軽井沢恵と過ごす日々   作:小早川 桂

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『二人の距離を埋める方法』

「やっと帰ったか……」

 

 夏休み最終日。

 

 青春の暴走は見事に失敗して意気消沈した池たちだったが、悔しさのあまりオレの部屋で反省会という名の打ち上げをやり始めた。

 

 どうせオレに拒否権はないのでおとなしく参加していたが、まさかこんな時間まで続くとは思わなかった。

 

 アルコールが入っていないのに、あんなにもはしゃげるのは若さゆえか。

 

「……オレも同級生なんだよな」

 

 自分の年寄りみたいな感性に少しショックを受けつつ、オレは部屋を掃除する。

 

 打ち上げをしようが勝手だが片付けくらいはしてほしいものだ。

 

 スティック型の掃除機を床に沿って動かしていると、ポケットに入れていた携帯が震える。

 

 受信したメッセージを開くと、新たな来客の存在が映し出されていた。

 

「……こいつまでなんだ?」

 

 オレはいったん掃除機を止めるとエレベーターを使ってエントランスまで向かう。

 

 そこから暗い茂みに続く道へ逸れると呼び出した張本人がいた。

 

 夜が世界を支配する中、金色の髪をしている彼女は特に目立つ。周囲に一目がないことを確認してから声をかけた。

 

「どうした、こんな時間に?」

 

「ちょっとあんたに用事があったの」

 

「なんだ? ちゃんと報酬なら払ったはずだが……?」

 

「そう。報酬。たくさんありがとう。っていうか、こんなにもらってよかったの? ラッシュガードも買ってもらったし、綾小路はお金足りてるわけ?」

 

「あいにくオレは無趣味でな。食費さえあれば事足りる」

 

「……高校生のくせに寂しい人生送ってるわね……」

 

 自覚はあるからそんな憐れみを含んだ目を向けるのはやめてほしい。

 

 なんだかみじめになってしまうだろう。

 

「ふーん……まぁ、いいわ。ついてきて」

 

「どこに?」

 

「自然公園。この時間なら誰もいないし」

 

「……話の流れが見えてこないんだが」

 

「夏休み、最後の一日を半分あんたに譲ってあげたんだから夜は私に付き合ってよね」

 

 そう言うと軽井沢は足元に置いていたバッグの中から派手な色で装飾されたパッケージを取り出した。

 

「…‥花火?」

 

「そ。さっき買ってきたの。そういえば夏なのに一回もやってないなーって」

 

「いかにもって感じだな」

 

「灰色の休みを過ごしたあんたが寂しくないようにあたしが付き合ってあげるんだから感謝してよね」

 

 なんという理不尽。

 

 だが、全く持って軽井沢の言う通りだからオレは何も反論はできなかった。

 

 それにしても……。

 

「お前が言うとなんだか裏があるように感じてしまうな」

 

「なにそれ。ひどくない?」

 

「いや、花火をするならオレじゃなくてもよかったわけだろ? わざわざオレを選ぶ必要があったのか?」

 

「それは……ほら。私、ポイントないって言ったじゃん。それなのに花火なんか買ってたら変に思われるでしょ? だから唯一、事情を知っているあんたを選んだってわけ」

 

 軽井沢は嘘をつくのがへたくそだ。

 

 すぐに視線がさまようし、言葉の端切れも一瞬だが悪くなる。

 

 きっと心の根はいいやつだから、罪悪感が姿を出してしまうのだろう。

 

 軽井沢は反省のできる、過ちを過ちと認めることのできる子だ。

 

「……で。いくの? いかないの?」

 

 少々、不機嫌な声音で尋ねてくる軽井沢。

 

 実質、答えは一択しか用意されていない。

 

 オレが諦めの混じったため息を吐くと、それを了承と受け取った軽井沢はニッと口角をつり上げた。

 

「じゃあ、あっちに行こ。ベンチあるんだけど人通りも少ないから。それにこんな時間だもん」

 

 オレの言いたいことを先回りするように述べた彼女は目的の場所へと歩いていく。

 

 笑っているのも相まって揺れるポニーテールが尻尾のように思えた。

 

 忠犬……というタイプでもないな、軽井沢は。むしろ噛みついてきそうだ。大事に扱おう。

 

「なに? あたしの顔に何かついてる?」

 

「いや。それよりもここでいいのか?」

 

「うん。さっそくやっちゃおう」

 

 自然公園の中にある噴水を中心にドーナツ型の広場。円に並んだベンチの一つに荷物を置くと、袋を破いて一本取り出すとオレへと渡してくる。

 

「そういえば軽井沢。お前、バケツとかは持ってきてないのか」

 

「え、あそこの水を使えばいいじゃん」

 

 そう言って彼女は噴水を指さす。

 

 あんなところに花火の燃えカスを落とせばすぐに問題となってオレたちは容赦なくつるし上げられるだろう。

 

 少なくとも茶柱先生はそうする。

 

 それにオレと軽井沢の関係が周囲にばれるのもよくない。

 

 本来ならこうやって二人きりで話しているのも褒められた状況じゃないが……そうだな、手短に終わらせるか。

 

「駄目だ。今日は中止だな」

 

「はぁ? ここまで来て何もしないとかありえなくない?」

 

「わかった、わかった。じゃあ、これだけな」

 

 オレは袋の中から何とも頼りない小さな花火を取り出す。

 

 線香花火。

 

 派手で色鮮やかなものとは対照的に弱い。なのに、淡く光る橙色はとても幻想的で人々の心を魅了する。

 

「これだけならなんとかなる。ほら、ライター貸してくれ」

 

「……仕方ないか。はい、これ。気を付けてよね、危ないんだから」

 

「優しさが染み入る」

 

「なにそれ、きもっ」

 

 互いに慣れないことを言い放ち、少しの間を空けて破顔する。

 

 自分で言っておいてなんだが、さっきのはオレのキャラじゃなかったな。

 

 だけど、軽井沢。そんな腹を抱えて笑わなくてもいいんじゃないか?

 

「あー、久々に笑ったわ、あんなにも」

 

「……そんなに面白かったか?」

 

「普段の綾小路とのギャップがね。なにキメ顔して言ってんのって感じで。写真撮っておけばよかったかも」

 

「オレもぜひ見てみたかったな。ほら、着いたぞ」

 

 パチパチと音をはじけさせて、小さな灯は短い命を一生懸命に生きようとする。

 

 軽井沢はベンチに腰掛けると、ジッとそれを眺めていた。オレも距離を置いて、横に腰を下ろす。

 

 笑いの余韻が残る中、打って変わって夜本来の静けさが辺りに広がる。

 

 彼女は時を見計らったかのように口を開いた。

 

「用事。聞きたいことがあったんだけどいい?」

 

「オレに答えられることだったらな」

 

「あんたはAクラスを目指してるんだよね」

 

「奇しくもそうなる」

 

 入学したときはそんなことは全く考えてもいなかった。

 

 普通に進学し、普通に学生生活を送り、それこそ軽井沢の言う青春とやらを満喫するつもりだった。

 

 堀北に関わり、須藤の事件を経て、オレはいつの間にか戦場へと自らの足で踏み入れて策を練っている。

 

 結局、本性はなかなか変わらないのだ。

 

 軽井沢もいじめられっ子だった過去を拭い去るために、わざわざこんな閉鎖的で離れた場所を選んだのだろう。

 

 オレと軽井沢は根本的に似ているのかもしれない。

 

 そこまでわかっているからオレもこいつを片棒を担ぐ相手として選んだ。

 

「…………」

 

「……どうした、不安そうな顔して。Aクラスに上がれるのはお前にとっても悪い話じゃないだろう」

 

「……あたしってさ。将来、何かなりたいっていうのがないんだよね。ここを選んだのも中学の奴らと会わなくていいからだし。正直、進学率とか就職率とか興味なかった」

 

「奇遇だな。オレも同じ口だ」

 

「は? やりたいことがあるからAクラスを目指すんじゃないの?」

 

「違うな。オレにとってはAクラスになることに意味があって、それによって生まれる成果には興味がないんだ」

 

 綾小路清隆にとって最も大切なのは『勝者』であることだ。

 

『勝つ』ことがオレにとって最高の報酬であり、最優先事項。

 

 世の中のすべては0か1。それでしかない。

 

 そういう風に育てられてきた。

 

「……あんたのこと余計にわからなくなっちゃった」

 

「よく言われるよ」

 

「変な奴。……でも、これからあんたを知っていくつもりだし」

 

 まだまだ余力のありそうだったオレの花火がポトリと落ちる。

 

 それを見て彼女はにんまりと笑った。してやったりという顔だ。

 

「なに? 動揺したの? あたしにこんなこと言われて嬉しかった?」

 

「……そうだな。軽井沢と仲良くできると思って動揺してしまった。オレも軽井沢のことは好きだからな」

 

 また一つ、小さな光の玉は地面へと迎えられる。

 

 暗闇に目立つ赤色。傍から見てもわかるくらいに顔を紅潮させた軽井沢は口を一文字に結んで、こちらをにらんできた。

 

 だが、そこに全く怖さはない。むしろ、愛嬌がうかがえる。

 

「……もちろん人として、だからな?」

 

「わ、わかってるわよ、それくらい! あー、もうっ! こんな性格の悪い奴とずっと一緒だなんて最悪……!」

 

「ひどい言い草だ。それに大げさだな。たった三年間だろ?」

 

「は? あたしは卒業してもあんたと一緒のつもりだから」

 

 こっちが『は?』と言いたいくらいなんだが……。

 

 よっぽどオレは素っ頓狂な表情をしていたのだろう。軽井沢は自虐するように訳を話す。

 

「だって寄生虫はずっと寄生先に守ってもらわないと生きていけないもの」

 

「……それでいいのか? 軽井沢は」

 

「さっきも言ったじゃん。特にやりたいこともないって。だったら、あんたについていこうと思ったの。悪い?」

 

「いや、お前が構わないなら別に……」

 

 ――と口にしたところで、自分の失言に口を閉ざす。

 

 いつの間にか、当たり前のようにオレは軽井沢を受け入れようとしていた。

 

 どうしてだろうか。

 

 一緒にいて落ち着くから? 

 

 違和感ない素の自分を出せるから?

 

 それとも、オレは――。

 

 自問自答を繰り返し、思考の海に潜りかけた時。ふいに手が柔らかい感触に包まれた。

 

 握られることはない。

 

 ただ本当に上に重ねられただけ。

 

 目をやれば顔をこっちに向けないようにしながらも軽井沢が手だけ伸ばしていた。

 

「ねぇ」

 

「……なんだ?」

 

「卒業してもあたしを守ってくれる?」

 

「考えておく」

 

「……もう少しそっちにいっていい?」

 

「……好きにしろ」

 

「ありがと」

 

 そう言うと彼女はほんの少しだけ、オレの方へと座る位置を寄せる。

 

 だが、それでもオレと軽井沢の間にはこぶし一つ分の距離があった。

 

 ……もし、もしオレがこれから軽井沢恵という人間を理解していったなら。お前が綾小路清隆という人間を知っていけたならば。

 

 この距離もいつかはなくなるのか、軽井沢……?

 

 その問いの答えはまだわからない。用意されていない。

 

 だから、これから探っていこうと思う。

 

 答えにたどり着く道を。

 

 そのための一歩として、オレはそっと彼女の手を握った。

 

 夏の暑さとは違う熱が胸を焦がす。

 

 そんな感覚に襲われて。

 

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