軽井沢恵と過ごす日々   作:小早川 桂

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『幸せな想像』

 昨日、あたしは清隆と付き合うことになった。

 

 もう気が動転して告白された時はどうしようかと思ったけど、自分の気持ちに素直になれた。

 

 そして今はベッドの上で、ようやくじわじわと沸いてきた実感に悶えている。

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 年甲斐もなく、ジタバタと足をばたつかせる。

 

 昨日から落ち着く気配を見せない、行き場のないこの感情をどうにか発散させたかった。

 

 外に出る気分にはなれず、春休み最終日をずっと家で過ごしている。

 

「噂の誤解を解くために出かけたのに、まさか噂を認めることになるなんて誰も予想できないわよ……」

 

 正直に言って、どんな話をしたのかはよく覚えていない。

 

 ただ付き合っていること。清隆から告白されたことだけは話した記憶がある。

 

 あたし自身も衝撃が強くて……あと、幸せな感情が溢れてしまって、上手く思考がまとまらなかった。

 

「……クラスにはバレてるよね……」

 

 昨晩からポンッ、ポンッと通知音が鳴り止まない。

 

 もうクラスだけじゃないかも……。

 

 あたしと清隆が恋人だという噂は瞬く間に広がっていく。

 

 もう止めることはできない。

 

「……いや、別にしなくてもいいんだけどさ」

 

 あたしとあいつは実際付き合ってるわけだし……。

 

 ……そっか。これからはコソコソしなくてもいいんだ。

 

 色々と起きすぎて、つい抜け落ちていたけど。

 

「きょ、教室でも清隆と喋っていいのよね」

 

 今まではジッと見つめるしかできなかった。

 

 だけどあたしから話しかけても、清隆からでも誰に文句を言われない。言わせない。

 

 夢にまで見たシチュエーションに妄想が膨らむ。

 

『清隆っ』『なんだ、恵』『なんでもなーい』

 

 何気なく名前で呼んだり。

 

『清隆。ご飯いこ?』

 

 休み時間を二人きりで過ごしたり。

 

『恵。帰りにどこか寄っていくか?』

 

 放課後。青春の思い出を作り上げたり。

 

 ……あいつにそこまで期待するのは酷かもしれないけど、告白してきたのは向こうだし……ちょっとくらい希望を持ってもいいはずだ。

 

『オレは軽井沢恵が好きだ』

 

「……あんなにはっきり言ってくれたんだから」

 

 ぎゅっと枕に顔を押しつける。

 

 もう今日は何も手につかないだろうし、このまま寝てしまおう。

 

「うるさいこれだけ済ませて、はやく寝よ」

 

 働き者の端末を手にとって、アプリを開く。

 

 一覧のトップには綾小路清隆の名前があった。

 

「っ!」

 

 他には目をくれず、アイコンをタップする。

 

 相変わらず短いけど、間違いなく今までのあいつとは違うメッセージが送られていた。

 

『明日の朝。待ち合わせしないか』

 

「…………えっ」

 

 信じられず、まぶたをこする。

 

 しかし、一文字たりとも変わっていない。

 

 つ、つまり、一緒に登校しようってお誘いよね……! 

 

 みんなに見られる恥ずかしさと清隆と少しでも隣に居られる嬉しさを天秤にかけて、すぐに結論は出た。

 

「……何時にしたらいいの?」

 

『恵に合わせる』

 

 メッセージを送ると、すぐに返信は返ってきた。

 

 清隆も気にかけてくれているのかと思うと、ちょっと嬉しい。

 

「じゃあ、7時半」

 

『部屋の前まで迎えに行った方がいいか?』

 

「そ、それは無理! 恥ずかしすぎるから!」

 

『なら、ロビーで』

 

「わかった。……おやすみ、清隆」

 

『ああ。おやすみ、恵』

 

 やり取りも終わり、電源を落とした端末をクッションに放り投げた。

 

 この幸福感を味わっていたかったから。

 

「……変な気をつかったりなんかしてさ……」

 

 清隆なりに恋人とはどんな関係なのか考えてくれたんだろう。

 

 それこそ前のプレゼントみたいにネットの受け売り通りに行動してるかもだけど……。

 

 清隆があたしのために調べて、彼氏であろうとしてくれる事実だけで喜んでしまう。

 

「……あたしも思ってたより単純なのかも」

 

 またふつふつと羞恥心が出てくる。

 

 熱くなった顔を冷ますようにあたしは洗面台に向かうと、顔を洗った。

 

 ついでに寝る準備も済ませてしまう。

 

 どうせ明日の朝にはバレるんだから返事はいいでしょ。

 

 こういうのは相手をしてもキリがない。

 

 女子の恋愛に対する好奇心は走り出したら、なかなか止まれないもの。

 

 教室についたら絶対に質問攻めにあうのもわかっているし、その時に説明しよう。

 

 再びベッドに寝転び、部屋の電気を消す。

 

 清隆と通学デートかぁ。通学デート……。

 

「……やばい。寝れない」

 

 想像をしただけで目がさえてしまう。

 

 遠足前の小学生じゃないって言うのに……どれだけ楽しみなのよ、あたし。

 

「……いや、めっちゃ嬉しいけどさ」

 

 明日の朝は早めに起きてシャワー浴びて、ちゃんと化粧も整えて……。

 

 清隆にもらったネックレスもつけていこうかな。

 

 ……ハート形なんて流石にバカップルすぎるけど、清隆がせっかく誕生日プレゼントでくれたものだし着けておきたい。

 

 やることが多いのに、今からこんな状態じゃ絶対に時間が足りなくなっちゃう。

 

「……アラームかけとこ」

 

 絶対に寝坊したくないあたしは普段ならベッドに潜っている時間から10分おきにアラームを設定した。

 

 これで大丈夫。……大丈夫だと思うけど、一度心配になってしまうとなかなか不安はぬぐい切れない。

 

「……清隆におはようコールしてもらって……」

 

 そこまで口にしてブンブンと首を振った。

 

 い、今のあたしはちょっとおかしかった! ていうか、ここまで緊張しすぎ! 

 

 相手はあの清隆よ!? 

 

 これまでさんざん迷惑かけられてきたんだから、ちょっとくらい遅れたって文句を言われる筋合いはないわ! 

 

 そう思ったら、なんだか緊張がほぐれてきた気がした。

 

 毛布をがばっと頭部まで収まるように引っ張って、目を閉じる。

 

 こうしていればいつのまにか寝てるでしょ。

 

 だけど、思いとは裏腹にあたしが眠りに落ちたのはそれから1時間以上経ってからだった。

 

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ふわぁ……ねむた」

 

 眠りが浅かったあたしはあくびを手で隠しながらエレベーターから降りる。

 

 まぁ、そのおかげでばっちりと準備もできたんだけどさ。

 

 不幸中の幸いってやつ? 

 

 なんにせよ約束の時間には間に合った。

 

「……もう来てるし」

 

 見渡せば、目当ての人物は本を読みながら立っていた。

 

 小さくあくびをして、目元をこすりながら。

 

 意外な一面にあたしはびっくりして、少しだけ笑ってしまう。

 

 もしかしたら、清隆もあたしと同じように柄にもなく緊張したのかもしれない。

 

 そんな想像をしたら、ニヤけてしまうのが抑えられなかった。

 

 あたしは足を速めると、清隆に声をかけた。

 

「おはよ、清隆」

 

「ああ、おはよう、恵」

 

 彼は本を閉じると、学生鞄にしまって歩き出す。

 

 あたしも隣に並んだ。今は、これがあたしたちの自然な形だから。

 

「清隆にしては珍しいんじゃない?」

 

「何の話だ?」

 

「さっき、あくびしてたじゃない。あたし、清隆のそんな人間っぽいところ初めて見たかも」

 

「見られていたのか。……オレはロボットじゃないぞ」

 

「感情の希薄さはロボット顔負けだけどね」

 

 口では勝てないと踏んだのか、清隆は目をそらして会話を打ち切る。

 

 そして、あたしの追及を逃れるように新しい話題を振ってきた。

 

「ジロジロ見て、なにが面白いんだろうな」

 

「人間はね。恋話が大好物なのよ、ロボットくん」

 

「……今は何をやっても敵わないな」

 

「なんか優越感あるかも」

 

「存分に浸ってくれ。……話は戻すが、恵は気にならないのか?」

 

「注目されるのには慣れてるし。あとは開き直りかも」

 

 平田くんとの関わる中で避けて通れなかった道だし、一晩経ったらある程度は覚悟できていた。

 

「あとは……」

 

「なんだ?」

 

「……清隆とこうやって居れるのが嬉しいから、かも」

 

 清隆と腕を組む。手を伸ばして、指を絡める。

 

 あたしだけに許される、彼女の特権。

 

 あんまりがっつきすぎるのは嫌がられるかと思ったけど、これくらいなら問題ないと思う。

 

 この前は抱きしめられたわけだし。

 

 心臓はバクバクとうるさいけど、あの時に比べたらまだ余裕があった。

 

「……思っていた以上に緊張するな」

 

「本当に?」

 

「街中でよくあんな普通にできるなと、他のカップルを尊敬するくらいには」

 

「なにそれ」

 

「オレも一介の男子高校生と変わらないってことだ」

 

 きっと今のはさっきの意趣返しだ。

 

 どこまでもロボット扱いは気に障るみたい。

 

 それならもうこのいじりはやめてあげよう。

 

「気を張り詰めすぎて、授業中に寝ないようにね」

 

「安心してくれ。ロボットは眠たくならない」

 

「うわっ。性格わるー」

 

「冗談だ。だが、教室についても一息つく暇もなさそうだな」

 

「男子の方でも話題になってるんだ?」

 

「どうやら同じ目に遭いそうだ」

 

「……まぁ、いいんじゃない? それも込みで、清隆はあたしに告白してくれたわけでしょ?」

 

「そうだ。あの言葉に嘘はない」

 

 あたしの探るような質問に、清隆は即答する。

 

 なお一層、あたしの気分はよくなった。

 

「ほら、もう学校に着いちゃうし。うじうじしてるのも性に合わないでしょ」

 

「……恵の言う通りだな。なるようになる、か」

 

 清隆の手を握る力がちょっとだけ強くなる。

 

 あたしもぎゅっと握り返す。

 

 また明日もこうして幸せな朝を迎えられますように。

 

 今まで知らなかった清隆の手の温かさを感じながら、あたしたちは校門をくぐった。


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