新たな芽吹きを感じさせる緑は赤色となって人々に色鮮やかな姿を見せつけると、すべてを散らしてまた人間に感動を与えようとしばしばかりの睡眠に入る。
そろそろ温かい飲み物が手放せなくなってきたこの頃。
外は暗闇に染まり、黒さが増している。
夜の読書のおともにキッチンで紅茶を作っていると携帯が軽快な音を鳴らした。
映し出された名前は意外な人物。
「どうした、軽井沢?」
オレの協力者――と呼ぶには語弊があるかもしれない――である軽井沢恵からの連絡。
クラスでもトップカーストの彼女とは以前にある接点から関係を構築していた。
自分の感情をコントロールするのに長けている彼女だが、明らかに通話口からの様子はおかしい。
携帯を手放しているのか、曖昧にしか情報が把握できなかった。小さく喚き声のようなものが聞こえ、オレは音量を最大に設定する。
その瞬間、悲鳴が響いた。
「助けて、清隆!!」
伝わる明らかな非常事態。
思い当たる節はあった。想定していた内に軽井沢に直接手を出してくる奴にも心当たりがある。
もしかしたら外に出ているかもしれないが、まずは部屋から確認すべきだろう。
すぐさま行動順序を決めると安心させるように返事を返した。
「わかった。すぐに向かうからオレが来たら相手してくれ」
オレは急いで服を着替えると、軽井沢の部屋へと階段を駆け上がる。
エレベーターを使えばだれかと鉢合わせる可能性があったし、オレの場合はこっちの方が早い。
大きく肩を上下させながら以前に聞いていた彼女の部屋の前にたどり着くとインターホンを押した。
すると、すぐにドアが開き、涙目の軽井沢の姿が見えるとオレは中へと連れ込まれる。
「大丈夫か?」
そういいながらオレは視線を上から下へと動かし彼女の体に傷がないことを確認する。
少しばかり安堵して、どうしてオレに助けを求めたのか尋ねようとすると彼女は胸元へと飛び込んできた。
「お、おい。軽井沢?」
彼女らしからぬ行動に動揺する。
というか近い。風呂上りなのかいい匂いがする。密着しているため女の子特有の柔らかさもあった。
しかし、そんな感触を楽しんでいる場合ではない。
「軽井沢? 泣いてないで教えてくれ? なにがあった?」
「……あ、あれが出たの……」
「何が?」
「く、黒い奴!」
「黒い奴?」
オレは彼女が指さす方向へと目をやる。そこには壁を這うようにカサカサと動く全人類の敵がいた。
……なるほど。
「……もしかしてお前、ゴキ――」
「言わないで言わないで! 見るのも嫌! 名前を聞くだけでも嫌! はやくどっかにやってよ!」
「ああ。わかったから離してくれないか? すぐに殺すから」
「それもいや! あ、あいつ飛べるのよ……。もし私の方に飛んで来たらどうすればいいのよ!?」
「そう言っている間に冷蔵庫裏に隠れてしまいそうだぞ」
「それはもっといやぁ!!」
「じゃあ、はやく」
「す、すぐにやってよ!? 絶対だからね!」
念を押す軽井沢を落ち着かせるように背中をポンポンと叩くとオレは慎重にターゲットへと近づく。
「雑誌借りるぞ」
了解を待たずにテーブルに散らばっていたファッション誌を手にすると次の移動場所を予測する。
奴のスピードと向きから導き出して動き出した時を逃さずに振り下ろした。
乾いた音が響く。
見事に的中。ただ光景はグロテスクなのでさっさと処理してしまおう。
「軽井沢。袋とかないか?」
「ひ、引き出しの下にゴミ袋……」
「これか。一枚拝借するぞ」
所持していたハンカチを濡らして事後処理を終えるとすべて袋の中に放り込んで封をする。
これで脅威は去った。軽井沢の安眠は約束されただろう。
死体はオレの方で捨てておこう。精神状態にもあまりよくないしな。
「終わったぞ」
オレは依頼主に任務終了を告げる。隅で目を閉じながらぷるぷると体を震わす軽井沢の姿は普段とのギャップも相まって可愛らしかった。
「ほ、本当?」
「ああ。もういいだろう? オレは帰るぞ」
もう少しこの軽井沢を見ていたかったが長居は禁物だ。
表面上、軽井沢は平田と付き合っていることになる。プールの時と違って個室からオレが出てきたとなれば話は違ってくる。
オレとしてもそれは避けたかった。
ゴミ袋を手にして周囲に気を配りながら外に出るタイミングを見計らう。だが、それを邪魔するように袖口を引っ張る手があった。
「……まだ何か用か?」
「……帰らないで」
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまう。
「だ、だって、他にもいるかもしれないし! そしたらまた私が対処しないとダメじゃん!!」
「大丈夫だろ。オレも半年は住んでいるが一匹も見たことないし今回も偶然まぎれこんだみたいなもんだと思うぞ」
「わ、私を守ってくれるって言ったし……」
あれはそういう意味じゃないんだがな……。
いや、さすがに軽井沢も理解していないわけじゃないだろう。そのうえでこうやってお願いしてきてるのだ。
この様子だと何を言っても引き下がらないだろう。
かといって他の誰かに頼ることもできない。
……はぁ。
「……わかった。一晩だけだぞ」
「……ありがとう」
真っ赤になった顔を見られたくないのか、目を合わせようとしない軽井沢。
それでもお礼を言える辺り、ちゃんと感謝を感じているということだろう。
「……そういえばどうして最初にオレを選んだんだ? それこそ平田とか呼べばよかったんじゃ」
「……こ、こんな時間に洋介くんに迷惑かけられないし」
オレならばいいということか、そうですか。
「それにあんたなら信用できると思ったから……。前のプールの件でも一人だけ興味なさそうだったし……」
……なるほど。
それを言われると納得もする。どうやら池たちの盗撮行為を阻止したのは思ったより軽井沢の好感度を上げていたらしい。だが、一つだけ訂正しておく必要がある。
「オレはちゃんと異性に興味はあるぞ」
「そ、それをいま言うわけ? バカじゃない? 身の危険を感じるんですけど」
「安心しろ。オレがそんなへまをするような奴やないっていうのもわかってるだろ?」
「……そりゃそうだけど」
オレの今までの行動を知っている軽井沢にしか使えない説得。
唇はとがらせていたが彼女は不本意ながらも受け入れたようだ。
「あんたの性癖なんかどうでもいいの。それよりもさ……清隆」
「なんだ?」
「ベッドまで運んで」
「訳が分からない」
「い、いいから! 早くして!」
まるでどっちの立場が上なのか、わからないなこれじゃあ。
これ以上顰蹙を買うのも厄介だ。今日だけは軽井沢の言うことを聞いてあげることにしよう。
「へ、変なところ触ったら怒るから」
「おー怖いこと」
オレはゆっくり近づくと彼女の軽い体を持ち上げて、ベッドの上に寝かせる。
あれだけ洋服やアクセサリーを買っているにもかかわらず、しっかりと整理されているようで特に部屋が散らかってはいない。
「意外だな」
「……なにがよ」
「もう少し汚いかと思った」
「失礼ね……。あたしだってそれくらいするから。ていうかジロジロ見ないでくれる?」
お前からこっちに来させておいて何をいまさら……いや何も言うまい。
ジト目から逃れるべくオレは彼女から離れようとするが、それを彼女がつかんだ手が許さない。
「……何のつもりだ?」
「ここで私を守っていて」
「それはずっとこのままってことか?」
「そ、そうよ。今日だけだから……」
……なんというか今日の軽井沢はおかしい。
しおらしさが出ているせいか、普段の三倍はかわいく見える。
あまりこういうことを考えたことはないが、なるほど。クラスでもトップが許される容姿というわけだ。
今晩だけはオレはお姫様を守る騎士、か。
半年前の自分が今の状況を見れば何というだろうか。
……まぁ、少しばかりは学生らしい生活が送れているのかもな。
「…‥悪い気分じゃない」
「……なにが?」
「こうしてお前と一緒にいる時間が」
「は、はぁ!? 壊れた!?」
「ひどい言い草だな……。正直に感想を述べたまでだ。気分を悪くさせたなら謝るが?」
「……ううん、別に嫌じゃないし……むしろ……」
「……?」
「……なんでもない。あー疲れた。あたしもう寝るから。あっ、入ってきたら通報する」
そう言うと軽井沢は枕に倒れるとピンク色の毛布を頭までかぶった。
どうやらオレはこのままで一夜を明かさなければいけないようだ。
不眠はつらくないがろくに態勢を変えられないのがきつい。
なぜなら軽井沢は眠りに入ってもオレの手を離しはしなかったから。
改めて軽井沢の手は小さく、肌はきめ細やかく、爪先までしっかりと手入れされていた。
ほどよい温かさがオレの手を包む。
元来、手が冷たいオレにはそれが心地よく感じられる。
「…………」
視線だけ軽井沢に向ける。
布団に遮られているせいで今の彼女がどんな表情をしているのかはわからない。
安堵して眠っているのか。まだ怒りにこわばらせているのか。
ただ役目を言い渡されたオレとしては一つの結果を望むばかり。
「……おやすみ。いい夢、見れるといいな」
独り言に返事はない。
だが、手を握る力が強くなるのを感じて、オレは微笑んだ。
基本的に時系列はバラバラです。
現在、Webにアップしている分が尽きたら、完結扱いにしようと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。