「なるほど。参考になるな」
独り言をつぶやくと、次のページへ移動する。
白いベールが街を包む季節は終わり、雪化粧は溶け始めたこの頃。
オレは寮の外である人物と待ち合わせをしていた。
彼女が来るまでの間に普段ならば到底、目を通さない記事を読んでいたのだ。
「やはりプレゼントなんだから直接渡した方が相手もうれしいか」
それも誕生日だ。
手渡しだと、気持ちが込められていて相手も受け取りやすくなるに決まっている。
慣れないことをしようとしているオレだが、この起因は数か月前にも及ぶ一つのスタンプだった。
唯一、誕生日を祝ってくれた彼女に個人的にお礼がしたいと思ってたオレは今日ここに呼び出している。
もちろん、誕生日プレゼントを渡すためとは言っていない。
いつものように話があると伝えただけだ。
実に嫌そうな声音だったが、彼女は間違いなく来るだろう。
それにはオレとあいつの奇妙な関係が根幹にあるのだが、割愛。
噂をすれば、軽井沢恵が髪を揺らしてやってきた。
「……お、おはよ」
「ああ、おはよう」
彼女はあくびをしながら、挨拶をしてくる。
朝早い集合だったので、眠たいのだろう。それでも服装はきっちり整えている辺りはさすがとしか言えない。
「昨日、いきなりあんなメール送ってきたからビックリしたんだけど」
「悪いな。至急、ということだ」
「まぁ……あんたの頼みだし何でもいいけどさ」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、なにも! それで報酬くれるんだっけ」
「そうだ。だから、一緒に買いに行くぞ」
「あたしとしてはラッキーだけどさ。ちょうど春物買いたかったし。……でも、本当にそれだけで?」
「前にもラッシュガードを渡しただろう。あれと同じようなものだ」
「ふーん。……まぁ、なんでもいいけど」
以前、ラッシュガードを買ったことで説得力が増して、納得してくれたみたいだ。
助かった。
誕生日を祝いたいなんて言ったら、ついてきてくれなかっただろう。
ただ少し、機嫌が悪そうなのはなぜだろうか。
今迄の言動に彼女を傷つけるようなことはなかったと思うんだが……。
「なにぼうっとしてんの。早く行こ」
「あ、あぁ、悪い」
思慮にふけっていると、軽井沢はどんどんさきを進んでいた。
オレも駆け足で隣に並び、雑談を繰り広げながら目当ての場所へ行く。
「ケヤキモールとは違うんだな」
「まぁね。クラスの友達と会ったらあんたも困るでしょ。それにあたしの最近のお気に入りは別なんだよね」
そう言う彼女と向かったのはおそらく隔離された土地の中で寮から最も離れたところにある小さな子洒落た店だった。
この時間帯ならば確かに危険な遭遇はない。
「ここ、ちょっと遠いんだけどさ。あたし好みの服そろえてて最近お世話になってるんだよね」
「なるほどな」
「ちょっと見て回ってきていい? それまで試着室で待ってて」
返事を聞かずに、軽井沢は物色を始め出す。
なので、オレは言われるがまま、試着室で楽しそうに服を選ぶ軽井沢を眺めていた。
「彼女さん。綺麗ですね」
すると、客入りがなく暇を持て余しているのか、店員がそんな話題を吹っかけてくる。
……どうやら軽井沢には聞こえていなさそうだし、いちいち否定するのも面倒くさいから適当に流しておくか。
「はぁ、まぁ」
「よろしければ彼氏さんも一緒に選んであげてはいかがですか? きっとその方がお喜びになると思いますよ」
「そうでしょうか?」
「そうですよ! ささ、どうぞ!」
押しの強い店員だな。
オレはしぶしぶ重い足を動かし、軽井沢の隣に並ぶ。
「軽井沢」
「なに? あっちで待っていてって言ったじゃん」
「あー、そのなんだ。オレも選んでもいいか?」
そう言うと軽井沢は信じられないものを見るような目でオレを見ていた。
確かに、オレの性格を知っていたらこんな反応をするよな。
「……熱でもあるの?」
「健康体だ。それで?」
「別に構わないけど……変なの持ってきたら怒るから」
「精一杯努力する」
流行に敏感で、ファッションセンスの高い軽井沢が相手だとハードルが高いが、最大限努力はしよう。
そうして二人で店内をうろつくこと十数分。
軽井沢は二着、オレは一着選び抜き、ファッションショーが開演となった。
「どう? 似合ってる?」
大きめの桃色のパーカーにショートパンツを組み合わせたボーイッシュなスタイル。
軽井沢の流線の美しい足がほぼ露わになっていて、視線が思わず釘付けになってしまう。
垢ぬけた感じで、可愛いと思った。
「ああ。とても」
「オッケー。次は……はい。こんな感じ」
今度は正反対に肌の露出を極限に抑えたシャツにロングスカートだった。
水色に薄い桃色と春を連想させる明るい色調は、軽井沢の活気あるイメージをより印象付けている。
クルリと笑いながら、その場で回る軽井沢も結構気に入っているのではないだろうか。
「どんな感じ?」
「若々しくていいと思う」
「あたしはまだおばさんじゃないんだけど! まぁ、いいや。最後は清隆が選んだやつね。……よいしょっと。はい」
袖口にフリルのついた白のトップスに紺色のストライプパンツ。
オレはあえて普段、軽井沢が着ないであろう服の種類を選んだ。
ギャップ効果を狙った形になる。
スタイルのいい軽井沢なら……と思っていたが、想像以上に大人っぽく。それでいて可憐さもある仕上がりになったと思う。
「……すごく似合ってるぞ」
「あんまりストレートに言われると、こっちまで恥ずかしんだけど……」
「す、すまん。それで軽井沢はどれがいいんだ?」
手を口元にあてて恥ずかしがる軽井沢。オレもわざとらしいが話題を切り替える。
どうやら軽井沢としても悩んでいるのか、唸っては何度も鏡で見比べていた。
やがて彼女は三つとも手にもって、オレの方へ振り向くとこんなことを言ってきた。
「あたし、どれもいいと思ったから選べない」
「確かに甲乙つけがたいな」
「そうそう。だからさ、この中から清隆が選んでよ」
「オレが?」
「そう。あたしの可愛さに清隆が値段をつけるの」
軽井沢はいたずらをする小悪魔のように笑う。
なるほど。
オレは試されているのだろうか。
どれくらい軽井沢を可愛いと思っているか。
どうしてオレがそんなことを考えなければいけないのか、いまいち理解ができないが……。
今日は軽井沢の誕生日だ。
オレも自分の思った通りに答えれば彼女も怒らないはず。
「じゃあ、貸してくれ」
オレはそう言うと、軽井沢の手からすべての服を受け取る。
値段は確認しなくても大丈夫だろう。
必要最低限以外のポイントは使っていない。そこそこの量はたまっているからな。
「さ~て? 清隆はどれを選んでくれるのかしら?」
やけに嬉しそうに軽井沢はこちらを見てくる。
店に他に誰もいないからなのか、態度も普段通りだ。
学校では絶対に見せてくれない天真爛漫な笑顔。
不意に。
本当に脈絡もなく……どこにいてもオレにその笑顔を向けてほしいと、そう思っていた。
「…………」
「ちなみに、あたしのお気に入りは最後に着たやつね。……どうかした?」
「いや、なんでもない。……でも、オレが可愛いと思ったものでいいんだろう?」
「そうね。でも、少しは格好いいところ見せてほしいな~。ん~?」
軽井沢は顔を近づけて、甘い声でお願いしてくる。
オレがしようと思っていたことが、彼女の琴線に触れたらいいが……気にしてもしかたないな。
「じゃあ、レジに行くか」
「清隆的にはどれが良かったの?」
「全部だ」
「え?」
「どれも軽井沢に似合っていた。……全部、可愛いと思った」
オレがそう言うと、みるみるうちに軽井沢の頬が赤みを帯びていく。
恥ずかしさを覚えた彼女はせわしなく髪の毛を弄りだす。
……オレもまともに軽井沢に目を向けられないくらいには羞恥を覚えていた。
初めてだからかもしれないが、こういうことをサラリと出来る奴にある種の尊敬が生まれるほどには。
「そ、そうなんだ」
「ああ、そうだ」
「ち、ちなみに具体的な感想は?」
「少なくともオレが見てきた女子の中でいちばん可愛いと思った。……これ以上は許してくれ」
「あ……うん。あたしも、そろそろ限界……」
「……レジ、行くぞ」
「……うん、ありがとう」
そこからオレたちは終始、無言のままだった。
レジで相手をしてくれた店員さんには『素敵な彼氏さんですね』と言われ、軽井沢の耳は真っ赤に染まり、オレもあまりにも経験が乏しく何もフォローが出来なかった。
……もしかしたら、否定したくないという気持ちがあったのかもしれない。
いや、素直に認めよう。
自分の胸に宿った想いを。
わざわざ軽井沢だけ、こうしてリスクまで冒して誕生日を祝おうと思ったのも。
たった一つの気持ちが理由だろう。
こぶし一つ分だけ開いた距離で歩きながら、オレたちはいつもの待ち合わせ場所にたどり着いた。
缶ジュースを買うと、軽井沢に手渡して隣に腰を下ろす。
「ほら。ずっと何も飲んでなかっただろ」
「……ありがと」
そして、また無言へ。
だが、同じ轍は踏まない。気まずさを覚える前にオレは話を切り出した。
「あの」「あのさ」
「「…………」」
「な、なに? 別にあんたからでいいわよ」
「いや、大したことでもない。軽井沢からでいいぞ」
「……わかった。じゃあ、質問」
「答えられる範囲でな」
「今日、あたしを誘った理由って本当に買収のため?」
思わず口に含んだものを吹き出しそうになる。
チラと目をやると、怪訝な視線をこちらへと送っていた。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、前はポイント渡して『はい、終わり』って感じだったし。なんで今回はついてきたんだろって」
「…………」
「それにあたしと行動しているところ見られるの、あんたにとってもリスクなんでしょ。おかしいと思うわよ、普通」
嘘を追求する鋭い視線にオレは両手をあげて降参を示す。
軽井沢は大きくため息を吐いた。
「そんなところだと思った」
「先に弁解しておくと、ちゃんとした理由があったんだ」
「なに? ろくなことじゃなかったら、ひっぱたくから」
「直接、お前に誕生日プレゼントを渡したかった」
「……は?」
「今日、誕生日だろ。だから、プレゼントしてやりたくて誘った。それが本当の理由だ」
正直にすべてを話すと軽井沢は手から缶を滑り落とす。
一歩後ずさって飛び跳ねると、信じられないといった口調で問いただしてくる。
「ななな……なにそれ! 全然聞いてないんだけど!」
「言ってないからな」
「はぁ! ていうか、どうしてあたしの誕生日知ってるのよ! 教えてないのに!」
「……ちょっと前、オレに誕生日スタンプ送ってくれただろ?」
そう言うと彼女は思い当たる節があって、うなずいた。
「誕生日を祝ってもらえて……だから、オレも確認して、祝おうと思った。悪い。気持ち悪かったか」
「そんなことない!」
「……軽井沢?」
「誕生日祝ってくれて、あたしは嬉しかったよ。最初も『もしかしたら』ってちょっとだけ期待してたし!」
息をつく暇もなく彼女は続ける。
「か、か、可愛いって言ってくれて、それも嬉しかった。だから、その……ありがとう」
小さく、本当に小さな声で軽井沢はお礼を言ってくれた。
それだけでオレの心も満たされた気分になる。
静寂に辺りが包まれるが、さっきまでの嫌な沈黙じゃない。
初めてお互いの気持ちが通じ合ったような、そんな居心地の良さを錯覚する静けさ。
そこにオレたちは十数秒、身を寄せた。
「……そろそろ帰るか」
「それもそうね。あまり長居すると誰かに見られるかもだし」
「今日はありがとうな。我がままに付き合ってくれて。じゃあ、先に帰ってくれていいぞ。オレは怪しまれないように時間を空けて戻る」
「わかった」
軽井沢はそれだけ言い残すと、いつものように立ち上がり――だが、そこから一歩も動こうとはしなかった。
「……軽井沢?」
「あのさ」
彼女はもう一度オレの隣に座ると、ぎゅっと服の袖を握りしめた。
「……また、今度。この服着てあげるから、一緒に……」
尻すぼみになっていくか弱い声。
彼女も頭の中で理解しているのだろう。
オレたちの関係を、損得を考えれば、こんなことを言っても何にも意味がないということを。
だけど、軽井沢は機械じゃなく人間で、感情が理性を飛び越えて先走ることもある。
オレもそんな風に熱くなることを、たった今、覚えた。
「来週、オレの部屋に来てくれないか? 人目につかない時間に」
「――っ」
オレの答えはどうやら満点だったようだ。
軽井沢は瞳を輝かせると、何度もうなずいてくれる。
どうなってしまったんだと自分でも思う。
だけど、もういいだろう。元から彼女をどんな脅威からも守ると決めていたんだ。
自分に火の粉が降りかかっても軽井沢を守る。
オレのテリトリーの中に軽井沢を迎え入れる。
その覚悟を決めた。
「後で連絡するから」
「ああ。楽しみにしてる」
返事をすると、軽井沢は今度こそ立ち去ろうとする。
そして、少しだけ歩いてから、こちらへと振り返った。
「……またね」
彼女は胸元で、小さく手を振っている。
オレも同じように返すと、軽井沢は小走りで寮へと戻っていく。
その後ろ姿が見えなくなると、オレは天を仰いで息を吐いた。
「また、あのサイトに頼らないとな」
自分でも驚くぐらいに、思考は次の彼女と会うことに向けられていたが悪い気分ではない。
むしろ、高揚感で満たされているくらいだ。
……もうここまでくれば勘違いではないだろう。
受け入れてしまえば、意外と簡単なものだ。
「……さて、と」
オレも次までに覚悟を決めておくとするか。
一週間後、彼女に良い返事をもらえるように。