軽井沢恵と過ごす日々   作:小早川 桂

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『好きの自覚』

 この学校には多くの店が立ち並ぶ。趣味、娯楽店ももちろんのこと。

 

 その中でもお気に入りの店であたしは慣れない買い物をしていた。

 

 あたしには似つかないメンズの服を手に二つの商品を見比べる。

 

 そして、清隆のことを思い浮かべてブンブンと頭を振った。

 

 ち、違う、違う! どうしてあいつのこと思い浮かべてんのよ!?

 

 いや、あいつのことなんだけど!

 

「はぁ……どうしてこんなことしようとしてるんだろう、あたし……」

 

 夏に行われたクルーザーでの試験。生まれた奇妙な関係。

 

 綾小路清隆と協力者になり、あたしは彼に守ってもらう。

 

 弱虫で、己の身を守ることもできないあたしには敵を排除してくれる味方が必要だった。

 

 それに名乗り出たのがクラスでも人畜無害で目立たない奴だった清隆。

 

 会話するようになってから本当はキレ者だとわかったし、きっとあいつはまだまだ隠し事をしているのだろう。それは少し寂しいけれど、世話になっているのも実感している。

 

 だから、こうして誕生日プレゼントを選んでいるんだけど……。

 

 先日、あいつからの命令のあと何気なしに眺めていたチャットのアカウント。

 

 操作してみればもうすぐ誕生日だとわかった。

 

 試験のおかげでポイントに困ることはない。それにあいつから貯蓄するようにも言われていたし。

 

「でも、あいつの好みを何も知らないんだよね、あたし」

 

 好みだけじゃない。

 

 好きな料理も、好きな本も、趣味も。

 

 よくよく考えればあたしは清隆のことを何も知らなかった。

 

 聞けば答えてくれるだろうか。

 

 ……ううん、ダメだ。あいつのことだから気が付くかもしれないし……恥ずかしい。

 

「洋介君にもこんなことしてないのになぁ」

 

 ……そういえばどうしてあたしは清隆にプレゼントを贈ろうと思ったんだろう。

 

 誕生日だと知ったから?

 

 いや、それだったら他の男子にもあげている。

 

 清隆だけ特別。

 

「……清隆が好き……とか」

 

 ポツリと呟いてみる。次の瞬間、怒涛の勢いで羞恥が湧き上がり、体温が上昇していくのがわかった。

 

 あ、あいつのことが好きとかそんなのないから!

 

 誰に言い聞かせるわけでもないのに強く否定するあたし。

 

 意識しないようにすればするほど、面白いほど逆作用する。

 

 少なくとも今のあたしの心は清隆一色に染められていた。

 

「お客様。いかがなさいましたか?」

 

「い、いえ。なんでもないです。すみませんっ」

 

 店員に話しかけられてあたしはとっさに服を戻し、店を出ていく。

 

 気を紛らわせようと早足で寮の自室へと駆け込んだ。

 

 バッグを放り投げ、ベッドへ飛び込む。足をばたつかせ、熱が冷めていくまでに数分を要した。

 

 ようやく取り戻した平静。

 

 自嘲気味に深いため息をつく。

 

「なに一人で盛り上がって興奮してるんだろ、あたしは」

 

 あいつはただの協力者で、お互いに利益があるから利用している。それだけの関係。

 

 二人の間に恋愛なんて甘い夢はなくて、ただ現実が転がっているだけだ。

 

 わかっている。受け入れている。

 

 なのに。なのに、どうして……胸がこんなに痛いのだろう。

 

「……ん、佐藤さん?」

 

 通知音が鳴り、パスワードを入力してチャット画面を開く。女子専用のグループチャット。

 

 そこに新しく投稿されたクラスメイトの佐藤摩耶さんの告白。

 

 記された内容を見て、頭を横から殴られたような衝撃に見舞われた。

 

『明日、綾小路君に告白してみようと思う!』

 

 キリキリと締め付けられる感覚。

 

 動揺と焦りが視界を大きく揺らす。

 

 やがて佐藤さんの言っていることが理解できると、次に姿を覗かせたのはどす黒い欲望だった。

 

 ふざけるな。

 

 駄目に決まっている。

 

 守ってもらわないといけないの。

 

 あたしは寄生虫。

 

 いつまでも一心同体なのだから。

 

 あいつはあたしのものだ。

 

 清隆は誰にも渡さない。

 

 次々と出てくる負の感情に任せて否定するような文章を連ねていく。

 

 全て書き終えて、送信ボタンを押す――前にスマホが震えたことで我に返った。

 

 購入の催促メール。普段は鬱陶しいこと、この上なかったが今だけは感謝できる。

 

 あと少しであたしは軽井沢恵を殺すところだった。

 

 深呼吸をして、冷静に努めると当たり障りのないメッセージを打って、また沈み込む。

 

「本当に何してんだろ、あたし……」

 

 いや、わかっている。

 

 あたしは、あたしは綾小路清隆のことが好きなんだ。

 

 一度はっきりと認識してしまえば、考えてしまえば、もう戻ることのできない。

 

 いつしかあたしの気持ちは間違いなく清隆へと向いていたのだ。

 

 あぁ、少しだけ楽になった気分。

 

 犯罪を自白した罪人もこんな気持ちなんだろうか。

 

「別に好きってことが罪でもないだろうに」

 

 自分の気持ちを肯定すると、あっという間に埋め尽くされていく思考。

 

 今はあたしのことを見てもらうために、清隆へのプレゼントを再度考えていた。

 

「……どうせならあたしだけの何かにしたいよね」

 

 多分、清隆の誕生日に気づいているのはあたしだけだ。

 

 あいつは自分のことをあまり話すタイプじゃないし、あの時に堀北さんよりあたしを信用していると言ってくれた。それはつまり、あたしが知りえないことは堀北さんでもわからない。

 

 だったら、これは絶好の機会。

 

 あたしをアピールするチャンスだ。

 

「手作りのお菓子でも作ろうかな」

 

 でも、いつ渡すのか。そもそもあたしと清隆の仲を誰にも知られてはいけない。

 

 だから、過去のチャットの履歴も通話履歴も消している。

 

 さらに加えるならば、好きだとバレてもならない。

 

 清隆のことだから面倒だと思えば切り捨てる可能性も十分にある。

 

「……どうしようもないじゃん」

 

 まさにたった今、口にした通りで。

 

 あたしは結局、ろくな案を思いつくことなく夜を過ごすことになったのであった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 巡ってきた翌日。

 

 言っていた通り、佐藤さんが清隆を連れていく。あたしはその前にあいつにアイコンタクトを図った。すると、向こうも気づいてくれたようだ。

 

 うん、これでいい。あたしは佐藤さんの告白の結果を見届けるまでもなく、教室を後にした。

 

 汗に汚れた体を洗い流し、もろもろの用事を終わらせて、時間が過ぎるのを待った。

 

 そして、ちょうど夜食前。

 

 タイミングを見計らって、清隆に連絡を取る。

 

 ほんの少しの間が永遠に感じられるような緊張感。以前までなら覚えのない感情に戸惑いながらも清隆が出るのを待った。

 

「どうした、軽井沢」

 

 相も変わらず気だるそうな声。

 

 だけど、あたしには愛おしく聞こえるのだから、恋とは人を変える魔法だなと思った。

 

 それはともかく聞きたいことがある。目が合ったから清隆も気づいているはずだ。

 

「あんた、今日、佐藤さんに告白されたでしょう?」

 

「……もう出回ってるのか?」

 

「まぁね。女子のネットワーク舐めたら痛い目にあうわよ。……で、付き合うことになったの?」

 

「それは答える必要があるのか?」

 

「あるに決まってるでしょ。あんたが佐藤さんと付き合ったら誰があたしを守ってくれるのよ」

 

 嘘の中に少し真実を混ぜると信憑性が増す。

 

 本当は付き合っていないという確証が欲しいだけ。

 

 しばしの沈黙の後、あいつは閉じていた口を開く。

 

「連絡先を交換しただけだ。友達から始めようってことになった」

 

 ほっと安堵して、全身から力が抜けるような錯覚をするが、なんとか普段通りを努める。

 

「そ、そう。なら、いいんだけど」

 

「……なんかうれしそうじゃないか?」

 

「き、気のせいよ! そういう感じならいいかな。あんたから連絡することはもちろんないんでしょ?」

 

「そうなるな。オレから特に行動を起こすことはない」

 

「そっか……」

 

「……改めて言っておくが何かあればいつでも連絡しろ。どんな手段を使ってでもオレに任せればお前は助けてやるから」

 

 その言葉に胸が跳ね、喜びがこみあげる。高揚する声を抑えて、返事をした。

 

「うん、ありがとう」

 

「軽井沢から礼を言われると変な気分だな」

 

「どういう意味よ」

 

「いや、忘れてくれ。それからこの後履歴は消しておいてほしい。つながりが記録に残るのはよくない」

 

「それならもうやってるから」

 

「さすがだな。じゃあ、切るぞ」

 

「うん。……おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

「――っ」

 

 通話が終わった後も耳に残る清隆の声。脳内で反芻する間、幸福に満たされる。

 

「ははっ。毒されてるなぁ、あたし」

 

 でも、こんな気分も悪くない。

 

 あたしはにへらと頬を緩めながら、清隆とのチャットを開くと、ろうそくを立てたケーキのスタンプを送る。

 

 誕生日を祝うプレゼントが結局、思いつかなかったあたしはこうすることにしたのだ。

 

 それにいきなり贈り物を用意するなんて、やっぱりらしくないしね。

 

 今はこうやって清隆への好意を自覚できただけでも良しとしよう。

 

 そして、いつか堂々と……。

 

「誕生日、祝えたらいいな」

 

 つながりが消えるようで、ちょっとだけ惜しいけれど。

 

 清隆との履歴を消す。けれど、きっとこの気持ちは消えることはないだろう。

 

 あたしは携帯を放り投げると、満たされたまま眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、軽井沢さん。リボン変えたんだー?」

 

「うん。誕生日プレゼントで貰ったからさ」

 

「えー? 誰から? 平田君?」

 

「うーん、そうだね……」

 

 

 

 ――大切な人から、かな。

 

 

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