタパルトに零式水偵を乗せ、コクピットの妖精と目配せする。エンジンが始動した。

合成風力、微妙な艦の傾斜…タイミングを合わせ、3、2、1。

ポン、という音と共に、火薬筒に点火。緩やかに燃焼する炸薬のエネルギーが滑車へと伝わる。

ワイヤが水偵を牽引する。急激に速度を増していく水偵。

 

台車から機体が離れると、妖精は自身の首が折れていない事を確認し、快適な哨戒飛行が始まった。

 

「…始まるな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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