究極の一を求めて 作:シルフィーベル
学校が終わって歩道を歩いていると一台のトラックが対向車線からガードレールを突き破って卑劣なるアンブッシュを仕掛けてきたので体がサンマのたたきよろしく弾き飛ばされた俺は死亡した。
「え?ここどこ?雲の上に立ってるんだけど不思議…この列なんなの?ねえ、なんで誰も反応してくれないんだ?これドッキリ?ドッキリなの?ドッキリと言ってよバーニー!」
「お前地獄、お前天国、お前転生、お前地獄、お前天国…」
「えっちょっと待って、俺だけなんか扱いおかしくない…って、足元に穴が?!おいなんだこの導入雑すぎんだろおおおおお!」
―――ロンドン、時計塔周辺のカフェにて、一人の男がアニムスフィア家の現当主、カルデアの所長であるところのオルガマリー・アニムスフィアと卓を挟んでいた。
「―――説明は以上よ。あなたには我がカルデアで一人のマスターとして働いてもらう事になります…ちなみに拒否権はないと思ってもらって構わないわ。アニムスフィア家にとって、あなたのような極東の浅い魔術師などどうとでもなるのだから。これは人類を守る重大な作戦…まあ、そんな作戦に端役でとは言え登用されたのだから、胸を張って誇るといいわ」
オルガマリーの言葉を静かに聞いていた男は、飲んでいたコーヒーから口を離しそっと受け皿に置いた。
少年、と言ってもいいだろう。年にして16、17程だろうか。黒い髪の毛に健康的な素肌。そして冬の服装に身を包んだ男の顔は精悍ではあるもののまだ幼さを内包していた。
しかし、その闇の様に黒い瞳は鷲のそれのように鋭い。そんな瞳がオルガマリーの目を射抜いて、彼女はそっと冷や汗を流した。
3代程しか続いていない、極東でひっそりと続く歴史の浅い三流魔術師。どこにでもいる、それこそ履いて捨てる程度にはいるありふれた人材。それが書類で見た彼―――士道剣治に対するオルガマリーの第一印象だった。
普段ならそのような三流魔術師などアニムスフィアの名を使えばいくらでも押しつぶせる程度の存在であり、今回もマスター適正とレイシフト適正の値が三流の癖に多少あるから目が留まった…つまりいざという時の代用品として雇う手筈であったのだが―――
(…ずいぶんと剣呑なやつね)
オルガマリーは内心唸っていた。カルデアにいるレフの事が多少恋しく思う程度には、目の前の男が油断ならない相手であると本能で理解していた。
―――何を考えているのか分からない。その一言に尽きた。このカフェに―――大きく言えば時計塔に呼び出し、初めて会った時から、その表情からはいかなる感情の機微もうかがい知ることはできず。若年者だてらにカルデアという一組織を、レフの助けを借りて胃を痛め時に吐血しつつヒスりつつも、他の組織から守り続けたオルガマリーをして、士道剣治を読む事が出来ないのだ。
それだけで油断ならない相手である、とオルガマリーの直感は告げていた。
「で、どうなの?」
カルデアの概要を説明してなお沈黙を保つ男に、オルガマリーは多少焦ったように答えを急いた。
男―――剣治はそんなオルガマリーに対して、目を閉じしばらく思案し、そして―――口を開いたのだった。
「ちょっと何言ってるのかわからない」
「…は?」
予想だにしなかった剣治の言葉にあっけにとられたオルガマリーのぽかんとした顔を見て、剣治は先ほどの寡黙さは何だったのかというかのように照れた顔を浮かべて首を傾げた。
「…なんッッッッなのよそれェ!!!!」
この日、とあるお洒落系カフェの店内にて、オルガマリーの怒声が響き渡ったのだった。
――――――――――――
「はぁー…」
再三にわたる説明を終えたオルガマリーは力が入っていた分抜けた気力をカフェの机の上に上半身とともにぶちまけていた。見当違いな警戒心が爆発してその分全身が怠く思えた。
いや、先ほどの一幕だけではない。南極から出立し様々な国を回り、国連の用事を済ませ、時計塔で多くの大御所を相手に説明をし、そして今に至る。この道程にオルガマリーの休憩など一つも挟まれてなどいない。そして先ほどの拍子抜けも大概なイラつき恥ずかしの出来事に、さしものオルガマリーも息絶える寸前であった。
「なるほどな…つまり2016年に何かが起こって人類が破滅するから、それを阻止するために徴用したいと…」
剣治はそう呟くと、大きくため息を吐き出した。
「そっかー…あー…そういう事ね…うん、完全に理解した…」
「…一体何なのよ、その反応は!私を…アニムスフィアを目の前にして、あまりに無礼とは思わないの!?」
「いや、すまん。別に馬鹿にしてるわけじゃないんだ。ただ、個人的な感想というか、衝撃が大きかったっていうか…」
「…まあ、確かに人理がどうとか、想像しづらい事ではあると思うわ。なんたってスケールが違うもの。正直、あなたにはあまりにも荷が勝ちすぎているでしょうね。だけど勘違いしないで。あなたはただの予備よ。本命―――それこそ、あなた程度の魔術師がどれだけあがこうとかないっこない先鋭がいるのだから」
「いや、その辺はきちんと分かってるさ。俺のような三流魔術師に声をかけるのも、大事を取っての事なんだろう?身の程はわきまえてるつもりだ」
「それならいいのだけどね―――で、どうするの?」
オルガマリーの言葉に、剣治は一つ頷いた。
「微力ながら、手伝わせてもらうよ。なんたって―――」
「そう。ならいいわ。ああ、別に理由なんて言わなくてもいいわ。あなた程度にこれ以上時間を使うつもりなどないのだから」
「…なんたって、人類の危機だっていうんだからな。だったら一人の人間として、いかない訳にはいかないだろう?」
「話を聞いてたかしら?」
話を続ける剣治に、オルガマリーは目元をピクリと動かした。
「それに、最近はやることもなくて手持無沙汰で困ってたんだ。遠路はるばるイギリスまで来たんだから、手ぶらで帰る訳にもいかないしな」
「あのね、あなた!私の事を――」
「俺はあなたなんて名前じゃない。そういえば自己紹介がまだだったな。まあ、そっちは俺の事を知っていたようだったけど―――士道剣治だ。気軽に剣治とでも呼んでくれ」
「…シドー。私の事を若輩者だからと言って軽んじているようだけれど、私はこれでもアニムスフィア家の現当主にして、人理継続保証機関フィニス・カルデアの所長よ。こっちはあなたの発言一つでで今後のあなたの人生だって棒に振る事が出来る。それを理解しなさい」
目力を入れて凄むオルガマリーに、剣治は動じない。
「まあそういうなよ。さっきも言ったが、遠路はるばるイギリスまでやってきたんだ。まだ疲れが取れてなくてな」
「あのねぇ…!」
けろっとそんなことを言う剣治に、オルガマリーはついに机に膝をついて顔をうつむかせた。
「瞼が痙攣するのは、ストレスをため込んでる証拠らしいぞ」
「…どういう事?」
顔を上げたオルガマリーに、剣治は自分の瞼を指さしてオルガマリーに目配せした。
「しばらく休憩に付き合うくらいは良いんじゃないか?働きづめで碌に休憩もないなんて、いつ死んでも仕方ないからな。死ぬのは勘弁だ」
「…」
剣治の言わんとすることを理解したオルガマリーは、怪訝な目で剣治を見つめた。
「あなた…一体何なの?」
「別に。ただの三流魔術師だけど?」
「…到底魔術師らしくない男ね…まあいいわ、数分程度なら付き合ってあげる…」
それから数分。彼らの間にぽつぽつと会話が生じた事もあったが、つつがなくオルガマリーは一人のマスター候補を勧誘することに成功したのだった。