招き入れられた部屋は、外と区別がつかないくらい真っ暗だった。
鍵がかかっていない扉を開けて、中へ進むも電気はついていない。
仄かな橙色だけが視界の道標だ。
テーブルには、白のクリームでデコレーションされたホールケーキに、紅茶の入ったマグカップが二つ。
ケーキにはロウソクが一本立っていて、ゆらゆらと揺れる火がチョコに描かれたメッセージを照らしていた。
「誕生日おめでとう、恵」
清隆から発せられたお祝いの言葉が信じられず、あたしは思わず清隆の頬を叩いたのであった。
「……どうしてオレは倒れているんだ?」
「ご、ごめんって言ってるじゃん。清隆がこんなことするとは思わなくって」
あたしはすぐに清隆に駆け寄ると、体を起こさせる。
「だから、たたくのか?」
「偽物だったら怖いじゃん」
「ちゃんとメールしても疑われるのか、オレは」
うっ。それを言われると、何も反論できないんだけど。
あたしがこんな夜更けに清隆の部屋を訪れたのは、今朝に私の元へ連絡が入ったからだ。
『深夜を超える頃、オレの部屋に来い』
これだけ聞くと、まるで恋人が甘い一時を過ごそうとしている風にも捉えられるけど、相手はあの綾小路清隆。
期待する方がおかしい。
おかしかったんだけど……。
だって、夢だと思うじゃん。
相手の感情に疎い清隆がわざわざ誕生日を祝おうとしてくれていたなんてさ。
正直、泣きそうになっていた。
こんな不意打ち、ずるいし。
「……ていうか、あたしの誕生日知ってたんだ?」
「以前、お前がスタンプ送ってくれた時に」
「調べたの?」
「そうなるな。気持ち悪かったか?」
ブンブンと首を振る。
そんなことない。
誕生日を祝ってもらえるなんて、嬉しいしかない。
中学時代まで、こんなことありえなかったから。
目頭が熱くなる。
それを見せたくなくて、顔を逸らした。
「で、でも。なんでこんな時間に? 放課後でも良かったんじゃないの?」
「オレが最初に祝ってやろうと思ったからだ」
……はえっ!?
思わず思考がフリーズしてしまった。
清隆の言葉を反芻する。
オレが最初に祝ってやろうと思ったからだ……オレが最初に祝いたいと思ったからだ…………オレが恵の初めてを祝いたいんだ……。
「も、もう! 清隆のバカ!」
「だから、なんでオレは叩かれるんだ……」
「あっ、ごめん、ごめん」
あたしは手を合わせて謝ると、清隆の隣に腰を下ろす。
いつもは少し開ける距離も……今日だけはいいよね?
そっと寄り添うと、肩に頭を乗せる。
せ、攻めちゃってるよ、あたし! だ、大胆すぎたかも……?
「ふ、ふーん? てっきり、誰かに見つからないように、この時間を選んだと思ってた」
「それを不安視するなら、こうやって部屋に呼んでないだろ」
「……あたしのこと優先してくれたんだ」
「恵とは、いい関係を築きたいからな」
「今さらすぎ。そう簡単に好感度は上がらないから」
動揺を隠して、軽口で誤魔化す。
こうでもしないと、鼓動がドンドン加速して、あたしが死んでしまうかもしれないからだ。
どうも、あたしはこういった恋事に慣れていないらしい。
いくら中学までの間、経験がゼロだとはいえ、まさかこんなにも自分がうぶだと思わなかった。
「自分がしてきたことはわかっている。それも覚悟の上だ」
「で? こうやってあたしのご機嫌取りってわけ?」
「いや、違う。これはなんというか……お礼だ」
「……あたし、何かしてあげたっけ?」
「誕生日」
そう言うと、清隆はスマホを取り出して、渡してくる。
画面にはスクショされたあたしとのやり取り。
……そういえば、あの時、スタンプ送ったんだっけ。
ていうか、清隆。わざわざこうやって残してくれたんだ。
……普段、無頓着のくせにこうやって女心をつかむようなことはするんだから。
「つながりを残すなって言ってたのに、自分はこんなことしてたんだ」
「確かにな。……でも、自分でもわからない気持ちになったんだ」
「……清隆?」
「初めてだったんだ。誰かに祝ってもらうのは」
壁にもたれかかる清隆は、どこか自嘲気味に笑いながら語りだす。
「オレの家は少し複雑でな。気にかけられたこともなかったんだ」
「と、友達にも?」
「オレの性格を知っていたら、なんとなくわかるだろ?」
「それもそうね」
「即座に肯定されるのも、それはそれで癪だな……」
「あはは……」
笑って、誤魔化す。
我ながら、今の対応はひどかったかもしれない。
「……まぁ、そういうわけだから」
「どういうわけよ」
「……嬉しかったんだ。存在を認められたような気がして」
清隆はそう言うと、あたしの手を握りしめる。
まるで、親から離れたくない赤子みたいに。優しく、力強く。
「オレがこの世に生まれてきた日を喜んでもらえて、初めて祝ってもらえて……ああ、オレはここに居ていいんだって、そう思った。それが……嬉しかったんだ」
「……清隆らしくないわね」
「かもな。でも、こんなに饒舌になるのは恵だけだ」
「なんで?」
「恵だけは、他人のように思えなかったから」
「……あたしたち、似た者同士なのかもね」
清隆の過去なんて知らなかった。
でも、彼もあたしたちと同じように悩んで、過去を持っている。
どんなに頭が切れても、けんかが強くても、同い年の男の子なんだ。
そう思うと、頼もしさだけじゃなくて、愛おしさも感じる。
……ダメだ、あたし。
どんどんスパイラルにはまってるじゃん。
冬休みに自覚した感情。
だけど、封印しようとしていた想い。
……もう、どうしようもなく止められなくなっていた。
「……あたしもさ、同じだよ」
思い返す、辛かった過去。
でも、もう乗り越えた思い出だ。
「小学校から中学までずっといじめられて、『おめでとう』も言われたことなんてなかった」
否定されるばかりの日々。
そんな世界が嫌で、偽りの自分を被って、この学園にやってきて。
「だからね、すごく、すごくうれしいよ」
本物のあたしを見つけて、あなたは肯定してくれた。
「大好き、清隆」
あふれ出る涙と好きの気持ち。
彼は何も言わず、手でそっと涙をぬぐうと、震えるあたしの体を抱きしめてくれた。
「……恵」
「……なに?」
「今も、これからも……オレはお前が好きだ」
「……だから、ずるいって。バカ」
そのまま、あたしは清隆に覆いかぶさる。
それからの出来事はあたしたち二人きりの世界で起きたことで、誰も覗かせないようにろうそくの火はおのずと消えた。
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