袴田秀夫と名乗る他の生き残りの人に声を掛けられた。鈴が血塗れなのに立っていたから、心配して来てくれたらしい。診て貰っても特段酷い怪我は見つからなかった。曰く全く無傷の人は俺ら位で、事故現場はあまり見ない方がいいよとの事だった。
「それなら」と鈴がさっき書いたノートを持ってきた。
「ここから生き残る位ですから、余程強運なんでしょう。これを警察か何かに渡して頂けませんか?」
初対面なのに何言ってるのかと止める。しかしこの人は突然の図々しいお願いにも、「大丈夫。必ず届けるよ」と約束してくれた。手にはやはり十字架があった。
「あくまで個人的な考えだけど、僕は地下鉄の駅が安全だと思う。結構頑丈だし、食料も水もある程度貯蓄されてるし、なにより分散した場所にいると、自衛隊とかに守られにくいからね。線路に沿っていけば大丈夫。」
その人は、「使えるか分からないけど、僕の名前と電話番号を渡しとくよ。もし助かったら連絡してくれ」と言って名刺を渡してきた。鈴が受け取り、定期券入れに入れる。
その人をもう一度見上げる
その顔は既に半分が失われていた
突如物凄い恐怖が沸き上がってくる。目の前で人が死んだ。たった今話していた人が死んだ、辺りに人が散らばっている、鮮やかな真紅の血の色が目に飛び込んでくる呼吸の音がおかしくなる体が震える周りが回っているにたくないしにたくないしにた
「お前は何を望む」
そう聞こえた気がした
ー死にたくない!
絶叫する。
ー俺が、死なないでいられる、力を‼ レンが絶叫しながら崩れ落ちる。
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あぁ、とうとうレンが壊れた。
さっきからおかしかったんだ。こんな地獄のような世界の中で平然としているなんて。私はもうさっきから立ち上がることすらままならなかったって言うのに。
さっきの男もそうだ。自分では袴田と名乗っていたのに、渡して来た名刺は全く別人の物だった。ずっとそわそわしながら「大丈夫」とか「安心して」とかって連呼していたのも気持ち悪かったし。いや、人の事は言えまい。私もずっとこうも冷静な状況判断が出来るわけではあるまい。いつ精神が終わるか
分かったもんじゃない。
極めつけはこれだ。レンの周りに線路に敷かれている石が集まっていく。まるでレンを守るかの様に。さっきもそうだ。列車が倒れる直前レンの周りに透明な壁が現れた。それが砕けてくれたお陰で私は生き残っている。
さて、問題は私だ。恐らく敵は電車を切ったらしい黒い影と、そこから出てきた無数の烏であろう。さっきのレベルの攻撃を食らったらひとたまりもあるまい。
震える手で肥後の守を取り出し、刃を出す。袖をまくり、二の腕の無数の傷の中に新たな傷をつける。深呼吸をして心を落ち着ける。線路に倒れる電車、高架下の人々の叫び声、柵にとまる無数の黒い鳥、五感を少しずつ取り戻す。
脚に力を入れ、立ち上がる。
「お前は何を望む」
何もしなければどうせすぐ潰える命だ。死ぬ気でやりゃぁどいつか道連れにできんだろぅよ!
ーお前らを思い通りにさせねぇ力だよ!
もはやその目に怯えの色はなく、むしろそこには好奇と狂乱しか無かった。
異変はすぐに現れた。体から流れ出た血液が霧散を始めたのだ。
それが強い気配となって、自分に入って来る。どこか本能ですら無い奥深くでそれが《力》であると理解した。
視界の右側が突如真っ黒になる。急いで体を落とす。前触れも音も無い。
ー私がやらないと…
まず一番近くの烏を狙う。走って近づいてもまるで逃げる素振りをしない。ならばと一気に詰め寄る。そのまま肥後を横に振り抜いた。
黒い斬撃が周囲を大きく切り裂いた。烏達が飛び立つ。
驚いて手元の肥後を見る。黒い霧が刃を覆っている。
ー斬撃が出せるのか。
柵に戻ってきた烏共に再び斬撃を食らわせる。今度は1体に攻撃が命中した。1体とはいえ倒す手段を手に入れたのだ。狙いを定め更に数体を倒す。
烏が何か黒い物を吐き出した。何かが飛んで来るな、と思ったら今度は眼前が真っ黒になる。速さはドッジボールの玉程度。避けられない速さではないはずだ。
後ろから物凄い強さで突き飛ばされる。前にふっ飛ぶ。
衝撃で腕を擦りむく。そこから出る血も黒く霧散していく。
顔を上げると、既に周囲を烏に囲まれている。逃げ場は無い。否、元から逃げる事など出来ない。
ーレンに出来たんだ。私に出来ない事はなかろう。
石を数個拾う。手の中の石に意識を集中する。正面数メートルの位置までの軌跡を正確にイメージする。
投げる
石と同時に、無数の黒い弾が放たれた。狙った敵周辺に着弾し、数体を一挙に撃破する。当たらなかった弾はそのまま線路の向こうのビルや道路で爆発した。
ー想定した全ての軌跡を辿っている…とすれば!
今度は何も手に持たず、電車最後尾の方にいる、敵の親玉らしき黒い影を眼前に据える。
ー奴の周辺一帯を一発で爆破する!
しかし、それは叶わなかった。再び、しかもさっきより強い力で突飛ばされた。
ーあ、ダメか。
回転する視界の端で、烏が群れを為して襲って来るのを、見た。