「っててて…あ、明石、生きてるわよね…?」
が、その明石は、瓦礫に上半身が突っ込み、陸上版スケキヨと化していた。
「艦娘が簡単に沈むか!と言いたいところですが…無理です、助けて下さい〜」
足柄はあられもない事になっている明石の下半身に同情しつつ、両足をしっかり持つと、思い切り引っこ抜いた。
「あだだだだ…しかし派手にやられましたねぇ…」
まず目に付いたのは、赤煉瓦の倉庫。見るも無残な姿になっていた。周囲を見渡せば、爆撃の惨状が次々と明らかになっていった。
出撃ドックは瓦礫の山と化し、足柄が缶コーヒーを買った自販機も、原形をとどめない程に破壊されていた。
「さて…こうなっちゃどうしようも…」
「出るわ。これは敵襲よ。演習相手が深海棲艦?最高に面白いじゃないっ!」
足柄は戦闘狂。が、彼女にも矜持はあった。だから屈辱だった。
ここまでみすみすとやられていくのを見ているだけなのが。屈辱だった。
自らの鎮守府が、自らの目の前で破壊された事が。
彼女は闘争を求める。故に曲がった戦争は大嫌いであった。
卑劣な手段に対しても、人一倍敏感であった。
「でも艤装は…!」
「…耐爆塗料塗布済みでしょうが!あんなんでくたばる程、私の半身はヤワじゃないわ!」
足柄は瓦礫の山と化した出撃ドックから、自分の艤装を掘り出し装備した。
所々に傷はあるが、全てが完璧に動作する。
明石はそんな足柄の姿を見て、揺るがされていた。
彼女もまた、この鎮守府を愛していた。自分は工作艦。直接戦闘には関われない。だからこそ、自分の出来る事で役に立とう。そう肝に命じていた。
「足柄さん、5分下さい。"とっておき"を用意しますから。」
普段見せる事の無い、明石の「本気の目」に、足柄は大きく頷いた。
明石はボロボロの赤レンガ倉庫に消えた。それから数分も経たぬうち、明石は再び姿を見せた。背には人間の身長にも匹敵する大きさの、巨大な白い筒を背負っていた。
「それ…何?」
「VOBですよ、ヴァンガードオーバードブースト」
局地強襲用に用いられる艦娘用の推進器(すっとぼけ)、VOB。
構造上非常に脆い上、一度爆発すれば飛散した特殊燃料が深刻な環境汚染を引き起こすので、近年では使用が禁止され、このVOBも本来は廃棄予定だったものだ。
明石は足柄の艤装に花弁状のVOBマウントを取り付けたところで、ふと何か思い立ったようで、また倉庫へ向かった。
今度は一分もしない内に出てきた彼女は、「三十八サンチ」と書かれた巨大な弾薬箱を二つ担いでいた。
「これを伊勢日向さんにお願いします。VOBのキャパシティならば…巡航速度は落ちますが誤差の範囲です。」
VOBに、浮力材と共にピアノ線で半ば強引に取り付けられた弾薬箱。
VOBは小さな動翼しか持たない筒。
空力的に大丈夫なのかと心配になる見た目だが、そもそもそれ自体が莫大な推力で艦娘を強引に飛翔させる物なので、何ら問題は無いはずだった。
キメラは足柄の背部に装備され、弾薬箱がどことなく肩ミサイルにも見えなくもない、そんな見た目だった。
これにはアブ・マーシュもニッコリ。
だが、足柄に巡行形態へのロマン変形機能は無い。が、それが無くとも、VOBは十分以上の速度を与える。
「よし。足柄、出撃よ!」
足柄はニッコリと笑い、親指を立てた。直後、4基のメインエンジンが点火した。足柄+αの質量をいとも簡単に重力に逆らわせる事の出来る、力強い光。
轟音と共に足柄は重力の井戸に逆らっていく。強烈な加速Gが彼女を襲う。
「くっ…中…々…きつ…い…わ…ね…」
ぶれる姿勢を、艤装のCPUが強引にジンバル操作で封じ込める。ピトーが無いので速度は判らないが、とんでもないスピードで飛翔している事は確かだった。
落ち着いて「Danger Zone」も聞けやしない。このままでは間違いなく戦闘海域を通過してしまうが、下方を確認している余裕は無い。というか出来ない。
一か八か、スラスタの燃焼を強制停止させ降下する案も浮かんだ。だが、戦闘海域から大きく外れる事は、さして効果の無い演習弾で必死に抵抗するこちらの艦隊が危険に晒される時間が増える事を意味する。運を天に任せるか。意を決し、エンジンカットを指令しようとした瞬間だった。
「(足柄か!?明石の奴目…VOBを使ったな)」
「ひ…ゅう…が…!?」
脳裏に響く日向の肉声。幻聴ではない。
「(減速しろ!座標を送る!)」
「無茶…言って…っ!」
が、日向からのデータを受信した足柄の艤装は、装備者の意思もお構いなしに推力ジンバルが最大稼働し、Z軸まわりで180度反転した。
後ろ向き飛行、である。
機尾を進行方向に向けた…のである。
「うわあああっ!死ぬ!潰れる!いやあああああっ!」
推力のリミッターは解除され、脾臓破裂・肋骨損壊レベルのGと共にみるみるうちに減っていく速度。
「止まっ…」
空中で静止した刹那、足柄は重力の井戸に捕まった。
「たああああっ!?」
足柄は背面を下に向け、一直線に落下する。重いVOBを装備していては碌に動く事も出来ない。
「ちょ!?外れないの、これっ!?――外れろぉぉぉ!」
その叫びに呼応するように、固定金具が吹き飛ぶ。
外れた。
艤装に音声認識機能を付けたのは誰だろうか。
VOBはバラバラに分解し、足柄と共に落下する。
エアブレーキも昇降舵も、そもそも推力源を持たない足柄は、手足をばたつかせる以外に空中で出来る事はない。
海面はみるみるうちに迫り、数秒後には盛大に水柱が立った。
「…生きてるか?」
日向が見たのは、上半身が海に突っ込み、スケキヨと化した足柄の姿だった。
「…」
「…待っていろ、今助ける」
あられもない事になっている足柄の下半身に同情しつつ、日向は彼女を思い切り引っこ抜いた。
「」
「…白目を剥いている。ダメか。」
気絶しているようだった。流石にフラットスピンを決めながら華麗に着水、そのままガン=カタという風にはいかない。
ふと、日向は前方に沈みかけているVOBの残骸を見つけた。
浮力材の括り付けられた弾薬箱が浮いている。
その光景は、足柄が実弾を運んできたのだ、とすぐに理解できた。
「…よくやった。」
「ハッ!?私、生きてるわよね!?」
足柄は血相を変え、頬を3度叩く。再起動を果たせた様子だった。
「艦娘が簡単に沈むか、だろう?」
弾薬箱を取りに行く日向。その背中には、計り知れぬ頼もしさがあった。
「…お前が来たという事は、何かあったのだろう?」
「やられた。連中はハナからこれが狙いだったんだわ。奴らは深海棲艦。鎮守府は壊滅よ。」
「おーい日向…って、足柄?どうしてここに」
伊勢が飛行甲板に瑞雲を戻しつつ現れた。揚収作業を済ませて来た様子だった。
「…実弾。そういう事だ」
「そうだ…戦力、戦力は!」
那智と雪風の姿は見えない。彼女たちが轟沈した、なんて報は知りたくはなかった。
「那智は雪風ちゃんと離脱してる所…私達もなんとか振り切ったけど…」
「よく振り切れたわね…連中、高速戦艦でしょ?」
「外観はそれでも中身は、という事だ。ル級か何かだろうな。まあ、ひとまずはこれで安心だ。戦艦2隻、重巡1隻。ル級3隻を叩く分には、さして問題は無い。」
「だけど航空戦力が心配ね…VT信管を使ってくるなんて…」
「航空戦力…そうだっ!空母よ!那智と雪風は!」
空母は2隻とも健在。そして、あの時鎮守府に飛来した流星もどきはたったの5機。待機機は未だ大量に残っている筈であり、あの5機も装備換装が済めば再び戦場へと舞い戻る。
その時だった。
『日…さ…!…ん…!…機が…那…さ……智さんっ!』
ノイズまみれの無線が飛び込む。それは間違いなく雪風のものだった。
「雪風ちゃん!?」
しかし、今から向かったところで間に合う筈も無い。追い討ちをかけるように、水平線の向こうには三つの艦影が見えていた。
「不味い…」
足柄の握り拳に、力がこもる。状況は最悪だった…
※
「那智さん!もう少しですっ!」
大破した那智を先導する雪風。度々双眼鏡を覗いては、必死に敵機の所在を確認していた。
「くっ…主機への浸水がっ…!」
那智は、ギリギリだった。浸水は機関室の一部まで及び、速力も満足に出ない状況だった。
この状態では回避運動もままならず、一度空襲を受ければ、その結果は想像に難く無い。
だが、戦神は更なる悲惨さを求める。雪風は、2時の方向より飛来する「何か」を視認した。
「まさか…っ!」
雪風は咄嗟に無線機を起動した。だが、伊勢日向の瑞雲が健在とは限らないし、仮にこちらに回してくれたとしても、到達には時間を要する。今は1分1秒でも惜しいし、その1分1秒が死へと直結する地獄の一丁目でもあった。
「日向さん!伊勢さん!敵機が!」
「ッ…!?がっ!」
その時、那智が爆発を起こした。損傷した缶に浸水し、水蒸気爆発を起こしたのだった。
「那智さんっ!那智さん!」
悲痛な叫びが、那智に一つの結論を出させた。
自らは雪風の足枷となる。雪風を危険に晒す事になる。
ならば――――
「っ…雪風…行けっ!私に構うな!進むんだ!」
「那智…さん?」
死神と揶揄された雪風。数々の艦の最期を見届けてきた雪風。彼女の持つ双眼鏡は、見る事しか出来なかった彼女の、戒めのような物だった。だからこそ。
「駄目です!誰も沈ませません!雪風はっ!雪風はぁっ!」
堪え切れなくなった雪風は、大粒の涙をこぼした。
だが、「もう死神なんかじゃない」、その言葉が発せられることはついに無かった。
それは自身がこの姿を得た時から決めていた事。言葉にする必要なんて初めから無かったのだ。
絶対、大丈夫なのだと。雪風は沈まないし、誰も沈ませはしないのだと。分かりきった事だった。
「…護ってみせます!」
涙をぬぐい、空を睨む。敵影はかなり大きくなっていた。雪風は機種判別の為、再び双眼鏡を手にした。
編隊の先頭を翔ける機の姿は、両主翼にエンジンナセルを懸架した独特のフォルム。
それは間違いなく「橘花」のそれだった。
だが、本来より暗い緑色の迷彩を纏い、エンジン音の一つも響かせないまま飛行するその姿は、深海艦載機そのものだった。
「あれは水平爆撃しか出来ない機体…!なら、こうしますっ!」
雪風は那智の手をしっかり掴むと、出せる限りの出力を絞り出した。
「雪風…」
橘花隊はぐんぐん迫る。機首が下がっているのが見え、緩降下爆撃をするつもりだと雪風は判断した。
「当たるかぁっ!」
橘花もどき隊が次々に爆弾を投下する。雪風たちの大きく手前で投下された爆弾達。
当たるはずが無いと思っていた。
だが、爆弾の一つが雪風の手前に着弾すると、爆発することなく、「海面を跳躍した」。
「反跳…!?」
咄嗟に舵を切るも、躱しきれない。
その瞬間、雪風には1秒が、まるで1時間のように感じられた。全てがスローモーションに見えた。
「あつい…!」
雪風の艤装各部のダクトが、規定値を超えた排熱を行う。それは、ダクトを赤熱させるのに十分なほどだった。
何かが熾る。
雪風の身体に灯った炎は、彼女の何かを焼き尽くそうとしていた。
その刹那、爆弾は雪風を目前にして空中で炸裂した。
爆風が彼女の身体を揺らすが、損傷は無し。幸運にも信管の設定が甘かった様子だった。
「今のは…」
空には、第2波の攻撃隊が雪風たちを睨んでいる。
戦いは続く。