空中には未だ、再びの攻撃チャンスを狙う敵艦載機がいた。
状況は先程と何も変わっていない。だが、毎回幸運の女神が微笑んでくれるとも限らない。
「ところでなんだが…」
那智は雪風に問う。
「どうしました?」
「あの艦載機、撃墜しなくては鎮守府に危険が及んでしまう。」
既に鎮守府は滅茶苦茶だが、主要な施設はまだ一部が残っている。
完全に機能を奪い、この鎮守府を機能停止に追い込むのであれば、それらを破壊してしまうのは、奴らにとって得策と言える。
何より、あれらには敵となる海鷲も存在しない。
好き放題爆弾を投げ込めるのだ。やらない理由など、弾薬・燃料費をケチる程度の事しかない。
「隼鷹さん、千歳さんは出撃できないんですか?」
「無理だろうな…きっとまだ寝てる。…三式弾も、中身は塗料の模擬弾だからな。」
「雪風の対空砲撃も、お役には立てませんね…」
塗料を塗りつけ、視界を奪えるキャノピィも無い。
こちらの武装は漬けていないの桶の上に載った漬物石同然。無用の長物である。
「だが…おかしいな。それは奴らも分かっている筈。何故私達だけを付け狙う…?」
「うーん…那智さん、私達の艦載機は高角砲に反応って…」
「…しないな。識別信号が出ているはずだ」
「だったら!もう鎮守府に攻撃が回っている…!?」
「ッ…十分にあり得る話だ…」
話に合点が付いた、その時だった。
突如、上空を旋回する敵機が、一気にダイブを始めた。まるでこの瞬間を待ちわびていたかのような素振りでだった。
「急降下爆撃っ!?」
『似せているのは外見と識別信号のみ』それがあの艦載機の本質であり、外観が橘花であっても、まるで頑強な艦爆でも扱うかのような機動で降下をする。
みるみる迫る敵機は、手始めに手負いの艦にとどめを刺すべく、爆撃照準を那智に合わせた。
彼女もまた、それにはすぐに気づいた。だが、回避運動を取れる余裕も無い。
再び雪風が手を伸ばした瞬間、敵機の腹から黒い塊が投下される。
第一波が着弾。数個の爆弾は、那智の艦体から僅か数メートルのところで炸裂。
大きく振り回される那智。その瞬間、水柱と共に発生した大波は、彼女に思わぬ打撃を与えた。
「速力が出にゃあぐっ!?…し、舌を…」
口の中に生じた血液の風味に不快感を感じつつも、そんな余裕があるのか、と言わんばかりに第二波攻撃の嵐が訪れようとしている。
「那智さんっ!」
雪風が那智に駆け寄る。
だが、曳航しての速力が、急降下爆撃の精密な照準を確実に躱すのには不十分過ぎるという事は、先程の交戦でよく分かっていた。
だがこれ以上何が出来るだろうか。反撃する手立てはない。避けきれる保証など無い。
それでも、これしか出来る事は無い。雪風は那智の手を強く握る。その手は、哀しいほどに震えていた。
「さあ、『雪風』を護るんですよ」
突如、二隻の脳裏に声が響いた。どこか懐かしさを感じる、聞きなれた声。
「…『』さん?」
雪風はつぶやく。誰に向けて?
爆弾が炸裂してもいないのに、水面が膨れ上がった。
それどころか、固体ロケット燃焼時特有の爆炎が上がっている。
その煙の主は、すぐに姿を見せた。ノーズコーンの無いロケットのような、尾部にノズルを持つ筒が二つ、海面を脱し、みるみる上昇していく。
ある程度登ったところで、筒は花弁の開くように展開し、それに呼応するように、推力1.5㌧を生み出す高温ヴァルター機関から噴き出す高温の燃焼ガスが、エンジンの「主」を持ち上げる。
「何が…起きたんだ…?」
〔秋水三尺露を払う。姫君は、ナイトが
折りたたまれた翼が開き、その面積いっぱいに風を受ける。
高温高圧の燃焼ガスにより生み出されるパワーは、機首がほぼ垂直にある今この状況でも、しっかりと支えるどころか、機体の高度を上げつつあった。
「これは…秋水?」
聞いたことがある。那智は記憶を辿っていた。
あれはレイテの半年前だっただろうか。第4次遣独潜水艦作戦。新型戦闘機の技術供与。
一方は橘花だったか。もう一方は高空で大推力を得る為、燃料と共に酸化剤を積み燃焼させるロケットエンジンを心臓とする迎撃機。
わが海軍の「彗星」艦爆と同じ名前を冠すその機体。
資料が潜水艦と共に海の藻屑となった後も、帰還した技術者の僅かな資料を基に、その機体は最後の剣となるべくして完成を見た。
その名は「秋水」 研ぎ澄まされた
だが、その日本らしい名前を知ったのは、私がこの姿になってからの事だった。
〔名付けて、『
秋水Ⅱは放物線の頂点、推力偏向とエレボン操舵で強引に機首を下げ、失速寸前の状態から推力のみで加速しつつ、敵機を正面に捉えると、両翼付け根に設置されたレーザー機銃を放つ。
光速で進むレーザーは、敵機に避ける暇も与えない。
瞬時に炎上、バラバラになり墜落していく敵機の姿を、二隻の艦娘はただただ眺めることしか出来なかった。
秋水は自身が撃墜した機体に目もくれず、ただひたすらに次の敵を、また次の敵をと狙いを定める。
圧倒的な火力、旋回力。機体剛性が心配になるようなその圧巻の空戦機動は、特殊な耐G処置の施された妖精といえど成し得る物ではない。
キャノピは無く、妖精の代わりに載っていたのは、「機械」だった。
「凄い…!敵が次々…」
空はたった2機の局地戦闘機により瞬く間に制された。
秋水Ⅱは高度を下げると、旋回を始めた。まるで主を待ちわびる忠犬の様に、推力を絞り低速で旋回を続けている。
「那智さん!ソナーに感ありですっ!」
そんな光景を呆然と眺めていた矢先、突如雪風が叫ぶ。
「…敵ではない。」
水面から、伊号潜水艦特有の潜舵をもつ艦首が顔を出している。
「感謝する…伊13。」
メインタンク、ブロウ。瞬く間に全身が水上に出る。
すると、秋水はそちらに向かって飛行を始めた。
「すみません、遅くなってしまって…間に合って良かった。その…空母を見つけてしまって…つい。」
「ちょっと待て、空母をどうしたんだ…?」
「沈め…ました」
伊13は満面の笑みを浮かべる。
「ちょっと待て!実弾…持って行ったのか…?」
「それは…明石さんが…」
昨晩、工廠にて。四徹の明石は狂喜していた。
「うひょひょひょひょ!出来ましたよ!出来ましたよ潜水艦搭載型秋水!さあ、うちには潜水空母が2隻もいますからね!きっと大喜びでしょう!ポチっておいたヒドラジンもここにっ!」
作業机に無造作に置かれた「艦娘装備シリーズ 局地戦闘機秋水」と描かれた箱の中には、解体済みランナーが突っ込まれている。明石はその机の引き出しから容器を取り出し、強く握りしめる。
続いてエプロンから、不穏なマークが覗く円筒を出す。
「さらにっ!今回は響さんが里帰りした時にもらってきたシクヴァル(核弾頭搭載済み)もありますよ!お客さん、ここで装備していくかい?」
「それは素晴らしい!」
「イヨちゃん…」
※
「海が!」
「汚れますっ!」
戦いは、まだ終わらない…