ー今の何?
取り敢えず正面のレンに問いかける。レンの右手にも私と同じの真っ黒な十字架があった。
「つまりお前も聞いたんだな?」
ーこいつがあるんだからそうだろ。
手をヒラヒラさせて見せる。辺りを見渡すと、誰もが落ち着きなく自分の手を眺めている。
ー当然とはいえ滑稽だな。こうも大人があたふたしているとは。
「お前が変人なだけだろ。又は若者の特有の高い順応性のおかげだろうな。」
ーそんな軽口が叩けている間は平気だよ。
再び手に視線を落とす。これは個人情報が見れるとか何とか言っていたはずだ。
試しに触ってみる。と同時に青い画面が空中に現れた。
「おぉ!どうやった?」
ー知らんけど十字架触ったら出てきたよ。
内容に興味はないので、もう一度十字架を触ると、案の定画面は消えた。レンの画面を裏側から透かして見ながら、聞こえた内容を反芻する。
電車が減速を始めた。やっと駅に着いたと胸を撫で下ろす。こんなことが有りながら正常に運転できるとは凄い車掌さんなのだろう。更に減速する。姿勢が崩れる。耳障りなブレーキ音が響く。強い揺れが襲ってくる。
車内に爆音が鳴り響いた。 世界がスローモーションで動いているように感じる。まず気がついたのは、鈴の背後の電光掲示板が消えたこと。おかしいなと思うと蛍光灯も消えている。
鈴が目をつぶって身を縮めているのが見える。
足場が傾いていく
傾いていく
強い衝撃が体を走り、時間軸が再び等速直線運動を取り始めた。どうも電車の乗客と扉に挟まれているようだ。身動きが取れない。重い血の匂いが鼻をつく。
上に乗っていた乗客が動き出した。おもむろに肩を揺さぶられる。
「レン!生きてるん?」
なんだ、鈴か。
ーこの期に及んでよくそんなに元気でいられるな。
「元気なものか。人が心配してやってんのになんて態度だね。」
ー悪い悪い。それよりだ。何で俺らは無傷で生きてるんだ?この惨状の中で?
電車から這い出し、立ち上がる。電車はきれいに真っ二つになり、周囲には人間が散らばっている。
「お前自覚無いのか?」
ー何のだよ
鈴がじっと見つめてくる。目を見つめ返すと、目を逸らし、肩を竦める。
「知らんけど、少なくとも私はちっこいから周りの大人がクッション代わりになったんとやろ。」
鈴がバックから愛用の肥後の守を取り出す。肥後の守とは、端的に言えば、日本製の大量生産の折り畳みナイフ、である。
ーそれで戦うつもり?
「いえね、何も無いよかましだろ?木の枝とか石よりは。」
リュックサックの中の単語帳を外に出して、「教科書類は重いだけになるから捨てていこう」とか言っている。どうせ大した物入れて無い癖に。
ーまぁそうかも知れないけど、それ以前の問題じゃない?
「うーん。いいじゃん強そうだし。」
ノートに《14歳 口上零 生在》とか書いている。生存報告を書く分にはいいけど、《生在》報告は止めた方が身のためでは?
「お前も書いとけ」だそうなので、名前を書く。ついでだから漢字を直しておいてやろう。