寄生虫は寄生先と共に生活をしなければならない。
自分を守ってくれる存在。
それのためならばなんだってする。結局は自分の身を守ることに繋がるからだ。
だからといって彼女がオレの部屋にいる理由には全くならないが。
「ねぇ、清隆」
「………」
「……無視するの止めてくんない? さっさとここ教えてよ」
「はぁ……」
思わずため息が漏れ出てしまう。
カーテンで遮っていても射し込んでくる日光もだが、主にリビングに居座る軽井沢恵の姿に対して、だ。
テーブルに参考書とノートを開けてつまらなさそうに顔を歪ませている。
彼女もオレに勝る大きな息を吐くと、凝り固まった背筋を伸ばした。
天高く突き上げられた両腕。半袖のせいでちらりと横から汗が垂れる腋。
胸を覆っている黒の布地がほんのすこしだけ覗ける。
「……変態」
だが、オレの視線に気づいた軽井沢はすぐに腕で抱きしめるようにして隠す。
そのまま距離を置くように座る位置を動かした。
「あんたもやっぱりこういうことに興味あるわけ? だとしたら幻滅なんだけど」
「悲しき男の性だ。許してくれ」
「嫌。嫌……だけど今は私が頼んでいる立場だしね。早く勉強教えてくれる?」
「わかった」
オレは軽井沢の隣に腰を下ろして問題集を見る。彼女の答えと照らし合わせて、間違いの原因を探した。
佐藤からの告白の追求の後、再度軽井沢から連絡を受けた。
それは彼女が理解できなかった問題の解説をする教師役になること。
どうやら今日は夜の部に平田は問題の作成で来れないらしく、オレにその役目が回ってきたらしい。
数週間後にはペーパーシャッフルという新たな試験が待ち受けている。
軽井沢も一学期の試験を経験したことで今のままではいけないことに気づいていた。
彼女なりにオレに頼ってでも少しずつ変わろうとしているのだろう。
変化は良いことだ。
きっと彼女のDクラスでの価値はさらに上がる。
もちろんオレの中でも。
だから、こうして教えているわけだしな。
「この公式を当てはめて応用する――で、こうなるわけだ。わかるか?」
「うーん、なんとか……って、やっぱり頭もいいんだ」
「自慢するほどでもないが、高校程度なら支障はない」
「ふーん……。じゃあ、どうしてテストは手を抜いてるのよ。普段通りやった方がいいんじゃないの? 成績も上がるし」
「オレは目立たずに過ごしたいんだよ。だから堀北を隠れ蓑にしている。前に言っただろう?」
「……まぁ、あんたのことだから何か考えがあるんだろうけどさ」
「そういうことにしておいてくれ」
そんな会話を交わしながら彼女のテスト勉強は進んでいく。
集中がおざなりだが、熱心に吸収しようとしているのはオレにもわかる。
まだ秋口とはいえ暑さは中々にしつこく引かない。
ジッと座っていればうっすらと汗も滲む。軽井沢のうなじにもまた一筋の水滴が流れていた。
軽井沢が問題に没頭しているのを確認して、オレはキッチンへと移動する。
冷蔵庫から缶ジュースを取り出すとこっそり背後に回り、無防備な首筋へと当てた。
「ひゃんっ!?」
おっ、可愛い声。
「冷たいしっ! なにしてんのよ、あんた……!」
缶ジュースよりも冷たい視線を浴びせてくる軽井沢。
企みが成功したオレはジュースを彼女に手渡すと休憩を告げた。
「少し緊張を解してやろうと思った。もう三時間も経ってる。集中するのも良いことだが休息も必要だ」
「……それなら普通に言えばいいのに」
「これは個人的にだが……お前が困った姿を見たかった……というのもある」
「は、はぁ!? なに言ってんのよ、あんた!」
顔を真っ赤にさせる軽井沢。
からかったつもりなんだが……それを言えばまた怒られるので黙っておく。
「そろそろいい時間だろう? お前もそれを飲んだら帰れ」
「え? もうそんな時間?」
軽井沢は携帯を見やる。画面には20:30と映し出されていた。
いつのまにか夕食時を過ぎていたようだ。
「うわ……マジじゃん。全然気がつかなかった……。通りでお腹が空くわけだ」
「そういうわけだ。今なら他のクラスメイトもいないし、安心して帰れるぞ――っておい。何してるんだ?」
「何って……ご飯作るんだけど」
「……お前なぁ」
「あたしの手づくり食べれるんだから大人しくしときなさいって。……結構入ってるんだ。自分でも作るの?」
「たまにな。基本は惣菜頼りだ」
「ふーん。ま、なんでもいいけど。台所借りるわよ」
オレの返事を聞く前に軽井沢は調理を始める。
もう好きにしてくれ……。
オレも諦めて、席についた。
ポニーテールを揺らしながら流行りの歌を口ずさむ軽井沢の手は軽快だ。
見た目に反して家庭的少女である。
「軽井沢」
「なに?」
「料理できたんだな」
「ぶん殴るわよ」
そんなユーモアなジョークを絡めながら心地よい調理音を聞くこと数十分。
シンプルながらとても美味しそうなハンバーグが二人ぶんも出てきた。
一丁前にソースも用意したらしく、果物の甘い匂いが食欲をそそる。
「……どんな錬金術を使ったんだ?」
「とことん失礼ね、あんた……。ちゃんと一から作り上げたんだけど?」
「冗談だ。手づくりなんて久しいからな。味わって頂く」
「どうぞ」
そう言うと軽井沢の視線はオレの手もとへと注がれる。
そんなに見られると食べにくいんだが……表情から察するに上手く出来ているか不安なんだろうな。
ソースのかかった分厚い肉塊を箸で割ると中から肉汁が溢れる。
食べやすいサイズに切り分けると口へと運んだ。
「…………美味い」
噛み締める度にしっかりと主張してくる肉の旨味。
絡まったソースが果実をベースにしてあるのであっさりとしており、いくらでも腹に入りそうな錯覚に陥る。
何よりまた食べたいと思わせる魅力がこのハンバーグにはあった。
顔を上げると軽井沢は輝いていた。
褒められて心底嬉しそうな、彼女らしい曇り一つない素晴らしい笑顔。
「でしょ!? ちゃんと勉強してきたんだから!」
「勉強?」
「あっ、いやだから……な、何でもないから冷めないうちに食べたら!?」
「ああ。もちろん」
そこから軽井沢も箸を取り、食事を始める。二人で囲む食卓は少しだけいつもより楽しく思えた。
「軽井沢は将来、いいお嫁さんになれるな」
「は、はぁ!? これくらい普通だし!」
「そうなのか? でも、料理はすごく美味しかったぞ」
「……どれくらい?」
「毎日食べたいと思うくらいには」
「……私、もう帰るから洗い物はよろしく」
隠すことでもないので正直に感想を告げると軽井沢は一息も入れずに帰宅の準備をする。
……何か地雷を踏んでしまったか?
もしかしたら、からかっていると捉えられたのかもしれない。
今日は自分でも不思議なくらい饒舌だったしな。
一応、弁解はしておこう。
「軽井沢。さっき言ったことは全部本心だからな」
「……だから余計に恥ずかしいんじゃん……」
「え?」
「別に。ただやられっぱなしってのも性に合わないし、一言だけ言わせて」
軽井沢はオレの元へと近寄ると、オレの手を包み込むように握った。
そして、下から照れくさそうに目をそらして確かにこう言った。
「もし貰い手がいなかったらあたしが清隆のお嫁さんになってあげる」
「……は?」
「ぷっ……あははっ! 間抜けないい顔。さっきの仕返しだから本気にしないでよね」
「……わかってる」
「なら、いいんだけどさ。じゃあ、お疲れ。……また、明日ね」
中途半端にあげられた手が小さく左右に揺れると軽井沢は部屋を出ていく。
色々と言ってやりたいことがあったはずなのにオレは動くことが出来なかった。
さっきの言葉を思いだし、気がつけば頬が緩んでいる。
……いや。まさかな。
オレは頭を振ると、火照る体を誤魔化すようにシャワールームへと向かう。
そのせいで聞き取ることは出来なかった。
「……なに言っちゃってんだろ、あたし。……バカ」
ドア越しの彼女の呟きを。